はじめに
従来、材料開発では原料メーカーが発行したカタログ・仕様表にある素材特性を頼りにし、実態と合わせるためにはさらに研究者の経験や勘を頼りにすることも多く、各種プロセスを経て実装状態にある製品に対し、本当の意味での「力学物性」の把握はできていませんでした。現在、この分野に革新を起こそうとしているのが「インデント・プローブ・テクノロジー株式会社」(以下「IPT社」)です。
顕微インデンテーション技術の特徴
IPT社の顕微インデンテーション技術を使えば、材料の弾性・塑性・粘弾性特性(クリープ・応力緩和)や破壊挙動などの力学物性をリアルタイムで測定することができます。その測定原理は、弾塑性体に対してはダイヤモンド製の透明圧子(サンプルに押し付ける治具)を所定の力まで押し込み(負荷)、力を取り除く(除荷)という1サイクルの力学応答性(荷重と接触面積との関係)を、もしくは、粘弾性体では押し込み状態を長時間保持しながら力学応答性の変化を、圧子越しに光学顕微鏡で観察するというものです。
非常に単純な原理ながら、今まで測定することのできなかった材料特性の測定に次々と成功しています。また、IPT社の装置<図1>を使用した観察で「合金材料の定説とは異なる変形機構」が明らかになるなど(参考文献1)、破壊挙動のメカニズム解明にとっても非常に強力なツールになりつつあるのです。

従来の測定方法との違い
従来の手法には2種類が存在します。第一の簡便法は、分銅を利用した「おもり」で圧子を押し込み、その後に圧子をはずした後のサンプル表面の圧痕(窪み、凹み)を測定する手法です。しかし、この方法では接触開始から圧痕が残るまでの履歴を追うことができません。また、第二の手法は計装化法と呼ばれ、圧子を押し込む力と押し込み深さを同時に計測する手法ですが、この方法では、材料の弾性回復や材料毎に異なる表面変形挙動が分からず、表面変形を推算した値を基にして力学物性値を計算していました。
一方で、IPT社では<図2>に示すように透明な圧子をサンプルに押し付けながら、リアルタイムに光学顕微鏡で力学応答性(荷重と接触面積との関係、すべり・転位などの変形、マイクロクラックなどの破壊挙動)をイメージ形式で取得することができます。その結果、<図3>に示すように力学物性値を表面変形量の推定値ではなく実測値を用いた評価・解析が可能となりました。


<図3>圧子押し込み時を側面から見た表面変形の模式図
(左:盛り上がり、右:沈み込み。サンプル事にそれぞれの度合いが異なるため、これまでは弾性仮定を置いて押し込み深さ計測値htから接触面積Acを推算していました)
<動画1>IPT社製品の圧子押し込み時の力学応答性(接触面積)イメージ(ウレタンゴムの場合)

シミュレーションへの応用
さらに、IPT社のテクノロジーのインパクトはリアルタイム計測にとどまりません。彼らが切り拓く未来を語る上でのキーワードとなるのは研究開発にコンピュータシミュレーションを活用する「Computer Aided Engineering(CAE)」です。CAEとは、製造現場での試行錯誤をシミュレーションに置き換えて、研究開発工程のスパンを短くする手法を指します。CAEをうまく活用すれば、実機を伴う試作・実験回数を減らし、時間的・金銭的なコストを削減することができるのです。<図5>

CAEを用いて研究開発を加速するには「シミュレーションの正確さを担保するための実験・検証」が必要不可欠ですし、材料の真の物性値が明らかになっている必要があります。これらのデータ取得には時間がかかったり、そもそも測定ができなかったりすることが運用上のボトルネックになりがちでした。従来測定できなかった真のデータが微小試験体を用いて迅速かつ高精度に測定できるIPT社の技術は、これらのものづくり業界を大きく変えるブレークスルーとなりうるものです。
測定可能な力学物性値
<表1>に測定可能な力学物性値を示します。プラスチック、金属、セラミックスといった従来の材料開発に加え、次世代パワー半導体用の高温ハンダやコネクタ材料、フィルム・樹脂等の素材や、IoTデバイス向け基盤材料、生体材料・医用材料、宇宙産業やロボット等の先端技術を対象とする幅広い分野の素材研究や材料開発に活用することができます。これらの素材は3mm四方で厚み10μm以上のものであれば測定が可能です。
<表1>測定可能な力学物性値
力学物性 | IPT装置 | 従来品 (インデンター) |
各種専用試験機 | |
---|---|---|---|---|
破壊 | 破壊強度 (引張、圧縮、せん断) |
△ | 材料試験機 | |
破壊その場観察 (ミクロ) |
○ | SEM内材料試験機 | ||
応力-ひずみ線図 | ○ | △ | 材料試験機 | |
疲労特性 | △ | 疲労試験機、材料試験機 | ||
破壊じん性 | △ | 材料試験機 | ||
摩耗 | 耐摩耗性 | △ | 摩擦摩耗試験機 | |
弾性 | ヤング率(縦弾性係数) | ○ | △ | 超音波パルス装置 |
弾塑性 | 硬度(マイヤー硬度) | ○ | △ | 硬度計 |
塑性 | 真の硬度 | ○ | ||
降伏応力・耐力・弾性限界 | ○ | △ | 材料試験機 | |
塑性変形の尺度 | ○ | |||
クリープ | クリープコンプライアンス | ○ | △ | クリープ試験機、レオメーター |
クリープ指数・クリープ定数 | ○ | クリープ試験機、レオメーター | ||
応力緩和 | 緩和弾性率 | ○ | △ | レオメーター |
粘弾性 | マスターカーブ | ○ | △ | レオメーター |
時間温度換算則 シフトファクター |
○ | △ | レオメーター | |
活性化エネルギー | ○ | △ | レオメーター |
顕微インデンテーション技術が拓く未来
顕微インデンテーション技術(IPT)が開く未来を、下記3つの例で示します。
【これまで】
材料開発はトライ&エラーを繰り返し、多種多様な計測機器によって物理データ収集する必要がありました。
【これから】
荷重と接触面積という力学の基本原理に則った測定をし、1回の計測によって多様な材料物性データが把握できるため、材料開発時間を大幅に短縮。データ取得に数ヶ月かかるような信頼性・寿命評価の試験をわずか30分で実施できる場合もあります。
【これまで】
製品に使用する材料を選定する際には、素材基礎データをもとに製品として使用する環境変化ごとに評価する必要がありました。
【これから】
リアルタイムに状態変化を観測することで、開発における 部品選定プロセスを大幅に効率化できます。応力と電気特性、熱伝導特性、破壊プロセスなどの情報を、数値データと動画イメーシとして短時間で収集します。
【これまで】
品質管理、不良解析 、様々なデータを測定、分析し、生産現場にフィードバックする必要があり時間がかかっていました。
【これから】
短時間計測と社内に蓄積したデータやIPT社に集積された知見(集合知)を活用することによって、適切な解決策を提供できます。例えば、素材をリサイクルする際に、回収材料を新品に混合する際の適切な混合比率を求めることなども可能です。
まとめ
将来的には「IPT社の装置で測定したデータをライブラリのように活用して世界中の材料開発を革新していきたい」と名倉氏は語ります。
なお、測定サンプルを用意したうえで、求めているデータ測定のために適切なコンサルティングが必要になります。そこでインデント・プルーブ・テクノロジー株式会社では、豊富な経験を基にデータ取得をサポートしています。材料革新をリードするリアルタイム材料特性計測に興味を持たれた方は、まずはご相談してみてはいかがでしょうか。
また、以下の記事では先進的な測定・分析サービスをご紹介しています。こちらも合わせてご参考下さい。
参考文献
(参考文献1) 日本金属学会誌、第 81巻、第4号(2017)196-205 、峯田、三浦、岡、宮島:
「In-Situ Brinell インデンテーションによるMg-Y単結晶の塑性変形挙動観察」