デジタルパソロジーとは。医療機器として認証されたシステム事例を紹介《デジタルパソロジー導入で病理診断が変わる:前編》~医療現場に聞く遠隔医療のものづくり(10)

デジタルパソロジーとは、病理標本を専用スキャナで撮影してデジタル化することで病理診断をサポートする技術です。デジタルパソロジーは、保存したデータをいつでも見られるようにできること、ネットワーク等を介して他者と共有できること、コンピュータ分析などに活用できること、といったメリットに加え、テレパソロジー(遠隔病理診断)としての利用が期待されています。

同分野においてフィリップスが開発した「フィリップス インテリサイト パソロジー ソリューション(Philips IntelliSite Pathology Solution、以下PIPS)」は、日本で初めて薬事承認を取得したデジタルパソロジーシステムです。今回は、株式会社フィリップス・ジャパンのPIPS製品担当者に、同社の製品サービスの開発背景や概要、導入事例についてお話を伺いました。

デジタルパソロジーは、高度な技術を要求されながら不足する病理医を遠隔診断でサポートできる

デジタルパソロジーは、高度な技術を要求されながら不足する病理医に対する遠隔診断でのサポートが期待されています。病理医が行う病理診断の内容・課題を把握しながら、デジタルパソロジーのメリットを明らかにしていきましょう。

がんには、投薬、手術、放射線治療などの治療法があり、これらを組み合わせて行います。正しい治療を施すためには、医師は患者の病状を正しく把握しなければなりません。がんの大きさ、周囲の組織への侵食・癒着、転移の有無、進行度合い(ステージ)などを明確にする必要があり、そのためにレントゲンやCT、MRI、エコー、血液検査、尿検査、内視鏡、血管造影検査、肉眼での観察などさまざまな検査を行います。それでも正確な症状を把握できない場合は、がん細胞の種類を特定する必要があります。

がん細胞の種類を特定するための一つの方法が、組織を採取し、顕微鏡でその組織を観察する「病理診断」であり、その専門医が「病理医」です。病理医は患者から採取した組織内の細胞を観察し、悪性度、進行性、転移リスク、再発リスクなどを見極め、治療を行う主治医に所見と病理診断結果を報告します。それにより主治医は治療方法を選択することができます。

病理診断は、実施するタイミングによって、大きく以下の3つに分けられます。

1. 生検検査(手術前や手術後フォロー)

生検検査は、術前検査や術後フォローで実施される病理診断です。例えば、胃や大腸にポリープが見つかった場合、内視鏡(胃カメラ、大腸カメラ)で組織を採取することができます。肺に腫瘍が見つかった場合には、口や鼻から入れる気管支鏡(内視鏡)や、外側から胸に長い針を刺して組織を採取する方法(経皮肺生検)もあります。その他には、胸やお腹に小さな穴を開けてカテーテルを差し入れ(腹腔鏡や胸腔鏡)、組織を採取する方法もあります。しかしカテーテルでの採取は患者の負担も大きく、難しくなります。

2. 手術検体を用いた病理診断(手術後)

手術後に実施される病理診断は、手術で切除された腫瘍などの手術検体を用います。術前検査でがんの種類を特定できていない場合、あるいはできている場合でも、手術によって切除された腫瘍は、がんの種類の確定のために病理診断が行われます。それが良性腫瘍であれば治療は基本的に完了となりますが、悪性腫瘍であって再発性や転移性が高いものである場合、抗がん剤投与など治療を継続することになる可能性があります。また、手術で腫瘍を取りきれなかった場合などは再手術や放射線治療も選択肢に入ります。

3. 術中迅速診断(手術中)

術中迅速診断は、手術の最中に組織を採取し、その場で実施する病理診断です。手術中に外科医が切除した腫瘍組織からすぐに病理標本を作製し、病理医がすぐさま観察を行い、病理診断の結果を報告します。その結果をもとに、外科医と病理医がその場でディスカッションを行い、手術方針の決定を手術中に行います。例えば、良性腫瘍であれば腫瘍部分だけを最小限で摘出すれば良いと判断でき、悪性腫瘍であれば、臓器の摘出範囲を広げたり、周囲のリンパ節など転移のリスクの高い部分も同時に切除したりといった判断をすることになります。一度の手術でできるだけ適切な処置を行い、なるべく手術の回数を減らすことが目的です。

一般社団法人日本病理学会『国民のためのより良い病理診断に向けた行動指針2021』によれば、このように、がん治療において病理診断は欠かせないものであり、その数は、2005年から2015年の間で、手術前後の病理診断の件数は2.2倍、術中迅速診断の件数は2.6倍へと増加しています。
そんな今、大きな問題になっているのが病理医の不足です。日本の病理専門医の数は2,620名で、国民10万人あたりの人数はアメリカの約3分の1以下しか存在しません。(参考文献1)

実際に病理医が不在の病院では、外部の病理医による病理診断支援が必要になるため、結果が出るまでに時間がかかるという課題があります。そこで、病理医の病理診断業務をサポートするために発展してきたのが、「デジタルパソロジー」です。これは病理標本を専用スキャナで撮影してデジタル化することで、病理診断をサポートする技術です。その利点は、保存したデータをいつでも見られるようにできること、ネットワーク等を介して他者と共有できること、コンピュータ分析などに活用できること、など多数挙げられます。

このデジタルパソロジーの発展によって実現可能になったものの1つが、テレパソロジー(遠隔病理診断)です。別の場所にいる病理医にデジタル病理画像を共有することで、病理医不在の病院でもリアルタイムに病理診断支援をうけることができるようになりました。
また、AIの画像処理技術との掛け合わせにより、病理診断にかかる時間と労力が軽減や、研究・教育への活用など、さらなるメリットが考えられます。


デジタルパソロジーシステムの開発背景と概要

デジタルパソロジーの歴史は意外に古く、1980年代にはオリンパスなどが病理標本を撮影し、アナログ電話回線で顕微鏡画面のデジタル画像を伝送するシステムを開発していました。

その後、病理診断分野においても ICT、とりわけデジタル画像技術の応用研究の進展に伴い、デジタルパソロジーシステムへと発展し、その用途は、コンサルテーションや、医療機関間連携による遠隔診断支援への活用など、拡大を遂げました。しかしその一方で、デジタルパソロジーシステムによる診断精度のエビデンスが乏しいなどの問題が認識されはじめ、これらの問題に対応すべく、日本病理学会ではデジタルパソロジー検討委員会が立ち上げられ、保険診療におけるデジタルパソロジーシステムを用いた診断適用の実現を目指し活動が行われてきました。(参考文献2)

このような背景の中、フィリップスは医療現場で病理診断に使用できる装置を目指して、高精細な画像の実現とデジタル病理画像を用いた病理診断業務のワークフローの改革に注力しました。

「少しでも画像の解像度を高めるため、あらゆる要素に気を配りました。高精度のレンズを採用することはもちろん、デジタルスキャナでの焦点の合わせ方や圧縮率など、システムトータルでの調整を徹底し、オートフォーカスでも高精度を維持する正確性を実現しました。15mm×15mmサイズの組織を1分以内にスキャンできるスピードも両立しています。放射線医療における画像診断装置の開発など、これまでフィリップスが培ってきた技術力があったからこそ実現できたことだと思っています」(PIPS製品担当者)


フィリップス インテリサイト パソロジー ソリューション(PIPS)のウルトラファストスキャナ(UFS)。最大300枚のスライドを搭載可能。1枚あたり1分以内でスキャンできる(提供:フィリップス)
フィリップス インテリサイト パソロジー ソリューション(PIPS)のウルトラファストスキャナ(UFS)。最大300枚のスライドを搭載可能。1枚あたり1分以内でスキャンできる(提供:フィリップス)


フィリップスの開発したPIPSは、病理標本を専用スキャナによりデジタル化し、サーバーに保存されたデジタル病理画像を、ネットワークに接続されたモニター上に表示し、病理診断を行うことを可能にします。約2万件の症例で、光学顕微鏡での観察時と比べても診断に支障がないことを実証しました。

PIPSは2017年にFDA(アメリカ食品医薬品局薬事承認)で認可を受け、同年に日本のPMDA(医薬品医療機器総合機構)でデジタル病理画像を用いた病理診断補助を目的とした医療機器として、「病理ホールスライド画像診断補助装置(クラスⅡ) 」の国内初となる薬事承認を取得しました。

医療機器としてのデジタルパソロジーには、「病理ホールスライド画像保存表示装置(クラスⅠ)」の機器も存在しますが、フィリップスが提供するPIPSは、「病理診断の補助や治療計画の策定を支援する病理画像を処理する装置」であるクラスⅡという位置づけであり、デジタル病理画像のみで、病理診断を完結することができるシステムです。


デジタルパソロジーシステムの導入で、病理検査室の生産性が18%改善した報告も

高性能のスキャナだけではなく、トータルで使いやすいシステムが用意されているのがPIPSの特徴です。フィリップスはスキャナに加えてサーバーやストレージシステムといった画像管理システム、ビューワーシステムを一体で開発し、デジタル化した病理標本は一般的なウェブブラウザで閲覧できるため、幅広い環境で診断に利用できます。

画像管理システムでは、保存した標本画像のデータと患者の属性情報を自動で紐付け。これまで手作業だったガラススライドの管理がデジタル化されることで、紛失や破壊といった物理的なリスクを減らせるほか、検索性の向上も望めます。こうした管理業務の減少により、病理検査室の生産性が18%改善したという報告もあるそうです。(参考文献3)


フィリップス インテリサイト パソロジー ソリューション(PIPS)の利用概念図(提供:フィリップス)
フィリップス インテリサイト パソロジー ソリューション(PIPS)の利用概念図(提供:フィリップス)


フィリップスデジタルパソロジー製品担当者によれば、機器やシステム同士の密な連携は、PIPSが持つ大きな特徴のひとつ。こうしたシステム構成にはフィリップスの設計思想が色濃く反映されています。

「フィリップスでは単に『病理標本をデジタル保存すること』ではなく、『デジタル化した画像をどのように扱うか』までを考えることがデジタルパソロジーの本質だと捉えています。病理医にまつわる業務の多くは、まだまだデジタル化が進んでいません。デジタルパソロジーによって実現すべきなのは、多忙な病理医の方々のワークフローを少しでも改善することです」(PIPS製品担当者)

2017年に医療機器承認を得たPIPSはすでに国内の多くの施設で導入され、数多くの病理診断に使用されています。中には地域の病院同士で連携体制を取っているケースもあり、例えば兵庫県内の病院で構成された「くすのき病理ネット(ひょうご病理相互支援ネットワーク)」では、依頼施設で作成した病理標本の病理診断を神戸大学医学部附属病院の病理医が診断支援しています。また、判断に迷った際の意見交換や、診断レポートの共有なども行っているそうです。


デジタルパソロジーシステムにAIの導入も検討。病理医がより本質的な仕事に集中するために

現状では大規模病院での利用が中心になっているPIPSですが、今後はさまざまな顧客環境に合わせた提案を目指しています。

「日本の医療環境下において、病理医不足は慢性的な問題として続いています。そうした状況では多くの病院がデジタルパソロジーを導入し、その上でネットワークを構築することがより大きな意味を持ってくるはずです」(PIPS製品担当者)

また、将来的にはAIによる画像解析も導入予定。自社でAIを設計するのではなく、オープンAPIによって外部の企業が開発したAIをPIPSでも利用できる環境を構築する予定だそうです。

「撮影した画像をもとに、『この箇所に悪性細胞が存在する可能性が高いので追加で標本作製をした方がいい』『この症例なら○○先生に診てもらうといい』といった、病理医が病理診断をするための補助的な指摘をAIが行うようになるでしょう。PIPSで日々撮影されたデジタル病理画像が蓄積されていけば、その精度はより高まるはずです。

もちろん、AIは病理医の仕事を奪う存在ではありません。患者ががんかどうかの最終判断(確定診断)を下せるのは病理医だけに許された仕事。彼らが重要な意思決定に集中できるよう、サポートするのがPIPSの役割です」(PIPS製品担当者)


文/野口直希

▽参考文献
参考文献1:「国民のためのより良い病理診断に向けた行動指針2021」(一般社団法人日本病理学会)、2021年4月
参考文献2:「病理診断のためのデジタルパソロジーシステム技術基準 第3版」(一般社団法人日本病理学会)、2018年10月
参考文献3:Alexi Baidoshvili, et al.「Evaluating the benefits of digital pathology implementation: time savings in laboratory logistics」(Histopathology Vol.73(5), pp784-794 (2018))

 

▽医療現場に聞く遠隔医療のものづくり

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