コミュニケーションロボットの未来。「弱いロボット」が人とロボットの壁を取り払う

INTERVIEW

豊橋技術科学大学
情報・知能工学系
教授 岡田 美智男

コミュニケーションロボットとは、家事を手伝い、人と会話し、心を通わせ、家族のように暮らすといった人とのコミュニケーションを果たすロボットです。現実に使われているロボットは、それとは随分様子が違いますが、重たいものを運んだり、正確な作業を長時間続けたり、人間以上の能力を発揮して世の中の役に立っています。しかし、ロボットは人より力強くて、有能で、社会に役立つ存在でなければいけないと誰が決めたのでしょうか?

今回は、身体性を伴うコミュニケーションが成立する過程について研究を行うなか「弱いロボット」という概念を提唱した豊橋技術科学大学情報・知能工学系の岡田美智男(おかだ・みちお)教授に、コミュニケーションロボットの未来についてお伺いしました。

コミュニケーションロボットの未来①:お話を物忘れしてしまうロボットが子どもたちの優しさを引き出す

お話の内容を物忘れしてしまうロボット〈トーキング・ボーンズ(Talking-Bones)〉
お話の内容を物忘れしてしまうロボット〈トーキング・ボーンズ(Talking-Bones)〉


岡田教授の研究室を訪ねると、小さな白いロボットがいました。
「むかしむかしね。あるところにね。おじいさんとおばあさんが住んでいたんだよ」と、ロボットは『桃太郎』のお話を始めてくれました。こちらを見上げ、身体をよたよたと揺らしながら、たどたどしく話す様子は、まるで幼稚園の子どもです。
「おばあさんがね。川でね、洗濯をしているとね、どんぶらこ、どんぶらこと…… えーと、なにが流れてきたんだっけ?」

ロボットはお話の内容を物忘れしてしまったようです。そこで、「桃だよ」と教えてあげると、「あ、そうだ。桃だった」と思い出してお話を続けてくれます。このロボットの名前は〈トーキング・ボーンズ(Talking-Bones)〉。岡田教授らが開発した、ついつい助けてあげたくなる〈弱いロボット〉です。

「子どもたちは、このロボットに出会うととても生き生きとした表情を見せてくれます。お話をモノ忘れしてしまったロボットを一生懸命助けてあげようとする。ポンコツなところが、子どもの強みや工夫、優しさを引き出すんです。これが完全無欠なロボットだったら、子どもたちはあまり関わろうとしないでしょう」(岡田氏)


コミュニケーションロボットの未来②:家の中で新聞を読んでいるお父さんを模したロボットが人間の共在感覚を引き出す

家の中で新聞を読んでいるお父さんを模したロボット
家の中で新聞を読んでいるお父さんを模したロボット


岡田教授はロボットの専門家ではありませんでした。元々は認知科学を専門としており、身体性を伴うコミュニケーションが成立する過程について研究するためにロボットという存在を活用したといいます。

「人間同士は同じ身体を持っているからコミュニケーションが成り立つと言われており、言語はむしろ後付けなのです。そこで、身体性を議論するベースとして人間と異なる身体を持ったロボットを作ったのですが、専門家ではないので大したロボットは作れませんでした。しかし、不完全でつたないロボットが子どもたちの関心を強く引いている様子を見て、弱さをさらけ出したロボットにもなにかポジティブな役割があるのではないかと思うようになったのです」(岡田氏)

岡田教授が初めて作ったロボットは実に簡素なものでした。人間の動きを感知して追尾する機能を持ったカメラに麻袋を被せて、レンズの横から手をのぞかせただけの代物です。

「家の中で新聞を読んでいるお父さんは、新聞を読む以外に特になにもしていないけど、いないとなんとなく寂しく感じる。そういう存在感はなぜ生まれるのかを研究するために開発しました。最初から役に立つかどうかは考えていません。そうした議論は道具に対する価値観の下に生まれているのです。自分の子どもがなにかの役に立つかどうかなんて考えないでしょう? 何の役にも立たなくても、そこにいてくれるだけで幸せだし、表情もないものではあるけど、動き始めることでコミュニケーションも生まれる。そういう共在感覚のようなものを作ってみたかったんです」(岡田氏)


コミュニケーションロボットの未来③:手足もなく動けない会話型ロボットが、他者の手を借りながら目的を果たしていく

質感はソフト、手足もなく動けない会話型ロボット〈む~(Muu)〉
質感はソフト、手足もなく動けない会話型ロボット〈む~(Muu)〉


岡田教授は最初に作ったロボットから発展させて〈む~(Muu)〉という会話型ロボットを製作しました。目玉が1つだけ付いていて、手も足もなく動けない。発する言葉も赤ちゃんの喃語のように曖昧です。

「〈む~〉は、とてもシンプルで役立たずなロボットです。椅子の上に置かれた〈む~〉を目にしたとき、このロボットは自分では動けないけれども、この椅子を押してあげれば動けるんじゃないかと思ったのです。そのとき、〈む~〉がうれしそうな表情をするなら、その椅子を押してくれる人は現れるんじゃないかと。そんなわけで、他者の手を借りながら目的を果たしていくような他力本願なロボットというアイディアが生まれてきました。

後に、〈む~〉にヒントを得て、自分ではゴミを拾えないけれど、まわりの子どもたちの手助けを上手に引き出しながら結果としてゴミを拾い集めてしまう〈ゴミ箱ロボット(Sociable Trash Box)〉を作りました。『もこ!』、『もこもん!』などモコ語を話します。ゴミを見つけるとヨタヨタと近づいて止まり、人にゴミを拾ってほしそうな動きをし、ゴミを拾ってくれたらちょこんと頭を下げるのです。そんな様子を見ると、思わず助けてあげたくなるのです」(岡田氏)


自らではゴミを拾うことができない〈ゴミ箱ロボット〉
自らではゴミを拾うことができない〈ゴミ箱ロボット〉


コミュニケーションが成り立つのは、不完全な「弱いロボット」だからこそ

こうした〈弱いロボット〉を作ることで、岡田教授らはなにを見出そうとしているのでしょうか?
「ロボットから『ゴミを見つけました。ゴミを見つけました。そのゴミを拾ってください』と言われると少しカチンとくるでしょう? しかし、ロボットがゴミを見つけて、モジモジと拾ってほしそうにしていたら拾ってあげたくなる。行動経済学では、“ナッジ”という用語が使われます。“ナッジ”とはヒジで軽く小突いて行動を促す動作のことです。言葉であれこれ指示するよりも、無言で行動のきっかけを作った方が人は動くようです。『もこ!』という発話は、相手に行動を強いるものではなく、そこには解釈の余地があり、『ゴミを拾ってほしいのかな……』などと自由に解釈できるのです。

以前は完全無欠な過不足ない言葉で話せばコミュニケーションが成り立つと信じられていました。しかし、〈弱いロボット〉のように、言い淀んだり、物忘れしたり、不完全な部分がある方が人の関わりをうまく引き出せるのです。私たちも実は会話をするとき、断片的に話してみて相手の反応を引き出し、それに応じて言葉を補うといったコミュニケーションの取り方をしています。最初は自分でも制御しきれないほどの冗長な自由度を備えていて、相手とやりとりすることで自由度を減じながら意味を作り上げていくのがコミュニケーションの成り立ち方なのです。ですから、最初から意味が完全に決まった言葉を投げられると受け取る方は一方的に命令されたような気持ちになるのです」(岡田氏)

岡田教授らは、ディープラーニングを用いた自然言語処理の研究にも取り組んでおり、不完全な言葉によりコミュニケーションを成立させる新たな手法の開発を目指しています。

「ディープラーニングの手法を用いると過去の発話列を踏まえて、次の会話に繋がる単語を予測することができます。すでにその手法は実用化されていますが、現状では過去の発話例を表面的になぞったようなものにすぎません。私たちが取り組んでいるのは、ロボットが文脈から予測した言葉を先走って発話することで、相手に刺激を与えて言葉を引き出すというものです。また、ディープラーニングは単語列の次に続く単語を予測しますが、多くの単語が並ぶと次の単語を予測する精度が落ちるという特徴があります。そこで、無理に予測するのではなく、物忘れしたふりをして『何だっけ?』と相手に助けを求めながら、一緒に発話を生み出していくような手法も開発しています。それにより、本来人間が行なっている自由度のある自然なコミュニケーションが成り立つと考えています」(岡田氏)


ロボットだけでなくインフラも弱さをさらけ出すことで人の優しさや工夫を引き出させれば、優しい社会が実現できる

ロボットが弱さをさらけ出すことで、人の優しさを引き出すという岡田教授
ロボットが弱さをさらけ出すことで、人の優しさを引き出すという岡田教授


現在、東京書籍から発行されている小学校5年生向けの国語科教科書『新しい国語 五』には、岡田教授が執筆した『「弱いロボット」だからできること』という教材文が掲載されています。「テクノロジーと私たちとの共存を考えるうえで価値のある題材」として評価されたことで、選定されました。

「学校生活の中で子どもたちが自分の弱さをさらけ出すのは抵抗があることです。しかし、弱いところ、苦手なところをうまくさらけ出せると、『弱いロボット』が周りの人から助けてもらえるように、周囲との関係性もより良く変化するのではないかと思っています。東日本大震災のとき、深刻な電力不足に陥りました。今までと同じようには電力を供給できないと電力システムが弱音を吐いたのです。すると日本全国の人々が自主的に節電を始めました。そのように、ロボットだけでなくインフラも弱さをさらけ出すことで人の優しさや工夫を引き出せるのです。『弱いロボット』を通して、そうした優しい社会を作り出せればいいですね」(岡田氏)

文/高須賀哲

参考情報
・弱いロボットは、国立大学法人豊橋技術科学大学の登録商標です。

 

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