世界的な半導体企業が成長してきた経営戦略とは。Arm・IBM・Apple〜半導体入門講座(33)

1980年代後半から1990年初めにかけて日本に負けた米国がどうやって回復したのか、米国企業を取材すると、その経営戦略は筋が通っていました。前回は、世界的な半導体企業、研究機関3社(Texas Instruments・Onsemi・imec)に注目し、半導体ビジネスで世界を牽引する企業が、衰退していった日本の企業となにが違い、なぜ強くなっていったのかを見ていきました。今回は、引き続き日本の半導体産業とはまったく異なるやり方で成長する世界的な半導体企業3社(Arm・IBM・Apple)の経営戦略を紹介します。

Armは、IP(知的財産)ベンダーとしてCPUコアだけなくGPUコアやメモリなどに対象拡大

Armは今や押しも押されもしないCPUコアベンダーとして、独自の地位を築いてきた。半導体IC内の価値のある回路をIP(知的財産)と呼ぶが、そのIP業界のトップを走り続けている。

しかし、Armは最初からIPベンダーを目指したわけではなかった。開発した32ビットのCPUをチップとして販売するファブレス半導体企業になりたかった。しかし、資金不足でチップ全体を設計し販売する財力がなかった。このため、CPU回路だけをライセンス販売するというIPベンダーとしてのビジネスモデルを作り上げた。会社を立ち上げた1990年では32ビットRISC(Reduced Instruction Set Computer)チップが少なかったため、半導体メーカーはライセンスを買うだろうと予想したビジネスモデルであった。

当初はなかなか売れず、筆者も初代CEOであったRobin Saxby卿に日本でお会いしたことがあるが、当時は「高性能・低消費電力」というだけで、日立製作所のSHマイコンなどとどう違うのかをたずねても、要領を得ない答えしか返ってこず、「胡散臭い」会社というイメージだった。その後、さまざまなRISCやCISC(Complex Instruction Set Computer)のチップと比べて、初めて「性能はそこそこだが、消費電力がとても小さなCPUコア」、というイメージを掴むことができた。

日本の任天堂のゲーム機や携帯電話のCPUとして搭載されはじめ、以来、携帯電話のほとんどのプロセッサチップに集積されている。さらにAppleのスマートフォン用のプロセッサにも集積されており、これがタブレット、さらにはノートPCにも採用されるようになった。コンピュータチップとしてもArmコアが使われており、性能世界一のスーパーコンピュータ「富岳」のSoC(システムオンチップ)プロセッサにも集積されている。

Armは控えめにスマホの90%に搭載されていると表現するが、実際には1台のスマホに数個使われている。というのは、モバイルプロセッサだけではなくBluetoothやWi-Fi、GPSのコントローラなどにも使われており、100%以上入っていると言っても過言ではないだろう。

Armのビジネスモデルは、ライセンスとロイヤルティ、サービスの3つからなる。開発段階で、ライセンスを受けてプロセッサやSoCチップを開発し、それが量産できるとなると、数量に応じてロイヤルティ(売上額のx%)を受け取る。ロイヤルティ料金は量産規模や生産継続年数などさまざまな条件があるため、公表していない。

ArmはCPUコアだけの会社ではない。GPUコアであるMaliシリーズや、物理IPベンダーのArtisanを買収したことで、メモリIPやスタンダードセルIPなどに加え、Arm Cortex (R)シリーズのCPUコアとプロセス技術との橋渡しによって微細化の最適化を図るサービスなども手掛けている。IPコア製品を豊富に取り揃えているため、IPベンタートップの座は固い。

ただし、ソフトバンクグループに買収されたことで良い面もあるが悪い面も出ている。良い面は、取締役会を占めていたファンドなど外部の金融会社からのプレッシャーがなくなり長期的な開発ができることである。一方、ソフトバンクとの間に隙間風が吹き始めたことが悪い面としてある。ソフトバンクグループはファンド会社であるが、WeWork社へ異常な金額を投資した失敗を取り戻すために、Arm売却を決めた。その売却先が、SBグループが出資しているNvidiaである。Nvidiaは快く引き受けたが、独占禁止法に触れる恐れがあることから、売却は成立しなかった。

また、中国法人のArm ChinaのCEOが不透明な不祥事を起こしたためにArm本社がCEOの解任を決議したが、Arm Chinaは受け入れなかった。SBグループがArm Chinaの株式を中国の政府系ファンドに売却してしまったからだ。51対49でマイナーのArm本社はこれでは技術を取られるだけになってしまうというリスクが大きくなっている。

もう一つの不安は、RISC-Vの台頭である。米カリフォルニア大学バークレイ校が開発したフリーのCPUコアであるRISC-Vは、現在Western DigitalやNvidia、Intelなどさまざまな企業が採用し始めている。また、中国ではArmを使えなくなるというリスクからRISC-V関係のコンソーシアムには多数の企業が参加しており、プレミアムメンバーの70%を占めるとも言われている。


IBMは、AIシステム「ワトソン」の心臓部になるCPUの設計に注力

IBM(International Business Machines Corporation)はコンピュータの総合メーカーであり、実は1980年代まで隠れた半導体トップメーカーであった。同社は生産した半導体を100%コンピュータに使っており、Intelが32ビットCPUを開発するまでは、標準ロジックやゲートアレイなどでCPUチップではなくCPUボードを生産していた。またメモリも自社生産しており、TIとMotorolaが半導体メーカーとして売上額の1位、2位を争っていた当時、IBMは陰の半導体トップメーカーと言われていた。

現実に半導体の微細化を進める指標となったスケーリング理論を発表したRobert Dennard博士はIBMワトソン研究所に在籍していた。今ではDennard理論と言われており、MOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)を比例縮小すると、性能は比例して上がり消費電力は反対に2乗で下がることを簡単な計算で示した。またIBMワトソン研究所は1980年代に1umプロセス技術を世界に先駆けて発表し、半導体は微細化すればするほど性能が上がり消費電力が下がることを実証した。

ロジックやメモリの半導体の量産が進むと、今度はメモリの大量生産に注力する半導体メーカーとして日本勢が現れた。特にDRAMの量産では世界のトップスリーやトップフォーを日本企業が占めるようになった。しばらくの間IBMも量産技術として日本と競い合っていた。滋賀県の野洲に最初の200mm工場を日本IBMが設立し、300mmウェーハを使う量産工場を、2000年に入りニューヨーク州イーストフィッシュキルに設立し稼働させていた。

しかしコンピュータはIBMの得意だった汎用大型のメインフレームと呼ばれたコンピュータからダウンサイジングの波が押し寄せ、ミニコンやオフコン、ワークステーションなどへと移行し、サンマイクロシステムズが現れた。しかしダウンサイジングは、ほど良いコンピュータから個人用のパソコンまで進んできたため、IBMではもはや半導体の量産は意味がなくなり、量産工場を整理し始めた。

2005年には京セラに野洲工場を売却、2007年7月には事業所は閉鎖された。IBMの半導体事業を手掛けていたIBMマイクロエレクトロニクスは、名称をIBM Technology Collaboration Solutionと名称を変え、PowerPCなどのプロセッサ製品を売るだけではなく、顧客が作りたいシステムのハードウエアとソフトウエアを含めたサービスを提供することになった。それまで蓄積していた歩留まり向上の製造技術などのノウハウを販売するサービスも始めた。

工場として主力のイーストフィッシュキル工場を2015年にGlobal Foundriesに手放した。GFはその後、Onsemiに売却した。

IBMは半導体の量産をやめたが、設計は続けた。AIのエンジンである「ワトソン」の心臓部になるCPU「Power」シリーズの設計を行い、他社とAIで差別化を図るためだ。現在はPower 10プロセッサを2020年に完成させ<写真1>、Samsungに7nmプロセスのPower 10プロセッサの量産を依頼している。Powerという名称は「Performance Optimization with Enhanced RISC」から命名した。


<写真1>「ワトソン」の心臓部になるPower10プロセッサは7nmプロセスで設計・製造された(提供:IBM)
<写真1>「ワトソン」の心臓部になるPower10プロセッサは7nmプロセスで設計・製造された(提供:IBM)


Appleが半導体設計メーカーに

Apple社は今やファブレス半導体メーカーとして認知されるようになった。市場調査会社のIC Insightsによれば、ファウンドリも含めた世界半導体企業の売上額ランキングで、第13位にランクインしている<表1>。このランキングにおいて、100億ドル(1.1兆円)以上の半導体企業が17社もある。Appleは、この内の13位でその売上額は134億ドル(1.5兆円)に及ぶ。つまり13位と言っても売り上げ規模が1.5兆円にも及ぶのである。これだけ半導体企業の規模が大きくなっている。



<表1>2021年の世界半導体企業ランキング

※金額の単位は百万ドル(出典:IC Insightsの数字を元に筆者作成)
※金額の単位は百万ドル(出典:IC Insightsの数字を元に筆者作成)


Appleが半導体設計を自社で始めたのは、iPodをリリースしたころだと思われる。最初のiPhoneにはすでに自社開発の製品が搭載されていた。2007年にリリースした最初のiPhoneにはArmのCPUコアを集積し、自主設計したアプリケーションプロセッサが搭載されていた。製造は当時、Samsungが委託製造した。

翌2008年4月にはAppleは64ビットプロセッサを開発していたP.A.Semi社を買収した。この会社は、元DECでマイクロプロセッサAlphaチップやStrongARMを開発してきた天才エンジニア、Dan Dobberpuhl氏が設立したスタートアップだ。iPhoneに使うにはオーバースペックではないか、と誰しもが思った。今から考えるとiPad向けのプロセッサ開発を念頭に入れていたようだ。

そして2010年には同氏と仲間たちがAppleを退社した。同年Appleは、ArmのCPU回路部分を改良して同じ寸法で2倍高速化できる技術を開発したIntrinsity社を買収した。これが現在のiPhoneのCPU部分の基礎となった。

Appleはさらに2017年には、それまでAppleのアプリケーションプロセッサAシリーズに集積していたImagination TechnologiesのGPUコアを自主開発することを決めた。その直後、そのアプリケーションプロセッサのPMIC(パワーマネジメントIC)をAppleに納入していたDialog Semiconductor(現ルネサスエレクトロニクス)に対してもPMICを自主開発することにした。しかし、実際にはそう簡単に自主開発できるものではなかった。このため、GPUコア開発にはImagination、PMIC開発にはDialogのエンジニアもAppleへ10数名連れて行った。

Appleの半導体に対する思いは次にパソコンへと向かった。パソコン用のCPUチップとして、昔はMotorolaのx68製品、その後はIBMのPowerPC製品、そしてIntelのx86製品を使ってきたが、ついに自主開発にもこぎ着けた。それが2019年にリリースしたM1チップである。昨年秋には第2世代のM1というべき、M1 ProとM1 Maxを発表、CPUに加えGPUも集積した。Appleがプロセッサを自主開発する理由は、自社のソフトウエアに最適なチップ構成を設計し、性能を上げ、消費電力を下げることで他社との差別化を図るためである。


著者:津⽥建二(つだ・けんじ)
技術ジャーナリスト。東京⼯業⼤学理学部応⽤物理学科卒業後、⽇本電気(NEC)⼊社、半導体デバイスの開発等に従事。のち、⽇経マグロウヒル社(現在⽇経BP 社)⼊社、「⽇経エレクトロニクス」、「⽇経マイクロデバイス」、英⽂誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集⻑、シニアエディター、アジア部⻑、国際部⻑など歴任。


参考情報
・CORTEXは、アーム・リミテッドの登録商標です。

▽半導体入門講座

 

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