3Dプリンターで食品をつくる。山形大学が開発する形状、食感を制御した介護食が持つ可能性とは

INTERVIEW

山形大学
有機材料システムフロンティアセンター
准教授 川上 勝

3Dプリンターで食品をつくることが現実の話となってきました。以前より食品業界で普及していたフードプリンターは、食品に食べられるインクを用いて直接文字や絵柄、写真をプリントできる装置です。一方で、3Dフードプリンターは、食材を3次元の設計データをもとに立体造形し、形状や食感が制御された食品を製造できる装置です。山形大学では、柔らかいハイドロゲルを用いた3Dプリンター技術を応用し、ソフトでありつつも複数の味と食感を持つ介護食を開発しています。今回は、山形大学有機材料システムフロンティアセンターの川上勝(かわかみ・まさる)准教授に、3Dフードプリンターの開発経緯や開発した介護食の可能性についてお話を伺いました。

介護食が超高齢社会の日本で注目される理由

世界中で最も「超高齢社会」に突入していると言われている日本。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、日本の人口は2008年の1億2,808人をピークに減少しており、2030年には1億1,662万人、2050年には1億人、2060年には9,000万人をも割り込むことが予想されている一方、65歳以上の高齢者の比率(高齢化率)は上昇し、2025年には約30%、2060年には約40%に達すると見られています。特に団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者に入る2025年は「2025年問題」と言われており、2040年には団塊ジュニア世代も高齢者の仲間入りをします。(参考文献1)

高齢化に伴って課題とされているものの一つが介護食です。食べ物を噛む力や飲み込む力(嚥下力)が弱くなった高齢者の“食事”が大きな問題なのです。

一般の調理法で作られた食事を食べるのが難しくなった人に向けて作られた食事を、「介護食」と言います。一般に高齢者施設などで提供される介護食は、火を通した食材をミキサーにかけてドロドロのペースト状にして提供します。しかしそれでは、ほぼ「食感」がありません。ある程度の噛む力や嚥下力がある人にとっては、食感のないドロドロの食事は美味しいと感じられず、満足度が低いため、食欲が落ちてしまい痩せてしまったり、イライラしてしまったり、噛む力や嚥下力がさらに低下しまうなど、課題があったのです。

そこで昨今はフードメーカー各社が、一般の料理に似せた見た目だったり、少し硬めの食感だったりといった冷凍食品などの介護食を販売しています。しかし、ミキサーでペースト状にしたものを成形するという調理法ですので、どうしても単一な味と食感になってしまいます。それはどうしても味気ないものだと言います。私たちの食事は、口の中で、異なる食材の味の違いや、柔らかいところと硬いところの微妙な食感の違いを感じ取って、食事を美味しいと感じているのです。


3Dフードプリンターは、臓器モデルを作製したハイドロゲルを用いた3Dプリンター技術を応用

山形大学 有機材料システムフロンティアセンター 川上勝准教授(撮影:嶺竜一)
山形大学 有機材料システムフロンティアセンター 川上勝准教授(撮影:嶺竜一)


介護食の3Dフードプリンターの話をする前に、その開発に着手するまでに至る開発者のストーリーを紹介します。

もともと、川上氏は化学が専門で生物物理や構造生物学などを研究しており、特にタンパク質の研究に取り組んでいました。タンパク質の研究を深めるためには分子構造を再現した立体モデル(分子模型)が必要でした。しかしタンパク質は分子の構造があまりに複雑で情報量も多いため、分子模型の製造が難しいという課題があったのです。そこで川上氏が着目したのが「3Dプリンター」でした。

「素材を立体成型できる3Dプリンターであれば、立体的・直感的にイメージすることが難しいタンパク質の分子模型を作成することができると思いました」(川上氏)

その後、川上氏はタンパク質の分子模型をカラー3Dプリンターで製作する方法を開発します。その方法は後に「川上モデル」(3Dプリント技術を応用し、骨格構造を分子表面形状をかたどった透明なシリコーン樹脂で覆った分子模型のこと)とも呼ばれ、教育や研究の現場ではお馴染みの教材として、世界的に知られています。

それがきっかけとなり、3Dプリンターの研究ボリュームが増えていった川上氏は2014年に、3Dプリンターに関する研究が盛んに行われている山形大学に赴任します。

「山形大学に赴任してからは、ハイドロゲル(高分子が相互に架橋されて3次元の網目状構造をもち、その隙間に溶媒である水が満たされた材料のこと)研究の第一人者である、古川英光(ふるかわ・ひでみつ)氏とともにハイドロゲルを使い、臓器モデルの開発などに取り組みました」(川上氏)


川上勝准教授らが開発したハイドロゲルを用いた3Dプリンターによる臓器モデル
川上勝准教授らが開発したハイドロゲルを用いた3Dプリンターによる臓器モデル


軟らかいものから硬いものまで幅広く材料を扱う3Dプリンターの研究を進めていく中で、川上氏は食品もゲルで作れることに着目し、地元企業との共同研究によって柔らかい食材をきれいに積み上げていく3Dフードプリンターを開発します。

「当初は山形大学のキャンパスがある米沢の食産業、観光業にも貢献することができればという思いで、地元企業と協力してお菓子などをつくることにしたんです」(川上氏)

最初は米沢市ゆかりの鯉料理をベースに、3Dプリンターで成型した型にゼラチンや豆乳を流し込み、錦鯉の形のゼリーをつくりました。そこで得たノウハウなどをもとに、技術をブラッシュアップしていき、川上氏は食材を直接出力(造形)できる3Dフードプリンターを開発し、その最初の食品としてクッキーをつくりました。

「目の前で好きな形の食べ物が立体でできあがっていく3Dフードプリンターのイベント性、話題性は評価されましたが、コスト面で食品メーカーからの支持を得ることはできず、実用化には至りませんでした」(川上氏)

ただ、介護食製造・販売メーカーからの反応は異なりました。“柔らかい立体的な食材”という点に興味を示し、川上氏にコンタクトをとってきたのです。

「食べ物を噛む力や飲み込む力が弱くなった高齢者向けの介護食のほとんどは、ムース食やソフト食、もしくはどろどろのレトルト食です。食感が悪いこともあり、その介護食製造・販売メーカーは、柔らかくてもきちんと食感のある新しい介護食をつくりたかったそうで、『食感を変えられないか?』という打診がありました」(川上氏)


3Dフードプリンターを用いた介護食は、介護者の負担軽減と、高齢者に食べる楽しさをもたらす

そこから、3Dフードプリンターを活用した介護食の開発に乗り出していきます。

「高齢者施設などで調理される介護食は栄養面や安全面には優れていますが、見た目や食感は決して食欲をそそるものとは言えません。見た目も元の食品に近いものにし、単調な噛みごたえを少しでも改良することで、食べ物を噛む力や飲み込む力が弱くなった高齢者にも食べる喜びを味わってもらいたい。その思いで開発を進めていきました」(川上氏)

川上氏が開発した3Dフードプリンターでは、ミキサーでペースト状にした食材に加えて、水と介護食でよく使う「まとめるこ」(まとめるこ easy(R))などの増粘剤を少量加えて“インク”をつくります。この“インク”を固定ノズルを通して少しずつ押し出していき、その下でタイミングよくXY軸方向に動く造形ステージで受け止め、積み上げていくことで、食材が立体造形されていきます。


開発中の3Dフードプリンターで造形する様子
開発中の3Dフードプリンターで造形する様子


「一般的なものは注射器のようなシリンジにペースト状の食材を入れ、ポンプで押し出します。しかし、私たちは3Dプリンターに不可欠なノズル(射出口)のシリンジにスクリュー型を採用し、軟らかいものから硬めの食材まで対応できるようにしました」(川上氏)

さらに改良を加え、単体だったノズルを2つに増やしたことで、2種類の材料を出せるようになりました。川上氏は「異なる味、異なる食感を組み合わせられるようになったことが大きな進歩」と言います。

「例えば、かぼちゃの介護食を作るとします。その際、本物のかぼちゃを、オレンジの実の部分と、緑色の皮の部分を切り分けて、それぞれ調理してミキサーにかけます。そして、片方のノズルでオレンジの部分を成形し、もう一方のノズルで緑の皮の部分を成形していき、一体化させます。見た目はカボチャの煮物そのものです。そして、身の部分は甘くて柔らかく、皮の部分は少し苦くて少し硬い。口に入れた時、かぼちゃの甘みとちょっと苦い皮の味が混ざり、本物のかぼちゃを食べている感覚が味わえます。この2種類の味と食感が口の中で混ざる体験が重要なのです」(川上氏)

3Dフードプリンターのもう一つの特徴は、今後ノズルの数を増やし、複数のプログラムを組んでおけば、患者一人ひとりに合わせた介護食を作ることが可能になるだろうということです。

「介護業界の人材不足は深刻です。人手不足の中、要介護者一人ひとりに合わせて食材を最適化するのは、ほとんど不可能と言っていいでしょう。しかし、3Dフードプリンターを使えば、好みの硬さなど個人データをあらかじめ入手しておくだけで、最適な介護食を作ることができます。また、外見もありがちなものではなく、元の食品に似た形のため見た目も華やかになり、高齢者の食欲も増します」(川上氏)

また、介護者側も華やかな見た目を伝えながら、高齢者の口に食事を運んであげれば、コミュニケーションが滑らかになり、ケア側の心理的負担が減ります。

こうした点が評価され、川上氏の研究は2018年度科学技術振興機構未来社会創造事業(探索加速型)に採択されています。(参考文献2)


3Dフードプリンターを用いた介護食は、食品ロスの解決策のひとつにも

現在、介護食はかぼちゃやブロッコリー、にんじんなど5、6種類の野菜が完成。さらに東京の食品メーカー、米沢市の射出成形加工機メーカーである世紀株式会社との共同研究を行っており、3Dフードプリンターの精度を高めているほか、メニューの拡充、各種データの収集と蓄積を行っています。

「今後は柔らかい食材の粘性をいかに制御できるか、が課題です。現状は柔らかいためにつくった後に自重で横に広がる、上から重ねると下がつぶれるなどの問題があります。普通の3Dプリンターの場合、プラスチックであればすぐに室温で固まりますが、食材はそうはいきません。そのために、食材を高めの温度で準備して射出することなども考えています。そうすれば、造形後に冷える過程で粘性が高まるはずです。その一方で、温度を上げたままでは食材の劣化や雑菌の繁殖による衛生面の問題への対処が課題になります」(川上氏)

また、実際に高齢者に試食してもらい、味や食感、印象などの調査も行っています。その結果をフィードバックし、3Dフードプリンターの改良につなげていっているのです。

「ノズルの形状や材料の分子性の研究などと並行して、インクの組み合わせ方や射出方法によって食感がどう変わるのか。ノズルの一方に硬い素材、もう片方に柔らかい素材を入れ、真ん中は硬めに、外に向かうに従って柔らかくなるように造形することで、うどんのコシのような食感を生み出せないか、といった研究を今後進めていく予定です」

「また、3Dフードプリンターで現状使う食材はペースト状ですが、それを粉末にできれば長期保存ができます。必要なときにだけ水と混ぜてペースト状に戻すようになると、食品ロスの1つの解決手段として活用できるかもしれません。その研究も進めていきます」(川上氏)

高齢者一人ひとりの好みや体調に合わせた、見た目や食感も楽しめる介護食を手軽に味わえる。山形大学が開発した、3Dフードプリンターによって、そんな時代がやってきそうです。


文/新國翔大
撮影/嶺竜一


参考情報
・まとめるこ easyは、森永乳業株式会社の登録商標です。
 

▽参考文献
参考文献1:「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」(国立社会保障・人口問題研究所) 、2012年3月
参考文献2:「科学技術振興機構報 第1346号 未来社会創造事業(探索加速型・大規模プロジェクト型)平成30年度新規研究開発課題の決定について 別紙1」(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)、2018年11月
 

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