セラミック3Dプリンターにおける課題を新材料で解決。少量、短期間で高精細なセラミック部品調達ニーズに応える

INTERVIEW

キヤノン株式会社
R&D本部 
安居 伸浩
フロンティア事業推進本部
川村 有輝

セラミック3Dプリンターは、3Dプリンターの一種であり、耐熱、絶縁、耐摩耗などに優れるセラミックス材料を3次元の設計データをもとに立体造形する装置です。セラミックス材料の一般的な加工方法は、材料の粉を金型に入れて加圧して固めて成形し、炉に入れて焼成します。この焼成の過程で粉末粒子が融合し、焼き固まる際に収縮します。

セラミック3Dプリンターの課題は、セラミックス材料だけでなく、接着剤の役目として添加された樹脂のバインダーの収縮で大きな変形が生じるため、高精細な造形が難しく、熱収縮を抑えるために長い加工時間を要していたことです。
キヤノン株式会社では、こうした課題を解決するため、独自にセラミック3Dプリンター向けの新材料を開発しました。今回は、R&D本部の安居伸浩(やすい・のぶひろ)氏とフロンティア事業推進本部の川村有輝(かわむら・ゆうき)氏にセラミック3Dプリンターにおける課題と開発した新材料の概要についてお伺いしました。


セラミック3Dプリンターで用いられるセラミックス材料の特徴

セラミックス(Ceramics)とはなにかと問われて、真っ先にイメージされるのは陶磁器ではないでしょうか。それは間違いありませんが、セラミックスの範囲は幅広く、セラミックスとは、非金属、無機化合物であり、成形され、窯で火を入れて焼き固めた「焼き物」全般を指します。陶磁器、セメント、ガラスなどはセラミックスであり、金属、有機化合物であるプラスチックはセラミックスではありません。また、セラミックスの中でも半導体や電子部品などに使われる高純度に精製されたものをファインセラミックスと呼び、粘土や珪石などの自然材料から作られたセラミックスと区別しています。

ファインセラミックスは、半導体、光学、精密機械、医療、航空、宇宙などさまざまな用途に応じて開発されてきました。例えば、航空分野では燃料効率を高めるために金属よりも軽量で耐熱、耐摩耗性能に優れているセラミックス部品がエンジンの主要部に採用されています。また、産業機器分野でも、洗浄液や薬品による耐腐食性能が必須の製造装置に用いられるほか、最近では自動車や医療の分野などでも使われるなど、活用の幅がどんどん広がっています。

ファインセラミックスの素材は、アルミナ(酸化アルミニウム)、ジルコニア(酸化ジルコニウム)、窒化アルミニウム、炭化ケイ素、窒化ケイ素、炭化タングステンなどが代表的なものですが、そのほかにも非常に多数の種類が開発されています。

細かな特性はそれぞれに違いますが、大まかな特性としては、硬い、摩耗しにくい、温度の変化に強い、酸化しない、電気を通さない、曲がらない、割れやすい、などが言えます。例えば、地球上で最も硬い物質であるダイヤモンドの硬度は10、金属で最も硬いタングステンやイリジウムの硬度が7程度であるのに対し、アルミナや窒化ケイ素などのセラミックス材料の硬度は9以上あります。直接バーナーで炙っても溶けることはなく、温度変化で膨張収縮もほとんどしません。力を加えても変形しません。また、電気を通さないため絶縁体(がいし)にも利用されています。また、酸やアルカリなどの薬品に対して強いという特徴もあります。

熱伝導率は素材によって差があり、特性によって使い分けができます。例えば熱伝導率の高い窒化アルミニウムは熱を逃したい半導体部品のパッケージなどに使われますし、熱伝導率の低いジルコニアは炉の壁などに使われています。

このような特性のあるセラミックス材料は、ものづくりにおいて、金属、プラスチックと並んで、非常に有用なものだといえます。しかし、一つデメリットがあります。それは「精細な成形が難しい」という点です。


セラミック3Dプリンターの課題は、高精細な造形が難しく、熱収縮を抑えるために長い加工時間を要すること

キヤノンR&D本部の安居伸浩(やすい・のぶひろ)氏(左)と、キヤノンフロンティア事業推進本部の川村有輝(かわむら・ゆうき)氏
キヤノンR&D本部の安居伸浩(やすい・のぶひろ)氏(左)と、キヤノンフロンティア事業推進本部の川村有輝(かわむら・ゆうき)氏


セラミック3Dプリンターの課題を理解するため、金属やプラスチックとの違いを見ていきましょう。

金属とプラスチックの立体造形物の加工方法は、大きく分ければ、熱を加えて液体または柔らかくして型に流し込む(または押し込む)方法と、ブロックから削り出す方法、そして3Dプリンター造形があります。

金型で成形する方法はスピードが早いため量産に向いていますが、金型製造に時間とコストがかかるため、試作と少量生産には不向きです。削り出しは試作と少量生産に向いていますが、中空など複雑な形状の加工ができません。それに対して、3Dプリンター造形は図面データから作製できるため時間があまりかからず、また複雑・緻密な形状も作ることができるというメリットがあります。

金属とプラスチックは3Dプリンター造形技術が発達したことで、試作開発および少量生産でかなり幅が広がりました。

一方、セラミックスの一般的な加工方法は、セラミックスの材料の粉を金型に入れて加圧して固めて成形し、炉に入れて焼成します。この焼成の過程で粉末粒子が融合し、焼き固まって完成します。最後に、表面を研磨するなどの処理を施して製品化します。しかし、金型を作るには数か月の期間を要するほか、膨大なコストもかかります。そのため、大量生産しなければ採算がとれません。

とはいえ、試作開発や、宇宙関連、医療分野など、少量生産のニーズは存在します。ただし、一度焼成したセラミックスは、非常に硬く、また衝撃には弱いため、削り出しには向いていません。

では、3Dプリンター造形はどうでしょうか。焼成前の成形では3Dプリンター造形は可能です。しかしセラミックスの材料は粉。3Dプリンター造形では金型で成形するように加圧して固めることができないため、接着剤の役目をする樹脂のバインダーを利用して固めていく必要がありました。そこで、粉末状のセラミックス材料に樹脂のバインダーを噴射しながら積層する「バインダージェット法」や、樹脂のバインダーを含むペースト状のセラミックス材料に紫外線をあて成形する「光造形法」方式の3Dプリンターが販売されています。

しかし、焼成の過程である課題が生じます。

「セラミックスは焼成する過程で粉末粒子が融合して焼き固まるため、金型を使って成形する方法でも、そもそも収縮します。3Dプリンターでは、さらにバインダーが焼成工程で焼き飛ばされることにより、15~20%ほど縮むのが一般的です。この焼成の工程で生じる縮みを緻密に制御する必要があり、作製が非常に難しかったのです」(安居氏)

設計者は焼成工程で成形物が縮むことを前提に設計する必要があり、細かな形状や複雑な構造を作ることに課題がありました。
キヤノンが独自に開発した3Dプリンター用セラミックス材料は、その問題を解決し、高精細なセラミックスの3Dプリンター造形の実用化に成功したと言います。


セラミック3Dプリンター向け新材料の開発動機は、少量、短期間で高精細なセラミック部品調達ニーズ

開発されたセラミック3Dプリンター向け新材料(提供:キヤノン)
開発されたセラミック3Dプリンター向け新材料(提供:キヤノン)


セラミック3Dプリンターを活用することで少量のセラミックス部品を短期間で調達したい、というニーズは昔から高かったのですが、なかなか作製が難しく、これまで一般的な手法にはなっていませんでした。

そうした現状に目をつけた彼らは、これまでセラミックス部品をセラミック3Dプリンターで作製する際に生じていた課題を解決できる素材の開発に着手したのです。

「キヤノンは民生品から産業品まで幅広く手がけていますが、それらの製品の根本には“素材”が使われています。私たちは一般的な素材メーカーのように素材を大量生産するわけではなく、製品の競争力をつけるために素材を開発しています」

「キヤノンにはカメラやプリンターのような幅広い製品群に向けて開発してきた材料技術の蓄積があり、それらを活用しつつ、セラミック3Dプリンターでのセラミックス部品の作製ニーズに応えるべく、新たな材料の開発に着手することにしました」(安居氏)

これまでセラミック3Dプリンターでセラミックス部品の作製時に生じていた最も大きな課題は、前述した通り、材料に樹脂のバインダーを混ぜ込んでいるため、焼成で15〜20%ほど縮むのが一般的ということでした。また、焼成工程で表面と内部で温度差が大きいことに加え、構成物質の縮むスピードが異なることもあり、割れたり、ひびが入ったりすることもあります。これを防ぐために、慎重に温度制御をする熟練のノウハウと、200時間程度の焼成時間が必要でした。

これらの課題を解決するには、樹脂のバインダーを使わないこと。それしかないと安居氏たちは考えました。

「金属3Dプリンターの主流の方式で、赤外線レーザーを照射して粉末の材料を溶かしながら成形する 選択的レーザー溶融法をセラミックスでも使えないか、と考えました。しかしアルミナなどのセラミックス材料はレーザーでは固まりません。そこで考えたのが、レーザーで溶ける複合セラミック素材の開発です。まずは学術論文などを参照し、実用化できていない原因の研究などから進めていきました」(安居氏)


セラミック3Dプリンター向け新材料は、焼成工程の変形を2%未満に低減。焼成時間も4分の1に

セラミック3Dプリンター向け新材料は、従来の加工方法に比べリードタイムを短縮(提供:キヤノン)
セラミック3Dプリンター向け新材料は、従来の加工方法に比べリードタイムを短縮(提供:キヤノン)


研究の結果、見えてきた課題が「吸収性」でした。ファインセラミックスの代表として知られるアルミナは近赤外線吸収性がなく、レーザーを照射しても熱に変換されず、なかなか溶かすことができなかったのです。

「そもそもアルミナの融点は2,070℃ほどもあり、レーザーで溶かすのが困難です。そこで私たちは、アルミナなどのベースとなる素材に、レーザーの赤外線を十分に吸収し、比較的低い温度でも溶けるセラミックス材料を添加することで、溶かせるようにしました。さらに融点を下げる補助的な材料を入れることで、1,720℃まで融点を下げることが可能になりました。これにより、これまで金属3Dプリンティングで使われてきた装置のまま、レーザーを照射して溶かし成形する“選択的レーザー溶融法”でセラミックスを作製できるようにしました」(安居氏)

開発は成功しました。キヤノンが開発した3Dプリンター用セラミックス材料を活用することで、15〜20%もあった焼成工程の変形を2%未満に低減。狙い通りの寸法精度を実現できます。また、従来のセラミック3Dプリンターでは200時間ほどかかっていた焼成工程も、4分の1程度まで短縮し、割れやひびに対しても大きな改善を図れるようになりました。

「選択的レーザー溶融法で直接溶かすことによって、らせん状の孔を並べた多孔構造やフェンスのような格子構造を埋め込んだ中空形状、迷路のように入り組んだ流路構造など、複雑な形状の部品も高精度かつ短納期で作製することができるようになりました」(安居氏)


セラミック3Dプリンター造形後に液体セラミックスの浸透・焼成を行い、造形物の強度向上を実現

セラミック3Dプリンター造形後の後処理で隙間(マイクロクラック)を補修する(提供:キヤノン)
セラミック3Dプリンター造形後の後処理で隙間(マイクロクラック)を補修する(提供:キヤノン)


キヤノンが開発したセラミック3Dプリンター向け新材料ですが、つなぎの役割をはたす樹脂などの材料を使っていないため、成形後の強度も当初は課題となっていました。

「いくら融点を下げたと言っても、セラミック3Dプリンターでは1,700℃くらいの高温になるため、成形後に一気に室温近くまで温度を下げると、部品の表面や内部に微細なマイクロクラックと呼ばれるミクロン単位の隙間ができてしまいました」(安居氏)

この問題を解決するために、安居氏たちが考えだしたのが、成形後に液体にドブつけして隙間を補修するという方法でした。セラミック3Dプリンターで成形してマイクロクラックが発生した後に、融点の低い液状のセラミックス材料に浸し、できた隙間に浸透させてから、焼成することにしたのです。

「焼成時にマイクロクラック周辺の材料のみが溶ける温度に制御することでマイクロクラックが補修され、強度が確保できました。一般的な高機能セラミックスと同等とは言えませんが、セラミックスと言って良い強度を実現しています」(安居氏)

このセラミック3Dプリンター向け新材料によって、複雑な形のセラミックス部品作製も、短期間で実現できるようになります。開発試作の部品の作製はもとより、セラミック3Dプリンターを複数台用意すれば、ある程度の量産も可能です。引き合いの数も増えている、と言います。


セラミック3Dプリンター向け新材料による造形サンプル。中空など複雑な形状が成形可能に
セラミック3Dプリンター向け新材料による造形サンプル。中空など複雑な形状が成形可能に


「半導体業界や航空業界では軽量化や冷却を目的に、部品の中を空洞にして流路形成するニーズがあります。これは従来の金型プレス法では難しかったのですが、セラミック3Dプリンター向け新材料を使えば、複雑な形状の部品も高精度かつ短納期で作製できるため、いろんな業界から問い合わせがあります」(川村氏)

「試作を始めてから時間はあまり経っていないですが、現時点で私たちが想像していなかった業界からも問い合わせがあります。この業界でニーズがある、と決め打ちしすぎてしまうとかえって活用範囲を狭めてしまうような気もしています」(安居氏)

自動車や医療、産業機器、航空といった先端産業を中心にニーズが高まりつつある、複雑な形状のセラミックス部品。そうしたニーズに応えてセラミック3Dプリンター向けの材料開発は進んでいきそうです。


文/新國翔大
撮影/嶺竜一


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