ストレスチェックを自宅で。脈波・音声・表情を数値化する心の健康管理ツールとは

INTERVIEW

山形大学大学院理工学研究科
准教授 横山 道央
助教 原田 知親

ストレスチェックとは、人が心(精神)や身体に外部からの刺激(ストレッサー)に適応しようとして心や身体に生じた様々な反応(ストレス反応)を調べる検査です。平成27年12月以降、「労働安全衛生法」の改正によって50人以上の労働者がいる事業所でストレスチェック制度の実施が義務化されました。こうしたなか、目に見える身体ではなく、心の健康を可視化することが注目されています。

一日中気分が落ち込んでいる、なにをしても楽しめない、眠られない、疲れやすい、食欲がないなど精神的ストレスや身体的ストレスなどの影響によって、メンタルヘルスに不調をきたしてしまう人は多くいます。こうした“こころの病気”にかかってしまう人は日本人のおよそ40人に1人いると言われており、生涯を通じて5人に1人がかかるとも言われているほどです。

また、2021年9月に公開されたNTTデータ経営研究所が実施した「働く人のメンタルヘルスとサービス・ギャップの実態調査」によれば、新型コロナのまん延以降、「コロナうつ」と呼ばれているように日本国内でもうつ病・うつ状態の人の割合が増加しており、ストレスや悩みが増加したと回答した人は6割にものぼっています。
平成27年12月以降、「労働安全衛生法」の改正により多くの企業がストレスチェックテストの実施や相談窓口の設置など、メンタルヘルス対策を行っていますが、働く人の多くは自身のメンタル不調やストレスを打ち明けることのデメリットを懸念し、正直にストレスチェックテストに回答したり、回答の内容を利用されたりすることに抵抗を感じている、と言われています。
例えば、同調査では回答者の6〜7割が社内外の相談窓口を利用したことがない理由として、「面談の内容が周囲に漏れるのが不安だから(24.4%)」「面談でどのようなことをするのか分からないから(23.1%)」といった回答をしているのです。(参考文献1)

こうしたメンタルヘルスのケアが必要な状況にもかかわらず、相談窓口などのサービスを適切に利用できない状況は「サービス・ギャップ」として問題視されています。このような自己申告式のチェックシートでは顕在化しにくかったストレス状態の可視化をめざし、山形大学とYume Cloud日本法人にてメンタル自己管理サービス「マインドスケール」が共同開発されました。本サービスについて、山形大学の横山道央(よこやま・みちお)氏、原田知親(はらだ・ともちか)氏に話を聞きました。

ストレスチェックをストレス計測器によるモニタリング・科学的分析で実現。改善プログラムまで提示するマインドスケール

マインドスケールでは脈波を計測して脈の乱れからストレス状態をチェックする
マインドスケールでは脈波を計測して脈の乱れからストレス状態をチェックする


マインドスケールは、ストレス計測器を用いた科学的分析と改善プログラム、モニタリングを組み合わせた、オンラインによる新しいストレスチェックプログラムです。

具体的には、ストレス計測器に指を乗せて脈波を計測し、専門のカウンセラーが計測データと利用者の表情と音声を複合的に分析する、というもの。これにより、自己申告式のチェックシートでは顕在化しにくかったストレス状態を浮き彫りにし、改善プログラムの提案やモニタリングを行い、場合によっては専門医の受診を促します。

「血液が全身に送られるときに生じる脈波を計測し、心拍のゆらぎによってストレスの度合いをチェックします。さらには声のトーンで脳疲労度を測り、最後に表情(喜怒哀楽)を見て、複合的にうつ気味かどうかを判断しています。医療行為ではないので、顕在化しにくい未病やうつ気味の症状を顕在化させることが主な用途です」(横山氏)

ストレス度合いのチェック方法としては、具体的に心拍変動の時系列データから、呼吸変動に対応する高周波変動成分(HF成分)と血圧変動であるメイヤー波(Mayer wave)に対応する低周波成分(LF成分)を抽出し、両者の大きさを比較しています。

呼吸変動を反映するHF成分は、副交感神経が亢進(活性化)している場合にのみ心拍変動に現れる一方、LF成分は交感神経が亢進しているときも、副交感神経が亢進しているときも心拍変動に現れます。一般的には、このLF成分の領域(0.04〜0.15Hz)およびHF成分の領域(0.15〜0.40Hz)の強度を合計した値を活用しています。

「副交感神経が優位にある場合にHF成分が現れるため、HF成分の数値を副交感神経の活性度(リラックス度)とする場合もあります。また、交感神経が優位でも、副交感神経が優位でも、LF成分が現れるため、LFとHFの比をとって、LF/HFをストレス指標(交感神経の活性度)としています」(原田氏)

リラックスしている状態、つまり副交感神経が活性化しているときには、呼吸変動を反映したHF成分と血圧変動を反映したLF成分も現れますが、ストレス状態にある場合、つまり交感神経が活性化しているときには、LF成分が現れる一方、HF成分が減少します。リラックス状態にあると相対的にHF成分が大きくなるのでLF/HFの値は小さくなり、反対に、ストレス状態にあるとHFに対してLF成分が大きくなるのでLF/HFの値が大きくなるのです。

こうしたメンタルが不調をきたしているかどうかを判断する仕組みとして全57項目に及ぶ、自己申告による選択式のストレスチェックがあります。そのほか、企業によっては、産業医と契約してメンタル不調者の面談をお願いするなどの施策も実施しています。

「ただ、こうしたストレスチェックは時間もかかることから、ほとんどの人が『問題はない』といった項目に何となくチェックをつけてしまうのです。その結果、自分のメンタルがどういった状態にあるのかを正確に把握できません。また、『自分は大丈夫』といった思考も働き、無理をしたまま働き続けてしまう人も少なくありません」(横山氏)

そうした状況から、メンタル不調を未然に防げるようにすべく、横山氏は脈波や声、表情から複合的に“ストレス度合い”を見える化するサービスの開発に着手したのです。


マインドスケール誕生のきっかけは山形大学のネットワーク基盤システム研究開発とITスタートアップYume Cloud JapanのIoTソリューションの出会い

横山道央准教授と原田知親助教
横山道央准教授と原田知親助教


横山氏はもともと、半導体集積回路工学やセンサーネットワークシステム、生体信号処理と、AIビッグデータ解析に関する研究に従事してきた人物。一方の原田氏はMEMS(微小電子機械システム)技術と集積回路技術を融合したセンサーの研究と極低電圧駆動集積回路の開発、人・物の行動の可視化にむけたIoT/ICTシステムの研究に従事してきた人物です。

2人は共同でIoTセンサーネットワーク基盤システムについて研究開発を進めており、日常生活におけるさまざまなセンサーデータを計測、処理、解析し、より良い生活への支援に役立てるためのシステム開発に取り組んでいます。

「具体的には非拘束、非接触、非侵襲型の心拍・呼吸・体動センサーを開発し、その人の睡眠の良し悪しを数値化するようなシステムの開発などを行っています」(原田氏)

こうした横山氏、原田氏の研究内容に興味を持ったのが、シリコンバレーに拠点を構えるIT系スタートアップ「Yume Cloud」でした。同社はセンサー技術と大規模なワイヤレス技術を一体化した「GLOW IoT モジュール」を使ったIoTソリューションを軸に、主にエンターティンメント分野向けにサービスを展開しています。

「Yume Cloudは自社の技術をエンターティンメント分野だけでなく、他の分野にも広げていこうとしていました。それで山形大学とパートナーシップを組み、山形大学有機材料システム事業創出センター内に日本法人となるYume Cloud Japanを設立したんです。そのタイミングで代表取締役の吉田大輔さんにお会いし、話をしたところ意気投合し、健康管理向けのソリューションを開発していくことになりました」(横山氏)

その後、Yume Cloud Japanは経済産業省の戦略的基盤技術高度化支援事業(サポイン事業)に採択(2019〜2022年)され、開発資金を手にします。その資金をもとに横山氏、原田氏が中心となり、東北大学加齢医学研究所長の川島隆太氏、東北大学医療機器創生開発センター、東北芸術工科大学などと連携し、IoT、クラウド、AIを活用した感情の分析ツール「感情表現エンジン」を共同開発します。

この感情表現エンジンとは、音声、脈波、行動などの複合データによってストレス状態の分析およびストレスチェック、改善プログラムの作成などを行うシステムです。この技術の実証が終わり、商用化すべく開発されたのが前述の「マインドスケール」です。

「感情表現エンジンでは表情はとっていなかったのですが、実際に解析をやっていく中で表情もとった方がいいとわかり、表情もとるようにしています」(原田氏)

こうして、2020年7月にオンラインメンタルケアサービス事業「マインドスケール」の企業向けテストサービスをスタートさせます。


ストレスチェックやストレスケアプログラムは、コロナ禍にてオンライン需要が急増

現在、大手人事・総務サービス提供企業や実業団の駅伝チーム、エンゲージメント・コンサルティング企業、ヘルスツーリズム推進の自治体などに導入されており、そこからのフィードバックをもとにサービスの微調整を行っています。

くしくもマインドスケールの提供を始めた2020年から、新型コロナの感染が拡大。テレワーク(在宅勤務)が求められ、コミュニケーション不足や行動制限、先行き不安から「コロナうつ」という言葉が生まれるなど、メンタルヘルス不調の問題は深刻化しています。

「テレワークが当たり前となり、対面による社員とのコミュニケーションの機会が減少し、外見による変化に気づくことが難しくなっています。そうした状況から、オンラインでメンタルケアを定期的に行う企業側のニーズは想像以上に増えてきています」(横山氏)

「本格的な商用化に向けて、ここ1〜2年で一般的な人から、少しうつ気味の人まで幅広い人のストレスに関するデータがとれており、そのデータの分析を進めているところです。その結果をもとにストレスチェックの仕組みをブラッシュアップさせていくとともに、サービスのUI/UXなどもより使いやすいようにしていければと思っています。そして、将来的にはカウンセラーの必要がないAIによる解析を実現できれば、と思っています」(原田氏)

今後、マインドスケールは企業・団体などの法人向けに提供していく予定とのことです。個人向けに関しては、「タイミングを見て提供できたら」と横山氏は語ります。

厚生労働省では「ストレスチェック制度」が導入され、さまざまな企業でも「健康経営」の考えから重要視されている心の健康管理。特にコロナ禍で社員の顔がなかなか見れない時代において、オンラインで完結するストレスチェック、ストレスケアプログラム提供は効果的なサービスと言えるのではないでしょうか。


文/新國翔大
写真/嶺竜一


▽参考文献
参考文献1:「「働く人のメンタルヘルスとサービス・ギャップの実態調査」コロナ禍で40-50代の「社会的成功者」にメンタル不調者が増加~必要なケアが届いていないサービス・ギャップが明らかに~」(株式会社NTTデータ経営研究所)、2021年9月

 

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