世界的な半導体企業が成長してきた経営戦略とは。Texas Instruments・Onsemi・imec〜半導体入門講座(32)

日本の半導体産業をダメにしたのは、後述するように、勝つための経営戦略ではなく、DRAMメーカー同士を合併させよう、あるいはロジックメーカー同士をくっつけよう、と安易に規模を拡大したからだ。規模を拡大させながら、DRAMのような大量生産製品を止めて、まったく逆の少量多品種製品であるシステムLSIにシフトすべきだ、と政府や総合電機のトップは矛盾する経営戦略を選択した。システムLSIでは投資すべき対象はソフトウエアと人材であり、規模の拡大よりも設計の自動化や容易化を進めることであり、工場の設備投資ではなかった。にもかかわらずシステムLSIに注力する半導体メーカーは、DRAM生産時と同様に、工場への投資に力を入れていた。

半導体ビジネスはどうすればもっと利益を生めるか、という視点がまったく欠けていた。要は半導体ビジネスの素人(経済産業省や総合電機の経営者たち)が事業構造を深く考えずに、DRAMだめならシステムLSIだ、と事の本質を見極めずにDRAMを安易に切り捨てたのである。それでもシステムLSIとはなにかを理解しないまま、半導体事業部門を支配し続けた。

あまりにも稚拙な経営とは異なり、1980年代後半から1990年初めにかけて日本に負けた米国がどうやって回復したのか、米国企業を取材すると、その経営戦略は筋が通っていた。安易にコンソーシアムを作って国が支援したからでは決してない。現に、連邦政府の補助金を当てにして設立した最初のセマテック(SEMATECH)コンソーシアムは失敗した。米国内の中小半導体企業からも批判が強かった。

米国の復活を取材すればするほど、日本で伝えられてきたこととはまったく違うことがわかってきた。米国企業は一般にトップダウン方式で、日本はエンジニアやテクニシャン(技能者)などの提案を上に上げていくボトムアップだと伝えられてきたが、実はその真逆だった企業に出くわしたことがある。

最初に述べた合併する道は日米でまったく違う。同じような製品を作っている企業を米国では買収しない。相手をつぶすしかないからだ。そうではなく、買収する最大の理由は、自社にはない技術や製品を手に入れたいからだ。日本ではルネサスにせよ、エルピーダメモリにせよ、同じ製品を作っている会社同士を合併させたが、決して強くはならなかったことは歴史が証明している。

この回以降では、米国の代表的な企業であるTexas Instrumentsの復活をはじめ、ディスクリート部門を本体から切り離されながらも買収によって成長させたON Semiconductor、独特の戦略を持つ研究機関imec、IPベンダーとして確固たる地位を築いたArm、半導体の自社開発は続けるが量産はしないと決めたIBM、最後にiPad開発に必要な半導体チップを自社開発することを決めたAppleといった半導体企業を紹介する。日本の半導体産業とはまったく異なるやり方で成長する彼らのそれぞれの手法は日本企業に参考になるはずだ。

Texas Instrumentsは、優秀な社員を集めてブレーンストーミングを行い、アナログ半導体に注力

Texas Instruments(TI)は、1990年代に入りかつてのトップから少しずつ転落し始めていた。気が付けば7位、8位争いをしていた。1995年にTIは優秀な社員を集めてブレーンストーミングを行い、戦略を決めた、と当時の経営トップだったTom Engibous取締役会会長は筆者に語った。ブレストのテーマは「ポストPC時代のTIがとるべき戦略」であった。半年かけて議論をし尽くした結果、アナログにフォーカスすべきだろう、という結論に達した。アナログは得意である上、約1万5,000社のアクティブな顧客を持っている。デジタルのコンピュータやHDD(ハードディスク装置)メーカーなどの顧客よりも圧倒的に多かった。積和演算を処理するDSP(デジタル信号プロセッサ)もアナログとの親和性が高いことから残した。メモリや、防衛エレクトロニクスはやめる決断をした。

Tom Engibous会長(撮影:渡辺二之)
Tom Engibous会長(撮影:渡辺二之)


戦略を決めたら動きは素早かった。優秀な社員たちで決めたことを全社員や顧客、サプライチェーン、外部などへの発表はすべてEngibous氏が先頭に立って行った。つまり、社員で決め、決めたことをみんなに伝えるのが自分だと言い切った。
メモリや防衛エレクトロニクスはこれまで働いてきたエンジニアの幸せを考えたと同氏は述べ、DRAMメモリは同業者のMicron Technologyに売却し、防衛関係はやはり同業者のRaytheonに売却した。これまでのDRAMエンジニアや防衛エンジニアはそのまま仕事を続けられるからだ。

注力することを決めたアナログ分野では、抜けている分野をカバーするため、方針決定から2年間に20社を買収した。標準品に強いTIでも高精度で強いBurr Brown社を買収したことはその一例だ。2005年にはTIは世界半導体ランキングで、Intel、Samsungに次ぐ3位に上昇した。デジタル時代でもアナログICはセンサやアクチュエータ、電源などの回路には欠かせない。TIが買収することで自社の弱みを補ってきたことは、さらにNational Semiconductorを買収したことを見てもわかる。同様にアナログ半導体メーカーであるということではなく、パワーマネジメントIC(PMIC)と呼ばれる電源用のICを強化するためだった。

NSを買収したことでTIの製品ポートフォリオはほぼそろった。盤石とはいえ、この先も弱点が出てきたら補強することは間違いない。アナログとセットでよく使われるマイコン(マイクロコントローラ)も最近は品種を増やしているが、これは元々DSPやマイコンは手掛けてきたことによる。

最近よく言われているDX(デジタルトランスフォーメーション)ではセンサからの信号が必須であるため、アナログICはますます求められる。TIは今やアナログ半導体業界ではずっとトップの地位を占めている。


Onsemiは、有望だが小さな半導体企業や部門の買収を重ね、差別化製品を獲得

Onsemiは、2021年8月にON Semiconductorから社名を変えた。その1年前の2020年9月には長年同社を支えてきたCEOのKeith Jackson氏が引退し、旧Cypress SemiconductorのCEOを務めていたHassane El-Khoury(ハッサーン・エルコーリー)氏がその後を継いだ。Onsemiの市場価値を2002年の3億ドルから2020年に89億ドルに押し上げた立役者こそ、Jackson氏だ。売上額も2002年の11億ドルから2020年には52.55億ドルへと増やした。

Onsemiは、かつて世界半導体トップになったこともあるMotorolaから1999年8月にスピンオフして誕生した企業だ。これはMotorolaが1999年8月にディスクリートと標準アナログ、標準ロジックなどの競争力のない製品を切り離すために誕生させた。本体のMotorolaが携帯電話の衛星通信事業で失敗したために、半導体の中でも競争力のない製品群をON Semiconductorに担わせて切り離したのである。競争力のあったマイクロプロセッサやマイコンは残した。しかし2004年には競争力のあった半導体部門もFreescale Semiconductorとして独立させ、Motorolaは半導体を放棄した。

Freescaleと比べるとOnsemiはいかにも競争力のない標準品だけで勝負せよと冷たく切り離されたが、2002年にCEOに就任したKeith Jackson氏によって成長企業へと変貌を遂げた。Jackson氏は競争力をつけるため、有望だが小さな半導体企業や部門を次々と買収し、差別化できる製品群を整えた<図1>。2006年にはLSIを買収、2008年にはAMI、Catalyst Semiconductorを次々と買収、2011年にはCypressからCMOSイメージセンサ部門を買収、さらに2014年にはAptinaを買収した。いまOnsemiが自動車用のCMOSイメージセンサで世界トップに立ったのは、こういった買収が功を奏したからだ。


<図1>Onsemiは買収を繰り返し、差別化製品にたどり着く(提供:Onsemi)
<図1>Onsemiは買収を繰り返し、差別化製品にたどり着く(提供:Onsemi)


Onsemiは、財務的には苦しい状況が続きながらも、競争力のある製品を集めたことで、成長できたといえよう。逆に競争力のあったマイクロプロセッサやマイコン製品が得意なFreescaleは、NXP Semiconductorに買収され社名が消えてしまった。Motorola本体でさえ、Motorola MobilityとMotorola Solutionsに分かれ、携帯電話・スマートフォン事業のMotorola Mobilityは現在レノボに移り、企業向けおよびネットワーク事業のMotorola Solutionsは2020年の売上額74億ドルの企業として残っている。しかし、通信業界トップのEricssonやNokiaには遠く及ばない。Motorolaは日本企業とよく似ていた。

Onsemiはディスクリート半導体という差別化しにくい製品部門をMotorolaから切り出されたため、弱者のイメージがあったが、今や2021年の売上額は67.5億ドル(※注1)を見込める企業に成長した。


(※注1) 2022年1月29日現在、2021年の売上額は発表されていないが、2021年の第1から第3四半期までの売上額を前年同期と比べると28.5%増加している。そこで前年の売上額52.55億ドルが同様に28.5%で増加すると仮定すると、67.5億ドルになる。


imecは、世界中の半導体企業と提携し、メガトレンドとリンクした技術開発を推進

ベルギーの半導体研究所であるimecは、世界中の半導体企業と提携し、一緒に技術開発を進めている。共通のテーマで比較的安い料金でのコンソーシアム的な研究とは別に企業と1対1の研究もある。例えば、極端紫外線(EUV)露光装置の実用化に向けた研究はASMLとタイアップしながら行われ、決して部外者が入れない場所で活動している。

一緒に研究するのは、半導体メーカーだけではない。ファブレス半導体や半導体のユーザーともコラボレーションするし、半導体製造装置メーカー・半導体関連材料メーカーとも共同研究を行う。しかし、これまで日本企業はimecでの活動を共同研究というよりも情報収集という役割で参加することが多いようだ。事実、imecから持ち帰ってきた研究テーマを商用化したという話は日本ではほとんど聞かない。これでは宝の持ち腐れになっている。

imecは元々、欧州の半導体産業をシリコンバレーのように強くしようという目的で1984年に始まった。当時はベルギーのフランダース地方政府の補助金からスタートし、徐々に研究共同パートナーの資金を導入し、研究規模を拡大してきた。特に、ベルギーのルーベン大学のギルバート・デクラーク教授がCEOとなってから、半導体研究に必要な巨額な投資を求めて国際協力をする形で製造装置メーカーの協力を仰いだ。2004年には300mmのクリーンルームが完成した。設立25周年を迎えた2009年時点で研究開発プログラムが385件、参加国60か国、生まれた雇用は4,000人になった。現在は、95か国から5,000名の専門エンジニアが集まり、世界の大手600もの企業や大学などとパートナーシップを結び一つのエコシステムを構成している。

imecの特筆すべき点は、世の中の動向(メガトレンド)とリンクした研究を行っていることだ。半導体を中心に設計技術、製造技術、応用技術へと広げていき、コンピューティングや通信技術から、エネルギーやバイオサイエンス、AIなどに展開しており、社会問題を解決するための半導体技術開発を主眼としている。「半導体メーカーの現場に沿ってコンセンサスを得たテーマにフォーカスし、材料、プロセス、デバイスにも幅広く言及しています」と元CEOのリュック・バンデンホッフ氏は述べている。


imecのCEOであるLuc van den Hove氏(撮影:筆者)
imecのCEOであるLuc van den Hove氏(撮影:筆者)


imecで学ぶべきことは、その考え方と新デバイス試作と検証まで進め、そのための半導体技術を開発するという姿勢である。このため常に、社会問題にアンテナを張り、時には癌を撲滅するためのバイオチップの研究を行っていた。いまではAppleウォッチや活動量計などのヘルスケアモニタリングにもいち早く進出し、その可能性を世界中に訴求していた。その数年後にAppleウォッチをはじめとするウェアラブルデバイスが登場した。

そしてimecの良さを同氏は、「ベルギー内に半導体メーカーがなく、国際的に中立だからだと思います。広いパートナーシップとのネットワークと信用(Trust)を大事にしています」と語り、日本のパートナーとも協力していく姿勢を示している。新型コロナ以前には毎年日本にやってきてセミナーを開催、日本への協力を呼び掛けてきた。しかし、日本の半導体は弱体化したため、製造装置と応用機器(自動車や医療)など日本の強い企業との提携を望んでいる。


著者:津⽥建二(つだ・けんじ)
技術ジャーナリスト。東京⼯業⼤学理学部応⽤物理学科卒業後、⽇本電気(NEC)⼊社、半導体デバイスの開発等に従事。のち、⽇経マグロウヒル社(現在⽇経BP 社)⼊社、「⽇経エレクトロニクス」、「⽇経マイクロデバイス」、英⽂誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集⻑、シニアエディター、アジア部⻑、国際部⻑など歴任。



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