超音波霧化分離とは。熱エネルギーを使用する蒸留プロセス代替で化学産業のCO₂排出量削減に期待

INTERVIEW

ナノミストテクノロジーズ株式会社
代表取締役社長
松浦 一雄

超音波霧化分離とは、混合溶液に超音波を照射して霧化し、物質を分離・精製・濃縮する技術です。徳島県鳴門市に拠点を構えるスタートアップ「ナノミストテクノロジーズ」は、「超音波霧化分離」を用いた独自装置を用いて、従来の化学プロセスで利用されてきた蒸発・蒸留法に比べ使用エネルギーを3〜7割、CO2排出量を4〜8割削減したと発表しました。今回は、化学産業のCO2排出量削減に期待される「超音波霧化分離」の装置開発を行うナノミストテクノロジーズ株式会社代表取締役社長の松浦一雄氏に、超音波霧化分離の原理や概要、同技術の適用事例についてお伺いしました。

化学産業のエネルギー消費の約4割が蒸留プロセス

石油化学製品や化学繊維を製造するの化学業界では、工場廃液の処理や飲料の成分凝縮など、混合溶液を成分ごとに分離・回収する方法として、揮発性(沸点)の違いを利用する蒸留プロセスが用いられてきました。

しかし、蒸留プロセスは大量の化石燃料を使用して液体を沸騰させ続けるため、多大なエネルギーが必要です。化学業界で使用されるエネルギーの多くがこの沸騰させるためのエネルギーであり、化学産業のエネルギー消費の約4割が蒸発・蒸留によるものです(参考文献1)。さらに、揮発性の高い液体は加圧・加熱することによる危険が伴うこと、そして加熱による変性、装置設置のための広いスペースが必要であることなどの課題があります。


超音波霧化分離は、超音波を照射して霧化(ミスト化)し、物質を分離・精製・濃縮する技術

ナノミストテクノロジーズ株式会社 代表取締役社長 松浦一雄(まつうら・かずお)
ナノミストテクノロジーズ株式会社 代表取締役社長 松浦一雄(まつうら・かずお)


「まず最初に超音波霧化という現象について説明します。100〜200Vの電源を使って超音波を発生させ、液体に照射すると、数ナノメートル(nm)〜数十マイクロメートル(um)の極小サイズの粒子(霧=ミスト)が発生し、気体中に浮かびます。これが超音波霧化です。この現象は身近には、超音波式加湿器に使われています。霧を触っても熱くないものは超音波式です。

ただし、複数の成分が混合した液体では、液体の中の成分がすべて同じように「霧化」するわけではありません。ある成分はすぐに霧になり、ある成分は霧になるのに時間がかかる、あるいは、ある成分は細かく軽い霧になり、ある成分は大きく重い霧になります。こうした性質の違いを利用して、液体中の成分を分離するというのが、ナノミストテクノロジーズが開発した、超音波霧化分離技術です。

混合溶液には、ミストになりやすい液体と、なりにくい液体があり、それぞれミストの大きさ(粒径)とミスト生成速度が異なります。超音波霧化分離技術は、そのミスト生成速度の差を利用し、液体を分離・精製・濃縮しています」(松浦氏)


超音波振動でミスト化したのち、ミストを分離する(提供:ナノミストテクノロジーズ)
超音波振動でミスト化したのち、ミストを分離する(提供:ナノミストテクノロジーズ)


ミスト発生処理を行う霧化槽に混合溶液を入れると、霧化槽の内部に設置された振動子が超音波を照射し、混合溶液のミスト化が始まります。霧化槽内に発生したミストは、ミスト表面からの蒸発を伴いながら、粒径の大きいもの同士、小さいもの同士に分かれていきます。

この時、粒径の大きなミストには高分子量の物質が含まれ、粒径の小さなミストには低分子量の物質が含まれています。発生したミストはキャリアガスで霧化槽から排出され、サイクロンを通過していきます。

「このサイクロンを通過するときに、大きなミストはサイクロンの下に落ち、小さなミストは落ちずにサイクロンをすり抜けるため、低分子区分と高分子区分を分離することができるのです。これが超音波霧化分離装置の仕組みとなっています」(松浦氏)

サイクロンをすり抜けた小さなミスト(低分子区分)は不要であれば大気中に放散するか、冷却して回収します。一方の、落下した大きなミスト(高分子区分)は、濃縮液を得ることが可能です。


超音波霧化分離のメリットは、蒸留プロセスと比較し、生産リードタイムが短くCO2排出量削減可能

「混合溶液を成分ごとに分離・回収する方法として蒸留が一般的ですが、蒸留は熱をかけて、すべての物質の結合をバラバラにしています。一方、超音波霧化分離は同じ物質同士の結合はそのままに、霧状になりやすい物質の固まりと、霧状になりにくい物質の固まりの結合を絶つため、最低限のエネルギーで済ませることができます」(松浦氏)

例えば、従来の蒸留法は化石燃料を燃やしてボイラーを沸騰させ、そこから得られるスチームの熱を送り込んでいたため、膨大なエネルギーがかかっていました。ただ、超音波霧化分離装置は100〜200Vの電源しか使用しません。化石燃料が必要なく、高温にもなりません。常温運転です。また沸騰まで時間がかかる蒸留法とは違い、超音波霧化分離装置はスイッチを入れた瞬間にすぐミスト化が始まるため、生産リードタイムが短くてすみ、効率が良いのも特徴となっています。

「超音波霧化分離は化石燃料を使用しないため、脱炭素にも効果的です。実際、蒸留装置を使用した方法に比べ、超音波霧化分離装置は使用エネルギーを3〜7割、CO2排出量を4〜8割削減できています。現在、化学メーカーが排出するCO2の約7割が蒸留プロセス由来だと言われています。蒸留を超音波霧化に置き換えることができたら、化学メーカーはおよそ半分のCO2排出を減らすことができます。ガソリン車が電気自動車に変わりつつあるように、今後は化学業界では一般的な蒸留法もどんどん電気への置き換わりが進んでいくと思います」(松浦氏)


超音波霧化分離装置の原点は「日本酒の開発」

この超音波霧化分離装置はいかにして生まれたのか。松浦氏によれば、技術の原点は「日本酒の開発」にあると言います。一体、どういうことでしょうか。

松浦氏の実家は日本酒の蔵元であり、松浦氏は酒類メーカーで勤務した経験を持つ人物です。今から20年ほど前、酒類メーカーで研究していたときに技術のシーズを見つけました。

「当時、草や木からエタノールをつくり、それをアルコールに転換するプロジェクトをやっていました。蒸留法でエタノールからアルコールをつくるのですが、そのアルコールの濃度が薄いんです。そこでミストを活用して分離すれば、濃いアルコールを抽出することができるのではないかと思い、研究開発を進めていきました」(松浦氏)

酒類メーカーで研究開発を進め、会社に超音波霧化分離装置のもととなる技術を提案してみたものの受け入れられなかったため、実家の蔵元で、日本酒造りに、この技術を試してみることにします。そして、試行錯誤の末、「純米霧造り」という製法を開発します。

米と水だけの純米清酒を生のまま低い温度でミスト化し、濃縮します。水より軽いアルコールや香気成分などのうまみだけを集め、水より重いタンパク質や脂質などの雑味は取り除いたアルコール度数25度の日本酒「鳴門鯛 大麻(おおあさ) 霧のしずく 純米霧造り生25度」を開発し、2000年から販売を開始します。大麻は蔵元のある地名です。

この日本酒はとても評判が良かったのですが、まもなく幻の酒になってしまいました。2006年に酒税法が改正され、アルコール度数22度を超える日本酒は清酒として販売できないこととなり、販売中止となってしまったのです。

「このまま超音波霧化分離を眠らせてしまうのはもったいない」と思った松浦氏は、2011年にナノミストテクノロジーを設立。廃液の浄化や、薬液の分離・濃縮、エタノールや温泉成分の濃縮などの活用に可能性を見出し、研究開発を重ねていきます。

「日本酒造りで開発した装置は効率が悪いものでしたが、日本酒は付加価値が高いので、効率が悪くても収益が出ました。ただ、廃液の浄化や温泉成分の濃縮などは効率良く、いかに低コストでやれるかが重要になります。そこでより効率の良い仕組みを開発するために装置づくりに取り組んだのですが、私には機械工学の知識はありません。設計者を雇ってみたのですが、設計者には仕組みの原理的な部分がわからない。研究と装置づくりの間に大きな溝があり、実際に装置が完成するまでには想像以上に時間がかかりました」(松浦氏)

そう話す松浦氏ですが、創業から10年、実直に研究開発を進め、昨今ようやく、技術が本格的に応用されるようになりました。


超音波霧化分離の3つの適応事例

ナノミストテクノロジーのラボで開発中の超音波霧化分離装置(撮影:嶺竜一)
ナノミストテクノロジーのラボで開発中の超音波霧化分離装置(撮影:嶺竜一)


ナノミストテクノロジーズが開発した超音波霧化分離装置は現在、高濃度濃縮、排水処理、カーボンリサイクルの3つの分野で応用が進んでいます。

高濃度濃縮〜超音波霧化分離の適応事例(1)

濃縮に関しては、コロナ禍で売上減に苦しんでいる温泉地の温泉水を超音波霧化分離装置で成分を濃縮し、それを全国に販売しています。松浦氏は「従来の温泉濃縮装置は10〜20倍の濃縮が限界でしたが、超音波霧化分離装置は温泉水を最大100倍まで濃縮できる」と言います。

排水処理〜超音波霧化分離の適応事例(2)

排水処理に関しては、減容と呼ばれる溶媒を除くこと(溶媒除去)に応用されているのです。大きな敷地面積を使用する排水処理槽が使えない局面では、産業廃棄物処理業者に原液がそのまま引き渡されます。その処理費用には1トンあたり数万円の費用がかかり、日量数トン規模になった場合は処理費用が年間数千〜数億円規模になります。ここで、超音波霧化分離装置で濃縮し、水を除くことができれば、処理コストを下げることが可能です。

「産業廃棄物は基本的に焼却炉で燃やしているのですが、焼却炉の処理能力も限界になってきており、政府からも処理の総量が決められています。また、燃やすとCO2も排出してしまう。それらを踏まえて、超音波霧化分離装置を活用して産業廃棄物から水を除けば、産業廃棄物は燃やし、水っぽいものは微生物処理することができます」(松浦氏)

現在、ナノミストテクノロジーズは排水処理の分野での普及を進めるべく、電力会社と連携し、電力会社に対して装置のリース契約なども行っています。

「電力会社は電気を売って収益を上げます。化石燃料で燃やしている部分を電力に変えることができれば電力会社にとってメリットがありますし、産業廃棄物処理業者も取り扱い総量が増え、売り上げを増やすことができる。関係者にとってWin-Winの仕組みなんです」(松浦氏)

カーボンリサイクル〜超音波霧化分離の適応事例(3)

NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援を受けながら、ミスト化の高効率化に取り組んでいるナノミストテクノロジーズ。双日、トクヤマと共同で超音波霧化分離装置を使って、カーボンリサイクル研究開発事業としてCO2の化学吸収法を効率化するプロジェクトも進めています。

いまだ化石燃料を燃焼させることで生じる蒸気を駆動源としている化学、石油化学などの産業分野。脱炭素、カーボンニュートラルの流れを受け、超音波霧化分離装置が今後、従来の蒸留装置・蒸発装置を置き換える日も近いかもしれません。


文/新國翔大
写真/嶺竜一



▽参考文献
参考文献1:「エネルギー消費量の大幅削減に寄与する、新方式の「蒸留塔」技術を確立〜NEDO実用化ドキュメント」(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)、2013年3月

 

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