実用化が進むマイクロ波を活用した化学品製造プロセス〜化学産業にイノベーションを起こす(後編)

INTERVIEW

マイクロ波化学株式会社
代表取締役社長CEO
吉野 巌

化学産業にイノベーションを起こすことが期待されるマイクロ波を紹介する本連載。後編では、マイクロ波を活用した化学品製造プロセスの実用化状況に注目します。内部から直接、特定の分子だけにエネルギーを伝達する電子レンジに使われているマイクロ波の特徴を活かし、消費エネルギー1/3、加熱時間1/10、工場面積1/5の削減可能性がある技術を開発したマイクロ波化学。同社はどのように本技術の社会実装を進めてきたのでしょうか?後編では、引き続きマイクロ波化学代表取締役の吉野氏に、マイクロ波を活用した化学品製造プロセス実用化に向けた取り組みや将来的な技術開発展望についてお伺いします。

実用化への障壁はマイクロ波による化学品製造の実績がなかったこと。自社工場建設で実績を創る

マイクロ波化学株式会社 代表取締役社長 吉野巌(よしの・いわお)
マイクロ波化学株式会社 代表取締役社長 吉野巌(よしの・いわお)


エネルギー消費量を従来型に比べ3分の1に抑えられ、加熱時間は従来の1/10で済み、用地面積は従来の1/5でいい──。そんな驚異的な技術革新を実現するべく、研究開発などで着実に成果を出し、一歩ずつ歩みを進めてきたマイクロ波化学ですが、事業化に向けてビジネスモデルの転換も迫られました。

「当初はクライアントの工場を使い、オンサイトでマイクロ波プロセスを用いたバイオディーゼルの生産に取り組もうと思っていました。ただ蓋を開けてみると、『マイクロ波は体に悪いんじゃないか?』『よくわからないものをうちの工場に入れたくない』という反応がほとんどでした」(吉野氏)

消費エネルギーは1/3、工場面積も1/5に削減できるというメリットを伝えると、最初は興味を持ってもらえるものの、前例がないことが分かると、話がご破算になってしまう。そんな事態が続きます。

「実績がないことが大きな障壁となっていたのです。そこで、化学品製造にマイクロ波が使える技術だと証明するには、自分たちで工場をつくるしかないと思いました。いきなり装置を販売するのではなく、まずは当社で化学品の受託生産を行い、その成果が出てからクライアントに設置する装置の開発を提案するという順序を考えました」(吉野氏)

莫大な投資が必要となる、自社工場の建設。資本力に乏しいスタートアップとしては異例とも言えますが、吉野氏は大きな決断を下します。

2013年5月に総額7億円の資金調達を実施し、その1年後の2014年3月にマイクロ波による化学品量産工場が完成。同工場は24時間全自動制御のほか、年間3,200tの生産能力を有しています。まずは、工場廃油などを原料に、新聞印刷インキの溶剤となる環境負担の低い脂肪酸エステルをマイクロ波を使って生産し、東洋インキに供給しました。


大阪市住之江区にてマイクロ波による化学品量産工場「M3K」を建設(提供:マイクロ波化学)
大阪市住之江区にてマイクロ波による化学品量産工場「M3K」を建設(提供:マイクロ波化学)


その後、2014年には、世界最大手の化学メーカー、独BASF社とプラスチックなどの原料となるポリマーの共同開発契約を締結。2017年には食品素材メーカーの太陽化学と共同で食品添加物量産工場を立ち上げたほか、2019年には、医薬品原料製造工場へマイクロ波反応装置を納品するなど、幅広い領域に展開していっています。

現在、世界の化学・エネルギー産業の市場規模は500兆円あると言われています。吉野氏は「この1%でもマイクロ波に置き換えることができれば5兆円規模の産業になります。ここまで持っていくことが当面の目標です」と語ります。


カーボンニュートラルをみすえたマイクロ波を用いたケミカルリサイクル。汎用プラスチックの製造から分解まで

カーボンニュートラルの実現に不可欠な技術として、マイクロ波は近年さらに注目が高まっています。マイクロ波は電気を使用するため、再生可能エネルギーによるモノづくりも可能です。「サステナビリティの重要性が急速に増している時代において、マイクロ波化学プロセスをCO削減や省エネのための次世代製造技術にしていきたい」と吉野氏は言います。

マイクロ波化学は今年6月、三菱ケミカルと共同でPMMA(ポリメチルメタクリレート、アクリル樹脂)のケミカルリサイクルの事業化に向け、大阪事業所内に実証プラントを建設し、事業化に向けた実証試験を進めています。

「アクリル樹脂の分解に必要なエネルギーを、化石燃料ではなく電気由来のマイクロ波に代替したプロセスにすることで、従来法に比べて設備の小型化や安全性向上、省エネ化などを実現させることができます。このプロセスで製造されたPMMA、それを原料として製造されたアクリル樹脂は通常品と同水準の性能を保つとともに、製造工程での二酸化炭素排出量を従来品よりも70%以上削減できると見込んでいます」(吉野氏)


同社が開発したポリマーの製造プラントのプロセス図(提供:マイクロ波化学)
同社が開発したポリマーの製造プラントのプロセス図(提供:マイクロ波化学)


マイクロ波化学は産業部門のカーボンニュートラル実現のためにあらゆる化学プロセスへのマイクロ波技術導⼊を推進。「電化」と「マイクロ波プロセス」の2つの要素の掛け合わせにより、化⽯資源を利⽤している従来プロセスと⽐較し、90%以上のCO排出削減を可能とする「C NEUTRAL 2050 design(略称 “CN 2050 design”)」にも取り組んでいます(参考情報1)。

化⽯燃料を⽤いた従来加熱から、電気を使ったエネルギー伝達⼿段であるマイクロ波へ切り替えるほか、弊社が独⾃に構築したマイクロ波吸収能ライブラリなどのデータベース、マイクロ波位相制御などの要素技術群である「マイクロ波プラットフォーム技術」によって、プロセスの⾼効率化を実現します。

「マイクロ波を利用することにより、プロセスの反応低温化、反応時間短縮、⽬的⽣産物の収率向上、といった効果が得られます。そのため、化⽯燃料由来のスチームや熱媒を利⽤する従来法と⽐較し、CO排出削減や省エネ化が期待できます」(吉野氏)

具体的には、マイクロ波を活用することで特定の物質に、分⼦レベルで「直接」エネルギーを伝えることができるようになります。また、内部から選択的に急速に加熱することができるようになり、その結果、温度ムラもできません。全体を温める必要がないため、結果として省エネ・⾼効率、時短を実現することができるのです。

吉野氏によれば、マイクロ波化学がマイクロ波プロセスを構築し、実証・実装を⾏ったものは、90%超のCO排出削減効果が得られる可能性があるとのことです。

また、今年の9月にはマイクロ波プロセスを用いた汎用プラスチック分解技術の開発を目的とする小型実証設備を完成させました。

同社は、あらゆるプラスチックに適用可能なマイクロ波によるプラスチック分解技術の開発を独自に進めており、この分解技術は「PlaWave」と名付けられています(参考情報2)。

「この小型実証設備は5kg/時間程度の処理能力を持ち、ポリスチレンを始めとした様々なプラスチックで実証を重ねていく予定です。2022年秋には数百t/年規模の大型実証プラントを建設し、2025年頃までに1万t/年規模までスケールアップする計画にしています。廃棄プラスチックからの油化についての技術開発を進めるとともに、これまで難しいとされてきたポリエチレンやポリプロピレンのガス化の実証を行います」(吉野氏)


今後の技術展望はマイクロ波を用いた機能性化学品や新素材の開発

省エネルギーや効率化がマイクロ波による化学品製造プロセスを活用するメリットでもありますが、本プロセスは従来の熱と圧力を利用した化学プロセスでは開発できなかった高付加価値材料を生産することも可能です。「将来的には、機能性化学品や新素材の開発にも力を入れていきたい」と吉野氏は将来の展望を語ります。

同社が開発した新素材の代表例が、銀ナノワイヤーです。銀ナノワイヤーは高い透明性、導電性、柔軟性、伸縮性を持つ素材。なるべく細く長く作ることが求められますが、従来の伝熱プロセスでは全体的にどうしても太くなってしまいます。

「マイクロ波では、電磁波が先端に集中する特性を利用することで、先端から成長を促進し、細くて長いワイヤーを作ることができます。銀ナノワイヤーに関して言うと、現在、世界で5社ほどしか供給できず、スペックをカスタマイズできるのは当社しかありません。パイロットプラントができれば世界最大規模のサプライヤーになれるでしょう」(吉野氏)

マイクロ波の有効な分野は主に5つに分類されます。その内訳に関しては、マイルドな液体系、少しハードな液体系、粉体やスラリー系、ガス系、乾燥と焼成といった具合です。


マイクロ波による化学反応プロセスの対象は主に上記の5つに分類される(提供:マイクロ波化学)
マイクロ波による化学反応プロセスの対象は主に上記の5つに分類される(提供:マイクロ波化学)


現在、マイクロ波化学はI〜Ⅲはスケールアップがほとんど完了しています。現在取り組んでいるのは、カーボンニュートラルにおけるキープロセスとなるガス系への対応。水素製造やナフサクラッカーへの適用を目指しています。「ガス系の反応は生産能力が最低でも10万〜20万tといった巨大プラントになってくるので、コンセプトから変わってきます。ただ、液体系で培ったスケールアップノウハウを適用することで、10万tの生産は可能だと思っています」(吉野氏)

2007年の創業から、約14年。世界全体がカーボンニュートラルの実現に向けて取り組み始めたことで、マイクロ波に対する見方も大きく変わってきています。需要の高まりを追い風に受けながら、今後マイクロ波化学はさらなる成長を目指していくと言います。

「米国ではベンチャー企業のテスラが“電気自動車”によって自動車産業に風穴を開けました。私たちは、まさに化学産業のテスラです。実績を出していきながら、化学産業に大きなインパクトを与えることができる企業になっていきたいと思います」(吉野氏)


文/新國翔大
写真/嶺竜一



参考情報
・参考情報1:PlaWaveは、商標出願番号「商願2021-142955」にて商標出願中です。
・参考情報2:C NEUTRALは、商標出願番号「商願2021-087164」にて商標出願中です。


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