有人宇宙開発に閉鎖型生態系による生命維持システムが必要な理由〜作るだけじゃない。宇宙開発ビジネス動向(後編)

INTERVIEW

宇宙システム開発株式会社
代表取締役
広崎 朋史

宇宙開発ビジネス動向を紹介する本連載。後編では、有人宇宙開発で必要とされる閉鎖型生態系による生命維持システムに注目します。閉鎖型生態系による生命維持システムCELSS(Closed Ecological Life Support System)は、宇宙空間に閉鎖型の生態系を人工的に作り出し、理想的にはすべての資源を作り出し、再利用し、コントロールするシステムです。CELSSは宇宙空間での資源リサイクルの取り組みとして国内外で様々な取組みが行われています。後編では、宇宙システム開発代表取締役広崎氏に、閉鎖型生態系による生命維持システムの概要や将来的な有人宇宙開発の展望についてお伺いします。

地上システムサービス提供者から見た宇宙ビジネスのトレンド

宇宙システム開発株式会社 代表取締役 広崎朋史(ひろさき・ともふみ)
山口県出身。日本大学大学院理工学研究科修了。1991年、富士通株式会社、2005年、宇宙システム開発株式会社代表取締役。特定非営利活動法人有人ロケット研究会理事長。
宇宙システム開発株式会社 代表取締役 広崎朋史(ひろさき・ともふみ)
山口県出身。日本大学大学院理工学研究科修了。1991年、富士通株式会社、2005年、宇宙システム開発株式会社代表取締役。特定非営利活動法人有人ロケット研究会理事長。



──── お客様の人工衛星の開発にはどの段階から携わっているのでしょうか。

広崎氏(以下同):
お客様によってまちまちですが、初期の段階から参加させていただいたりします。今ちょうどやらせていただいている案件ですと、人工衛星のキックオフや概念検討から参画させていただいています。


──── 御社のお客様はどういったルートでお仕事につながっているのでしょうか。

弊社のお客様は、宇宙ビジネス関係のベンチャーが集まるシンポジウムなどでアピールするなど、こちらからアプローチするケースもありますし、先方からご相談にいらっしゃる場合もあります。また、お客様の口コミだったり、仕事をいただいている大手さんからお客様を紹介されることもあります。


──── 宇宙ビジネスのトレンドとして現状の動向をどうお感じになっていますか。

数年前までは日本ではJAXAさんくらいしか、お客様がいらっしゃらない状況でしたが、現在は間違いなく大きな流れがきていると思います。ここ数年で、すでに政府系のお仕事よりも宇宙ベンチャーさんのお仕事のほうが売り上げが多くなってきています。


──── 宇宙ロケットの打ち上げは、どのようなビジネスモデルになっているのでしょうか。

人工衛星を打ち上げ、地球観測衛星の画像を売り買いするとか、通信回線を売るとか、そういったビジネスモデルになっています。


課外活動としてモデルロケットの製作と打ち上げを行った様子(提供:宇宙システム開発株式会社)
課外活動としてモデルロケットの製作と打ち上げを行った様子(提供:宇宙システム開発株式会社)


──── なぜ、御社のようなお仕事をする企業が少ないのでしょうか。

宇宙ビジネスに進出してきている人というのは、宇宙ロケットや人工衛星を作りたい、あるいは作るのは得意で、だからベンチャーを起業したりしたと思いますが、地上システムについてはあまり顧みられてこなかった分野でした。やはり、ロケットや人工衛星を作るというのが、やはり花形で目立ちますから、計画立案や軌道計算に興味を抱くような人は宇宙開発界隈にはそもそも少ないのです。まだ一般の人は、弊社のような仕事がなければ宇宙ロケットを打ち上げて人工衛星を軌道へ投入し、運用することができないことを知らないのではないでしょうか。


──── 1機の人工衛星を打ち上げて軌道へ投入し、それを使ったビジネスにする場合、全体のコストのどれくらいの割合を御社が手掛けているような地上システムに用意しなければならないのでしょうか。

お客様の予算ですから、これは推測ですが販売システムなどを含めるとおおよそ10%から20%は必要になると思います。このコストがなければ、人工衛星をきちんと運用できませんし、ビジネスとして成立しませんから、それなりの地上システムは必要不可欠なコストだと思います。


閉鎖型生態系による生命維持システムCELSSが有人宇宙開発で必要とされる理由

──── 米国のSpaceXや英国の実業家の宇宙船開発、日本人の実業家による国際宇宙ステーションでの滞在など、最近になって人間が宇宙へ行くことのハードルが下がってきています。御社では有人宇宙開発も手掛けていますが、なにをやろうとしていらっしゃるのでしょうか。

基本的には、宇宙における人間の生命維持システム、資源を循環させる閉鎖型生態系の開発に興味があります。もちろん、それだけをやりたいのではなく、有人ロケットにも興味がありますし、人間が宇宙へ行くためのシステムはすべて興味がありますが、自分のバックグラウンドとして仕事としてできるのは閉鎖型の生命維持システムになります。


──── ご自身のバックグラウンドというのは。

大学では航空宇宙工学を学び、大学4年の時と大学院の修士では惑星探査機の軌道計算を研究しましたが、その後に社会人として大学院で学び、そこでかねてからやりたかった月面における生命維持のシミュレーションを研究したのです。そういったバックグラウンドがあるので、起業した目的の一つとして宇宙空間での人間の生命維持システムの仕事を手掛けたいと考えています。


──── その閉鎖型生態系の生命維持システムというのはどういったものなのでしょうか。

地球上で我々が生活する環境は開放型生態系と呼ばれています。屋外には空気や水、食料などがほぼ無限にあり、そこから資源を得ている生態系です。

しかし、宇宙空間には酸素、水、食料などがありません。それらを地球からいちいち運んでいては、とても長期間の宇宙滞在は難しいですし、コストもかかります。そのため、宇宙空間に閉鎖型の生態系を人工的に作り出し、理想的にはすべての資源を作り出し、再利用し、コントロールするシステム、つまり閉鎖型生態系による生命維持システム(Closed Ecological Life Support System、CELSS)が必要になるのです。


──── 人間が宇宙空間で生きていくための閉鎖型生態系の循環システムは、どの程度のレベルまで到達しているのでしょうか。

人間の宇宙空間での滞在記録は、1994年から1995年にロシアのワレリー・ポリャコフさんという宇宙飛行士が宇宙ステーション・ミールに438日間滞在し、これが現在までの最長記録になっています。国際宇宙ステーションでは滞在日数は述べで8,000日に迫っています。では、例えば国際宇宙ステーションで資源をリサイクルする生命維持システムがどのくらいまで進歩しているのかといえば、閉鎖型生態系生命維持システム(CELSS)を完成形とした場合とても実用化できているレベルとは言えません。


──── 宇宙空間での資源リサイクルの閉鎖型の生命維持システムは、どのあたりが難しいのでしょうか。

人間は酸素を吸って二酸化炭素を排出しますが、現在の技術では二酸化炭素を分解する段階にとどまっています。二酸化炭素を分解するところまではできていますが、ただメタンの循環について解決できていません。現状でメタンは、船外へ排出されていて再利用できていないのです。そのため、国際宇宙ステーションは準閉鎖型生態系で、水や空気の一部はリサイクルしていますが、例えばメタンの処理がまだ未解決なのです。メタンの分解処理技術には高温高圧が必要なので、今すぐに宇宙空間で使えるものではありません。


──── 青森県六カ所村で公益財団法人環境科学技術研究所が行った物質循環型の閉鎖型生態系施設での実験に御社も協力されています。

あの実験は閉鎖型生態系実験施設(CEEF:Closed Ecology Experiment Facilities)で行われ、人間が滞在して生きていくため、中で自給自足のために植物を栽培したりヤギを飼育したりし、これら人間を含めた代謝物も植物の肥料にするなどリサイクルし、ほぼ閉鎖された環境で行われました。

米国に同じような巨大な施設がありますが、月面や火星にそんな巨大な資材を持っていくことはできませんから、もっとコンパクト化されてプラントのような装置でやろうとしたのが六カ所村の実験でした。ただ、この実験は宇宙開発のためというより、原子力の放射線の影響を調べるためのものだったので、その後、立ち消えになってしまいました。


──── 六カ所村での知見は宇宙開発に生かされますか。

実験はわりにうまくいったと思いますが、その後は同様の実験は行われず、当時の関係者が定年になって退官されるなどし、技術が失われつつあります。ただ、同施設に触発されて、さまざまな人材が見出され、その方々が現在の研究開発の中心になっていると言う側面もあります。


閉鎖生態系生命維持系シミュレーションSICLEで有人宇宙開発をデザインする

──── 御社は米国ユタ州のMDRS(Mars Desert Research Station)での火星居住模擬実験へも参加されています。

弊社では月面・火星基地用閉鎖生態系生命維持系シミュレーションソフトウェアSICLE(Simulator for Closed Life and Ecology)を開発しました。この実験に参加した目的は、SICLEによる生命維持の物質循環のシミュレーションと実際に生活した場合にどういった数値になるのか、実証データが欲しくて参加しました。ただ、この実験は開放型なので、測定したのは水だけです。そのため、水がどこでどの程度必要になるのか、結果をまとめて論文にしています。


──── このSICLEというシミュレーションソフトウェアではどんなことができるのでしょうか。

宇宙で人間が生命を維持するためには、水、酸素、二酸化炭素などを生成・分解するなどして循環させる複数の装置を動かし、各装置の性能を確認する必要があります。こうしたシステムを環境制御・生命維持システム(ECLSS:Environmental Control and Life Support System)と言いますが、弊社で開発したSICLEは、このECLSSの物質循環を模擬できる研究開発用の設計ツールです。実際、SICLEを用いて、JAXAさんや建設会社さんとも月周回有人拠点(Gateway)や月地下居住空間における物質循環、温度や湿度のコントロールといった解析を行っています。


火星有人探査船用ECLSSの研究開発のためのモデル図(提供:宇宙システム開発株式会社)
火星有人探査船用ECLSSの研究開発のためのモデル図(提供:宇宙システム開発株式会社)


──── シミュレーションと現実にギャップはありますか。

もちろん、最初からすべての要素を反映してシミュレーションできればいいのですが、やはり実際にリアルな設備を組み上げて実証データを取りながら、最終的には全体を構築できるようになるのがシミュレーションソフトウェアの特徴なので、そうしたギャップは少しずつ埋めていくことになるかと思います。


──── 御社の事業の人工衛星の地上システムと有人宇宙開発とはどのような関係になるのでしょうか。

Java言語で行うプログラミングやソフトウエア、シミュレーションの開発のノウハウがなければ、物質循環制御システムも生命維持系のシミュレーションも開発できません。そういう意味では、人工衛星の計画立案や軌道計算で蓄積した技術が有人宇宙開発にも生かされています。


有人宇宙開発の展望〜要素技術の物質循環制御システムも防災やカーボンニュートラルへ応用

──── 実際の有人宇宙開発はどのような段階で進んでいくのでしょうか。

月に関しては実際に有人で月面着陸しています。一定期間、月を周回したり月面で生活していく場合、最初は国際宇宙ステーションのように数名から始めるのだと思います。いきなり月面基地の建設は難しいので、ローバーのような手段で月面を移動するようなことから少しずつ進めていくのでしょう。

ただ、ある程度の期間、月面に人間がいる場合、コストを下げる手段としてもさらにリサイクル率を上げた環境制御・生命維持システム(ECLSS)が必要になります。現在、こうしたことに必要な装置や設備の開発研究が進められていますが、この先、バイオテクノロジーや医薬分野などとの連携も必要になってくるのだと思います。


月面基地の縦孔にあるECLSS装置と与圧ローバーのイメージ(提供:宇宙システム開発株式会社)
月面基地の縦孔にあるECLSS装置と与圧ローバーのイメージ(提供:宇宙システム開発株式会社)


──── 有人宇宙開発のほうのビジネスはどのように展開してますか。

弊社は宇宙ロボットや宇宙空間での輸送などの技術開発や提案もしていますが、宇宙空間でいったいなにが起きるのかわからないことだらけで、例えば放射線対策にも興味がありますが、生命維持システムのほうもやることはまだまだ多いので、当面は物質循環制御システムの構築に注力していこうと考えています。

ビジネスとして物質循環制御システムのシミュレーションは、防災計画の策定支援用のシミュレータに改造したりしています。災害時の避難所での食料やトイレの問題がひじょうに生命維持システムと似ているのです。防災用に改良したのがこのシミュレータです。また、物質循環制御システムを武器として、ECLSSの研究開発支援業務も広がっています。


──── この防災計画の策定支援シミュレータは、どのようなことができるのでしょうか。

災害時に刻々と変化する状況をシミュレーションすることで、備蓄品の過不足の検証や支援物質の輸送・供給シナリオの演習、避難所のトイレやゴミ置き場などの必要量の確認ができます。具体的には、災害と行政のシナリオを作成し、避難状況のモニタリング、各要素の定義づけやパラメータの調整などを行ってから物資消費や輸送のシミュレーションを実施します。その結果を分析し、防災計画へ反映させるという流れになります。


防災計画策定支援用シミュレータの画面(提供:宇宙システム開発株式会社)
防災計画策定支援用シミュレータの画面(提供:宇宙システム開発株式会社)


──── 御社のSICLEを応用したビジネスの可能性もありますね。

まさに、二酸化炭素の回収技術はカーボンニュートラルそのものなので、SICLEは脱炭素社会の実現に使えるシステムでもあります。そういう意味では、狙っていたわけではないのですが、弊社の技術はSDGsの流れに貢献できるのではないかと思っています。


──── 地球規模の課題解決につながるというわけでしょうか。

弊社も参画しているスペース・フード・スフィアという宇宙での食糧生産や資源再生といった課題解決を社会実装しようとする団体があって、そこで閉鎖型のECLSS施設を日本に作ろうとしてます。これは、2040年代に月面に1,000人規模の居住基地を建設し、宇宙という極限環境で課題を抽出することで食糧問題の解決につなげようという試みのためのテストベッドになる予定です。




本連載では広崎氏のお話をご紹介してきましたが、やはり宇宙開発ビジネスの動機は夢とロマンということが伝わってきました。創業2年目から黒字経営を続けてきているという同社ですが、人工衛星に必須の地上システムと有人宇宙技術に必須の物質循環制御システムでこれからどんな展開をするのか楽しみです。

文・写真/石田雅彦


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