PCP(多孔性配位高分子)とは。分子レベルのジャングルジムが起こす様々な利用用途〜PCP社会実装に向けて(前編)

INTERVIEW

株式会社Atomis
代表取締役CEO
浅利 大介

PCP(Porous Coordination Polymer)は、1997年に京都大学の北川進特別教授により発見された多孔性配位高分子であり、金属イオンと有機分子が三次元的に組み合わせられた分子レベルのジャングルジムのような構造を持ちます。PCPはユニークな構造に起因し有用な性質を持つことが明らかになったことでノーベル賞級の発見と言われるほど注目を浴びましたが、コストダウン及び量産化のめどが立たなかったことから実用化が進まない状況が長らく続いてきました。今回は、PCPの社会実装に注目し、2回にわたって京都大学発スタートアップAtomisへお話を伺いしました。前編では、PCPの概要や量産化に向けた取り組みについてご紹介します。

科学の世界では、科学者によって社会において有用で画期的な物質が発見されたにもかかわらず、長い間実用化が進まないことがあります。その背景には、発見された製造方法ではコストがかかりすぎることや、量産が難しいといった理由があります。一般的に、科学者は新たな物質を発見するまでが仕事で、それを社会実装するのは企業の仕事と言えますが、そのステージに進まないことが多いのです。

画期的な物質に目をつけた企業が量産化に向けた研究開発を進めることによりそうした問題をクリアすることが望まれますが、成功するかどうかはやってみないとわからない部分があります。そのような採算性が不透明な新しい技術開発に対して、お金と人員を投資できる企業は多くはないのです。

1997年に京都大学の北川進特別教授が発見し、世界から脚光を浴びた多孔性配位高分子(PCP)または金属有機構造体(MOF)と呼ばれる革新的な新素材もまた、そうした理由から日本で日の目を見ない状態が続いてきました。しかし、2015年に創業した京都大学発スタートアップによって、今まさにイノベーションが起きようとしています。


PCPは、物質の分離、貯蔵、隔離、配列、触媒としての利用など、様々な利用用途がある

Atomis代表取締役CEO 浅利大介(あさり・だいすけ)氏
Atomis代表取締役CEO 浅利大介(あさり・だいすけ)氏


PCPは金属イオンと有機分子を三次元的に組み合わせて作る素材で、連続的に結合して、ジャングルジムのような構造を持ちます。その中にナノレベルの無数の孔(あな)が空いています。いわば地上最小のジャングルジムで、正方形を組み合わせた6面体構造だけでなく、8面体や12面体などさまざまな形状で作ることができるのです。

PCPは物質の分離、貯蔵、隔離、配列、触媒としての利用など、さまざまな利用用途が考えられます。
例えば、貯蔵。この孔に一つずつ気体の分子を入れていくと、どうなるでしょうか。通常、気体の分子は空中を飛び回って互いに反発し合うため、体積を減らすためには高い圧力をかけなければなりません。しかしPCPの孔の中に気体の分子が一つずつ入っていくと、反発せずに安定するため、圧力をかけなくても大量の気体を閉じ込めてしまえるのです。

まさにPCPは、さまざまな産業にイノベーションをもたらす可能性を感じさせる大発見でした。しかし、課題がありました。北川特別教授の発明では、実験室で試験管レベルの少量のPCPを自由に作ることはできたのですが、ビジネスにできるスケールで生産することはできず、製造に大きなコストがかかるなど、実用化するにはまだまだ多くのハードルがあったのです。一時は脚光を浴びたPCPでしたが、この商用化に本気で取り組む日本企業はほぼ存在しなかったのです。

しかし、その一方で海外ではPCPの実用化を目指すスタートアップが立ち上がり、着実に研究開発が進められてきました。このままでは日本の研究成果が海外に奪われてしまう。そう憂えた北川特別教授の門下生たちは、日本での実用化を促進すべく、京都大学発のベンチャー企業を立ち上げました。それが、今回取材でうかがった株式会社Atomisです。

「Atomisは北川先生の弟子で、現在は同大学で教鞭を執る樋口雅一(ひぐち・まさかず)特定准教授が創業した会社です。私と樋口先生は京都大学の同級生で、彼に誘われて創業2年目の2017年からCEOとして参画しました。声をかけてもらった当時、私は大手化学系企業で新規事業の立ち上げなどを担当していましたが、40歳を前にして大企業でできることの限界を感じており、悩みながらも職を辞してスタートアップに挑戦することにしました。私は北川研出身ではありませんでしたが、私自身、学生時代に金属錯体の研究に取り組んでいたこともあり、何とかしたいという思いが強くありました」(浅利氏)

そう語るのは、Atomisの代表取締役CEOを務める浅利大介(あさり・だいすけ)氏。現在は、北川研究室に所属していた取締役COOの片岡大(かたおか・だい)氏、北川特別教授のもとで博士研究員を務めていた執行役員CSOの隅田健治(すみだ・けんじ)氏の2人が加わり、北川特別教授も同社の科学顧問として参画しています。


PCPは、整然と並ぶ多数の孔でさまざまな機能を生み出す多孔性材料の一種

有機物と金属イオンが結合して多孔性配位高分子になる(提供:Atomis)
有機物と金属イオンが結合して多孔性配位高分子になる(提供:Atomis)


Atomisが実用化を推進しているPCPは、北川特別教授が金属錯体の合成を研究している過程で生まれた物質です。金属錯体は、金属イオンと有機物(有機配位子)が結合した化合物のことを指します。北川特別教授は特殊な方法を用いることで、微細な孔が無数に空いたするジャングルジムのように整然とした構造をもった金属錯体を合成することに成功しました。このPCP発見の功績から、配位空間化学の創始者として北川進教授はノーベル化学賞の有力候補に名を連ねています。

「PCPの最大の特徴は、規則的な孔が空いているという点です。孔が空いていれば、そこに物質を出し入れすることができる。それはすなわち、機能を作れることを意味します。しかも、金属イオンや有機物の種類を変化させることで孔の形状や大きさを自由にデザインできる。それがPCPの最大の利点となっています」(浅利氏)

無数の孔が開いた構造であるPCPは、大きな分類では多孔性材料の一種と言えます。
多孔性材料は、多数の孔があることで表面積が大きくなり、気体分子を大量に吸着できるため、消臭剤などとして用いられています。ゼオライトや活性炭がその代表例です。活性炭は孔の大きさが不規則であるため、特定の分子を選択的に吸着することは困難でした。一方、ゼオライトは規則性のある孔を有しますが、その比表面積や孔の大きさが小さく、用途が限られるという欠点がありました。しかし、PCPは構造が規則正しく、しかも孔の大きさを調節できるためそれが可能になるのです。

「孔の中に特定の分子を貯蔵したり、分離したりするのは、考えられる機能の1つにすぎません。構造をデザインすることにより、孔の中でこれまでにない高分子を合成したり、新しい触媒反応を起こしたりすることも可能です。また、安定的な構造でありながら、配位結合しているおかげで柔軟性があり、スポンジのように孔を開いたり閉じたりできる点もPCPの大きな特徴です。その性質を使えば、気体を効率的に吸収・放出したり、スイッチのオンオフのような機能を持たせることも可能です。

PCPを構成する金属イオンと有機物の組み合わせは無数にありますし、活性炭のような無機物と異なり、形状を自在にデザインすることも可能です。現在、年間約15,000報を超えるPCP関連の論文や特許が出されており、すでに10万種類以上のPCPが合成されたと報告されるなど、化学の世界においてPCPは大きな研究領域になりつつあります」(浅利氏)

こうしたPCPの優れた特性を生かすべく、現在、幅広い分野で応用が検討されています。食品業界では腐敗を防ぐ1-メチルシクロプロペンガスをPCPに封入して鮮度維持材として使用する方法がすでに実用化されています。また、半導体業界では孔の中でオングストロームレベルの微小な次世代半導体を作成する手法の開発が進められています。Atomisにも医薬、電池、宇宙開発など、さまざまな業界から技術協力の依頼が来ているそうです。


PCPはさまざまな特性を持ち、幅広い利用が可能(提供:Atomis)
PCPはさまざまな特性を持ち、幅広い利用が可能(提供:Atomis)


「環境ソリューションの分野でもPCPを活用できると考えています。現在、カーボンニュートラルが推進されていますが、PCPは排ガス中の二酸化炭素を選択的に分離して貯蔵することができます。さらに、PCPを触媒として水を加えて化学反応を起こせば、メタノールが合成できます。メタノールはそのまま燃料にしてもいいですし、PCPを使って炭化水素を合成してプラスチックの原材料にすることもできます。最終的に発生する二酸化炭素は、再びPCPに分離・貯蔵すればいい。このようにPCPを使うことで、効率的なカーボンリサイクルが可能になるのです」(浅利氏)


PCP量産化に向けて固相合成による製造プロセスの開発で1,000分の1以下のコストダウンに成功

さまざまな大きさ、特性を持つPCPを製造可能に
さまざまな大きさ、特性を持つPCPを製造可能に


大きな可能性を秘めたPCPですが、前述のように製造コストが高く、量産化が難しいことが実用化を妨げていました。しかし、Atomisは独自の合成方法を開発し、低コストでの量産化を実現しました。PCPはそれまで、ソルボサーマル合成など有機溶媒を使った「液相合成」により作られていました。しかし、有機溶媒は高価であるうえ作業者にとっても有害であり、さらに製造工程で二酸化炭素を大量に排出しますし、加温すると爆発する危険性もあるなど、量産化するにはかなりのコストがかかってしまいます。

しかし、Atomisは粉状の物質を擦り合わせて合成する「固相合成」による製造プロセスの開発に成功しました。それにより、1kgあたり数千万円かかっていたコストを数千円程度まで下げることができたうえ、製造効率と安全性も向上したそうです。

「スタートアップの存在意義は、大企業が二の足を踏むような研究開発を行えることにあると思っています。実際に低コストの製造法を確立できたことは実用化を進める我々にとっても追い風になりました」(浅利氏)

Atomisは自社でのPCPの製造を、パイロットスケール(20~100kg/バッチ)までとし、大量生産に関しては製法を大手企業に提供し迅速な市場形成を行うという戦略を取っています。

「大手企業には信頼に値する品質管理システムや価格交渉力、強固な間接部門などベンチャーにはない武器があります。それを生かしてPCPを効率的に量産し、製品化してもらうことで社会実装を加速したいという思いがあるんです」(浅利氏)

一方で、PCPは種類によって製法が異なるため汎用性に劣ること、製造コストは下げられても材料コストが高いままであることなど課題も残っています。現在はそれを解決すべく、独自に構築したデータベースをもとにコンピューターケミストリーを駆使して、効率的に新素材の開発と製法の確立を行う環境を整えています。

大きな課題だったPCPの量産化に成功したAtomisですが、世界で24社のスタートアップが実用化に向けてしのぎを削る中、さらなるイノベーションを起こして業界を牽引しようとしています。その鍵となるのが、現在開発を進めている次世代スマート高圧ガス容器『CubiTan(R) (キュビタン)』です。従来のエネルギーインフラ業界に革命を起こす可能性のあるこの発明について、後編で詳しく解説していきましょう。

参考情報
・CubiTanは、株式会社Atomisの登録商標です。


文/高須賀哲
写真/嶺竜一



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