スマート畜産(酪農)を取り入れる背景、日本酪農の「大規模化」と「放牧」への転換~人手不足を解決するスマート放牧酪農への取り組み(前編)

INTERVIEW

北海道・宇野牧場
牧場主
宇野 剛司

酪農は、広大な土地を生かして古くから北海道で盛んに行われており、現在も日本の生乳生産量の50%以上を占める一大酪農地域となっています。一方、他の第一次産業と同様に人手不足という問題に直面しています。今回は、酪農の人手不足を解決する取り組みに注目し、その一つの例として、北海道の「宇野牧場」が行っている取り組みについて2回にわたってご紹介します。前編では、日本の酪農の動向、特に酪農の「大規模化」の動きや、それに伴う従来の「舎飼い」から「放牧」への転換、「放牧」の特徴についてご紹介します。

なぜ日本の酪農は人手不足なのでしょうか。まず、酪農の牧場は都市部から離れており、そもそも人が少ないという地理的な条件があります。また、日本の酪農の仕事は、「汚い」「きつい」「くさい」の3K仕事だとも言われ、朝は早く、休みは交代制で少ない、などの理由があり、特に若い人に敬遠されがちです。酪農事業者が人員を確保するには、従事者の労働(量・時間)を減らす、給料を上げる、働きやすい環境にする、といった改革が必要かと思われます。そのためには経営改善が重要です。その方法の一つが、「大規模化」です。

酪農の「大規模化」と、それに伴う従来の「舎飼い」から「放牧」への転換

宇野牧場では広大な草地に牛が放牧されている。放牧牛は舎飼いの牛よりも長生きする。(提供:宇野牧場)
宇野牧場では広大な草地に牛が放牧されている。放牧牛は舎飼いの牛よりも長生きする。(提供:宇野牧場)


実は近年、北海道では酪農の集約、大規模化が進んでいます。北海道の酪農家数は1991年の13,600戸から2021年の5,720戸へと減少し、1戸当たりの頭数は91年の59.6頭から2021年の145.2頭へと2.5倍近くまで増えています。牧場の面積も以前は2桁ha(ヘクタール)が普通でしたが、今では3桁haを持つメガファーム、4桁haを持つギガファームも増えています。

しかし、従来通りの日本の酪農のやり方では、大規模化をしたから単純に生産効率が高まり、経営の業績が良くなるわけではありません。頭数が増えれば、牛舎や設備などの投資にお金がかかり、飼料自給率(飼料における牧場で自生する牧草の割合)が減って飼料費も高くなります。人手も多く必要になります。特に「舎飼い」の場合、牛舎の糞尿の清掃、給餌、搾乳などの労働が増え、病気や、出産への対応にも追われるなど、確実にコストが増えます。

そこで今、注目されているのが、「放牧」への転換です。北海道では広々とした牧草地で牛を放牧しているイメージがありますが、じつは放牧を実践している牛飼養者は半数ほど。全国では2割以下しかありません。北海道の牧場はあれほど広々としながら、多くが牛を牛舎に閉じ込めて飼育する「舎飼い」なのです。

舎飼いでは、餌は主に麦やトウモロコシなどの輸入穀物と、牧草を醗酵させたサイレージを与えます。そうすると栄養価が高まるからです。牧草が育ったら刈り取ってロールにし、ラップを巻き、醗酵させます。牧草地はいわばサイレージのための畑です。なぜ舎飼いをするかというと、牧草食中心では乳脂肪分が下がってしまうというのと、放牧をして運動をさせたら乳の量が減り、短い若草も食べるので牧草を育てる効率も悪いと考えられてきたためです。日本では、舎飼いこそが効率を追求した酪農の形であるとされてきました。

しかし、世界を見回してみるとどうでしょうか。世界中に乳製品を輸出しているアメリカやオーストラリア、ニュージーランド、ヨーロッパのような酪農先進国では放牧が基本です。まず、放牧は舎飼いよりも低コストで運営できます。牛は放牧中にも排泄するため牛舎の清掃が簡単で、給餌の労働も省かれます。牧草の量が十分であれば穀物飼料を与える必要がなく、餌の費用が抑えられます。また、放牧牛は舎飼いの牛よりも長生きし、搾乳できる年月も多いため、トータルでの搾乳量は増えます。病気も減り、医療コストも下がります。また、乳が出る前の仔牛を飼う数も少なくてすみます。これら以外にも多くのメリットがあり、放牧はローコスト経営がしやすいのです。

乳質にも変化があります。日本では牛乳は乳脂肪分が高いほうが良いとされてきましたが、海外ではそういう考えはありません。牧草食の放牧牛は、穀物食の舎飼いの牛に比べ、乳脂肪分が低い代わりに、ベータカロチンやオメガ3脂肪酸、共役リノール酸(CLA)、α-リノレン酸を含む有益な脂肪酸が多く含まれるなど、栄養価が高く美味しい生乳を生産することができることがわかっています。また、加工にも適しており、長期熟成チーズなどは牧草食の牛乳からでしか作れないものもあります。放牧の牛乳には付加価値商品を作れる可能性があるのです。


「放牧」は、日本の酪農の常識を覆すやり方だが、酪農先進国では成功したやり方

そうしたさまざまなメリットから、近年では農林水産省も放牧を推進していますが、牧場の側に放牧のノウハウが不足しているため普及が進んでいないのが現状なのだと言われています。

北海道北西部の天塩町にある宇野牧場では、2005年以降に舎飼いから放牧への転換を行いました。

「私は家業を継ぐ形で2005年に就農しました。父の時代は乳牛を舎飼いして穀物をたっぷり与えれば牛乳がたくさん出るというのが定説で、父は一年中休みなく牛舎で牛の世話をしていました。その姿を見ていた私は、酪農という仕事にあまり魅力を感じることができず、家業を継ぐことをためらうほどになっていました。

しかし、大学時代にニュージーランドの放牧酪農について学び、大きな衝撃を受けました。ニュージーランドでは乳価(生乳の価格)が日本より安いにもかかわらず、酪農家の所得は高く、なおかつ休みも十分にとれる。日本の酪農のイメージとはまったく異なっていたのです。さらに掘り下げて学ぶうちに、ニュージーランドのような酪農先進国では、ロボットを駆使するなど最先端の技術を取り入れて放牧をしていることがわかってきました。ならば、それを実践すれば日本の酪農もより良く変わるはず。そう考えて『宇野牧場』の草地を使って放牧に挑戦することにしました」

そう語るのは、1945年に創業した「宇野牧場」の三代目の宇野剛司(うの・たけし)氏。しかし、舎飼いから放牧への転換は一筋縄ではいきませんでした。牛は習慣性が強い動物なので、いきなり牛舎から牧草地に放っても草を食べません。牛を慣らすだけで2年かかったといいます。また、牛に穀物飼料を与えるのをやめ、牧草は化学肥料を一切使わずに育てることにしました。こうした日本の酪農の常識をことごとく覆すやり方を父に理解してもらうのにも苦労したと宇野さんは語ります。しかし、努力の成果は徐々に現われてきます。

「放牧に転換したことで生乳の質が驚くほど変化したんです。香りも、色も、味わいも、すべてが向上しました。放牧をすると牛がよく運動するためエネルギーを消費してしまい、生乳の量が減るのですが、品質の良さはそれを補って余りあるものです。牛の健康状態も大きく改善しました。放牧をすることで牛は病気になりにくくなり、治療などのコストが削減できました。また、日本で飼育されている牛の平均寿命は3〜4年ですが、当牧場の牛は倍以上の10年ほど生きます。当牧場ではホルモン剤も一切使用しないため年1回の出産も難しいのですが、寿命が延びたことで出産回数も増え、その分をカバーすることが可能です」


「放牧」に重要な牧草と牧草を育てる土へのこだわり

宇野牧場では牧草を育てる土にもこだわっています。良い土が良い牧草を育てるのです。

「カルシウムやミネラル成分など土の状態を分析し、足りない成分を散布して加えることで最適な土壌のバランスをキープしています。日本では微生物が土1gあたり100万いれば良い土とされますが、宇野牧場の土にはその倍の200万の微生物がいます。そのため、牛が糞をすると通常は2〜3か月経っても分解されませんが、うちでは3週間もかからずに堆肥へと分解されます。

また、牧草にも種類があり、現在は牛が好んで食べる糖度やたんぱく質の高いペレニアルライグラスという草をメインに、数十種類の牧草を植えています。牛は自分に足りない栄養素を含む草を本能的に選んで食べるため、手をかけずに栄養管理をすることができます」

このように、これまで日本ではあまり行われてこなかった放牧酪農のあり方を探求し、自らが納得する高品質な牛乳の生産を可能にした宇野氏。牛はストレスと運動不足が減り、本来の草食になり、健康で長生きするようになりました。

続く後編では、AIとドローンを取り入れ、自動化・大規模化を可能にする「スマート酪農」のチャレンジに迫ります。

文/高須賀哲

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