色素増感太陽電池の全固体研究をペロブスカイト太陽電池の課題解決に~ペロブスカイト太陽電池の研究開発ストーリー(中編)

INTERVIEW

桐蔭横浜大学
医用工学部臨床工学科
特任教授 宮坂 力

ペロブスカイト太陽電池の研究開発ストーリーや特徴などについて、同太陽電池の研究開発を主導した桐蔭横浜大学の特任教授 宮坂力氏にお話を伺う本連載。中編では、化学でもあり物理学でもあるペロブスカイト太陽電池研究の特徴や、ペロブスカイト太陽電池の実現するまで重要な役割を果たした研究者同士のつながり、開発中のペロブスカイト太陽電池の課題を、色素増感太陽電池の全固体研究成果を適応して解決した開発ストーリーについてお話を伺いました。

現在、太陽電池の材料として広く普及しているのはシリコン(Si)ですが、次世代の太陽電池としてペロブスカイト(Perovskite)結晶構造をもつ材料によるペロブスカイト太陽電池が注目を集めています。ペロブスカイト太陽電池は、簡易な装置で材料を塗布することで低コストな製造工程が可能になります。また、光からのエネルギー変換効率を高くできる可能性を秘め、軽量で柔軟性に富む太陽電池を作ることができると言います。有機無機ハイブリッド構造のペロブスカイト結晶が酸化チタンの可視光増感剤としてはたらくことを発見し、太陽電池への開発を主導した桐蔭横浜大学医用工学部臨床工学科特任教授 宮坂力(みやさか・つとむ)氏に開発秘話を伺いました。


ペロブスカイト太陽電池は、化学でもあり物理学でもある研究対象

──── 光を扱う研究領域でいうと化学より物理学なんでしょうか。

宮坂氏(以下同):
光合成のように光で水を分解するのは化学の分野になりますが、光と固体の素子で発電させるという分野は圧倒的に物理学です。ところが、ペロブスカイトを作る工程は泥臭い化学の領域なんです。泥臭い化学という意味は、例えば料理で『さしすせそ』というように、なぜ砂糖を先に入れなければならないのかというようなレシピが化学にはあって、これは物理学者からすると理解しづらい考え方なんです。


──── ペロブスカイトの薄膜を作る工程が化学の領域というわけですね。

はい。しかし、いったんできてしまえば、それは太陽電池という半導体です。半導体はもう完全に物理学の領域なので、物理学の研究者は薄膜の結晶欠陥やバンドギャップなんかを調べたりするわけですが、これはもう化学の研究者には手が負えません。そういう意味でペロブスカイト太陽電池は、化学でもあり物理学でもある研究対象という珍しい例です。

実際、化学と物理学の分野はほとんど交流がありませんから、若い研究者や学生を国際学会へ連れて行ってペロブスカイト太陽電池で化学でもあり物理学でもあるような研究発表をさせると、相互の研究者をブリッジすることになってとても勉強になるんですね。


──── 化学と物理学といった狭い分野を超えてしまったというわけですね。

学術の分野横断という意味では、大学の学科も同じです。例えば、材料工学という研究領域がありますが、材料工学は化学でも物理学でもないんです。これからどんどん敷居がなくなっていくんでしょう。


ペロブスカイト太陽電池の成膜過程で紫外線を照射すると明るく輝くという。これもペロブスカイトの特性のひとつ。(提供:桐蔭横浜大学 宮坂研究室)
ペロブスカイト太陽電池の成膜過程で紫外線を照射すると明るく輝くという。これもペロブスカイトの特性のひとつ。(提供:桐蔭横浜大学 宮坂研究室)


研究者同士のつながりが、ペロブスカイト太陽電池の実現に重要な役割に

──── ペロブスカイト太陽電池の開発に話を戻したいんですが、最初に小島さんが電流を確認したときはどんな状況でしたか。

当時、この研究がこれだけ大化けするとは思っていませんでしたから、小島くんが実際に光を当てて電流が流れることを確認したとき、うれしかったのと同時に正直な話、私は小島くんはこれで論文が書けるな、くらいにしか思っていませんでした。実際のところ、大学院の学生がそれまで誰もやっていない新規性のある研究テーマを探すのは大変なので、彼はこの研究で学位を取得できるな、くらいの感じです。


──── あまり期待していなかったんですか。

小島くんが最初に作ってきた太陽電池はすごく不安定でしたし、エネルギー変換効率も1%以下で悪かったんです。しかし、ペロブスカイトという珍しい材料で太陽電池を作るというユニークな研究でしたから、ちょうどその頃、私は東京大学で5年間、客員教授を務めることになったこともあり、修士を修了して就職がほぼ決まっていた小島くんに、学費の安い東大の大学院の博士課程でペロブスカイト太陽電池の研究を続けて論文にまとめないか、と誘ったんです。


──── その成果がこうして結実したわけですね。

これは皆さんに言っていることですが、私は単に学生や研究者の研究テーマや交流に関して寛容で、その場を提供しただけなんです。ただ、ペロブスカイト太陽電池の研究開発に関して言えば、私を含めて何人かの人間が関わっています。その誰一人として欠けていてもペロブスカイト太陽電池は実現しなかったと言えます。最初のきっかけは、大学の学長から2004年に大学発ベンチャーを立ち上げないかと打診され、そのベンチャーに応募してきた大学の講師の先生が、彼が指導していた小島くんを紹介してくれたんです。


──── 小島さんと小島さんを紹介してくれた先生、そのほかの方の存在がなければペロブスカイト太陽電池ができなかったんですね。

小島くんは2009年に論文を発表したんですが、前述したようにしばらく誰も追試しないし、注目もしない状態が続いていました。そのままだったら忘れ去られていた研究だったかもしれませんが、私の研究室の博士課程に村上拓郎(むらかみ・たくろう)くんという学生がいて、博士号を取った後にキャリアアップのために彼をスイスのローザンヌ工科大学へ送ったんです。ローザンヌ工科大学にはマイケル・グレッツェル(Michael Grätzel)さんという色素増感太陽電池を発明したノーベル賞級の教授がいて、彼に紹介状を書いたところ受け入れてくれるということでした。


──── その村上さんも重要な人物なんですか。

そうです。村上くんは、前述した『Science』の論文を主導したスネイスさんにローザンヌ工科大学で出会ったというわけです。村上くんはスネイスさんと酒飲み仲間になって、小島くんや私が研究していたペロブスカイト太陽電池について話をしたところ、興味をいだき、ちょっと研究してみようということになりました。スネイスさんもビール好きですが、村上くんもお酒が大好きなので、この二人がローザンヌのパブで出会って意気投合しなければペロブスカイト太陽電池はできなかったでしょう(笑)。


開発中のペロブスカイト太陽電池の課題に、色素増感太陽電池の全固体研究を適応

──── スネイスさんもペロブスカイト太陽電池の研究をしていたんですか。

いや、スネイスさんは色素増感太陽電池で固体化の研究をしていました。電池と同じ液体の電解液を使う色素増感太陽電池は、電解液が漏れたりする問題があって湿式ではなく乾式の全固体が必要でしたがなかなかうまくいかず、当時は壁にぶつかっていたそうです。スネイスさんは我々のペロブスカイト太陽電池の論文を読んで、自分の固体化の研究を使えば、当時のペロブスカイト太陽電池の問題だった膜の不安定さが解決できるんじゃないかと考えたんです。


柔軟性に富むペロブスカイト太陽電池は、衣服などに装着するウェアラブル・デバイスの電源としての可能性も高いという(提供:桐蔭横浜大学 宮坂研究室)
柔軟性に富むペロブスカイト太陽電池は、衣服などに装着するウェアラブル・デバイスの電源としての可能性も高いという(提供:桐蔭横浜大学 宮坂研究室)


──── ペロブスカイト太陽電池の膜はなぜ不安定なんですか。

我々が作ったペロブスカイト太陽電池では、色素増感太陽電池の色素の代わりにペロブスカイトを使っているんですが、色素増感太陽電池と同じ湿式なので最初は塗布したペロブスカイトが溶け出してしまうんです。ペロブスカイトは、鉱物のような酸化物ではなく、ハロゲンが入っているイオン結晶で溶けやすい材料なんです。

ですから、小島くんが最初に作ったときは、溶けないうちにすぐに光を当てて電流を測ってというくらい安定しないものでした。我々も全固体(乾式)のペロブスカイト太陽電池を作ってはいたんですが、それは効率が0.4%と最初に作ったものより低くなってしまいました。


──── 全固体のペロブスカイト太陽電池でエネルギー変換効率をいかに高くするかということが課題だったんでしょうか。

全固体のペロブスカイト太陽電池を発表したのは、小島くんと一緒に行った2008年のハワイの学会ですが、その時は色素増感太陽電池にごくわずかにペロブスカイトを加えたものでした。当時はまさかペロブスカイトが優秀な半導体になるとは考えていなかったので、実はペロブスカイトが色素増感太陽電池で使える材料になるのではないか程度の気持ちだったんです。なので、断面でいえば、ペロブスカイトの厚さは現在の0.5μmの100分の1程度でしかありませんでした。


──── では、スネイスさんがペロブスカイト太陽電池を安定させたんですか。

そんなにすぐうまくいかないんですが、彼はその後、母国の英国へ戻ってオックスフォード大学の教授になりました。自分の研究室を持ったことで、なにか研究テーマがなければなりません。スネイスさんは、もともと効率が悪くて不安定なペロブスカイト太陽電池は自分の全固体(乾式)の研究を使えば伸びシロがありそうだと考え、ペロブスカイトの工程を学ぶためにオックスフォード大学から一人の学生を私の研究室へ送ってきたんです。

マイケル・リー(Michale M. Lee)くんというその学生は物理学系の人間でしたが、2か月ぐらい私の研究室にいて小島くんの手ほどきを受けたんです。そして、英国へ戻る直前に性能の良いものができ、その結果をもとにして10%を超える変換効率を出して2012年の『Science』論文になりました。その後、色素増感太陽電池を研究していた研究者の多くが、ペロブスカイトを研究テーマに切り替えるほど注目されるようになったんです。


──── やはり、変換効率が10%を超えたというのが大きいんでしょうか。

前述したように、3つの要素(前編から抜粋:性能が悪い、よくわからない材料、安定性が悪い、の3つ)のうち、性能が10%を超えるようになると途端にみんなが注目し始めるようになるんですね。その後、これまでペロブスカイト太陽電池に関する論文が3万件近く発表されるようになっています。

桐蔭横浜大学医用工学部臨床工学科特任教授 宮坂力(みやさか・つとむ)氏。
工学博士。専門分野および研究分野:光電気化学、環境エネルギー科学、色素増感太陽電池ならびに有機/無機ハイブリッド光電変換素子に関する研究、光蓄電型素子(光キャパシタ)の構築。東京大学大学院工学系研究科合成化学専攻博士課程修了。カナダ・ケベック大学トアリビエール校生物物理学科(1979~1980)、東京大学大学院総合文化研究科客員教授(2005〜2010)、富士写真フイルム(株)主任研究員(〜2001年)、桐蔭横浜大学大学院工学研究科教授を経て2017年から現職。2004年に大学発ベンチャー、ペクセル・テクノロジーズ(株)設立、現在代表取締役。2019年より東京大学先端科学技術研究センター・フェロー。
桐蔭横浜大学医用工学部臨床工学科特任教授 宮坂力(みやさか・つとむ)氏。
工学博士。専門分野および研究分野:光電気化学、環境エネルギー科学、色素増感太陽電池ならびに有機/無機ハイブリッド光電変換素子に関する研究、光蓄電型素子(光キャパシタ)の構築。東京大学大学院工学系研究科合成化学専攻博士課程修了。カナダ・ケベック大学トアリビエール校生物物理学科(1979~1980)、東京大学大学院総合文化研究科客員教授(2005〜2010)、富士写真フイルム(株)主任研究員(〜2001年)、桐蔭横浜大学大学院工学研究科教授を経て2017年から現職。2004年に大学発ベンチャー、ペクセル・テクノロジーズ(株)設立、現在代表取締役。2019年より東京大学先端科学技術研究センター・フェロー。



宮坂氏はみんなが集まってワイワイ研究する雰囲気が好きだと言い、自分はペロブスカイト太陽電池の開発ではそうした若い研究者たちの橋渡しをしただけと謙遜しますが、最初に光に関係した材料ということで学生に自由に研究させてみた着眼点、PI(Principal Investigator、研究室主宰者)としてペロブスカイトという材料から太陽電池への開発を引っ張っていった指導力がなければできなかった技術でしょう。後編はペロブスカイト太陽電池の可能性などについてのお話をご紹介します。

文/石田雅彦


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