「深宇宙」探査へ、EQUULEUSの3つ科学観測ミッションと水推進エンジン《EQUULEUSの技術:後編》~アルテミス1号に相乗りする日本のキューブサット(4)

INTERVIEW

宇宙航空研究開発機構(JAXA)
 宇宙科学研究所 学際科学研究系 教授
 EQUULEUSプロジェクトリーダー

船瀬 龍

1969年の「アポロ計画」以来半世紀を経て、再び月を目指す新しいプロジェクト「アルテミス計画」。その計画の第一弾として2022年初頭に打ち上げ予定の「アルテミス1号」には、無人宇宙船ORIONのほか、13の「相乗りミッション」が実施されます。その13のうち、日本から2つが採用。本連載は、この2つのプロジェクト「OMOTENASHI」「EQUULEUS」の技術やミッションについて、JAXAの各プロジェクトリーダーからお話を伺いました。第4回目は、「EQUULEUS」後編として、同プロジェクトの3つ科学観測ミッションと水推進エンジンを採用した理由についてお話を伺いました。

JAXA宇宙科学研究所教授で本ミッションのプロジェクトリーダーの船瀬龍(ふなせ・りゅう)氏へのインタビューの後編では、地球―月ラグランジュ点(EML2)に到達するというメインミッションにまつわる技術説明の続きと、3つの観測ミッションの説明、今回の成果がどのような宇宙開発の展開につながるかをお聞きします。

水推進エンジンを採用した理由と、その仕組み

──── EQUULEUS(エクレウス)のユニークな試みとして、水を使ったエンジン(レジストジェット推進系)が使われていますが、これも当初から念頭にあったのですか。

ありました。水を使う大きな理由の一つは安全性です。今回のアルテミス1はテスト飛行のため無人ですが、もともとNASAの有人ロケット計画の一貫ですので、安全性がまず求められます。協力している研究者で推進系の専門家が水を使った推進系を研究し始めていることを知っていて、できそうだという当たりはありました。本格的に開発が始まったのはプロジェクトが決まってからです。


──── 水を推進剤として使うエンジンはどういう点がすぐれているのでしょう。

水は常温の液体の状態だと分子量が小さいので、エンジンの小型化と高い比推力(推進効率)を得ることができます。今回は水を約100分の3気圧という低圧下で、常温で蒸発させます。ただ、蒸発するときにまわりの熱を奪うので、その熱はヒーターで供給しますが、熱は高い所から低い所へと流れるため、常温ならヒーターや水蒸気から熱は逃げにくくなります。周囲に配置した機器からの排熱を利用することもできます。この常温蒸発というのは今回の大きな工夫のひとつです。約1.2ℓの水を推進剤として使い、約80m/sの速度を出すことができます。

水推進系は小型化できる点、推進効率の高さだけでなく、取り扱いやすさと安全性、将来性という点でもすぐれた特徴を持っています。水は安く、薬品登録も不要で、容易に捨てられ、危険物には相当しませんし、低圧にして蒸発させるために、システム全体の圧力を下げることができ、水の入ったタンクは圧力容器ではなく、密閉容器として扱うことが可能です。さらに将来的に月や火星や小惑星で水資源が得られた場合に、それを利用できるエンジンを先んじて作っておけば有利ですし、宇宙開発の可能性を大きく広げることになります。

EQUULEUSの3つ科学観測ミッションと観測理由

──── 前編でお話いただいた軌道技術制御の実証は工学ミッションですが、このほかの科学観測ミッション3つについて教えてください。

EQUULEUSの観測ミッション①:地球磁圏プラズマの撮像

1つ目は地球磁圏プラズマの撮像です。地球は、人間の目では見えないのですが、大気圏から宇宙空間に染み出たガスで覆われていて、そのガスは地球半径の10倍から100倍近くまで広がっていることがわかっています。この領域をプラズマ圏と呼び、そのプラズマを構成する要素であるヘリウムイオンを撮影するのです。

PHOENIX(フェニックス)という観測装置を使います。ヘリウムイオンは太陽光を浴びたとき紫外線を反射します。紫外線は人間には見えず、通常のカメラでも写せないのですが、特殊な鏡や光の検出器を使ったカメラを乗せていて、地球周りに存在するヘリウムイオンが発光して出た紫外線の様子を地球から離れたところから全体像として撮影します。地球の周りからでは、そのもやもやの中にいるために全体像を把握できないのですが、EQUULEUSがプラズマ圏の外に出ることで、プラズマが太陽との相互作用で密度や大きさが変わる様子を俯瞰して見られるというわけです。このプラズマは、地球周りの放射線環境と相関があり、地球周りの宇宙空間の放射線がどのくらいあるのかという基礎的な理解につながります。

EQUULEUS の観測ミッションその1、地球磁圏プラズマを撮像する観測装置「PHOENIX」の完成品(エレキボードも含めた重量は約540g)(提供:JAXA)
EQUULEUS の観測ミッションその1、地球磁圏プラズマを撮像する観測装置「PHOENIX」の完成品(エレキボードも含めた重量は約540g)(提供:JAXA)


EQUULEUSの観測ミッション②:月面衝突閃光(LIF)の観測

2つ目は月の裏面での月面衝突閃光(Lunar Impact Flash、以下LIF)の観測です。月にぶつかったものを観測するとでも言えばいいでしょうか。宇宙空間は塵の粒子もあればこぶし大の隕石もあり、さらには直径が数百、数kmの小惑星などいろいろなサイズの天体がいろいろな密度で飛んでいます。小さいものほど数は多く、大きくなると数も少なくなります。

たとえば、地球では、隕石が大気圏に突入したとき、摩擦熱で燃えて発光し、流れ星として見えます。大抵は地球に落ちる前に燃え尽きますが、まれに地表面にまで到達することがあります。月面にもある頻度でいろいろなサイズの物体がぶちあたっています。ある程度大きな物体が月に衝突した際に、短い時間発光し、発生する閃光をEQUULEUSの高速高感度カメラで捉えるのがこのミッションです。このLIF観測ミッションのために開発した装置がDELPHINUS(デルフィヌス)です。

どういう頻度でどういうサイズの物体が月面に落ちているかわかると、人類が月面で活動するインフラをつくるときに大いに参考になります。特に小さな隕石がどれくらい、どのくらいの速度で飛んでくるのかというのは、インフラに与える危険性を知るのに重要な情報です。これまでは月にぶつかる物体を統計的に長期間計測した例がありませんでした。地球から観測する場合には、大気が邪魔になりますし、昼間は太陽の光が強すぎて、月を観測できません。そもそも月の裏側は見えないので、観測の継続性に難点があります。ラグランジュ点に向かう間に月面の裏側をずっと見ていられるからこそできることです。

カメラが2つあるのは、誤反応を除外するためです。月面閃光ではなく、宇宙から放射線が入ってきてもカメラが反応してしまうことがあり、カメラが1つしかなければ、それがただの放射線なのか、月面閃光なのか区別できません。2つあることで、片方だけ反応したら放射線、2個とも反応すれば、月面衝突というように、誤反応を区別しやすいようにしています。

EQUULEUS の観測ミッションその2、月面衝突閃光(LIF)の観測装置「DELPHINUS」のフライトモデル(提供:JAXA)
EQUULEUS の観測ミッションその2、月面衝突閃光(LIF)の観測装置「DELPHINUS」のフライトモデル(提供:JAXA)


EQUULEUSの観測ミッション③:宇宙塵(ダスト)の観測

3つ目は宇宙塵(ダスト)の観測です。地球や月周辺でどれくらい塵が飛んでいるのかを検出します。この観測の仕組みはちょっと特徴的です。EQUULEUSは小さい探査機なので、この観測のためだけに、容量をとるのは難しい。そこで、EQUULEUSの外側を包んでいる温度環境をコントロールする金色のフィルムの断熱材に、特殊フィルムを層状に重ねました。この観測装置の名称はCLOTH(クロース)です。

いわば、EQUULEUS自体がまとう金の衣に、小さな物体が当たったときに検知する仕組みです。このフィルムに高速で物体がぶつかると、電圧が発生するので、探査機内部の計測装置でモニターし、電圧の波形を観測するのです。もともと熱制御のために確保した外側の面積を別の用途にも流用して効率的にスペースを活用したわけです。


EQUULEUS の観測ミッションその3、宇宙塵(ダスト)の観測装置、EQUULEUS探査機FM外壁二面に配置されたCLOTH(提供:JAXA)
EQUULEUS の観測ミッションその3、宇宙塵(ダスト)の観測装置、EQUULEUS探査機FM外壁二面に配置されたCLOTH(提供:JAXA)


──── 観測ミッションはどこで行うのですか。

3つの観測ミッションは、ラグランジュ点に到達するまでにある程度は済ませておく予定です。
地球磁圏プラズマはある程度離れたところであれば観測できますし、月面衝突閃光もラグランジュ点に行くまででも見えます。ダストも宇宙を飛んでさえいれば、観測できます。これだけのミッションを乗せていて、全部不成功では困るので、並行してできるようにしています。

開発の苦労は「キューブサットの大きさ制限」、今後の深宇宙探査への期待

水タンクには1.2ℓの水が入っている。これを常温で蒸発させることでエンジンの推進力となる。太陽電池パドル(太陽光パネル)は衛星のすべての動作のもとになる太陽電池で、衛星にエネルギーを供給する。前述した水のエンジンのヒーターにも電力供給する。右側の丸形が磁気圏プラズマ撮像カメラPHOENIX。その横に2つ並んでいるのが月面衝突閃光観測装置DELPHINUS。外を覆う金色部分が断熱材とダストセンサーをフィルムの層にしたCLOTH(提供:JAXA)
水タンクには1.2ℓの水が入っている。これを常温で蒸発させることでエンジンの推進力となる。太陽電池パドル(太陽光パネル)は衛星のすべての動作のもとになる太陽電池で、衛星にエネルギーを供給する。前述した水のエンジンのヒーターにも電力供給する。右側の丸形が磁気圏プラズマ撮像カメラPHOENIX。その横に2つ並んでいるのが月面衝突閃光観測装置DELPHINUS。外を覆う金色部分が断熱材とダストセンサーをフィルムの層にしたCLOTH(提供:JAXA)


──── 開発で一番苦労されたのはどのような点ですか。

ミッションを提案した当初は6Uキューブサットをつくる真の難しさがわかっていませんでした。これまで、1Uのキューブサット(10×10×10cm)を作った経験と、「はやぶさ2」に相乗りしたPROCYON(プロキオン)(55×55×67cm)を作った経験がありましたが、その中間ぐらいの6U(11×24×37cm)を作った経験は私にはありませんでしたし、2016年の時点ではこのサイズをつくったことがある人は世界でもまだほとんどいないという状況でした。

PROCYONは小型とはいえ、今回のものに比べれば断然大きいので、組み立てもたやすく、設計も0.何mm単位で管理するわけではないので、比較的余裕がありました。逆に、学生時代から作っていた1Uのキューブサット(10×10×10cm)と比べると、6倍のスペースになる。すると設計の自由度が高まりすぎて、こちら側を少し大きくしようか、いやあちら側を凹ませてみよう、といった選択肢が無限にできてしまい大変でした。体積が6倍だから、苦労は6倍かと思ったら、6の2乗倍くらいは大変でした(笑)。しかも、ミッションがたくさんあるので、そのための機器をすべて入れなくてはなりません。

あらゆるものの寸法、形状を0.1mm単位で管理し組み立てました。さまざまな機器を無駄なく詰め込んでいるのですが、ロケット打ち上げの振動で装置も揺れるので、あまりにも機器同士の隙間(クリアランス)がなさすぎると、がちがち当たってしまい、故障の原因になってしまいます。解析や振動試験を行い、どういう振動環境だから、隙間は0.Xmmという緻密な設計をしました。

実際に打ち上げるフライトモデルをつくる前に、試作品であるエンジニアリングモデルを作るのですが、試作品であっても、完成品と同じレベルのものをまるごと一式設計して、組み立てて、ここはうまくいった、ここはやり直しといったように、不具合を直しながら試行錯誤した回数は、1Uや50cmのときに比べて段違いに多く、とてつもない労力がかかりました。複雑度がまったく違うということを痛感しました。2016年のプロジェクト発足から、エンジニアモデルまで丸2年、フライトモデルの最終形にするのにさらに丸2年、4年かかっての作業でした。

それもこれもJAXAのいろいろなチームや他大学と組んで協力してもらってやっとできたことです。ただ、いろいろなことが得意な人がいろいろなところにいるので、コラボレーションしてプロジェクトつくるのはどんなミッションでもやっていることではあります。


──── 将来的に今回の成果はどのように利用できますか。

今回のミッションが成功し、今回の軌道制御技術を使って超小型探査機がラグランジュ点に行けるようになれば、月の近傍でさまざまなミッションができるようになりますし、将来ラグランジュ点の近傍にGateway(深宇宙港)が建造されれば、そこに送る物資のなかにキューブサットを入れて、Gatewayから放出してもらい、さらに遠くの深宇宙へ出ていくこともできます。月の宇宙ステーションを経由して、超小型衛星がたくさん深宇宙に出ていけばいいなと思っています。さらに遠くまで、原理的には、火星などへ行く軌道もつくれます。


──── それにしても、ラグランジュ点にたどり着くという工学ミッション以外にも3つも観測ミッションがあり、とてもよくばりなプロジェクトですね(笑)

もりだくさんで、やりすぎたなと思わないこともありません。月に飛んでいく機会は貴重なので、この機会を最大限活用しなければということで、無理をして3つものせてしまいました。ただJAXAの中では、最低限ここまでは成功させたい、ここからはオプション、という優先順位はあります。そこまでやらなくてもいいんじゃないと言われもしましたが、ここで成果を出してアピールできるかどうかが、この分野の発展にかかっていますし、いましかチャンスはないので、いまこれをしておきたいという私自身の強い希望と、もちろん周囲の希望もあってこうなりました。


──── 最近は民間でも宇宙ビジネスが盛んです。

私も多くの民間の宇宙関連企業の方と意見交換をしたり、アドバイスをしたりしています。近年日本の宇宙スタートアップの盛り上がりを大いに感じています。大学院時代に最初にキューブサットを上げたときにはこの事態はまったく想像できない勢いで増えています。それ自体はとても良いことだと思っています。もっとも、半面、深刻な人材不足に陥っていて、ベンチャーと研究機関の間で人材争奪戦が激しくなっています。宇宙業界はいま、しっかりものを考えられる人、新しいシステムをつくりあげられる優秀な人を熱望しているので、ぜひ若い人にどんどんこの分野に入ってきてほしいですね。


文/奥田由意

▽アルテミス1号に相乗りする日本のキューブサット

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