「ラグランジュ点」を目指す超小型探査機の軌道制御と通信技術《EQUULEUSの技術:前編》~アルテミス1号に相乗りする日本のキューブサット(3)

INTERVIEW

宇宙航空研究開発機構(JAXA)
 宇宙科学研究所 学際科学研究系 教授
 EQUULEUSプロジェクトリーダー

船瀬 龍

1969年の「アポロ計画」以来半世紀を経て、再び月を目指す新しいプロジェクト「アルテミス計画」。その計画の第一弾として2022年初頭に打ち上げ予定の「アルテミス1号」には、無人宇宙船ORIONのほか、13の「相乗りミッション」が実施されます。その13のうち、日本から2つが採用。本連載は、この2つのプロジェクト「OMOTENASHI」「EQUULEUS」の技術やミッションについて、JAXAの各プロジェクトリーダーからお話を伺いました。第3回目は、「EQUULEUS」前編として、同プロジェクトが目指す「ラグランジュ点」についての解説と、軌道制御や通信技術についてお話を伺いました。

「深宇宙」という言葉をご存知でしょうか。地球から200万km以上離れた宇宙を、深宇宙と呼びます。月までの距離が40万kmですから、深宇宙は月よりも遠い宇宙のことです。ちなみに金星は地球に最も近い時でおよそ4,000万km、火星は近い時でおよそ7,000万kmです。JAXAの小惑星探査機「はやぶさ」が探査を行ったイトカワ、「はやぶさ2」が探査を行ったリュウグウなどの小惑星も深宇宙にあります。世界の宇宙機関はいま、月と、深宇宙を目指そうとしています。

これから深宇宙の探査をするために、毎回、地球から打ち上げを行うのではなく、宇宙に拠点を作ろうという構想があります。重力と大気圏のある地球から打ち上げるには膨大なエネルギーとコストがかかるためです。地球外に作る宇宙開発拠点。その候補地は、地球と月の「ラグランジュ点」(地球と月の引力と遠心力が釣り合う点)です。そこに、6Uサイズ(11×24×37cm)の超小型探査機を送り込もうというプロジェクトが進行しています。

ラグランジュ点とは、一体どんな場所なのでしょうか。ビデオデッキほどの小さな箱が、どうやってその場所に辿り着くのでしょうか。

「アルテミス計画」と、「アルテミス1号」に相乗りするキューブサット

1969年に人類が初めて月に到達してから72年まで6回の有人月面着陸を行った「アポロ計画」からおよそ50年ぶりに、「アルテミス計画」と呼ばれる有人月面着陸のプロジェクトが始まろうとしています。アルテミス計画は、NASA(アメリカ航空宇宙局)、NASAが契約している米国の民間宇宙飛行会社、欧州宇宙機関(ESA)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、カナダ宇宙庁(CSA)、オーストラリア宇宙庁(ASA)などの国際的パートナーによって実施されます。

アルテミス計画は、2025年までに宇宙飛行士を月面に送り込んで多数のミッションを実行。同時に、月の周回軌道上に有人拠点Gateway(宇宙ステーション)を設け、Gatewayなどを通じて月に物資を運んで月面基地を建設。月面に人が居住できるようにし、さらにその先には人類を火星に送るという計画です。

このアルテミス計画の第一弾として打ち上げられるSLS(Space Launch System)ロケット「アルテミス1号」は、テスト飛行として、無人の宇宙船ORIONを載せ、月軌道を周回した後、地球に帰還するまでの行程をシミュレーションします。当初は2018年に打ち上げられる計画でしたが、延期され、いよいよ、2022年の初頭には打ち上げられる予定です。

さて、そのアルテミス1号にはNASAが主導する月ミッションのほかに、13の「相乗りミッション」が実施されます。具体的には、アルテミス1号に13個の6Uサイズ(11×24×37cm、NASAが規定した最大重量は14kg)の超小型探査機キューブサット(CubeSat)が搭載されて打ち上げられます。その後、月へ向かう軌道上でキューブサットが放出され、それぞれにミッションをこなすというものです。その13のミッションのうち、日本から2つのプロジェクトが採用されました。

そのうちのひとつ、超小型深宇宙探査機EQUULEUS(エクレウス:EQUilibriUm Lunar-Earth point 6U Spacecraft)は、将来の深宇宙探査のための拠点である「深宇宙港」の建造場所候補として注目される、地球と月の「ラグランジュ点」のうち月の裏側にあるEML2に向かい、そこに到達するまでの軌道制御技術の実証と、3つの観測ミッションを行います。

その技術の特徴や、苦労した点などについてプロジェクトリーダーのJAXA宇宙科学研究所 学際科学研究系 教授の船瀬龍(ふなせ・りゅう)氏にお話をうかがいました。

宇宙開発において、超小型探査機で深宇宙探査を行うことの意味

──── キューブサットのような超小型探査機が月や深宇宙へ行くというのは、珍しいことなのですか。

船瀬氏(以下同):
これまでほとんど機会がないと言っても過言ではありません。地球の周回軌道の衛星は打ち上げ機会がたくさんありますが、月や深宇宙という遠いところに関しては、機会も数えるほどしかなく、NASAが相乗り機会を提供してくれたのは本当にありがたいことです。中国、イスラエルも月に探査船を送っていますが、キューブサットは飛ばしていませんし、相乗り枠を他国に提供していません。この貴重なチャンスを生かし、チャレンジすべきことをして、しっかり成果を出さなければと気持ちが引き締まる思いです。

実は2015年8月にJAXAがNASAから「アルテミス1の相乗りを募集する」という連絡を受けてから、計画書を提出する期限まで、2週間しかありませんでした。私は軌道設計を専門にしていますので、自然に、探査機を月の裏側のラグランジュ点に到達させたいと思いました。しかし大きさはたった6ユニットのキューブサットですから、かなり少ない燃料しか積めないことはわかっています。そこで、太陽、地球、月の引力を利用しながら、どんな軌道をつくれるか、どのくらいの加速量が必要で、いまある推進系(エンジン)技術でできそうかなどを検証しました。複雑な軌道を設計することによって、少ない燃料で、小さい機体でもラグランジュ点まで行けることを証明したいと思い、2週間でなんとか計画を詰められました。


──── 超小型探査機を月の裏側にあるラグランジュ点(EML2)に送りたいと考えられたのは、これまでのご研究との関連なのでしょうか。

大学生の頃から超小型探査機に関わってきました。2003年東京大学の院生のとき、東京工業大学と共同で世界で初めて1U(10×10×10cm)キューブサットを地球の衛星軌道上に打ち上げることができました。それからJAXA宇宙科学研究所で深宇宙探査ミッション全般の軌道制御の研究をし、その後、2012年に東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻に赴任し、小型衛星による深宇宙探査の研究を始めました。研究室の学生、宇宙科学研究所、全国の大学や研究機関の協力のもとに超小型深宇宙探査機PROCYON(プロキオン)を開発し、2014年12月に小惑星探査機「はやぶさ2」に相乗りして打ち上げることができました。

PROCYONは全長55cm、全幅55cm、全高67cm、重量は65kgほどで、それまでの深宇宙探査機から一桁軽く、コストは2桁も小さい世界最小の深宇宙探査機でした。発展的なミッションのいくつかは故障のため断念しましたが、メインミッションであった超小型深宇宙探査機バス技術の実証(地球から離れた深宇宙で,超小型でも電源・通信・姿勢や軌道の制御など探査機として必要な技術が機能することの実証)に成功し、超小型探査機での深宇宙探査の基礎技術を実証しました。

その1年後、2015年にアルテミス1号の相乗りの話があったのです。NASAから指定された6UのキューブサットはPROCYONよりもはるかに小さいわけですが、挑戦したいと思いました。世界中がこれから月を目指すという時に、月に向かうロケットに相乗りし、深宇宙への拠点となるラグランジュ点へ、最小の力で行く実証をしたいと思ったのです。数桁小さいコストで作ることができる超小型探査機が月の裏側、さらには深宇宙に行けるようになったら、宇宙開発の常識が変わります。

大きな探査機での成果はもちろん必要ですが、大きなプロジェクトは期間も長くなり、関わる人が育つサイクルとしても長すぎるので、その面でも、小さな規模のミッションで何度もまわしていくという方向もなければだめだと個人的に思っています。

6Uサイズ(11×24×37cm)の中にさまざまな機器を搭載したEQUULEUS。宇宙では太陽電池パドルを広げて充電する。(提供:JAXA)
6Uサイズ(11×24×37cm)の中にさまざまな機器を搭載したEQUULEUS。宇宙では太陽電池パドルを広げて充電する。(提供:JAXA)


ラグランジュ点、EQUULEUSが目指す「地球と月の引力と遠心力が釣り合う場所」

──── ラグランジュ点とはどのような場所なのでしょうか。

その場所自体になにか面白い物体があって、それを探しに行くわけではありません。地球―月ラグランジュ点は、地球と月それぞれの引力と宇宙機の公転による遠心力が釣り合う場所です。地球と月のラグランジュ点は、地球からみて月の手前側、月の裏側、月から見て地球の裏側、地球から月を向いて斜め60度の月公転軌道上2箇所、計5つあります。今回EQUULEUSが目指すEML2は月の中心から地球の外側に向かって6万1,350kmの地点にあります。EML2は月の公転とともに月と一緒に地球の周りを回ります。

ラグランジュ点は、理論上、一度そこに静止することができれば、ほとんどエネルギーを使わずにその場所にい続けることができます。つまり、人工衛星や宇宙ステーションを置きやすい場所です。ですから、ラグランジュ点の周辺に、NASAはGatewayという宇宙ステーション「深宇宙港」を建設する計画を進めようとしています。

相乗りのキューブサットがこの地点へ自分の推進系(エンジン)で最小の燃料で到達できることを示せれば、宇宙関係者にとってラグランジュ点はとても身近な存在になるでしょう。キューブサットより少し大きな小型探査機を送り込むことも容易になりますし、深宇宙港の建設も進めやすくなるはずです。深宇宙港への到達するのとは逆に、深宇宙港を出発した探査機が、少ない燃料で、月の重力をうまく使って、深宇宙にも行けることになります。


──── ラグランジュ点は軌道ですか、それとも地点ですか。

ラグランジュ点は点ですが、人工物をその1点に完全に静止させることは難しいため、実際にはラグランジュ点に近接する軌道上に入れます。ラグランジュ点に近接する安定軌道自体は、軌道のサイズや軌道面がどちらに傾いているかなどの違いによって無限に存在し、それらの軌道上にあれば燃料をほとんど使わずに維持できるので、EQUULEUSもそうした軌道の一つに入れるつもりです。NASAが計画している深宇宙港Gatewayも、点に配置するわけではなく、ラグランジュ点に近接する軌道の一つに置かれる予定です。なお、EQUULEUSとGatewayが置かれる軌道は別のものです。

EQUULEUSの軌道制御技術、月や地球、太陽の引力を利用

──── 軌道制御は具体的にどんなふうに行うのでしょう。

EQUULEUSと通信し、どの場所をどの速度で飛んでいるかという現在の軌道を地上で計算解析します。それをもとに何時何分にどの方角にどのくらいの燃料を吹くのかということを計算してEQUULEUSに送ると、EQUULEUSは指令通りに燃料を噴射します。

なお、ラグランジュ点に近接する軌道に入れるための技術は新しいものではありません。その点に至るまでできるだけ燃料を使わないで、月や地球、太陽の引力を利用して軌道制御することが今回の制御技術のポイントになります。

次の図は現在予定しているフライトのシミュレーションです。中心の◯が地球、月の公転軌道が黒、赤と緑と水色と紫の線はEQUULEUSの軌道です。赤い星であるDVは燃料噴射(軌道修正)、LGAは月スイングバイを表しています。このシミュレーションでは、アルテミス1号から放出されたEQUULEUSは、3回の燃料噴射と3回の月スイングバイ(月に接近し、月の引力を使って方向を変えたり加速したり減速したりすること)を行い、地球や太陽の引力も使いながら、少しずつ月のラグランジュ点に近づいていきます。ラグランジュ点に到達するには約半年かかります。

たくさんの燃料を持っている探査機であれば、燃料噴射を増やしてもっと短い期間で行けますが、わずか6Uのキューブサットですから、燃料は限られています。そのため、できる限り燃料噴射を少なくして行くというのが目的です。

地球から打ち上げられ、アルテミス1号から放出されたEQUULEUSは、3度の燃料噴射と3度の月スイングバイを行って起動を修正し、月の裏側のラグランジュ点の近接軌道(青い線)に向かっていく。これは一例にすぎず、打ち上げ日が変われば、違う軌道になる。(提供:JAXA)
地球から打ち上げられ、アルテミス1号から放出されたEQUULEUSは、3度の燃料噴射と3度の月スイングバイを行って起動を修正し、月の裏側のラグランジュ点の近接軌道(青い線)に向かっていく。これは一例にすぎず、打ち上げ日が変われば、違う軌道になる。(提供:JAXA)


──── ラグランジュ地点の軌道に乗ったら、どのくらいの期間いるのですか。

打ち上げ日が変われば軌道も変わり、必要な燃料も変わるので、ラグランジュ点周りで軌道維持できる期間は燃料の残量次第ですが、目標は最低1か月の滞在です。そこから先は燃料が持つ限りということになります。ラグランジュ点の周辺軌道に入れても、細かい軌道修正は必要で、週に1回程度の頻度で微調整をしなければなりません。


EQUULEUSの通信技術、長距離通信と原子時計

──── 通信機器はJAXAから参画するもう一機の相乗り探査機OMOTENASHIと協同で、JAXA独自に開発されたのですね。

はい。通信技術は要なので独自に開発しました。この技術がしっかりしていなければ深宇宙では機体を見失ってしまうので、生命線です。通信機はおよそ0.4Uサイズ(8cm×8cm×6cm)、総重量は通信システム全体で700g以下と非常にコンパクトに収めています。65kgの探査機PROCYONでは通信システムが7.3kgあったので、1/10の重量にスケールダウンできたことになります。

それほど小さくても地球から最大0.01au(astronomical unit、1au:地球——太陽間平均距離、約150万km)の距離でも通信できる能力があります。小さい探査機は扱える電力も少ないため、通信可能距離が小さくなるのですが、通常使われるトランジスタである、Si MOSFET(シリコン電解効果トランジスタ)と比べて、物体の中での電子の移動がしやすいGaN HEMT(窒化ガリウム高電子移動度トランジスタ)を使うことで、電波出力を高効率に取り出すことに成功しました。

通信機とアンテナを接続する同軸線も、できるだけ取り出した電力を損なわないもので、かつ、6Uのサイズにぎちぎちに詰め込んでも断線しにくい柔軟性や耐久性が高いものを、試作を重ねながら作り上げました。ほかにも、フィルタやアンテナの工夫で、EQUULEUSの通信機の最大通信距離は最初に必要最低限と考えていた数値の30倍近い性能を得ることができました。

さらにキューブサットでは、通常、時刻・周波数の基準となる「原振」に、温度補償水晶発振子という発振器を用いるのですが、これは地球で通信に用いている周波数と0.1%前後ずれが生じて、そのずれを補正するという手間がかかるため、今回の通信システムでは、長期にわたって安定した周波数を発振し、地上で即座にその信号を捉えられる「原子時計」を使っています。短い運用時間を少人数で担当する小型探査機にとって、運用開始直後から探査機と通信できるシステムは重要です。

文/奥田由意

 

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