バイオトイレの発展途上国での利活用事例〜SDGs時代におけるバイオトイレの可能性(後編)

INTERVIEW

正和電工株式会社
代表取締役
橘井 敏弘

国連(UN)が2015年に採択した17の「持続可能な開発目標(SDGs)」のうち、目標6である「安全な水とトイレを世界中に」。世界の人びとに安全な水と衛生へのアクセスを確保することが掲げられており、自宅にトイレのない生活を送っている約20億人など不衛生な環境に置かれている人々のための施策が求められています。今回も引き続き、水を使わずに微生物の力で排泄物を処理する「バイオトイレ」を開発・販売している正和電工株式会社 代表取締役 橘井敏弘氏に、ベトナムの世界遺産・ハロン湾に導入したバイオトイレなど発展途上国での利活用事例についてお話を伺いました。

ユニセフとWHO(世界保健機関)が2019年に発表した「水と衛生に関する共同監査プログラム(JMP)による最新報告書」によれば、世界人口の約78億人のうち、他の世帯と共有していない改善されたトイレがない生活を送っているのは約20億人。そのうち、6億7,300万人もの人が、屋外で排泄していると発表されています。また、排泄物がきちんと安全に浄化処理されていない地域に暮らす人は42億人にものぼります。こうした不衛生な環境は、さまざまな感染症を引き起こします。その被害は数多くの子どもたちにも及んでいます。

そうした課題を解決する存在として期待を寄せられているのが「バイオトイレ」です。そんなバイオトイレを20年以上前から開発する正和電工 代表取締役橘井敏弘(きつい・としひろ)氏のお話の最終回です。


SDGs目標6「安全な水とトイレを世界中に」、トイレと水は世界の重要課題

水洗式トイレが当たり前のように普及している日本において、水を使わずに排泄物を処理する「バイオトイレ」の必要性はなかなか感じづらいかもしれません。ただ、前述したように、開発途上国ではトイレの不衛生、トイレ不足が深刻な問題となっています。

国連(UN)が2015年に採択した、17の目標を掲げた「持続可能な開発目標(SDGs)」の目標6には、すべての人びとに安全な水と衛生へのアクセスを確保することが掲げられています。実際、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏と元夫人メリンダ氏が設立した「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」は多額の資金を投じ、安価で下水道を使わない新型トイレの開発に取り組んでいます。

そんな下水道を使わないトイレとして、近年注目を集めているのがバイオトイレ「Bio-Lux(R)」です。正和電工は、安全で清潔なトイレを提供する海外支援のプロジェクトを推進してきました。さらに、JICA(国際協力機構)やJETRO(日本貿易振興機構)の支援を受け海外への技術供与も行っています。

前述したように、世界で自宅にトイレのない生活を送っているのは約20億人。そのうち6億7,300万人もの人が、共同トイレすらもなく、毎日、屋外で用を足しています。家のすぐ近くで排泄するのは憚られるため、多くの人が、何百m、何千mも離れたところまで用を足しにいっているという現実があります。屋外での排泄は、不便で、不潔というだけではありません。サソリや毒ヘビに噛まれたり、蚊に刺されて蚊媒介感染症にかかるなどして命を落とすこともあります。また、女性の場合は、後をつけられ、性犯罪にあう危険性があります。

家の中にトイレがあったとしても、日本のようにきちんと整備された公共下水道を通じて下水処理場で処理ができているとは限りません。河川に垂れ流されたり、土に埋めたり、畑にそのまま撒いたりしている地域がいまだに多いのです。実は、世界人口の半数を超える43億人の排泄物が、安全に処理されていないといいます。発展途上国では、急激な人口の増加に、汚水処理のインフラの整備が追いついていないのです。

きちんと処理されない汚水は河川や地下水を汚染し、飲み水や生活用水を汚染します。そのため、年間で29万7,000人(1日約800人以上)もの5歳未満の子どもが不適切な水と不衛生による下痢症で命を落としているという現状があります。不適切な衛生状況と汚染された水は、コレラ、赤痢、A型肝炎、腸チフスなどの病気の感染と関連していると、ユニセフは伝えています。SDGsの項目6にある、「安全な水とトイレを世界中に」というテーマは、人々の命に関わる重大なテーマなのです。


ベトナムの世界遺産にバイオトイレを導入~発展途上国での利活用事例①

ベトナムの世界自然遺産、ハロン湾
ベトナムの世界自然遺産、ハロン湾


上下水道や浄化槽がなくても糞尿を消滅処理できるバイオトイレは、まさにこうした問題を解決するのにうってつけです。そこで正和電工は、発展途上国を中心に海外への展開をはじめました。

最初に行ったのは、ベトナム東北部クアンニン省、ハロン湾地域でした。ハロン湾は43,400haに及ぶエメラルドグリーンの海に、石灰岩からなる大小1,600もの急峻な島々がそそり立つように浮かぶエリアで、その神秘的な美しさから東南アジア有数の観光スポットとなっており、1994年に世界自然遺産に登録されています。クルージングやシーカヤックツーリング、スキューバダイビング、ロッククライミング、登山を楽しむ人たちが世界中からやってきます。

しかしハロン湾地域は環境問題に直面しています。ハロン湾周辺地域は、ベトナムでも主要な工業開発地域です。このエリアは国内でも有数の石炭の産地であるため、1986年のドイモイ政策の採択以降、急激な工業化と、それに伴う都市の拡大が進み、きちんと処理されていない生活排水や工業廃水の流出、廃棄物、マングローブの伐採、無秩序な埋め立て、土砂堆積など、環境汚染が深刻になっているのです。

さらに、ハロン湾には主に魚や貝を採って暮らす約4,000人の水上生活者がいます。また、600隻にも及ぶ観光船が存在します。これらから出る汚水や生活排水はほぼ未処理のまま海に垂れ流されており、深刻な水質汚濁を引き起こしていたのです。環境の悪化により、ハロン湾は世界遺産から外されてしまうかもしれない危機にあります。

発展目覚ましいベトナムは人口が増加し1億人に達しようとしていますが、下水道および下水処理施設の建設が進んでおらず、95%の排水が未処理のまま流されていました。水不足が深刻な中山間部でのし尿処理は12%程度しか進んでおらず垂れ流しの状態が進んでおり、未処理の排水が原因で、44%の小児が寄生虫に感染しており、社会的な問題となっています。

そこで、正和電工と、海外での事業実績を持つ東京の建設コンサルタント会社である株式会社長大は、共同企業体として、ハロン湾の水質改善を図るため、正和電工のバイオトイレと新浄化システムを組み合わせた「分散型排水処理システム」を外務省に提案。政府開発援助(ODA)の案件化を前提とし、現地での適合性を検証する実証調査(パイロット調査)に2013年に採択されました。当時、ハロン湾地区では、世界銀行やフランス政府が出資する上水供給のためのODA事業は行われていましたが、下水処理のためのODA事業は行われていませんでした。

実証調査ではまず、2013年秋から14年春にかけて5回の現地調査を実施したのち、ハロン湾の船着場、近隣の一般家庭、学校など10か所に、バイオトイレと新浄化システムを設置しました。そして半年の使用ののち、実際に水質がどう変わったかを調査し、このシステムが普及すれば水質がどれほど改善されるかの予測を行いました。その結果、一般家庭から公共用水域に流入する生活排水の負荷が48%減量することが推算されました。


ベトナムのハロン湾の船着場に設置された正和電工のバイオトイレ(提供:正和電工株式会社)
ベトナムのハロン湾の船着場に設置された正和電工のバイオトイレ(提供:正和電工株式会社)


また、バイオトイレの媒体として使用したおがくず媒体を、農業圃場土壌の改良材として使用できるかどうか可能性を検討しました。ベトナム農業科学アカデミー(VAAS)に属する農業環境研究所(IAE)において、おがくず媒体を施用した土壌において野菜を成長させ、施肥効果および土壌改良材としての可能性を検討しました。その結果、おがくずを使用した土壌は発芽率が高く、また収量も多くなるという結果が出たのです。

また同時に、バイオトイレを導入した学校で衛生環境に関する授業を実施し、生徒や教師、地域の医療関係者や、農業関係者を招いて、衛生の大切さや、コンポストの農業への利活用の方法も啓蒙活動も行いました。


バイオトイレ製造ノウハウを現地企業に供与~発展途上国での利活用事例②

さらに正和電工は、現地板金工場での基礎的技術指導も行いました。バイオトイレ及び新浄化システムの普及展開にあたり、コスト低減も含めて現地製造が不可欠であるため、現地調達可能な設備・機器・技術の調査を実施したのです。

例えば、バイオトイレ及び新浄化システムの製造には、高度な切削加工技術、溶接技術及び発酵技術等が必要であり、これら技術を現地板金工場等が保有しているかどうかを確認する必要があリます。その後の事業展開を見据え、工場等における長期的な技術指導を通じた当該製品に係る技術が現地企業に定着するかどうかの検証を行いました。

「普及にあたっての一番の課題は価格です。ベトナムでも下水道に代わるインフラ設備を希望していることが分かりましたが、価格を解決するために現地での生産、販売、設置、メンテナンス、改良・改善などを検討しているところです」(橘井氏)

これらの活動と成果を引き継ぐ形で、国際協力機構(JICA)は、「中小企業海外展開支援事業」の一環として、正和電工が提案した『「バイオトイレ」と「新浄化システム」を活用した環境改善技術の普及・実証事業』を採択し、2015年から2018年まで実施しました。この事業でさらにバイオトイレ20台、新浄水システム11台をハロン湾を周遊する観光船や船着場、一般家庭や小学校に設置しました。またそこから出るコンポストを現地の農協を通じて販売することを目的に、研究機関やモデル農家での圃場試験を行いました。これらの国際事業を通じて提供されたトイレは、事業が終わった現在も利用されていると言います。

また、バイオトイレは正和電工からベトナムの現地企業に技術供与され、現地企業による生産販売を開始。2015年には、長大社と現地企業が事業主体となり、それまで線路に垂れ流されていたベトナム国鉄のトイレに約200台が導入され、新たな法律によって線路への垂れ流しが禁止されるようになりました。

さらに正和電工は現在、JETRO(日本貿易機構)の協力も得て、輸出と海外生産の両面で海外展開に力を入れています。

JETROは日本企業の海外展開を支援する、商工会議所、商工会、地方自治体、金融機関など全国のあらゆる支援機関が集まり、海外展開に関心のある中堅・中小企業をワンストップで支援する「新輸出大国コンソーシアム」を取りまとめており、正和電工はその支援を受けて活動しています。2018年からはこのスキームを使ってモンゴルにバイオトイレを輸出しています。

もともと正和電工は開発途上国をターゲットに海外展開の戦略を練っていたそうですが、近年は米国や欧州など環境意識の高い先進国からのニーズが増加。国立公園やキャンピングカー、クルーズ船などでバイオトイレを使いたいとの要望が来ているそうで、開発途上国と先進国の両方に狙いを定めて、海外展開の戦略を練っています。

「やはり海外展開は中小企業ではなかなか難しい。JETROやコンサルティング会社の協力のおかげで海外にも少しずつ展開できています。この1年ほどは新型コロナウイルスの影響で海外展開が止まっていますが、コロナ禍が落ち着き次第、再び海外にも打って出ていければ、と思っています」(橘井氏)

開発を始めてから、約26年。当初は社会から認められていなかったバイオトイレも、社会環境が変わり、SDGsの観点から年々需要が高くなってきています。

「トイレビジネスは世界の市場を長期的なスパンで考えると、水洗式トイレの市場は頭打ちになっていき、今後はバイオトイレの市場が大きくなってくるはずです。ようやく自分たちがやっていることに、時代が追いついてきた。これから、さらなる普及を目指していきます」(橘井氏)


文/新國翔大


参考情報
・Bio-Luxは、正和電工株式会社の登録商標です。

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