水推進エンジンの開発、イオンエンジンの推進剤が「水」であるメリットとは~超小型衛星に載せるエンジン開発の最前線(後編)

INTERVIEW

東京大学大学院
新領域創成科学研究科
准教授 小泉 宏之

イオンエンジンの推進剤としてキセノン(Xe)が一般的ですが、高圧ガスタンクが必要であることから安全性が懸念されています。そこで、月面着陸したアポロの時代からその可能性が示唆されていた「水」に再び注目し、水推進エンジンの研究を進めているグループがあります。今回も引き続き第3回目として、小型エンジンの研究をリードしている、東京大学大学院新領域創成科学研究科の小泉宏之准教授に、同研究グループの水推進エンジンの方式と特徴を伺うほか、水推進エンジンの宇宙ビジネスにおけるメリットについてお話を伺いました。

安全、無害な「水」を使ったロケットエンジンを使ったエンジンで、超小型衛星打ち上げのプロジェクトが進んでいます。有人の国際宇宙ステーション(ISS)に持ち込み、放出も可能になります。将来的な宇宙のエネルギー源として水推進エンジンの期待が高まっています。

「水」推進研究の変貌と、宇宙ビジネスにおけるメリット

──── イオンエンジンの燃焼材として一般的に使われるキセノン(Xe)に比べて、「水」が安全性や使いやすさなどの点でメリットがあるということでした。「水」の方が性能が良いということでしょうか?エンジンの燃焼材で使うというアイデアはどこからでてきたのでしょうか?

小泉准教授(以下同):
水を使うのは、誰でも思いつくことです。私が学生の時代にも、水を推進剤にする研究がありました。なお、別分野ですが、潜水艦のエンジンとして水を推進剤に用いる研究は多くあります。
宇宙の観点で言うと、月面着陸したアポロの時代、その後の80年代、スペースシャトルの時代、水を使うことを考えついた人はいくらでもいると思いますが、あの時代は、国家プロジェクトで国の威信をかけた競争でした。まさに、モータースポーツのF1(フォーミュラ―ワン)の競走をしているので、性能が少し低いとなると、誰も手を出しませんでした。レースに勝つためには馬力が高いものが欲しい。車で言うと、フェラーリのような車が欲しいわけです。

しかし、ファミリーカーとしては、トヨタのカローラの方が使い勝手がいい。大学やこれから新たに宇宙産業に参入する企業にとっては、扱いやすいということで水を推しています。

私も学生時代、水推進の研究もしましたが、当時はそこまで注目もされませんでした。小型衛星自体、エンジンを積んでいないのが普通でした。小さくて積めなかったのが実際なのですが、因果関係を逆にとらえて小型衛星にはエンジンは必要ないと勘違いしている人もいました。

2015年ぐらいから高圧ガスを使うことの法規制の制限などが身に染み、水の研究に本腰を入れました。思うに機が熟したということだと思います。いろんな研究でもそうですが、良いアイデアがあってもそれを実現・歓迎する環境が整っていないと、注目されません。

ただ、水は、エンジンの性能ではけっして最も良いというわけではありません。

水推進のエンジンの3つの方式とその特徴

──── 2019年には、開発した水推進エンジンを積んだ超小型衛星「AQT-D」に搭載し、国際宇宙ステーション(ISS)から宇宙に放出されました。どんなエンジンでしょうか?

水推進の3方式(提供:東京大学 小泉宏之准教授)
水推進の3方式(提供:東京大学 小泉宏之准教授)


我々の研究室では、水推進のエンジンとして3つの方式を開発しています。一つは、イオンエンジンに水蒸気を使う方式です(A)。もう一つが、水蒸気をそのまま噴射する「レジストジェット スラスタ」(水蒸気推進)と呼ばれる方式です(B)。最後が、水とマグネシウムなどの金属を反応させて、化学的に推進する方式(C)になります。

まず、(A)のイオンエンジンですが、タンクから気体の水、水蒸気だけを取り出します。取り出すといっても、水の蒸気圧は常温で100分の3気圧ぐらいです。普通のコップの水も、100分の3気圧下では加熱しなくてもボコボコ沸騰します。あるいは、沸騰させなくても緩やかに蒸気を取り出すこともできます。この蒸気を少しずつ供給してプラズマにするのです。イオンエンジンは分子や原子から電子を剥がして正(+)のイオンにして電気加速します。水はH2Oと分子が結合しているため、H2O、OHにしてプラズマにするのです。


イオンエンジン方式(提供:東京大学 小泉宏之准教授)
イオンエンジン方式(提供:東京大学 小泉宏之准教授)


(B)のレジストジェット スラスタも同様です。水蒸気と言っていますが、「気化室」と呼ばれる気液分離空間を用いた水蒸気供給機構で、低圧・常温下で作動させ、衛星内部の高発熱体の排熱を水の潜熱の一部に利用することで、水蒸気を供給します。エンジンのサイズは約10cm四方にまで小型化しました。名前は「AQUARIUS」(アクエリアス)と名付けました。これを、東京大学が開発した実証衛星「AQT-D(アクトディー)」(約10cm×10cm×34cm)に搭載。2019年9月25日、日本が開発した宇宙ステーション補給機「こうのとり8号機」と共に種子島から打ち上げられました。水推進系搭載衛星として世界で初めて国際宇宙ステーション内に持ち込まれ、同年11月20日、国際宇宙ステーションから宇宙空間へと放出されました。現在も衛星運用が行われています。


水を推進剤とした超小型衛星用エンジン(提供:東京大学新領域創成科学研究科)
水を推進剤とした超小型衛星用エンジン(提供:東京大学新領域創成科学研究科)


また、「AQUARIUS」は、「AQT-D」だけではなく、JAXAと東京大学が共同開発している地球―月のいわゆるラグランジュ点(Lagrangian point)到達を目指す超小型探査機「エクレウス(EQUULEUS)」にも搭載されています。構造は、2基の軌道遷移スラスタ(推力4.1mN、比推力70s)、4基の姿勢制御スラスタ(推力0.6mN、比推力60s)、そして1.2kgの「水」推進剤の装備からなります。推進システムとしての大きさは約2.5U(Uは10cmの立方体)、最大消費電力は22Wと、小型化しています。

「エクレウス」は、NASAが開発してる、アポロ以来の月の有人探査や小惑星や火星への有人飛行の利用を目指す大型の次世代ロケットSLS(Space Launch System)への相乗りが決まっています。引き渡しも既に終了しました。
SLSの打ち上げは今年中を予定しています。エンジントラブルもあり遅れる可能性がありますが、エクレウスは月マルチスイングバイの軌道調整、ラグランジュ点到達後の軌道維持などの試験を行う予定です。


AQUARIUSの構造(提供:東京大学 小泉宏之准教授)
AQUARIUSの構造(提供:東京大学 小泉宏之准教授)


最後は、水と金属を反応させる方式(C)です。金属のマグネシウムなどを燃料にして、水を酸化剤にして化学燃焼させます。金属などは粉末状態にすると表面積が増えて着火しやすくなります。金属に限らず小麦粉でも粉塵爆発させることが可能です。しかし、容易に着火すれば、水を使う目的だった安全性を損ない、本末転倒になってしまいます。アルミニウムもアルミ缶のように安全ですが基本、燃えません。いろいろ検討した結果、マグネシウムを直径1mmのワイヤー形状にして、その先端から燃やしていくことにしました。花火のようなイメージです。


──── ワイヤーは、ロケット用に自分たちで加工するのですか?

ロケットエンジンの燃焼用として売っているのではないのですが、素材屋さんのようなところから購入しています。今は、純度100%のマグネシウムのワイヤーを使っていますが、合金の方が安定しているのか強度や柔軟度などこれから調べていくことになります。


──── それら3つの方式の特徴を教えてください。

車に例えると、(A)のイオンエンジンは燃費が良いトヨタのハイブリッド車、プリウスのような感じです。一方、(B)は使い勝手がいい原付や軽自動車。(C)は、短時間でエネルギーを取り出せるので馬力があるポルシェでしょうか。(A)のように燃費が良いと遠くに行くことが可能です。一方、(C)は力強いため、短時間で軌道を変更することが可能です。

(A)のイオンエンジンは、2022年度に打ち上げを予定しているJAXAの革新的衛星技術 実証3号機のテーマに採用されています。名前は言えませんが民間の企業2社の衛星に搭載予定です。(C)については、まだプロジェクトは決まっていません。


大学発宇宙ベンチャーを設立した理由

──── 2020年に、研究室のメンバーと一緒に大学発ベンチャー「ペールブルー(Pale Blue)」(代表取締役・浅川純)を立ち上げられ、水を推進剤にしたエンジン開発を行っています。ベンチャーを立ち上げたのは、宇宙産業化を目指す民間企業と組みやすいからでしょうか?

超小型深宇宙探査機「プロキオン」での経験と実績を積み、小泉研究室で博士号を取った学生たち3人で立ち上げました。私はCTO(最高技術責任者)になります。今は人も増え、10名弱ぐらいいます。
ペールブルーができる前、企業の人が大学に来て、超小型衛星に搭載するエンジンを購入したいと言われたこともあります。しかし、大学としては売れません。大学は物品を買うことできますが、購入を受け入れる仕組み自体がないのです。

研究についても、世界初であれば大学で行う大義名分があり、学生や院生を巻き込めますが同じ研究をもう一度取り組むという場合は名目が立たない。対価を得て売却したいと思っても、大学は品質保証をしないため、企業も契約を結ぶことはできません。今得た知見をさらに磨きをかけて実証することは大学では難しい。
JAXAも同様のことを考えています。研究開発はしますが同じものは製造できません。技術をうまく、民間に手渡す方法を考えてあぐねています。


水を含む宇宙資源の探査がもたらす宇宙開発の可能性

──── 有人火星探査が計画されています。月や小惑星のスペースマイニングで宇宙で水を調達できれば、宇宙探査は大きく飛躍するのではないでしょうか?

水が月に定量的に豊富にあれば、宇宙探査は大きく進みます。水があると想定して次はプラントを作り、推進剤として必要な水の量を確保できれば、打ち上げロケット、衛星の構造も大きく変わり、火星有人探査だけではなく、木星や土星、さらに遠い宇宙に行くことも考えられます。軌道上で組み立てることも視野に入ってきます。

研究室では、水推進エンジンではありませんが無電力、非接触でプラズマを作る推進機も研究しています。車で例えると、100人乗りの大型バスのプリウスでしょうか。地球から大規模貨物を輸送するエンジンの開発です。火星を舞台とした米映画「オデッセイ」が、こうした無電力、超電解のエンジンを使っていました。


東京大学大学院新領域創成科学研究科 小泉宏之(こいずみ・ひろゆき)准教授
1977年、東京生まれ。慶応義塾大学理工学部卒業後、2002年、東京大学工学系研究科航空宇宙工学を専攻修了。2003年に同専攻助手、2006年、博士(工学)。2007年にJAXA宇宙科学研究助教、ISAS助教。小型イオンスラスタの研究やはやぶさイオンエンジン運用、オーストラリア・カプセル回収に従事。2011年、東京大学大学院工学系研究科准教授、2015年、現職。専門は宇宙推進工学、プラズマ工学。プラズマ工学。ほどよし4号、プロキオン(PROCYON)、エクレウス(EQUULEUS)等で推進系担当。
東京大学大学院新領域創成科学研究科 小泉宏之(こいずみ・ひろゆき)准教授
1977年、東京生まれ。慶応義塾大学理工学部卒業後、2002年、東京大学工学系研究科航空宇宙工学を専攻修了。2003年に同専攻助手、2006年、博士(工学)。2007年にJAXA宇宙科学研究助教、ISAS助教。小型イオンスラスタの研究やはやぶさイオンエンジン運用、オーストラリア・カプセル回収に従事。2011年、東京大学大学院工学系研究科准教授、2015年、現職。専門は宇宙推進工学、プラズマ工学。プラズマ工学。ほどよし4号、プロキオン(PROCYON)、エクレウス(EQUULEUS)等で推進系担当。


エンジンつきの超小型衛星の深宇宙探査、有人宇宙探査、スペースマイニング……。米民間企業「SpaceX」の民間人だけの有人宇宙飛行が成功するなど、遠かった宇宙が身近になり、SFの映画の世界が現実化する時代もそう遠くないかもしれません。


文・写真/杉浦美香


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