イオンエンジンの超小型深宇宙探査機への搭載と、イオンエンジンの推進剤「キセノン」の限界~超小型衛星に載せるエンジン開発の最前線(中編)

INTERVIEW

東京大学大学院
新領域創成科学研究科
准教授 小泉 宏之

宇宙科学研究所(ISAS)によって打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」や、超小型深宇宙探査機「プロキオン」には、姿勢制御、軌道遷移、緊急対応などのために「エンジン」が必要であり、これらの探査機には「イオンエンジン」というロケットエンジンが使用されています。今回も引き続き第2回目として、小型エンジンの研究をリードしている、東京大学大学院新領域創成科学研究科の小泉宏之准教授に、超小型イオンエンジンとは何か、その特徴や、イオンエンジンの推進剤として使われている「キセノン(Xe)」の限界についてお話を伺いました。

エンジンを搭載した人工衛星は軌道修正をできることからスペースデブリ(宇宙ゴミ)にならずにすみ、宇宙のSDGs(Sustainable Development Goals)にも役立ちます。イオンエンジンの推進剤として水を使用した場合、キセノン(Xe)より安全性が高まります。

超小型深宇宙探査機に搭載した「超小型イオンエンジン」の特徴

──── 前回、ロケットエンジンの研究で大切なのは、実際のプロジェクトに使ってもらうということでした。「はやぶさ」のイオンエンジンの超小型版ともいえる、小型イオン推進システム(MIPS)を開発し、小型衛星「ほどよし4号」に搭載。100kg以下の小型衛星に載せた超小型イオンエンジンとして世界で初めて、宇宙作動を実現されました。水推進のお話を聞く前に、超小型深宇宙探査機「プロキオン」に搭載したロケットエンジンについて教えてください。

小泉准教授(以下同):
「プロキオン」は、東京大学とJAXAが2013年、小型宇宙機で深宇宙探査ができることを実証するために開発しました。サイズは一辺50cmの直方体で、質量は67kgという小さなものです。チャレンジングだったのは、「ほどよし」のような地球を周回する小型衛星と違って地球を離れていくため、姿勢制御に地球の地磁気(磁場)が使えません。さらに、深宇宙に行くには、天体の重力を利用して軌道変更するスイングバイを行うために大きな速度変更をして軌道遷移が必要です。そのうえ、小惑星接近時に、衝突しないように緊急用の強い力を出すエンジンが必要でした。

「姿勢制御」「軌道遷移」「緊急対応」といった課題を解決するために編み出したのが、イオンエンジンとガスエンジンを統合させることでした。イオンエンジンの推進剤はキセノンを使っており、高圧タンクに貯蔵しています。そのタンクのガスを直接、外に噴射して推力を得ることにしたのです。これを加熱していない、という意味で「コールド ガスジェット スラスタ」と呼び、この2つを統合した推進系を、「I-COUPS(アイクーズ、Ion thruster and Cold-gas thruster Unified Propulsion System)」と、名付けました。「COUP」はフランス語の打つことを語源に持つ英語で「一撃」「大成功」という意味があり、「革新的な推進系」という意味を込めました。このシステムの要(かなめ)は、イオンスラスタとコールド ガスジェット スラスタによる推進剤キセノンの共有です。

コールド ガスジェット スラスタは、排気速度は秒速0.24kmと推進系としての性能は低いですが、形は小さく、構造も単純でバルブとノズルで作ることができ、重さは1基20gもありません。このため、「I-COUPS」には、四角のプロキオンの各辺に豪勢にコールド ガスジェット スラスタを8基つけることができました。これに「ほどよし4号」にも搭載したビーム直径16mm1基のイオンエンジンを装備。コールド ガスジェット スラスタは対角上で吹かせれば回転し、同一平面で吹かせれば押す力、推力になります。排気速度は低いですが、流量が大きく、推力はイオンエンジンの100倍となり、スピード調整もでき、エンジンとして求められた課題を満たすことができるようになりました。

ちなみに、「I-COUPS」はコールド ガスジェット スラスタが8基でしたが、「はやぶさ」はヒドラジン(燃料)と四酸化二窒素(酸化剤)を混合して燃焼させる化学燃焼系スラスタが12基、イオンエンジンが4基ついていました。

小型衛星として初めて深宇宙探査を目指した「プロキオン」(提供:東京大学 小泉宏之准教授)
小型衛星として初めて深宇宙探査を目指した「プロキオン」(提供:東京大学 小泉宏之准教授)


小型衛星だからこそのコスト面と実験面での利点、宇宙での実証作動の結果

──── コストのほか小型であるがゆえのメリットもあるのでしょうか?

小型であることを活かして、2か月というわずかな間に大学内のスペースチェンバー(真空容器)に丸ごと「プロキオン」の探査機本体を入れ、イオンエンジンの実験を行いました。
電気的な機器である、イオンスラスタは宇宙機との電気的な干渉の可能性があります。太陽電池パネルも全開にして、全機能をチェックすることができました。このことの意義はとても大きい。小型衛星だからこその利点です。

小型衛星の部品は、一つひとつオーダーして作る大型の衛星のような宇宙部品ではなく、市販されている民生品を組み合わせて使っています。要求に適合しているかどうか全部を組み合わせて試験を行い、精度を高めていきます。

実際、1回目の統合試験で、イオンスラスタブルームからの電子逆流の問題が判明、2回目では、探査機全システムのシャットダウンの問題がわかりました。3回目では、イオンスラスタ自体は問題なく作動しましたが、制御器のソフトウエアのバグが見つかりました。この3回の統合試験なくして、「I-COUPS」の宇宙作動は実現できませんでした。


小泉研究室にある、直径1mのスペースチェンバー。プロキオンの実験は直径2mのスペースチェンバーで行われた。
小泉研究室にある、直径1mのスペースチェンバー。プロキオンの実験は直径2mのスペースチェンバーで行われた。


──── 「プロキオン」の深宇宙探査は成功したのですか?

2014年12月3日、「プロキオン」は「はやぶさ2」のH2Aロケットに小型副ペイロード(通常、小型副衛星と言うが地球を周回しないため、ペイロードを使用)として相乗りさせてもらい、宇宙に飛び立ちました。高圧ガス系の健全性を確認し、翌々日の5日から、「I-COUPS」の運用を開始。12基すべてのコールド ガスジェット スラスタの緊急用推力発生や軌道調整などを確認、12月28日にイオンスラスタ加速を実施しました。

最終的に、223時間でイオンエンジンがリタイアし、小惑星到達には至りませんでした。本体は打ち上げから1年で通信が途絶えました。しかし、223時間の宇宙作動は、当時、小型宇宙機におけるイオンスラスタの作動時間としては、世界最長でした。また、コールド ガスジェット スラスタは1年間にわたり健全に作動しました。小惑星には到達しませんでしたが、小型宇宙機による深宇宙探査の実証作動という目的は達成されました。


イオンエンジンの推進剤としての「キセノン(Xe)」の限界

──── プロキオンの「I-COUPS」然り、イオンエンジンの推進剤として一般的にキセノンが使われてきましたが、現在、水推進エンジンを研究されていらっしゃいますね。キセノンより水を使う利点を教えてください。

キセノンは、希ガスの中ではプラズマ化しやすく、80気圧ほどで水よりも密度が高くなり、麻酔剤として使われ、人が吸えるほど安全性が高く、総合評価は高い。しかし、高圧ガスタンクを使うということで、JAXAが規定するハザード候補の一つである「圧力システムの破裂、爆発」に該当。このため、安全性確保という点でハードルが高くなるなど厄介なことがいろいろあります。

高圧ガスをしっかりしたタンクで封じ込めなければいけません。バルブも高圧対応が必要です。バルブ自体は小型化してもあまり小さくなりません。例えば、水道の蛇口を想像してくださればよいのですが、流量が少ないからといっても、蛇口がめちゃくちゃ小さくなるかというと、人が使う蛇口は決まっています。水流が小さくても圧力は高い。自分たちでバルブを作るのではなく市販のものを使う以上、配管、バルブ、タンク、タンクを押さえる金具の質量の割合が増えることになります。キセノンを2.6kg運ぶのにタンクなどを合わせると4.5kgになってしまいました。質量はコストに跳ね返るので、もったいない。

また、高圧ガスですので、法規制の対象になり、オリジナルで作ることが難しい。たとえオリジナルで作るとしても、国の安全基準をパスしなければなりません。自分たちで作って基準を通せばよいですが時間と労力かかります。それなら開発に労力をかけたい。

打ち上げの機会を提供してくれると期待される国際宇宙ステーション(ISS)からの超小型衛星放出についても、有人のISSへの持ち込みが安全性の点からは難しいうえ、1~10kgという、超小型衛星に向けたエンジンの小型化や低コスト化からみても、限界がありました。


──── 宇宙産業を育成するために、特区のように規制を緩めるということはないのでしょうか。

射場まで高圧ガスを運ぶのも規制がかかっていますので、それだけでは解決しないと思います。もちろん、製造から射場まで含めて法規制を緩和するなどの特区があるというのも面白いのですが現時点では現実的ではありません。


──── 水の安全性は説明する必要もないですね。

推進剤としてヒドラジンを使うとしても、毒性が強いものは大学で扱うのは難しい。専用施設があれば別なのですが、宇宙産業にいろんなプレーヤーが参入する時代、有毒物質を扱いにくい。時代とともに、グリーンプロペラント(Green Propellant)と言いますが、低毒性の推進剤を使うこと求められてきています。多くの人工衛星を低コストで打ち上げるという意味でも、取り扱いやすさ、作業のしやすさということも大きな要素になってきます。その点でも水であれば問題ありません。


東京大学大学院新領域創成科学研究科 小泉宏之(こいずみ・ひろゆき)准教授。
1977年、東京生まれ。慶応義塾大学理工学部卒業後、2002年、東京大学工学系研究科航空宇宙工学を専攻修了。2003年に同専攻助手、2006年、博士(工学)。2007年にJAXA宇宙科学研究助教、ISAS助教。2011年、東京大学大学院工学系研究科准教授、2015年、現職。専門は宇宙推進工学、プラズマ工学。ほどよし4号、プロキオン(PROCYON)、エクレウス(EQUULEUS)等で推進系担当。IEPC 2015 Best Paper Award、2017年度文部科学大臣表彰科学技術賞などを受賞。
東京大学大学院新領域創成科学研究科 小泉宏之(こいずみ・ひろゆき)准教授。
1977年、東京生まれ。慶応義塾大学理工学部卒業後、2002年、東京大学工学系研究科航空宇宙工学を専攻修了。2003年に同専攻助手、2006年、博士(工学)。2007年にJAXA宇宙科学研究助教、ISAS助教。2011年、東京大学大学院工学系研究科准教授、2015年、現職。専門は宇宙推進工学、プラズマ工学。ほどよし4号、プロキオン(PROCYON)、エクレウス(EQUULEUS)等で推進系担当。IEPC 2015 Best Paper Award、2017年度文部科学大臣表彰科学技術賞などを受賞。


──── 次回は水を使ったロケットエンジンを紹介します。


文・写真/杉浦美香


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