昆虫の嗅覚を利用し匂いの発生源を突き止める「匂いセンサー」の開発~生物学と工学の融合「バイオハイブリッド」の可能性(前編)

INTERVIEW

東京大学
先端科学技術研究センター
特任助教 照月 大悟

匂いを検出したいというニーズは、医療、セキュリティ、品質管理など多岐に渡ることから、匂いの検出や分析の技術は進んでいますが、匂いの発生源を特定する技術はまだ確立されていません。その理由は、匂い源から発生した匂いは風や地形の影響を受け、時々刻々と匂い分布が複雑に変化するからだといいます。今回は、昆虫の嗅覚を使って匂いの発生源を探索するシステムを開発している東京大学先端科学技術研究センターの照月大悟特任助教に、同研究室が取り組んでいる「匂い源探索システム」の研究開発についてお話を伺いました。

例えばなにかいい匂いが漂ってきたとしましょう。その匂いがどこから漂ってきているのか特定するために、我々はどのような方法を用いているでしょうか? それが料理の匂いなら、例えば台所から匂って来ているんだろうと私たちは考えます。お花の匂いなら、どこかにお花が咲いていないか見回して探します。私たちは多くの場合、そうして経験や視覚を使って匂いの発生場所を見つけています。

しかし、「なにか匂わない?」というようななにもわからない状況で匂いの発生源を特定できるでしょうか。例えば、匂いがより濃く感じられる方向に近づいていこうと考えるでしょう。しかし、そのつもりだったにもかかわらず、急に匂いが薄く感じられたという経験はないでしょうか? あるいは匂いに鼻が慣れてしまい、わからなくなってしまったという人もいるのではないでしょうか?

このように人間にとっては、匂いを感知することはできても、匂いが漂ってくる方向を探すのは実は難しいことなのです。匂いには、光や音のような指向性がほとんどありません。発生源の近くでは強い匂いを発していても、あとは空気の流れに乗って漂うため、単純に距離と比例して匂いの濃度が濃くなると言うわけではないのです。

匂いの発生源探索が難しいのは、人間にとってだけでなく、機械にとっても同じです。ガスセンサーは特定のガスの有無を判別できますが、その発生源を見つけることは困難です。そこで、東京大学先端科学技術研究センター 神崎研究室の照月大悟(てるつき・だいご)特任助教は、昆虫の力を借りることで匂いの発生源を効率的に探索する新たなシステムの開発に成功しました。今回はその具体的な手法について、照月先生にお話をうかがいました。


匂いの「発生源」を特定する技術が確立されてない理由

「世の中ではさまざまな分野で匂いを検出する技術へのニーズが高まっています。例えば、医療分野では、呼気などから病気に関わる匂いを検出することで病気の早期発見が可能になりますし、セキュリティ分野では、爆発物や麻薬に関わる匂いを検出できれば安心安全な社会の実現につながります。また、カビ臭や腐敗臭を検出できれば、食品や飲料水の品質管理にも役立てることができます」と照月先生は匂い検出技術の有用性を語ります。しかし、匂いの検出や分析の技術が進んでも、匂いの発生源を特定する技術は現在に至るまで、確立されていません。では、一体なにがそれほど難しいのでしょうか?

「匂い源から発生した匂いは、風や地形の影響を受けながら、時々刻々と複雑に変化しながら漂います。匂いは、『プルーム』と『フィラメント』という大きく2つの構造から成り立っています。煙のように立ち昇った『プルーム』は、風上から風下へ流れていきますが、すぐに細い『フィラメント』に分かれていきます。そのため、直感的には匂いの発生源に近いほど濃度が高くなると考えがちですが、遠いところで急に濃くなる可能性があり、濃度の分布にムラが存在します。

そうした匂い分布の複雑な構造が、匂いの発生源の探索を非常に難しくしています。従来のガスセンサーを用いて匂い源探索課題をクリアすることは難しいため、私たちが研究を進めているのが、昆虫の嗅覚機能を活用した匂い源探索システムです」(照月先生)


昆虫の触角をそのまま使った「匂いセンサー」を開発

蝶や蜂は遠く離れた花を見つけて蜜を吸い、カブトムシやクワガタは真夜中の暗闇であっても樹液に集まり蜜を吸います。それが可能なのは、嗅覚が発達しているためです。昆虫が非常に鋭い嗅覚機能を持っていることは昔から知られていました。ガ類のオスは、自然環境下でも数百m先にある匂いの発生源をたどることができると言われており、その能力はエサやパートナーを探すのに役立てられています。中でも、シルクの原料となる繭を作ることで知られるカイコガのオスは、メスから放出されるボンビコール(bombykol)というフェロモンを極めて高感度、高選択的に触角で感知して、メスの探索を始めることが知られています。

「それを可能にしているのが、触角などに発現した嗅覚受容体と呼ばれる膜タンパク質です。昆虫の嗅覚受容体では、匂いが受容体に結合するとイオンチャネルが開いて電流が流れ、匂い情報が電気信号に変換されて脳へと伝達されます。この仕組みが、人工的なガスセンサーにはない高感度性、高選択性、高速応答性という特性を生み出しています。この特性を活用することで、カイコガの触角とドローンを組み合わせた新たな匂い源探索システムを実現できるのではないかと考えました」

照月先生らが最初に取り組んだのは、オスのカイコガの触角をそのまま使った匂いセンサー「小型EAGデバイス」の開発でした。EAGはElectroantennogramの略で、日本語で「触角電図」と呼ばれます。カイコガの触角をハサミで切り取り、触角の両端に電極を配置して、匂いで刺激された際の電位差を計測することで匂いを検出します。直径10cm程度の小型ドローンに搭載することを前提としていたため、小型EAGデバイスの匂い検出部はサイズ20mm×15mm、重量1.7g(バッテリーやデータ処理部を含む全体重量は15g)という極小のデバイスを製作しました。


小型EAG(Electroantennogram、触角電図)デバイスの電極にカイコガの触角を取り付ける手順(①~④)。小型EAGデバイスはドローンに設置され、匂いセンサーとして機能する。(提供:東京大学先端科学技術研究センター神崎研究室)
小型EAG(Electroantennogram、触角電図)デバイスの電極にカイコガの触角を取り付ける手順(①~④)。小型EAGデバイスはドローンに設置され、匂いセンサーとして機能する。(提供:東京大学先端科学技術研究センター神崎研究室)


「匂いを検出するまでのステップは非常に簡単です。触角をハサミで切除して電極に導電性ゲルで張り付けるだけなので、特殊な技術も要りませんし、時間もかかりません。また、生体を使っているため触角の寿命がどの程度あるか懸念していましたが、切除直後から1〜2時間は機能するため、小型ドローンの5〜10分程度の飛行時間であれば問題にならないことがわかりました」(照月先生)

続いて行ったのは小型EAGデバイスの性能評価です。小型EAGデバイスに設置した触角を、メスのカイコガのフェロモンであるボンビコールで刺激して濃度依存性を確認したところ、濃度が高まるにつれて信号強度が増加することがわかりました。また、匂い選択性の有無を見る実験では、空気、ヘキサン、エタノールで触角を刺激してもほぼ応答が見られず、ボンビコールにだけ触角が大きく反応することが確認されました。

さらに、5秒間隔で15回連続でボンビコールによる刺激を与え、応答の再現性を確認する実験も行いました。その結果、毎回同程度の信号を検出することができ、応答が鈍化することなく繰り返しボンビコールを検出できることがわかりました。以上のような結果が確認されたことで、照月先生はいよいよ小型EAGデバイスをドローンに搭載して匂い源探索の実験を開始しました。


匂い源探索アルゴリズムを追加し、「匂い源探索システム」を開発

オスのカイコガの匂い源探索アルゴリズム(行動)。メスのカイコガは、お尻にあるフェロモン腺からボンビコールを放出するため、オスはこれを追跡する。(提供:東京大学先端科学技術研究センター神崎研究室)
オスのカイコガの匂い源探索アルゴリズム(行動)。メスのカイコガは、お尻にあるフェロモン腺からボンビコールを放出するため、オスはこれを追跡する。(提供:東京大学先端科学技術研究センター神崎研究室)


「次の課題は、匂い源探索のためのアルゴリズムをどのように設定するかということでした。前述のように、匂い分布は時々刻々と変化し、濃度のムラもできます。そうした特性に対応し、効率よく匂い源にたどり着くにはどうすればいいのでしょうか?

検討した結果、採用したのが「スパイラルサージ・アルゴリズム」でした。これまでに、匂い源探索アルゴリズムとして、「キャスティング・アルゴリズム」や「スパイラルサージ・アルゴリズム」など、いくつかのアルゴリズムが開発されてきました。キャスティング・アルゴリズムは、ジグザグに動きながら匂いの流れを追跡する方法です。シンプルかつドローンなどへの実装が簡単ですが、匂いの流れから大きく外れた場合、戻るのが難しくなるという課題があります。

一方で、スパイラルサージ・アルゴリズムは、ぐるぐると回転しながら匂いを探索して、匂いを検出した方向に直進した後、また回転しながら匂いを探索するという方法です。これなら、匂いの流れから外れた際に、多少時間はかかったとしても再び戻ってくることができます。今回は、ドローンの回転中に匂いの濃度を判定して、最大値が出た方向に直進するというアルゴリズムを実装しました」(照月先生)

こうしてついに、小型EAGデバイスとスパイラルサージ・アルゴリズムによる匂い源探索機能を備えたバイオハイブリッドドローンが完成しました。そして、実際に匂い源探索実験を行なってみたところ、自律飛行するドローンが回転を繰り返しながら少しずつ匂い源の方向に進んでいき、2m程度離れた匂い源への到達に成功したのです。

簡略化した実験を目の前で見せていただきました。まず、生きているカイコガから触角を切除します。それを小型EAGデバイスにセットし、ドローンに搭載して飛ばします。ドローンがその場で回転しながら匂い濃度を判定している最中に、少し離れた場所からボンビコールで刺激を行うと、確かに刺激された方向(匂い源)に進みました。触角の切除も含めて、実に簡便かつスピーディーという印象でした。


カイコガ触角を搭載したバイオハイブリッドドローン(提供:東京大学先端科学技術研究センター神崎研究室)
カイコガ触角を搭載したバイオハイブリッドドローン(提供:東京大学先端科学技術研究センター神崎研究室)


バイオハイブリッドドローン研究の将来

「昆虫の触角を模した装置を開発するよりも、触角そのものを使った方が高性能なうえ、コストもかかりません。特にカイコガは飼育方法が確立されているため共有も容易です。将来的にはこうしたバイオハイブリッドデバイスが活躍する時代が来ると期待しています」と照月先生。今後は、複数の小型EAGデバイスをドローンに搭載したり、より離れたところにある匂い源の探索を行うなど、バイオハイブリッドドローンの性能をさらに高める研究を行う予定です。また、神崎研究室では、遺伝子組換えにより他の昆虫の性フェロモンに反応するカイコガの作出にも成功しているため、将来的にはボンビコール以外の匂いの探索も可能になると期待されます。

東京大学先端科学技術研究センター神崎研究室では、他にも昆虫の能力に着目したさまざまな研究が進められています。次回はそれについて詳しくご紹介していきましょう。


文/高須賀哲

▽おすすめ関連記事

こちらの記事もおすすめ(PR)