多孔質マイクロニードルによる血糖値測定の仕組みと、ドラッグデリバリーシステム(DDS)実用化への取り組み~マイクロニードルの医療分野での可能性(後編)

INTERVIEW

東京大学
生産技術研究所
教授 金 範埈

糖尿病患者が使用するインスリン注入器用注射針は、採血で使う注射針より小さいものの、針の直径は180㎛の大きさがあり痛みを伴います。一方、現在開発中のマイクロニードルは、針の尖端の直径が50㎛と、蚊が血を吸う吸い口(直径60㎛)より小さく、ほぼ痛みがないといいます。今回も引き続き、生体溶解型マイクロニードルを開発している東京大学生産技術研究所 金範埈教授に、同技術の医療分野への応用として、血糖値が測れるマイクロニードルパッチ型センサーや、新型コロナの抗体検査などドラッグデリバリーシステム(DDS)実用化への取り組みについてお話を伺いました。

半導体のシリコン基板にセンサーやアクチュエーター、電子回路などを一つの基盤に集積化するMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)とよばれる微細加工技術を応用して作るマイクロニードル。バイオセンサーや新型コロナウイルスのワクチンなど、医療分野の応用が期待されています。


糖尿病患者が使用する注射針と、マイクロニードルの違い

──── 金教授の研究室は2020年8月、学術誌「Medical Devices & Sensors」(オンライン)に、皮膚に貼るだけで痛みもなく簡単に糖尿病の指標となる血糖値を測定するマイクロニードルパッチ型センサーについて発表しました。生活習慣病の代表格である糖尿病は、静かに進行するためサイレントキラーと呼ばれています。糖尿病患者の数は、日本では1,000万人、予備軍を含めると2,000万人と推定されています。世界的にも深刻な健康問題になっており、WHO(世界保健機関)は2000年には約1億7000万人だった患者の数が2030年には約3億7000千万人になると予測。簡易なセンサーで、糖尿病の予備軍を発見できれば、いち早い治療が開始できます。糖尿病のためのマイクロニードルパッチ型センサーの仕組みについて教えてください。

金範埈教授(以下同):
糖尿病患者さんは、不足するインスリンを自分で注射を打ち補っています。インスリン注射の針は採血でよく使用される注射針と比べて長さが1/9~1/5 、直径も約1/3と小さく痛みを感じにくいと言われますが、それでも金属製の針の直径は180㎛(1㎛は1mの100万分の1)あり、痛みを感じます。

私たちが開発したマイクロニードルは、針の尖端の直径50㎛と従来の針の3分の1以下、長さも0.8mmという小ささになります。
開発したパッチの基板の片面にマイクロニードルを並べ、もう片面には血糖値のセンサーを配置して、互いに繋がっています。マイクロニードル自体はスポンジのような穴が開いており、外部からエネルギーを与えなくても、毛細管力(細い管や穴の中で、表面張力を使い流体を動かす力)で微量の細胞間質液を皮下から採取。細胞間質液は微小流路を通じて、紙基盤の反対側にあるセンサーに届けられ、血糖値が測れるようになっています。


痛くない、スポンジみたいなマイクロニードルを実現(提供:金範埈教授)
痛くない、スポンジみたいなマイクロニードルを実現(提供:金範埈教授)


多孔質マイクロニードルの材料と製造方法

──── 針に穴がスポンジのようにあいているということですが、どのように作るのでしょうか?

これまでは注射針のように内部に液体を吸引することができる中孔型が主流でした。しかし、加工工程が複雑で費用もかかります。また構造状もろいため、折れて皮下に残留する恐れもありました。

我々は、多孔質マイクロニードルを作ることにしました。材料としてはニードルが欠けるなどして体内に残らないように、骨再生の足場材料分野でよく使用されている生体分解性のPLGA(ポリ乳酸-グリコール酸共重合体)を使用しました。穴の直径も、血球が詰まらないように、5~10㎛の小ささです。
毛細管力によって細胞間質液を吸収しますが、毛細管力はマイクロニードルの穴の大きさや空隙率、 親水性などが影響します。穴同士が十分に繋がっていて、体液を透過させることが可能な構造にする必要があります。ただ、多数の穴があいていると空隙率が高くなり、もろくなってしまいます。皮下穿刺に耐えうる強度を持つ多孔質マイクロニードルの製作は容易ではありませんでした。

このため、我々が使った方法は「ソルトリーチング法」です。高分子のPLGA(ポリ乳酸-グリコール酸共重合体)と塩を適切な割合で混ぜて固め、水につけて塩を溶かします。塩、NaCl粒子が溶出することで穴ができます。この方法で、穴の直径や空隙率を制御し、体液吸収率の最適化と、基盤となる紙シートのセンサー層との一体化を実現することができたのです。


多孔質マイクロニードルによる血糖値センサーの仕組み

──── 血糖値センサーについても教えてください。

血糖値センサーには、グルコースオキシダーゼとグルコースペルオキシダーゼという2種類の酵素と染料色素(テトラメチルベンジジン)を組み合わせ、発色の明度の変化を指標に血糖値の高低を、肉眼で簡単にわかるようにしました。

血糖値とは、血液内に含まれるブドウ糖(グルコース)の濃度のことを指します。患者さんは自己血糖測定器(SMBG、Self-Monitoring of Blood Glucose)キットなどで、指に針を刺して出血させて血糖値を測定するため、苦痛が伴います。患者の負担を軽減するために涙、尿、汗などから血糖を追跡する診断デバイスの研究もありますが不便だったり、診断の場所や汚れが測定結果に影響を与えたりと課題も多かったのです。

一方、「細胞間質液」とは、血液の中にある血漿とグルコースを含むさまざまな物質が細胞と血管を移動する際に通過する間質液のことを指します。細胞間質液の95%は血漿成分と同じため、間質液のグルコース濃度を測定することで、ほぼ正確に血糖値を測定することができるのです。

糖尿病の予備軍を見つけ出し、早期に食事療法などをして患者にならないようにすることが重要ですが、血糖値の測定は、通常年に数回ある健康診断の血液検査のみという場合がほとんどです。コストや使い勝手の問題で、糖尿病患者予備軍のほとんどが自分の血糖値を知りません。このマイクロニードルパッチは使い捨てですし、精度も高い。朝ごはんを食べた後、夜寝るときなど簡単に自分でチェックし、異常値が続いた場合、病院の診察を受け早めに治療を開始することが可能になってきます。


多孔質マイクロニードルのセンサーの仕組み(提供:金範埈教授)
多孔質マイクロニードルのセンサーの仕組み(提供:金範埈教授)


──── 血糖値以外も、この方法で測れますか?

細胞間質液の中にはタンパク質、アミノ酸、糖類、脂肪酸、コエンザイム、ホルモン、神経伝達物質、電解質などを含んでいます。心筋梗塞などのリスクを高めるコレステロールや健康状態を判断できる男性ホルモンのテストステロンや女性ホルモンのエストロゲン、ストレスを受けたときに脳からの刺激で分泌が増えることから、「ストレスホルモン」と呼ばれるコルチゾールも、センサー部分を変えれば測定することが可能になってきます。


マイクロニードルによる新型コロナの抗体検査とDDS実用化

──── 2020年度、東大生産研の所長裁量経費で、「マイクロニードルを用いた新型コロナ(COVID-19)の無痛・迅速診断チップの研究開発」も実施されています。

新型コロナの抗体検査は、一般的に免疫グロブリンというたんぱく質であるIgMとIgGの2種類の動きを見ます。検査キットが市販されていますが、検査には血液の採取が必要になります。我々は、この検査を血糖値センサーと同様、多孔質のマイクロニードルパッチで細胞間質液を採取して行います。2021年3月、IgMとIgGが上がっているかどうかが10分以内にわかるよう判別できるセンサーの仕組みを構築できました。苦労しましたが、実験室レベルで成功しており近く、マウスの実験も行う予定です。
来年には実用化し、大量生産できることを目指しています。実現すれば、世界初と言えると思います。新型コロナなどのワクチンでは、接種後の抗体がどれだけ維持できるかが重要です。簡易なマイクロニードルのセンサーパッチで判別できるようになると、感染のクラスター発生したときの調査も、従来よりも簡易になります。
 
「多孔質マイクロニードルを備えるパッチ型体液採取及び検査システム、及び当該マクロニードルを製造する方法」の国際特許の出願も8月、完了しました。(参考情報1)


マイクロニードルを用いた新型コロナの抗体検知センサーの開発(提供:金範埈教授)
マイクロニードルを用いた新型コロナの抗体検知センサーの開発(提供:金範埈教授)


──── 遅れていた日本で、新型コロナウイルスのワクチン接種が進んできました。しかし、途上国の接種率は十分とは言えません。国際的にワクチンを供給する仕組みはありますが、原液の温度管理などがネックになっています。ファイザーのワクチンはマイナス75℃前後の保管が必要でした。一部緩和されましたがそれでも冷蔵、冷凍管理はワクチン普及のハードルになっています。常温保管が可能なマイクロニードルパッチによるワクチン接種が実現できれば、注射針も医療者も必要なくなり、ワクチン普及のブレイクスルーになりえます。
 金教授の研究室は、ワクチンのDDS(Drug Delivery System)としてのマイクロニードルを研究開発しています。それらの開発状況を教えてください。


2020年に新型コロナ感染症が世界に蔓延する中、マイクロニードルを感染症対策に使えないかと考えました。折しも、東大生研、感染症制御学部門の甲斐知恵子(かい・ちえこ)特任教授、ウィルス医療学寄付研究部門の米田美佐子(よねだ・みさこ)特任教授が新型コロナ感染症の抗原・抗体検査の診断センサーを開発しており、共同で研究を始めることにしました。同感染症のマイクロニードル検査キットは現在、マウスを使った実験段階で、近日中に結果が出ると期待しています。また、ワクチン投与用のマイクロニードルの実用化に向けても別途、研究を進めています。

これら、新型コロナの抗体検査におけるマイクロニードルパッチの開発がテレビなどで取り上げられたことから今春、天然痘ワクチンを改良した新型コロナウイルスワクチンを研究している東京都医学総合研究所の小原道法(こはら・みちのり)特任研究員と東京大学先端科学技術研究センターシステム生物医学ラボラトリーの児玉龍彦(こだま・たつひこ)名誉教授から「一緒に研究しましょう」と連絡をもらいました。小原氏の研究は、天然痘の予防に使われた弱毒のワクシニアワクチンに、新型コロナの遺伝子の一部を組み込みます。既にカニクイザルの実験で、新型コロナを攻撃する抗体や感染した細胞を攻撃する免疫細胞ができたことが確認されました。

日本発の新型コロナワクチンを普及させるために、一日も早いマイクロニードルによるDDS(Drug Delivery System)実用化を早期に実現したいと考えています。研究が成功すれば、新型コロナ感染症用だけではなく、他のワクチンにも利用できます。痛みもなく、医療従事者でなくても簡単に使用できる上、従来のワクチンのように冷凍保管・管理が不要になり、安価に供給することができます。


東京大学生産技術研究所 金範埈(Kim Beomjoon、キム・ボムジュン)教授。
学際融合マイクロシステム国際連携研究機構長・ウィルス医療学寄付研究部門長(工学博士、精密工学専攻)。韓国出身。1993年、ソウル大学機械設計工学科卒業して来日。1995年東京大学院精密機械工学専攻, 修士(微細加工)、1998年同大学院博士課程修了、工学博士(MEMS/計測)。フランス国立科学研究センター(CNRS)とオランダのトゥウェンテ(Twente)大学、博士研究員。2000年、東京大学生産技術研究所准教授。2014年から現職。株式会社BNS Medicals技術顧問及び共同研究・開発。
東京大学生産技術研究所 金範埈(Kim Beomjoon、キム・ボムジュン)教授。
学際融合マイクロシステム国際連携研究機構長・ウィルス医療学寄付研究部門長(工学博士、精密工学専攻)。韓国出身。1993年、ソウル大学機械設計工学科卒業して来日。1995年東京大学院精密機械工学専攻, 修士(微細加工)、1998年同大学院博士課程修了、工学博士(MEMS/計測)。フランス国立科学研究センター(CNRS)とオランダのトゥウェンテ(Twente)大学、博士研究員。2000年、東京大学生産技術研究所准教授。2014年から現職。株式会社BNS Medicals技術顧問及び共同研究・開発。



──── 新型コロナ感染症対策のカギは、途上国も含めたワクチン接種の普及になります。今後、経済立て直しを加速化するため、ワクチン接種のマイクロニードル応用の実用化に期待が集まっています。

 
文・人物写真/杉浦美香



参考情報
・参考情報1:「国際特許番号PCT/JP2021/30456」の特許権者は「国立大学法人東京大学、BNS Medicals」、発明の名称は「多孔質マイクロニードルを備えるパッチ型体液採取及び検査システム、及び当該マクロニードルを製造する方法」です。

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