鉄道車両向け燃料電池の開発と、水素燃料電池ハイブリッド車両がもつメリット~脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用(8)

脱炭素社会の実現に向けて「水素エネルギー」の活用に注目し、産学官からの水素エネルギーに関する取り組みを紹介していく本連載。第8回目は、水素を主な動力源とするするハイブリッド車両(燃料電池)を開発している「産(民間企業)」に注目します。今回も、東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)、トヨタ自動車株式会社、株式会社日立製作所に、鉄道向け燃料電池の開発ポイントや、同ハイブリッド車両を開発するメリット、鉄道における低炭素社会の実現に向けた取り組みについてお話を伺いました。

「脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用(7)」では、株式会社日立製作所が東日本旅客鉄道株式会社(以下JR東日本)と共同で開発し、すでに在来線で導入されているディーゼルハイブリッドシステムについて解説しました。これからトヨタ自動車株式会社を含む3社が開発する水素燃料電池ハイブリッドシステムは、シンプルに言えば、このディーゼルハイブリッドシステムのディーゼル機関の部分を燃料電池に置き換えたものです。つまり、燃料電池と蓄電池(回生ブレーキで発電)のハイブリッドシステムということです。今回は、トヨタ自動車が開発を担当する燃料電池のテクノロジーと、このプロジェクトを統括するJR東日本の考え方についてまとめました。

燃料電池自動車(FCV)開発で培った燃料電池技術を応用

HYBARI(R)プロジェクトを進めるJ R東日本、日立製作所、トヨタ自動車の役割(提供:トヨタ自動車)
HYBARI(R)プロジェクトを進めるJ R東日本、日立製作所、トヨタ自動車の役割(提供:トヨタ自動車)


燃料電池装置の開発を担うのはトヨタ自動車です。JR東日本とトヨタ自動車は、地球温暖化問題やエネルギーの多様化などに対応したサスティナブルな低炭素社会の実現に向け、鉄道と自動車という陸上の代表的な交通機関が連携して進める水素活用を促進する取り組みの業務連携として、2018年9月27日に、両社で覚書を締結。その関係から、今回のプロジェクトが組まれました。

トヨタ自動車はEVやFCV(Fuel Cell Vehicle、燃料電池自動車)など環境対応車を開発するEV開発部を1992年に設置。FCVの研究開発には約30年の歴史を持ちます。そして、一般に市販されたFCVとしては世界初となる初代MIRAIを2014年に発売。2020年には2代目MIRAIを発売しています。

そうして培った燃料電池の技術を、HYBARI(R)にも応用します。トヨタ自動車は、このプロジェクトに参画した理由について、「トヨタ自動車は水素社会実現に貢献するため、『FC(水素を活用するクリーン燃料電池)商用車活用・産業利用促進』を目標に掲げています。これに沿ってさまざまな取り組みを進める中の一つとして、FCVやFCバス(燃料電池バスSORA)の開発で培った燃料電池技術を提供することで協力できると考えました」と述べています。

トヨタ自動車はHYBARIに搭載する燃料電池は、MIRAI搭載の燃料電池スタックをカスタマイズして使用するとしています。新型MIRAIは燃料電池と回生ブレーキを活用する蓄電池とのハイブリッドシステムを採用しています。基本的には、スタート時には蓄電池の動力を利用し、通常走行は燃料電池で走行、加速時は燃料電池と蓄電池を併用、減速時は回生ブレーキで発電、となります。今回開発するHYBARIと同様の基本システムとなっています。

MIRAIの車両重量は2トン弱。一般の電車の重量は30〜40トン程度ですので、2両1編成(1M1T:1台の動力車+1台の付随車)のHYBARIの重量は60〜80トン程度と想定されます。当然、乗用車よりも高い出力が必要なため、HYBARIは4台の燃料電池スタックを搭載し、出力120kWhの2台のリチウムイオン蓄電池が搭載されます。水素貯蔵ユニットは屋根上に設置され、燃料電池装置と蓄電池は床下に設置されます。現状、次のような複数の課題があり、それらをクリアするための開発を進めていると言います。

「まず、4台の燃料電池スタックと鉄道車両の主要回路を組み合わせた制御の開発が必要になります。また、鉄道車両の限られた床下スペースに新たに4台のFCスタックを搭載するための対策、自動車とは異なる鉄道車両の振動対策、さらに、鉄道車両は、床下に台車や機器箱があり、自動車のように走行中に外気を導入できないため、自動車用冷却装置を活用することによる冷却対策、など新たな対応に伴う制御の開発やその稼働シミュレーションなどにより適性の検証などを行っていく必要があります」(トヨタ自動車)。


HYBARIの燃料電池装置はトヨタが開発し、蓄電池と電力変換装置は日立が開発する(提供:トヨタ自動車)
HYBARIの燃料電池装置はトヨタが開発し、蓄電池と電力変換装置は日立が開発する(提供:トヨタ自動車)


電線から常に電力が供給される電車と違い、燃料電池車は燃料となる水素を供給する必要があります。ただし路線の車庫に水素ステーションを設置すればいいため、効率は良いと言えます。
2022年3月ごろから、JR鶴見線、JR南武線尻手支線、JR南武線(尻手〜武蔵中原)区間で、行う予定の実証実験では、JR鶴見線の扇町駅構内、鎌倉車両センター中原支所などで水素の充填をします。


ハイブリッド車両(燃料電池)を開発するメリット、CO2削減とエネルギー源の分散

水素燃料電池ハイブリッド車両を開発するメリットはなんでしょうか。そのうちの1つは、非電化路線(ディーゼル路線)におけるCO2や有害排気ガス(NOx)の削減です。ディーゼル機関車はハイブリッド化によって燃費を向上させ、有害排気ガスも削減したとはいえ、その排出をゼロにすることはできません。一方、水素燃料電池ハイブリッド車両は電化区間の電車と同様に、走行中に一切、環境に影響を与える排気ガスを排出しません。

このように、メリットの大きな水素機関車両の開発ですが、水素(H2)は自然界にほぼ存在しないため、水素化合物から水素を取り出す必要があり、その際にエネルギーを使います。その際に化石燃料を消費して従来通りCO2を排出してしまっては、クリーンエネルギーとは言えないということになります。ただし、水素はさまざまなエネルギーから作り出すことができるという特徴があります。

「燃料となる水素を生成する際にも、CO2排出量の比較的少ない再生可能エネルギーを用いれば、生産、輸送、消費トータルでのCO2排出量も削減可能です。将来は、(川崎重工業などが取り組んでいる)褐炭改質による液化水素製造・輸入等の技術(脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用(3)~(6)に解説あり)導入によりコストダウンも見込まれることから、導入メリットは大きくなると考えます」(トヨタ自動車)

そのほかにも、エネルギー源を分散させておくメリットがあると言います。
「化石燃料など従来のエネルギー源が将来にわたって安定的に供給できるかどうかは未知数であるため、エネルギー源を多様化させリスクを分散させておくことは戦略的に重要です。水素は有力なエネルギー源であるため、水素で駆動させる車両を導入すれば、車両のエネルギー源の多様化を図り、エネルギーに関するリスクの分散を図ることができます」(トヨタ自動車)というわけです。

また、水素の利用は日本のエネルギー自給率の向上にも寄与します。日本は化石燃料のほぼ100%を海外から輸入していますが、水素は太陽光発電や風力発電、地熱発電などの再生可能エネルギーから製造することができるため、国産が可能です。水素の国内製造量を増やし、エネルギー自給率を高めることは安全保障上も重要なのです。


鉄道における脱炭素社会の実現に向けた取り組み

JR東日本の環境長期目標「ゼロカーボン・チャレンジ2050」の概念図(提供:JR東日本)
JR東日本の環境長期目標「ゼロカーボン・チャレンジ2050」の概念図(提供:JR東日本)


そもそもなぜJR東日本は燃料電池ハイブリッド車両の開発に乗り出したのでしょうか。「脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用(7)」でご紹介した通り、鉄道は電車であってもディーゼル車であっても、人や荷物を移動させるのに使用するエネルギーは、自動車や、航空機、船舶と比べても相対的に低く、既存の鉄道そのものがエコロジーな乗り物です。そうでありながら、水素燃料電池車の開発を世界に先駆けて行う理由はどこにあるのでしょうか。

「1日に約12,000本の列車を運転し、約1,790万人のお客様にご利用いただく当社では、年間約50億kWhの電力を、列車や駅、オフィスビルなどの電源として消費しています。多くのエネルギーを使用する鉄道事業者として、長期的にCO2排出量を削減していくことは使命です。JR東日本グループは、2020年度、新たに環境長期目標『ゼロカーボン・チャレンジ2050』を策定し、グループ一体となって、2050年度のCO2排出量『実質ゼロ』に挑戦します。これにより『脱炭素社会』への貢献とともに、環境優位性のさらなる向上と、サスティナブルな社会の実現を目指します」とJR東日本は答えます。

国単位では、日本、アメリカ、EUなどが2050年にCO2排出量をゼロにすることを宣言しています。しかしそれは、林業や、排出権取引などを含め、さまざまな産業を組み合わせてトータルで成し遂げようとするものです。それを、運輸産業である鉄道会社が単独で目標に掲げるのはハードルが高く、難しい挑戦に思えます。どのように実現するのでしょうか。

じつはJ R東日本はこれまでも、水力・太陽光・風力・バイオマスなどの発電を導入し、列車運行等で消費するエネルギーの約25%は再生可能エネルギーを使用しています。また、保有する車両の98%を省エネ車両に置き換えるなど、CO2排出量削減に取り組んできました。気候変動など地球環境問題を率先して解決していくため、同社はゼロカーボンに向けて、鉄道車両の省エネ化に止まらない多数のチャレンジをさらに進める計画です。


JR東日本の環境長期目標「ゼロカーボン・チャレンジ2050」は次の4つの項目を掲げています。

1.「つくる」のチャレンジ
メガソーラー、大型風力発電所など、再生可能エネルギーの新規案件開発に地域と協力して取り組み、消費電力における再生可能エネルギーの比率を高めます。また、自営の火力発電所に置いて、CO2フリー水素による発電設備を導入し、脱炭素電源の供給に挑戦します。

2.「送る・ためる」のチャレンジ
電車がブレーキをかけるときにモーターから発生する回生電力を貯蔵、活用する取組みを進めます。また、変電所から架線への送電線に、超電導き電ケーブルを導入し、送電時の電力損失の大幅な削減に挑戦します。

3.「使う」のチャレンジ
列車運転時の消費エネルギーを最小化する加速と減速のパターン(省エネ走行パターン)を開発し、路線ごとに導入します。同時に、省エネ性能を抜本的に向上させた車両の技術開発に挑戦します。また、長距離走行が可能な蓄電池車の技術開発、水素をエネルギーとして走行する燃料電池車の実用化に向けた技術開発に挑戦し、非電化区間の車両をこれらに置き換えていきます。

4.「その他」
CO2の回収、貯蔵(CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)等の導入)、カーボンリサイクルの導入に挑戦します。CO2の分離・回収に係る技術の実用化の他、貯蔵するための地層の調査、選定が課題となります。

今回のHYBARIプロジェクトは、このうち、3の「使う」のチャレンジのうちの一つとして取り組まれます。順当に行けば、2022年3月に試験運行が始まります。その後は全国の非電化区間から順次、水素ハイブリッド機関車が導入されていくことが期待されます。また、世界を見渡せば鉄道の非電化路線は非常に多くあるため、海外への輸出も大いに期待されます。

文/嶺竜一


参考情報
・HYBARI\ひばりは、東日本旅客鉄道株式会社の登録商標です。

▽脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用

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