液化水素運搬船の真空断熱による極低温技術と、液化水素の海から陸への搬送設備の開発~脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用(5)

INTERVIEW

川崎重工業株式会社
エネルギーソリューション&マリンカンパニー
液化水素運搬船開発部

部長 村岸 治

脱炭素社会の実現に向けて「水素エネルギー」の活用に注目し、産学官からの水素エネルギーに関する取り組みを紹介していく本連載。第5回目は、引き続き水素エネルギー普及に向けたサプライチェーンを構築しようとしている「産(民間企業)」に注目します。今回は、川崎重工業株式会社の液化水素運搬船開発部部長の村岸治氏に、同社が持つLNG(液化天然ガス)運搬船建造のノウハウから開発した液化水素運搬船で用いる真空断熱による極低温技術や、液化水素を船から地上の貯蔵タンクへ搬送する設備の開発についてお話を伺いました。

豪州ラトローブバレー(Latrobe Valley)で褐炭から製造された水素は、水素液化機によって−253℃の極低温で気体から液体に変わり、体積が800分の1になります。ラトローブバレーから日本までは約9,000㎞。その海上輸送を担うのが「液化水素運搬船」です。

これまでは液化水素を運ぶことができる船はありませんでした。LNG(液化天然ガス)船と基本的な技術は似ていますが、LNGよりもさらに100℃近く低温になるなど、条件が異なるため、そのままでは使えません。そこで川崎重工業株式会社(以下川崎重工)は液化水素を海上輸送する液化水素運搬船の開発に取り組みました。

川崎重工はJAXA種子島宇宙センターにあるロケット燃料用水素貯蔵タンクを筆頭に、陸上の液化水素タンクを造る技術、そして1981年にアジアで初めてLNG運搬船を建造した実績や多くのLNG運搬船を建造してきた実績を持ちます。そのノウハウをもとに、世界初となる液化水素運搬船、「すいそ ふろんてぃあ」を建造しました。

「Hydrogen Energy Supply Chain Project(以下HESC)」事業において「CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(以下HySTRA)」は、この「すいそ ふろんてぃあ」を使い、実際にオーストラリアで製造した液化水素を日本に運搬します。ここでは、「すいそ ふろんてぃあ」開発のストーリーと、水素サプライチェーンの「輸送、貯蔵」の取り組みについて紹介していきます。


−162℃のLNG運搬船建造ノウハウから、−253℃の液化水素運搬船開発へ

神戸にある川崎重工の造船所。敷地の奥に進んでいくと、世界で初めて液化水素を運搬できる船「すいそ ふろんてぃあ」が目の前に現れました。「すいそ ふろんてぃあ」は全長116m、総トン数は約8,000トンの液化水素運搬船。搭載される液化水素用タンクは1基で、容積は1,250㎥。一度に75トンの液化水素を運べます。燃料自動車に換算すると、1万5,000台分の水素を運ぶことができるのです。

水素は液化すると大気圧で体積が気体の800分の1と非常にコンパクトになります。しかし、液化水素の沸点はLNG(液化天然ガス)よりも低い−253℃となるため、貯蔵や取扱いには特殊な装置や対策が必要となります。

そのため、専用船による液化水素の海上輸送はこれまで行われてきませんでした。

そうした中、川崎重工は1981年にアジアで初めてLNG運搬船を建造し、その後、多くのLNG運搬船を建造してきたノウハウと、種子島宇宙センターに建造した陸上用の液化水素貯蔵タンクの技術をもとに、液化水素運搬船の開発に着手します。開発にあたって、クリアしなければならない課題が「液化水素を安全に運ぶ」というものでした。

水素の液化温度である−253℃という「極低温」を保って大量に運べるタンク、配管などを作らなければならなかったのです。

そんなタンク、配管を開発するにあたって、川崎重工が考案したのが、魔法瓶のような真空の二重構造のタンクです。川崎重工 エネルギーソリューション&マリンカンパニー 船舶海洋ディビジョンの村岸治(むらぎし・おさむ)氏は、その技術についてこう語ります。

「−162℃のLNGと−253℃の液化水素では、温度が100℃違うだけで同じ極低温技術のように見られがちですが、実は空気が液化する−190℃という温度をまたぐ点が大きな違いで、液化水素は取り扱い技術に高度化が求められます。
LNGの場合、輸送タンクの周囲をウレタンなどの断熱材で覆い、そこに不活性ガスを含ませておけば断熱が可能です。しかし液化水素の場合は−200℃よりも低い温度なので、LNGタンクと同様の断熱方法では、ウレタン中の不活性ガスが液化して断熱材として機能しなくなってしまうのです」(村岸氏)


極低温維持のための真空断熱技術と、液化水素の安全輸送のための国際標準ルール

そこで用いたのが、「真空断熱」です。これはタンクを魔法瓶のような二重構造にし、内側容器と外側容器の間を真空にして内側へ熱を通さないようにする考え方です。

「熱は温度の高い方から低い方へ伝わりますが、その伝わり方には『伝導』、『対流』、『輻射』の3つがあります。真空にすることにより、気体を通して伝わる『対流』は抑えられます。『輻射』は、当社が過去に開発したに反射率の高い積層フィルムを内側容器に固定させ対策しました」(村岸氏)

また内側タンクの支持部には、ヘリコプターのローターブレードにも使われる高い強度を持ちつつ熱伝導を抑制することが可能なガラス繊維強化プラスチックを採用することで「伝導」を抑えています。これらの断熱技術により、実際、沸騰したお湯をこの二重構造のタンクに1か月間入れておいても温度は1℃しか下がらないほどの高い断熱性能があるそうです。

また、「すいそ ふろんてぃあ」には運搬中の安全な航行を保証するためのツールとして「真空防熱性能劣化監視システムVIPDM(Vacuum Insulation Performance Deterioration Monitoring System)」が搭載されています。

これは真空劣化速度を常に監視して断熱性能が悪化するリスクを十分に早い段階で予知するもので、断熱性能の持続と航海の安全を確認できるようにしています。

液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」に内蔵された真空二重殻構造タンクイメージ(提供:COフリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA))

 

 

さらには、液化水素の海上大量輸送は、まだ歴史上一度も実現していません。そのため、運搬には安全性を確保するためのルールづくりが必要で、認証機関である国際海事機関(International Maritime Organization、IMO)は日本の提案を基に議論を重ねてきました。そして、2016年に日本が提案していた液化水素運搬に関する安全要求案が正式に承認されたのです。

今回、建造された液化水素運搬船は液化水素の安全輸送の国際標準ルールを実証し、世界標準をリードするものになるとも言えます。

川崎重工は現在、「すいそ ふろんてぃあ」よりもはるかに大きい1基あたり4万㎥の貨物格納設備を4基装備した160,000㎥型の大型液化水素運搬船を2020年代半ばの実証に向けて開発しています。


液化水素を船から地上の貯蔵タンクへ搬送する設備と、陸上での輸送手段の開発

日本から9,000km離れたオーストラリアから、液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」を使って運ばれてきた液化水素は神戸空港島の一角に設置された、荷役基地「Hy touch Kobe(ハイタッチ神戸)」で受け入れられます。このハイタッチ神戸は川崎重工が建設し、運用は岩谷産業株式会社が行っています。

荷役基地「Hy touch Kobe(ハイタッチ神戸)」。この向こう側が水素運搬船の船着場になっている。左に2棟見えるローディングシステムで液体水素を吸い上げ、右側の液化水素貯蔵タンクに貯蔵する。
荷役基地「Hy touch Kobe(ハイタッチ神戸)」。この向こう側が水素運搬船の船着場になっている。左に2棟見えるローディングシステムで液体水素を吸い上げ、右側の液化水素貯蔵タンクに貯蔵する。


ここでも液化水素を船から貯蔵タンクへ搬送するローディング設備の断熱・密封性能が安全確保のポイントとなります。それについて、川崎重工業 執行役員・水素戦略本部副本部長の西村元彦(にしむら・もとひこ)氏はこのように語ります。

「波で動揺する船と地上貯蔵タンクとを安定的に接続でき、従来のLNG用鋼製ローディングシステムより断熱・密封性能を向上させた、フレキシブルホースを用いることで、安全に液化水素を専用船から荷揚げできるようにしました」(西村氏)

また、容量が2,500㎥と国内最大の二重構造の水素タンクは、「すいそ ふろんてぃあ」に搭載されているタンクと同様に、内側と外側を真空の層で仕切り、熱が伝わらないようになっています。「液化水素のタンクには、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の種子島宇宙センターに納入してきた、液化水素タンクの技術が活用されています」と西村氏は言います。

「弊社の種子島のロケット基地における液化水素のタンクや約400mに及ぶ真空配管の運用で、30年を超える性能維持や無事故実績を持っており、安全性は十分確保できると考えます」(西村氏)

川崎重工は消費地まで大量の液化水素を陸上輸送する手段も開発。−253℃という「極低温」を保ったまま液化水素の陸上輸送を可能にする「液化水素輸送コンテナ」を開発済みで、既に国内の水素運搬などで活用されています。

そんな液化水素輸送コンテナで運搬される液化水素は、すでに神戸では「つかう」段階にまでステップが進んでいます。

次回は、水素を「つかう」取り組みについて見ていきます。

文/新國翔大
写真/嶺竜一



▽脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用

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