水素の低コスト化のための褐炭による水素製造と、水素の大量輸送のための水素液化システム~脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用(4)

INTERVIEW

川崎重工業株式会社
執行役員・水素戦略本部副本部長
西村 元彦

脱炭素社会の実現に向けて「水素エネルギー」の活用に注目し、産学官からの水素エネルギーに関する取り組みを紹介していく本連載。第4回目は、引き続き水素エネルギー普及に向けたサプライチェーンを構築しようとしている「産(民間企業)」に注目します。今回も、川崎重工業株式会社の水素戦略本部副本部長の西村元彦氏に、水素の低コスト化のため同社が「褐炭」に着目した理由と、褐炭から高純度の水素を取り出す方法、水素の大量輸送のための膨張タービンを用いた水素液化システムについてお話を伺いました。

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川崎重工業株式会社(以下川崎重工)、J-POWER(電源開発株式会社)、岩谷産業株式会社、丸紅株式会社および住友商事株式会社は、豪州の大手総合エネルギー企業AGL Energyとともに6社でコンソーシアムを組み、同国ビクトリア(VIC)州ラトローブバレー(Latrobe Valley)の褐炭(かったん)から製造された水素を液化し、日本へ輸送する国際的なサプライチェーン「Hydrogen Energy Supply Chain Project(以下HESC)」構築の実証事業に取り組んでいます。

ここでは、「褐炭」という、ほぼ未利用の化石燃料から、CO2を大気中に放出せずに水素を製造する仕組み作りを行っています。

水素の低コスト化のため、海外の未利用資源で安価な「褐炭」に注目

日本政府が2017年に発表した「水素基本戦略」には、2030年までに30万トン、2050年までに1,000万トンの水素の利用が掲げられています。その一方で、水素社会を実現するにあたって、大きな壁となっているのが、「脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用(3)」でも指摘した「水素のコストの高さ」です。


水素の製造方法にはさまざまなものがあります。例えばエネファームは天然ガスから水素を取り出します。電気分解では水から水素を取り出すことができます。そのほかにもありますが、どれもそれなりのコストがかかります。そこで、川崎重工、岩谷産業、シェルジャパン、J-POWERの4社によって2016年に設立された「CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(以下HySTRA、ハイストラ)」は、水素を低価格で製造するために、海外の未利用資源に目を向けました。

低コストで安定的に大量の水素を製造する──そんな目的を実現するために、HySTRAが目をつけたのが、オーストラリア南東部のビクトリア州に豊富にある「褐炭」と呼ばれる石炭の一種でした。褐炭は石炭の中でも低品位なもので、水分量が50~60%と多く、乾燥させると自然発火しやすいので長距離の輸送にも適していません。そのため、輸出できず、現地の発電でしか利用されていませんでした。

川崎重工業 執行役員・水素戦略本部副本部長で、HySTRAのプロジェクトリーダーでもある西村元彦(にしむら・もとひこ)氏は「褐炭」に着目した理由について、このように語ります。

「褐炭は埋蔵量が豊富であるにもかかわらず、輸送が困難なことから海外取引は皆無で、現地でわずかに利用されているだけの未利用資源でした。非常に安く、権益取得も容易です。この褐炭をもとに水素を製造できれば日本にとって大きなプラスになると思いました」(西村氏)

オーストラリア・メルボルンから東へ約150㎞の場所に位置する「ラトローブバレー(Latrobe Valley)」。ここには周囲14㎞にわたる褐炭炭田があり、地域一帯に褐炭層が広がっており、日本の総発電量換算で240年分に相当する量の褐炭が埋蔵されている、と言われています。

オーストラリア、ビクトリア州ラトローブバレーの褐炭採掘場。日本の総発電量の240年分の埋蔵量があると言われている。(提供:川崎重工業株式会社)
オーストラリア、ビクトリア州ラトローブバレーの褐炭採掘場。日本の総発電量の240年分の埋蔵量があると言われている。(提供:川崎重工業株式会社)


褐炭から高純度の水素を製造、副生物のCO2はCCS技術で地中に貯留

褐炭から水素を製造するにあたって、重要な役割を担っているのがHySTRAに参画する1社であり、HESCのプロジェクトメンバーでもある「J-POWER(電源開発株式会社)」です。褐炭は未利用資源で安価ではあるのですが、過去にあまりつかわれてこなかった資源でもあるため、基本的なデータがないのです。

そうした中、1990年代から石炭ガス化技術の研究開発に取り組んできたJ-POWERの技術をもとに、褐炭から水素を製造する方法を確立しました。

「具体的にはまず、粉砕した褐炭(CやHなど)に酸素(O2)を加え、1,000℃を超える高温の炉の中でガス化(一種の不完全燃焼)し、発生したガスに水蒸気(H2O)を加え、触媒に通すと水素(H2)と、二酸化炭素(CO2)が主成分のガスに変わります」(西村氏)

つまり簡単に言えば、褐炭と酸素で発熱させて水をかければ水素が取り出せるというわけです。

ただし、褐炭に加える酸素の量をうまく調整しなければ、褐炭中灰分の安定排出に支障をきたしたり、原料が燃えすぎたりしてしまい、取り出せる水素の量はわずかになってしまいます。そこでJ-POWERは炉の内部の映像や各種データを確認しながら、最適な酸素量を割り出していきました。試運転調整の末、最終的には褐炭から純度「99.999%」の水素を製造することに成功したのです。

その際、副生物として、CO2が排出されてしまいます。HESCでは、2030年の商用時には、製造過程で発生したCO2を回収して地中に埋める「CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)」の技術が用いて、大気中に放出しないことを目指しています。

「ラトローブバレーから80km先の海岸沖には枯れかけの海底ガス田があります。このガス田を水素製造時の副生ガスCO2の貯留施設として利用することで、現地で発生したCO2を回収して地中に埋める『CCS』を推進することができるのです」(西村氏)

具体的には、回収したCO2を深さ2,000m以上の地層にある帯水層(砂粒の隙間に水がある層)に封じ込めます。封入されたCO2は炭酸水となり、きちんと管理すれば1,000年単位で漏れることがないと言われており、また、CO2の一部は個体に変化して、より安定的に貯留できると言われています。

オーストラリア連邦政府・ビクトリア州政府が進めているCCSプロジェクトのひとつである「CarbonNETプロジェクト」と連携し、地中に貯留する予定となっています。

豪州ラトローブバレーサイト(ビクトリア州)にて建設を進めていた褐炭ガス化・水素精製実証設備は、2021年1月23日に水素製造を開始し、同2月25日に目標水素純度99.999%を達成。豪州褐炭ガス化・水素精製実証設備(NEDO助成事業/豪州補助事業)。(提供:HySTRA, J-POWER/J-Power Latrobe Valley)
豪州ラトローブバレーサイト(ビクトリア州)にて建設を進めていた褐炭ガス化・水素精製実証設備は、2021年1月23日に水素製造を開始し、同2月25日に目標水素純度99.999%を達成。豪州褐炭ガス化・水素精製実証設備(NEDO助成事業/豪州補助事業)。(提供:HySTRA, J-POWER/J-Power Latrobe Valley)


水素の大量輸送のため、水素液化機の膨張タービンを用いて液化水素へ

こうしてラトローブバレーで製造された水素(気体)は、2021年度中に行われる実証試験では高圧水素運搬トレーラーで、2030年の商用時にはパイプラインを通して港へ送られ、積み出し港の構内に建設された液化設備で-253℃に冷却し、液化されます。

「水素の大量流通にあたっては、いかに効率よく扱えるかがその実現を大きく左右します。水素のような軽い物質は特にコンパクトに扱うことが重要で、そのためには通常ガス状態にある水素を液化することが最も有効だと考えました。液化水素をガスに戻す際は大気との熱交換だけでよく、新たなエネルギーを消費しません。加えて、液化水素は純度が極めて高いため、気化させるだけで燃料電池に投入できるなどのメリットもあります」(西村氏)

この液化の過程でつかわれているのが、水素液化機です。豪州には既に実証試験用の水素液化機が設置されています。水素液化機を製造できるのは世界でも数社しかなく、今後、水素社会の拡大に合わせて熾烈な競争が始まると見られています。

豪州に建造した水素液化、荷役基地(提供:川崎重工業株式会社)
豪州に建造した水素液化、荷役基地(提供:川崎重工業株式会社)


そこで、川崎重工は商用規模で国産初となる日量約5トンの水素液化システムを開発。2014年に初液化に成功後、改良を加えた新型液化機は液化効率を約20%改善するとともに、長時間運転により信頼性も実証しています。例えば、2020年4月には連続3,000時間の耐久運転をノートラブルで達成しています。

そんな水素液化機に重要な役割を担っている技術が「膨張タービン」という回転機械です。回転部は両手で持てるほどの大きさしかないにもかかわらず、水素液化機の性能を左右する重要な機械となっています。これは川崎重工が独自に開発したもので、毎分10万回転をはるかに超える速度で回転します。

「水素によって浮かせた膨張タービンを、毎分10万回転以上させることによる膨張の技術によって、効率よく水素を冷却することができます」(西村氏)

液化システムを収納する容器内は断熱性能を上げるため真空状態に保たれ、冷やされた冷媒用の水素ガスと常温の水素で熱交換しながら、−253℃まで冷やされて液化していきます。
液化した水素の体積は気体の800分の1。液化したまま日本へ運搬すれば、輸送効率は高まります。

次回は、川崎重工が開発した液化水素運搬船について解説します。

文/新國翔大
写真/嶺竜一


▽脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用

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