水素エネルギー活用に向けた世界と日本の動きと、水素サプライチェーン構築への取り組み~脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用(3)

INTERVIEW

川崎重工業株式会社
執行役員・水素戦略本部副本部長
西村 元彦

脱炭素社会の実現に向けて「水素エネルギー」の活用に注目し、産学官からの水素エネルギーに関する取り組みを紹介していく本連載。第3回目は、水素エネルギー普及に向けたサプライチェーンを構築しようとしている「産(民間企業)」に注目します。今回は、世界と日本の水素エネルギー活用に向けた動きを紹介した後、2010年から水素インフラの確立を目指し技術開発を進めている川崎重工業株式会社の水素戦略本部副本部長の西村元彦氏に、同社が水素に注目した理由と、水素サプライチェーン構築への取り組みについてお話を伺いました。

▽おすすめ関連記事

日本政府は2030年までに全消費エネルギーの10%程度を水素エネルギーにするための検討を進めています。水素はエネルギーをほぼロスすることなく貯蔵することができ、使う際に二酸化炭素を排出しないことから、「脱炭素社会の切り札」として水素が注目されています。ただし、まだ全国的に普及するまでには至っていません。

2010年から水素サプライチェーンの開発に本格的に取り組んでいるのが、川崎重工業株式会社(以下、川崎重工)です。同社は、LNG(液化天然ガス)運搬船、貯蔵基地やロケット基地の液化水素インフラで培った技術、生産ノウハウ、人的リソースを活用し、エネルギー事業者や商社等と協業しながら、プロジェクトを進めています。

同社が考える水素の可能性、そして水素を「つくる」「はこぶ・ためる」「つかう」という一気通貫のサプライチェーンについて話を聞きました。


世界と日本の水素エネルギー活用に向けた動き

「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」のイメージ図 (出典:経済産業省ウェブサイト「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」)
「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」のイメージ図 (出典:経済産業省ウェブサイト「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」)


2021年4月22日、23日にかけてオンライン形式で開催された「気候変動サミット」。日本やアメリカ、中国をはじめとする世界各国・地域の首脳40人が演説を行い、脱炭素社会の実現に向けて環境対策を強化していく方針を表明しました。

日本は同サミットで、菅義偉首相が2030年度の温室効果ガス削減目標を現行の「13年度比26%減」から「同46%減」に大幅に引き上げる方針を表明しています。

温室効果ガス削減目標を達成する上で欠かせないのが「水素エネルギー」です。水素は石炭や石油、天然ガスなどの化石燃料と違い、燃焼時に二酸化炭素(CO2)が一切発生しません。そのことからクリーンなエネルギーとして注目を集め、世界中で水素の活用に向けた取り組みが進んでいます。

2020年6月にはドイツ、7月にはEU、9月にはフランスが水素戦略を発表。EUは戦略の発表とともに「欧州クリーン水素連合」を発足させ、官民連携の基盤も整備しています。このクリーン水素連合は水素戦略実行に向けて、2030年までに4,300億ユーロ(約54兆円)規模の投資を実行し、2050年までのカーボンニュートラル社会の実現を目指しています。

2017年に川崎重工、トヨタ自動車、本田技研工業を含む世界的なエネルギーや運輸、製造業などのリーディングカンパニー13社が発足させたグローバル・イニシアチブ「Hydrogen Council(水素協議会)」は、「水素市場は2050年までに自動車産業とほとんど同じの2.5兆ドル(約275兆円)市場に成長し、世界で3,000万人の雇用を創出する」との試算を公表しました。ただ、当時よりも世界各国が温室効果ガスの削減目標を引き上げていることから、市場規模はさらに大きくなると見られています。

そんな世界の動きに先駆けて、水素社会の実現に取り組んできたのが日本です。2014年6月に「水素・燃料電池戦略ロードマップ」の初版を制定したほか、2017年には世界で初めて「水素基本戦略」を策定しました。そこでは、水素エネルギーを「カーボンフリーなエネルギー」の新しい選択肢のひとつとして位置づけられています。

さらに、2020年12月には2050年カーボンニュートラルに伴う「グリーン成長戦略」が発表されました。同戦略では、水素エネルギーを発電・輸送・産業など幅広い分野で活用が期待されるキーテクノロジーとして捉えるほか、水素の消費量を2030年に最大300万トン、2050年に2,000万トン程度に拡大する方針が掲げられました。

なぜ、水素は日本にとって重要なのでしょうか。それは燃焼時に二酸化炭素(CO2)が一切発生しないクリーンさもそうですが、水素は供給安定性(エネルギーセキュリティ)を向上させる手段でもあるのです。

水素は製造原料の代替性が高いのが特徴です。副生水素、原油随伴ガス、褐炭といった未利用エネルギーや、再生可能エネルギーを含む多様な一次エネルギー源からさまざまな方法で製造することができるほか、さまざまな国から調達できます。

日本は90%以上の一次エネルギーを海外から輸入する化石燃料に頼っています。特定地域への依存度が高いことから国際情勢の影響を受けやすく、エネルギー安全保障の観点から大きな課題を抱えていると言わざるを得ません。しかし、さまざまな原料から製造できる水素を活用した社会を実現することができれば、エネルギセキュリティーの強化やエネルギー自給率も向上させられます。


水素の低コスト化実現に向けて、安価な原料による製造とサプライチェーンの構築

水素エネルギーが普及するためには、水素の値段が下がるかどうかが重要
水素エネルギーが普及するためには、水素の値段が下がるかどうかが重要


水素社会の実現に向けて歩みを進めている日本ですが、その一方で課題もあります。それが水素の「コストの高さ」です。

現状、水素の製造コストは、ベンチマークとなっている液化天然ガス(LNG)の価格には遠く及ばず、環境価値を勘案してもエネルギー源として手軽につかえる状況とは言えません。

そうした状況を踏まえ、水素基本戦略では、水素をエネルギーとしてあらゆるシーンで活用する社会、すなわち水素社会の実現に向け、水素のコストをガソリンや液化天然ガス(LNG)など従来エネルギーと同じ程度のコストにすることを目標に掲げています。

現在、水素ステーションでは1Nm3(ノルマル立方メートル、標準状態の空気量)あたり100円程度で販売されています。これは採算を度外視した戦略的な価格と言われています。

2019年に改訂した「水素・燃料電池戦略ロードマップ」には、水素の価格(プラント引き渡し価格)を2030年には30円に、そして将来的には20円にすることを目指す、と書かれています。

水素の低コスト化を実現するためには、①安価な原料をつかって水素をつくる、②水素の大量製造や大量輸送を可能にするサプライチェーンを構築することが重要です。そうしたことから、水素の生産から利用まで、官民一体となった取り組みが推進されています。


水素のサプライチェーン確立に資する産業界の取り組み

水素のサプライチェーンを構築するにあたって、「民」で重要な役割を担っているのが川崎重工です。同社は2010年度から水素社会の実現に向けた水素インフラの確立を目指した技術開発を本格的に進めてきました。

川崎重工業 執行役員・水素戦略本部副本部長の西村元彦(にしむら・もとひこ)氏は「水素」に着目した理由について、このように語ります。

「水素を選択した理由は、当社の保有技術と親和性が高かったことが挙げられます。水素の輸送・貯蔵については天然ガスと同じく液化が有望視されていますが、当社はアジア地域で最初にLNGタンカーを建造した実績を持つとともに、陸上においても多くののLNG貯蔵タンクを建設した実績を持っています。ここで培ってきたLNG貯蔵輸送技術を応用して進化させることで、水素貯蔵輸送技術も開発していけると考えました」

天然ガスは常温では気体ですが、-162℃以下に冷やすと液体に変わります。これを液化天然ガス(LNG、Liquefied Natural Gas)と言います。LNGの体積は気体の天然ガスの600分の1になります。水素も常温では気体ですが、-253℃以下に冷やすと液体(液体水素)になり、体積は気体の800分の1になります。

「また水素は、産業界の多くのプレイヤーを巻き込み、経済を回していくことができます。例えば、燃料電池自動車(FCV)としてバス・トラックにもつかえますし、化学産業の原料としてつかうこともできます。さらに工業の現場で、高温が必要になる際に熱源としてつかうこともできるといったように、産業のセクター間で融通も可能です」(西村氏)

川崎重工が進める水素プロジェクトの最大の特長は、「製造」「輸送」「貯蔵」「活用」という社会インフラとしての水素サプライチェーンを、上流から下流まで一貫して開発しようとしている点にあります。「これは自社でLNGの貯蔵輸送技術や発電技術を保有する川崎重工ならではの強みだと思います」と西村氏は語ります。

産業界の多くのプレイヤーを巻き込める──そんな言葉を表すかのように、2016年2月には、褐炭を有効利用した水素製造、輸送・貯蔵、利用からなるサプライチェーンを構築し、2030年頃の商用化を目指す技術研究組合「CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA)」が発足しました。参加するのは川崎重工、岩谷産業、シェルジャパン、J-POWERの4社。HySTRAは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の水素サプライチェーン構築実証事業の実施主体となっています。HySTRAには後に、ENEOSと川崎汽船も加入しています。

また、川崎重工業、J-POWER、岩谷産業、丸紅および住友商事は、豪州の大手総合エネルギー企業AGL Energyとともに6社でコンソーシアムを組み、同国ビクトリア州ラトローブバレーの褐炭から製造された水素を液化し、日本へ輸送する国際的なサプライチェーン「Hydrogen Energy Supply Chain Project(以下、HESC)」構築の実証事業に取り組んでいます。HESCは、豪州の未利用褐炭から水素を製造し、液化して船で日本へ運ぶといった、生産、輸送、貯蔵を含む一連の水素サプライチェーンの確立を目指しています。

次回から川崎重工も参画しているHESCプロジェクトにおける、生産、輸送、貯蔵、使用を含む一連の水素サプライチェーンの全貌について紹介していきます。

文/新國翔大
写真/嶺竜一


▽脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用

▽おすすめ関連記事

こちらの記事もおすすめ(PR)