水素・燃料電池の研究開発を行っている山梨県、産学官連携による取り組み事例~脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用(2)

INTERVIEW

山梨大学燃料電池ナノ材料研究センター
水素・燃料電池支援室
技術コーディネイター 岡 嘉弘

脱炭素社会の実現に向けて「水素エネルギー」の活用に注目し、産学官からの水素エネルギーに関する取り組みを紹介していく本連載。第2回目は、2009年に全国に先駆けて2050年までのCO2排出量を実質ゼロにする「ゼロカーボンシティ」を表明し、山梨大学を中心に水素・燃料電池の研究開発を行っているた山梨県に注目します。今回は、山梨大学 燃料電池ナノ材料研究センターに、太陽光発電による電力で水素を製造し貯蔵するシステム、燃料電池の低コスト化に資する材料開発など、産学官連携による取り組み事例についてお話を伺いました。

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日本は2020年10月26日、菅義偉首相が所信表明演説の中で「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言。現在、日本を含む124か国・1地域が「2050年までのカーボンニュートラル実現」を表明しています。

また、世界最大の二酸化炭素排出国である中国も2060年までにカーボンニュートラルを目指す新目標を発表。アメリカも2021年1月にバイデン大統領が就任早々、パリ協定に復帰する大統領令に署名し、カーボンニュートラルの目標を掲げています。

そうした中、脱炭素化の切り札として、今、一気に注目を集めているのが、水素からエネルギーを取り出す、水素エネルギーの活用です。この技術研究について、産官学が連携して長年取り組んでいた県があります。

水素・燃料電池関連産業の集積地「やまなし水素・燃料電池バレー」の実現を目指す──そんな思いのもと、産(民間)、学(山梨大)、官(県)が連携し、水素・燃料電池において世界最先端レベルの研究開発を行っているのが山梨県です。


太陽光発電による電⼒で水素を製造し、貯蔵・利用するシステムの開発~産学官の連携事例①

2009年に山梨県は全国に先駆けて、2050年までのCO2排出量を実質ゼロにする「ゼロカーボンシティ」を表明。2016年度から国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業として、山梨県甲府市の米倉山にある「米倉山電力貯蔵技術研究サイト」において、太陽光発電による電⼒で水素を製造し、貯蔵・利用するPower to Gas(P2G)システムの開発を東京電力ホールディングス株式会社、東レ株式会社と進めてきました。

このシステムは、長期間の貯蔵や輸送が可能な水素の特性を生かし、天候の変化によって変動する再生可能エネルギーの発電量の安定化に貢献する技術として期待されており、2021年6月から山梨県内の工場やスーパーで水素を利用する実証実験が始まっています。

また、「やまなし水素エネルギー社会実現ロードマップ」「やまなし水素・燃料電池バレー戦略工程表」(2018年)を定め水素・燃料電池の産業集積を目指しています。

山梨大学 燃料電池ナノ材料研究センター水素・燃料電池支援室 技術コーディネーターを務める岡嘉弘(おか・よしひろ)氏は、次のように説明します。

「太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーによる電力の変動分を水素として吸収することが可能です。将来の卒FITや出力抑制(再生可能エネルギーが増加し系統電圧に影響を及ぼす可能性がある場合の系統からの切り離し)に対応する状況になっても、再生可能エネルギーを有効に活用することで、電力を水素として蓄えておき、必要なときに使う仕組みをつくれば、エネルギーの自給自足ができるようになるかもしれません」(岡氏)


燃料電池の低コスト化に資する触媒や電解質材料などの研究開発~産学官の連携事例②

先進的な取り組みを行っている山梨県の水素・燃料電池の活用において、中心的な存在なのが山梨大学です。

山梨大学は、水素・燃料電池の一大研究拠点。山梨大学燃料電池ナノ材料研究センターおよびクリーンエネルギー研究センターでは、燃料電池の本格・大規模普及を可能にする高耐久・高性能・低コストの電極触媒、電解質材料(膜/バインダー)などに関する世界トップレベルの研究開発を産業界と連携して進めています。

また、2015年6月に新設された「水素・燃料電池技術支援室」では、山梨大学に蓄積されている豊富なノウハウと世界最高レベルの研究施設や設備を駆使して、新規参入企業などへの技術支援を行うなど、大学の研究を産業に還す役割を担っています。

山梨大学が燃料電池の研究を始めたのは、1978年のこと。「燃料電池の研究を地道にやっていった結果、その成果が文部科学省に認められた」と岡氏は言い、2001年に山梨大学内にクリーンエネルギー研究センターが設置されます。

その7年後、2008年には燃料電池の本格普及を目的に経済産業省によって燃料電池ナノ材料研究センターが設立。同センターは2008〜2014年度にかけて、NEDOのHi-PerFC(High Performance Fuel Cell)プロジェクト「劣化機構とナノテクノロジーを融合した高性能セルのための基礎的材料開発」、2015〜2019年度にかけてSPer-FCプロジェクト「セル・スタックに関わる材料コンセプトの創出/高出力・高耐久・高性能燃料電池材料のコンセプトの創出」に採択されます。

これらのプロジェクトで反応や劣化のメカニズムに関わる知見並びにナノテクノロジーなどの先端技術の融合や、触媒や担体及び電解質材料の新規創出とその機能を極限まで発揮させる触媒層の評価・解析を通じて、出力性能の向上・貴金属使用量の低減・耐久性の向上に取り組み、総合的効果で性能を10倍程度向上させる目標を達成しています。

連載1回目でも説明した通り、燃料電池の普及に向けて一番の課題となっているのは、コストです。枯渇性のある貴金属である白金(プラチナ)を触媒に使っていることにより、燃料電池は非常に高価であり、技術革新が求められています。燃料電池ナノ材料研究センターでは、触媒活性を上げながら、白金の量を大幅に削減するための研究を進めています。

電子顕微鏡で見た触媒。白金の量を削減するための研究を進めている(提供:山梨大学燃料電池ナノ材料研究センター)
電子顕微鏡で見た触媒。白金の量を削減するための研究を進めている(提供:山梨大学燃料電池ナノ材料研究センター)


「電極に白金を使わないことが理想であり、白金に代わる安価な触媒の研究が進められていますが、代替技術はまだ出力が不十分であり、白金の量を減らす方が現実的です。現状では触媒に30~50g使われている白金を、ガソリン自動車の排ガス触媒と同程度の5g程度に減らす研究をしています。そうなれば価格もかなり引き下げられます」(岡氏)

2020年には、山梨大学などが提案した4つの事業「高効率・高出力・高耐久PEFCを実現する革新的材料の研究開発事業」、「ラジカル低減機能と燃料欠乏耐性を有するアノード触媒の研究開発」、「広温湿度作動PEFCを実現する先端的材料コンセプトの創出」、「高効率・高耐久・可逆作動SOFCの研究開発」がNEDOに採択されています。

「燃料電池ナノ研究センターは、燃料電池の作成に不可欠な触媒や電解質膜の合成、触媒塗布膜の作成、セルの組み立て、さらに性能や耐久性の評価ができる設備が備えており、設計からテストまでを一貫して手がけられるのが大きな特徴です。中でも、電子顕微鏡はメーカーに特注したもので、1,500℃の高温下でも、酸素や水素による酸化還元処理をしながら、触媒試料を原始レベルの解像度で観察できます。ここでは主に低コストに資する高効率、高出力、高耐久な触媒の開発を目指し、ナノサイズレベルからの触媒、電極の設計を行っています」(岡氏)


小型の燃料電池システムを搭載した電動アシスト自転車の開発~産学官の連携事例③

未来に向けた研究を進める一方で、大学での研究成果を事業化にすることも取り組んでいます。その役割を担っているのが、水素・燃料電池技術支援室です。

山梨大学は2017年9月に、「水素社会に向けた『やまなし燃料電池バレー』の創成」というテーマで、文部科学省による「地域イノベーションエコシステム形成プログラム」の採択を受け、FCyFINEという名称で取り組みを進めています。

同プログラムは、それぞれ県内に本社を置く半導体製造企業の日邦プレシジョン株式会社、精密部品メーカーの株式会社エノモト、真空・プラズマ技術を手がける株式会社メイコーなどが参画しています。

「この取り組みは山梨大学と地域に蓄積された燃料電池技術の強みをさらに発展させ、新たな燃料電池スタックおよびシステムを創出し、電源や燃料電池自動車等への展開を図るほか、地域内外の企業と連携し、水素社会に向けた事業化を推進するというものです」(岡氏)

具体的には、「電源用燃料電池システム事業」、「燃料電池自動車向け、ガス拡散層(Gas Diffusion Layer、GDL)一体型金属セパレータ供給事業」、「新規の触媒層付き電解質膜製造装置事業」という3つのプロジェクトを実施しています。

そのうちの1つは成果の芽も出てきています。山梨大学や日邦プレシジョンは先日、燃料電池の電動アシスト自転車の試作機を公開しました。これは東海技研株式会社がシェアサイクル事業で使用している電動アシスト自転車をベースに、日邦プレシジョンが山梨大学の技術を活用して開発した汎用の小型の燃料電池システムを搭載したものです。

山梨大学は現在、地元企業と一緒に燃料電池自転車の試作を進めている(提供:山梨大学燃料電池ナノ材料研究センター)
山梨大学は現在、地元企業と一緒に燃料電池自転車の試作を進めている(提供:山梨大学燃料電池ナノ材料研究センター)


通常のアシスト自転車のバッテリーに比べ容量が大きく、2倍以上の約100kmの走行が可能になると言います。将来的にはシェア自転車として利用するほか、災害時の非常電源としての活用などが見込まれています。

「1.1ℓの水素タンクにより現時点で100km走行できますが、制御装置の小型化、軽量化と回路の制御を工夫して将来的には走行距離を3倍以上に延ばしていく予定です」(岡氏)

水素・燃料電池関連産業の集積地「やまなし水素・燃料電池バレー」の創成を目指し、国産燃料電池の開発・実用化に向けた取り組みを推進している山梨大学。脱炭素社会を実現する切り札として注目を集める水素ですが、一方で国内では規制が厳しいのも事実。

「今は水素のタンクを一つひとつ誰が持ち主かが分かるようにしなければいけないので、自転車のような不特定多数が乗るものに搭載するのは厳しいのが現実です。まだまだ新しいテクノロジーに対して、規制が厳しいので製品を開発しながら、同時並行で規制緩和を進めていければと思っています。将来的には水素がカセット式になっていてコンビニで販売されているような世の中にしていければと思っています」(岡氏)

文/新國翔大
写真/嶺竜一


▽脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用

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