標準化とインターオペラビリティの対応に遅れた日本。半導体メーカーはソフトウエア開発環境の提供に注力〜半導体入門講座(26)

標準化とインターオペラビリティ(相互運用性)の対応に遅れたことが、日本の半導体ビジネスが低迷した原因と考えられます。こうした環境のなか半導体メーカー、例えばマイクロコントローラ(マイコン)やFPGAメーカーは、半導体チップだけでなく、ユーザーがプログラムできるソフトウエア開発環境の提供も行っています。今回は、半導体メーカーがハードウエアだけでなくソフトウエア開発環境も提供する理由とその事例、そして標準化とインターオペラビリティの対応に遅れた日本の状況についてご紹介します。

▽おすすめ関連記事

かつて半導体は産業のコメと言われた。しかし、最近はアマゾンやマイクロソフト、アップルなどが参入してきているように、半導体はシステムの頭脳と神経に代わってきた。もはやコンピュータと同じ仕組みを使ってシステムの頭脳を構成するようになってきた。コンピュータは、基本的なハードウエアプラットフォームを作製し、ソフトウエアプログラムを変えるだけで機能を変えるマシンである。

半導体が頭脳、すなわちコンピュータそのものになってきたということは、半導体開発においてもソフトウエア開発が必要になってきたということである。最近よく言われているが、自動車用のソフトウエアの行数が膨大になってきた。これも燃料制御や点火タイミング、スリップさせないタイヤの制御など電子回路で燃費改善や安全性の強化などを図ってきた技術にコンピュータ(ECU、Electronic Control Unit、電子制御ユニット)が導入されてきたからだ。

このように半導体のビジネスが変わってきた以上、半導体メーカーもそれに対応しなければならない。つまり、ユーザーがプログラムすれば自分で好きな機能を導入できるようにしなければならない。

このためには、半導体を使うユーザーがプログラムして他社と差別化したり、自社の独自の機能を追加できるようなツールを提供しなければならなくなってきた。半導体メーカーは単にチップを供給するだけではなく、ソフトウエア開発のための環境も提供しなくてはならないのだ。


マイコンメーカー~チップとソフトウエア開発環境を提供する事例①

そこで例えばマイクロコントローラ(通称マイコン)を製造しているメーカーは、ソフトウエアの開発環境を提供することで、新規の顧客を取り込むことができる。典型的には、ソフトウエアプログラムを開発するための統合開発環境が必要であり、同時にメーカーが提供するマイコンをプリント回路基板(通称、ボード)に実装して、プログラム通りに動作することを実証する必要がある。つまりハードウエアボードやケーブルなども提供する。

プログラムするのに必要なパソコンを使って、半導体メーカーが提供する開発環境と呼ばれるソフトウエアをインストールすることによって自分のパソコンでプログラムを開発する。通常はC言語のような高級言語が使われることが多いので、ソフトウエアを開発したことのある人にはなじみ深い。C言語で書いたプログラムを最終的にはマイコンに書き込まなければならないため、機械語に変換(コンパイル)する。時には中間的なアセンブラで書くこともできる。この機械語のオブジェクトファイルをマイコンで実行するための実行ファイルにつなげるリンカーも半導体メーカーは提供している。

マイコンに焼き付ける(プログラムする)ためには、マイコンを搭載したボードハードが必要で、マイコンに内蔵されたメモリ(フラッシュメモリ)に、ソフトウエアプログラムを実行形式のファイルで送る。このプログラミングツールも半導体メーカーは提供している。プログラムであるからバグが発生することもあるが、そのバグを取るためのデバッガーも提供する。

以上をまとめると、半導体メーカーがマイコンユーザーに提供するツールとしては、ソフトウエアを開発するための統合開発環境とコンパイラ、マイコンとオンチップデバッガーを搭載したハードウエアボード、ケーブルなどが最低限必要となる。半導体メーカーの新製品マイコンを使う場合は、これらのツール一式がスターターキットとして販売されている。


FPGAメーカー~チップとソフトウエア開発環境を提供する事例②

マイコンと対照的なのは、FPGA(Field Programmable Gate Array)と呼ばれるハードウエア回路だ。マイコンはCPUを使ってソフトウエアで機能を実現するICだが、FPGAは自分の好きなデジタル論理回路を実現するICである。FPGAでもやはりソフトウエア開発環境があれば開発がスムーズに進む。例えば、4入力1出力のマルチプレクサ(multiplexer)を、基本論理回路を使って設計するとなると、ANDやOR、インバータなどの基本回路で構成しなければならないが、FPGAではLSI設計言語であるHDL(Hardware Description Language)を使ってプログラムすることで、その面倒は避けられる。HDLで4入力1出力のマルチプレクサを記述すれば簡単にできる。

HDLはあくまでも言語であるため、その文法を学ぶ必要はあるが、マルチプレクサの機能を記述するだけで実際の回路にしてくれる。例えば、Intel社のFPGAは、Quartus Primeと呼ぶソフトウエアをパソコンにインストールすれば、HDL言語で機能を記述しLSI回路をソフトウエア上で実現する。この回路が設計通りのタイミングで動作してくれるかどうかのシミュレーションソフトも必要になるが、論理回路設計、シミュレーションだけではなく、制約の設定やコンパイル、プログラミング、実機検証などはQuartus Prime上で実行できる。

ここでも半導体メーカーは、論理回路設計ソフトウエアと、シミュレータ、FPGAを搭載した基板、FPGAにプログラムをダウンロードする場合のインターフェイス回路ボードとケーブルを用意する必要がある。半導体メーカーはチップだけを売るのではなく、ユーザー独自の機能を盛り込むためのハードウエアとソフトウエアのツールも提供しなければならないのである。


標準化の重要性を理解せず独自仕様で製品化を進めた日本

もう一つ半導体産業が変わったことが「半導体入門講座(25)」で説明した標準化である。ここでは異なる例を挙げて改めて説明したい。近年の標準化はコストを下げるためだと前回説明した。例えば入出力を標準化してどのメーカーの製品もつなげられるように標準化し共通にすると、入出力回路をどう作るべきかに頭を悩ます必要がない。自分の得意なコア技術に専念できる。デジタル時代は入出力の標準化はハードウエア(ピン数や差込口のサイズなど)だけではなく、ソフトウエアのプロトコルも揃える必要がある。つまり、最初の4ビットは合図を示し、次の8ビットはアドレスを送り、次の32ビットはデータを送る、といった具合に、1と0の信号しかないデジタル回路は約束事(Protocol)を決めておかなければ、なにを送ってきたのかわからなくなる。

しかし残念なことに日本では、標準化といえば、標準品でどうやって差別化するのだろうか、という議論になりがちだった。もちろん肝心の各社の技術のコアは標準化しない。コアで処理したデータを送る回路と受け取る回路、すなわち入出力回路を標準化するのである。だが日本では長い間、標準化を理解してこなかった。1980年代にバカバカしい本当の話があった。ある日本企業が新型パソコンを出したが、周辺のマウスやキーボード、ディスプレイのケーブルのインターフェイスが独自仕様だったために自社の別のパソコンともつなげることができなかった。当時、各社各様のパソコンを作っていたが、今のような標準規格がなく、しかもそれを標準化しようという動きもなかった。

入出力インターフェイスの標準化で最初に大成功を収めたのはIntel社だった。パソコンのCPUからの出力をPCIバスという規格を設定し、ここに周辺チップセットICなどをつなげられるようにした。CPUはもちろんIntel製で、当初のチップセットICもIntel製だったが、ここに台湾製のチップセットICが入り込み、パソコンビジネスと共に台湾のファブレス企業は1990年代に成功を収めた。ASUSTeK Computer Inc.やAcer Laboratories Inc.(ALi)などのファブレス半導体はパソコン向けチップセットICで成功した。

日本企業が標準化を理解していなかったもう一つの例として、携帯電話のガラパゴス化があった。日本の携帯電話は世界に先駆けて性能が良いものだったが、日本以外の国が採用することはほとんどなかった。ガラパゴス諸島は生き物が独自に進化した島々でもあったが、変わった生き物ばかりだったことから、ガラパゴス化と言われたが、世界各国に技術を公開し標準化させる努力をまったくしなかったのだ。

携帯電話の世界では、仕様(モデムや周波数帯域幅など)をみんなで合わせて標準化しようという3GPP(The 3rd Generation Partnership Project)委員会が欧州で生まれた。それまでの欧州は3GのGSM方式を域内各国で合わせそろえていた。今ではNTTも4G、5Gとも世界と歩調を合わせながら進めている。

標準化という言葉を、経産省も総合電機企業も半導体企業も経営者がまったく理解していなかったために、標準化委員会に出席するための出張は長い間認められなかった。このため日本は標準化で遅れることになった。


インターオペラビリティを軽視し世界の企業と共同開発していく姿勢がなかった日本

標準化と同様もう一つ理解されなかったことの一つにインターオペラビリティ(Interoperability、相互運用性)がある。これは、Bluetoothの普及時に影響が出た。その技術は日本が進んでいたのに、インターオペラビリティへの理解が大きく遅れていた。この場合のインターオペラビリティとは、Bluetoothを搭載したA社の電子機器とB社の機器が本当につながるかをテストする試験のことである。この試験はBluetooth搭載機器が多かったために1〜2年かかった。日本のBluetoothチップメーカーやモジュールメーカーは、技術開発を終えていたのにもかかわらず、チップをさまざまな世界中の電子機器メーカーに使ってもらうという努力を怠った。このため、Bluetoothはもう流行らないと見切りをつけ開発を諦めた、という経緯がある。ここでも世界の企業と一緒に共同開発していくという姿勢がなかった内弁慶のために世界進出に出遅れた。

これからは標準化を議論する会議へはもっと積極的に参加することが望まれる。一つの成功例だが、ルネサスエレクトロニクスはUSBの標準化委員会に最初から出席しており、世界最初のUSB3.0規格に準拠したインターフェイスICを出荷したという実績がある。



著者:津⽥建二(つだ・けんじ)
技術ジャーナリスト。東京⼯業⼤学理学部応⽤物理学科卒業後、⽇本電気(NEC)⼊社、半導体デバイスの開発等に従事。のち、⽇経マグロウヒル社(現在⽇経BP 社)⼊社、「⽇経エレクトロニクス」、「⽇経マイクロデバイス」、英⽂誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集⻑、シニアエディター、アジア部⻑、国際部⻑など歴任。


▽半導体入門講座

▽おすすめ関連記事

こちらの記事もおすすめ(PR)