システムLSIで日本がうまくいかなかった理由と半導体ビジネスの変化〜半導体入門講座(24)

システムLSIの少量多品種に移行し、世界でリードしていたDRAMの大量生産を止めた日本。2020年に東芝がシステムLSIを生産しないという決断をし、システムLSIで成長し生き残っているのは、ルネサスエレクトロニクスだけになりました。なぜシステムLSIで日本がうまくいかなったのでしょうか?今回は、日本の半導体業界の変遷を振り返りつつ、システムLSIで日本がうまくいかなかった理由を明らかにするに加え、部品提供からソリューション提供へと変化する半導体ビジネスについて解説します。

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システムLSIの少量多品種に移行し世界でリードしていたDRAMの大量生産を止めた日本

半導体産業は、大きく分かれてきた。大量生産を特長とする汎用製品と、少量多品種で顧客や応用によって特長のある製品の2方向である。大量生産品は、DRAMやNANDフラッシュなどのメモリであり、少量多品種製品の典型はロジックである。またアナログのオペアンプ(Operational Amplifier、演算増幅器)やディスクリートトランジスタもいろいろな用途に使える汎用製品である。

特に日本の半導体産業が没落した最大の理由は、大量生産のDRAMを止めたことと関係する。日本では、DRAM時代はとにかく生産量を増やしてシェアを増やすことに終始していた。それは投資額を増やし、生産能力を上げることがすべてだった。日本がDRAMで世界をリードしていた1980年代後半から90年前半までは、月産2,500万個のDRAMを一つの企業が生産していた。1か月を25日とすると、1日当たり100万個のメモリを作っていた。1日100万個生産はとてつもないほどの大量である。

DRAM生産を止めた日本は、システムLSI(別名SoC、System on Chip)に一斉に移行した。これは、韓国Samsungにパソコン向けの低価格DRAMで敗北した日本のDRAM業界を牛耳る総合電機が、経済産業省の指導の下に従った結果であった。DRAMはそれまでの間、NEC、東芝、日立、三菱電機、沖電気工業、富士通、など大勢が製造していたが、経済産業省はこれらのほとんどのDRAM製造を止めさせ、NECと日立製作所のDRAM部門を合併させて「NEC日立メモリ」として1999年に生き残らせた。

設備投資しなければ利益を生まない量産品であり、設備投資によって工場のスループットを上げコストダウンにつなげることで競争力を生んできたDRAMではあるが、NECも日立も投資はしなかった。しかし、利益を上げよ、との要求を「エルピーダメモリ(2000年に「NEC日立メモリ」から名称変更。以後エルピーダ)」に突きつけ、エルピーダは3年連続200億円の赤字を垂れ流し静かに沈んでいこうとしていた。

ここにエルピーダは、元日本テキサスインスツルメンツ(TI)社の副社長、UMC Japan社長を経験した坂本幸雄氏を社長として招聘した。坂本氏は改革を断行、ほとんどの役員に親会社に帰ってもらい、自分は設備投資の資金を求めて、海外を中心に多くのファンドや企業ファンドに出資を仰ぎ1,800億円の資金を集めた。坂本社長が埼玉から電車で東京に通勤していた話は有名だ。社用車はもちろん不要にした。社長就任1年目で黒字に転換させた。その後、黒字を続けたが、リーマンショックの後、2012年4月に銀行からまったく融資を受けられなくなり会社更生法適用を申請した。

この間、システムLSIで成長し生き残っているのは、ルネサスエレクトロニクスだけになった。東芝は2020年、システムLSIを生産しないという決断をした。


システムLSIで日本がうまくいかなった理由は経営者のシステム理解不足

システムLSIがうまくいかなかった最大の理由は、経営者がシステムを理解せずに、大量生産時代のように月産何十万個作れないのなら生産を受諾しない、といったように少量多品種生産で利益を出す努力を怠ったためだ。どのメーカーを取材しても、月産数十万個以内なら受注しないという姿勢に終始していれば、顧客はみんな逃げてしまう。結局、どの企業も量産数量で受注を決めていたため、徐々に沈んでいくことになった。

日本の半導体が敗北した理由に関しては、これ以上深入りせず、あとの回に譲るが、世界の半導体、特に米国は一足先に少量多品種に向かいながら利益を出していた。そのやり方こそ、「ファブレス(Fabless、Fabrication facility lessを略)」への道だった。少量多品種となると、製造ラインのことを考えなくてもすむように、設計だけに注力すればよい。製造は請負専門の「ファウンドリ(Foundry)」に任せるのである。国内でもシステムLSIで富士通とパナソニックの合弁会社となった株式会社ソシオネクストのあるエンジニアは、「ファブレスになって良かったことは、量産規模を考えなくてすむようになったことです」といみじくも筆者に語っている。

連載第16回で紹介したように、TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)社やUMC(United Microelectronics Corporation)社で代表される台湾の半導体産業は、ファウンドリという独自のビジネスモデルを打ちたてた。設計から製造まで手掛ける垂直統合の半導体メーカーであるIDM(Integrated Device Manufacturer)だと、ある程度の数量が見込める製品ではないと受注しなかったが、ファウンドリという形態は、さまざまな数量の製品を受け入れることができる。

IDMだと1社の製品しか流せないが、ファウンドリは数社、数十社の製品を流せるため、製造ラインを作っても十分に採算がとれる。実験用にほんのわずかの数量のチップでも数社の極少量のチップを1枚のウェーハに載せて製造する「シャトル(Shuttle)」というサービスさえファウンドリならできる。TSMC社やUMC社はどのような数量の製品でも請け負うことができたのである。ここがIDMとは大きく違う点だ。

DRAMやNANDフラッシュメモリは、昔ながらの大量生産品であるから、従来通り設備投資に資金を投入し、数量をこなすことでチップの単価を下げて競争力をつけている。この設備投資競争を行っているのはSamsung、SK Hynix、Micron Technology、キオクシア、Western Digitalなどだ。大量生産のメモリは体力勝負の製品であり、多品種少量の専用ロジックやCPUベースのSoCはアイデア勝負の製品である。

システムLSIには必ずCPUやメモリを集積してあり、ソフトウエアを組み込むチップであるが、実は日本の多くの半導体経営者がシステムLSIのことを理解していなかった。このことも日本が躓いた敗因の一つとなっている。


システムLSIを手掛ける海外企業が中心となった部品提供からソリューション提供への変化

システムLSIを手掛ける多くの米国企業は、独自の命令や独自のサイズのデータをソフトウエアとして埋め込むため、ソフトウエア開発と人材に注力してきた。メモリなどの大量生産製品は設備投資に注力することとは対照的である。残念ながら日本の経営者たちはシステムとは何かを理解しないまま、システムLSIを手掛けてきたため、結果を出さないままに今日まで至った。
 
システムLSIを手掛ける半導体メーカーは言うまでもないが、大量生産品は別として、少量多品種の専用LSIやアナログLSIなどのメーカーは、半導体チップという単純な部品売りから、システムを提案する立場に代わってきた。その背景のあるものは、半導体新製品を発表したところで、顧客には新製品の良さがわかりにくくなってきたからである。それを何にどうやって使えばどのような効果を生むのかを顧客にわかりやすく伝えることが、顧客にとっても新製品開発にそのチップが生かせるのかどうかをすぐに判断できるようになる。

そこで、海外企業が中心となって、これまでの部品提供からソリューション提供に変わってきたのである<写真1>。半導体チップに、自分が欲しい機能を得るためにソフトウエアを組み込むことが、顧客にとってライバル企業との差別化であった。だから半導体メーカーは顧客のソフトウエアを組み込むためのツールを提供し、実際に半導体チップを使ったプリント配線基板を作ってデモを行うようになった。これによって、顧客は自分が欲しい機能を自分でカスタマイズしたり、それを具体的に半導体メーカーに依頼したりできるようになった。


<写真1> 開発キットの例。ユーザーがライバルを差別化するために自分でソフトウエアを開発できるようにサポートする。 (提供:ルネサス エレクトロニクス株式会社)
<写真1> 開発キットの例。ユーザーがライバルを差別化するために自分でソフトウエアを開発できるようにサポートする。 (提供:ルネサス エレクトロニクス株式会社)


日本のルネサス エレクトロニクス株式会社では、16ビットマイコン製品RL78を使った車載向けの規格を満たすためのサポートや、32ビットマイコンRH850向けのコードを書くためのフラッシュライブラリとデータライブラリをサポートしている。ソフトウエアやハードウエアの開発ツールの他にも使い方を具体的に説明したアプリケーションノートや、プログラムを書くためのトレーニング資料や説明資料などの文書なども充実させている。最近ではセキュリティを担保するためのサポートも行っている。

もちろん、半導体チップそのものも顧客の好みに応じて、顧客が自由に機能を構成できるように、さまざまなメモリサイズやピン数、使用できる温度範囲、自動車用の安全仕様などを揃えた半導体製品を用意している。

日本の半導体メーカーがシステム提案できるようになると、海外情報に敏感な国内の村田製作所やTDKなどの部品メーカーもシステムを組み込んで顧客に見せるようになった。といっても、部品メーカーといえどもシステムを試作してデモするためには半導体製品も必要になる。そこで、半導体メーカーとコラボレーションすることで一緒に顧客のための開発ボードを作ることで一緒に顧客に売り込むことができるようになる。

海外の半導体メーカーは、さらに一歩進んで、技術的な優位性を価値として顧客に提案することにより、値下げせずに顧客に売り込むための戦術にも長けている。例えば、欧米の半導体メーカーは、顧客が欲しがりそうな機能をICに組むことによって、どれだけ価値が高いかを示している。安易に値下げしない。

例えば、これまでの半導体チップが100円として、新製品が150円だとする。100円の半導体で組んだ回路の面積は50cm2だとすると、150円の半導体で組んだ回路は10cm2となった。150円のチップは集積度を上げ必要な部品などを集積したため、電子回路の機能は同じでも大きさは1/5になっただけではなく、部品の搭載数が大きく減ると組み立て工数が減り、それに伴い調整コストも安くなる。このため、従来品で組んだ回路のコストが500円だとすると、新製品の回路は300円ですむ。結果的に150円のICを使った方が電子回路のコストが安くなる、ことを訴求するのである。

半導体製品価格を安易に値下げするだけでは、企業としての価値を下げるだけではなく、半導体そのものの価値を顧客に示していないことになる。これでは営業にならない。いかに商品の価値をより具体的に示す能力を身に付けられるかどうかで、企業の利益や価値を上げられるかが決まる。



著者:津⽥建二(つだ・けんじ)
技術ジャーナリスト。東京⼯業⼤学理学部応⽤物理学科卒業後、⽇本電気(NEC)⼊社、半導体デバイスの開発等に従事。のち、⽇経マグロウヒル社(現在⽇経BP 社)⼊社、「⽇経エレクトロニクス」、「⽇経マイクロデバイス」、英⽂誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集⻑、シニアエディター、アジア部⻑、国際部⻑など歴任。


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