遠赤外光と中赤外光を利用し非侵襲で血糖値と血中脂質値を常時測定~生活習慣病の予防に向けた医療用ウェアラブルデバイス開発(後編)

INTERVIEW

富山県立大学
学長 下山 勲

株式会社タニタ
コア技術研究所 佐藤 富男

食事後の血糖値が異常に高くなる「血糖値スパイク」は、空腹時で行われる通常の健康診断では見落としがちだといいます。その結果、重度の糖尿病に進行する恐れがあるため「隠れ糖尿病」と呼ばれています。このような隠れ糖尿病の人を見つけて治療や生活習慣の改善など行動変容を促すために、株式会社タニタと富山県立大学らのチームは、非侵襲で血糖値と血中脂質値を常時測定できる装置を開発しています。今回も引き続き、同研究チームに、同装置開発に利用した遠赤外光や中赤外光の計測原理について説明して頂くほか、今後の開発フェーズについてお話を伺いました。

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前編では、高血糖や脂質異常症にどのようなリスクがあるのかを解説するとともに、タニタ、富山県立大学下山勲(しもやま・いさお)教授らのチームがなぜ、非侵襲の血糖血中脂質計を開発しようとしているのかについて述べました※。
この機器が完成すると、いつでも手軽に測定できることの意義は利便性以外にもあります。血糖値を計測する手段として一般的なのが「血液検査」ですが、血液検査は基本的に空腹時に行います。しかし、株式会社タニタ コア技術研究所の佐藤富男(さとう・とみお)氏は「空腹時に行う血液検査では、『血糖値スパイク』を見逃す可能性があるのです」と言います。

体内の糖質や脂質を常時測定することで回避できるリスクとは

炭水化物や糖分などの糖質を多く摂取することで血糖値が急上昇する血糖値スパイクには注意が必要
炭水化物や糖分などの糖質を多く摂取することで血糖値が急上昇する血糖値スパイクには注意が必要

「血糖値スパイク」とは、食後過血糖ともいい、食事後の血糖値が異常に高くなることを言います。前述したように、健康な人でも食事をすると血糖値は高くなります。空腹時の血糖値が110mg/dL未満、食事2時間後の血糖値が140mg/dL未満が正常域です。しかし血糖値スパイクの人の場合は、空腹時の血糖値が正常値やそれに近い数値であっても、糖質の多い食事を一気に摂ると血糖値が異常に上昇します。空腹時の血糖値が100mg/dL程度であっても、食後に200mg/dL以上にまで急上昇する人がいるのです。

このタイプの人の血糖値は時間が経てば正常範囲内に戻るのですが、血糖値スパイクのある人の病気のリスクは、普段から高血糖の人と同様にあります。放っておけば糖尿病を患い、動脈硬化、心臓病や腎不全や失明、足の切断などに発展する可能性があります。
しかし、一般的な健康診断での採血は、前日の夜から10時間以上なにも食べていない状態で行われますので、血糖値はすっかり下がっており、血糖値スパイクが見逃されてしまうのです。

「健康診断で行われる空腹時の血液検査では異常なしと判断されることから、食後過血糖は見落としがちです。その結果、重度の糖尿病に進行してしまう危険が潜む状態が続くため、『隠れ糖尿病』と呼ばれています。

本来は食後の血糖値も測定するべきだと思うのですが、健康診断ではさまざまな検査を目的に血液を採取するため、空腹時の1回のみが基本です。食後血糖値の測定が行われるのは空腹時の血糖値に異常が見出され、再検査となった人のみです。

血液検査で見逃されてしまうと、次に血糖値を測定するのはまた1年後になります。もしかすると、その時も見逃されてしまうかもしれません。そうするうちに糖尿病予備軍だった人が糖尿病になり、気づいた時には血管がボロボロになり、合併症を引き起こしている可能性があるのです」(佐藤氏)

隠れ糖尿病の人を見つけて治療や生活習慣の改善など行動変容を促したい。その考えはまとまりましたが、しかし、どのようにして、血液に一切触れることなく、血液内の糖質や脂質を測定することができるというのでしょうか。そのようなテクノロジーがあるのでしょうか。血糖血中脂質計の開発を決めたタニタ コア技術研究所のメンバーは、東京大学の教授(当時)であった下山氏(現、富山県立大学学長・工学博士)に相談を持ちかけます。

その話を聞いた下山氏は、「確かに、血糖と脂質の量をずっと追っていくのは非常に意味があります。自分がなにを食べて、どう運動したら、どう血糖値や脂質が上がったり下がったりするのかがわかってくれば、自分の食事をこう変えてみよう、こんな運動をしてみよう、と行動が変わってきますよね。それに、手首にはめるだけであれば、要介護の高齢者の人や、針がこわい子どもたちでもほかの人の手助けなしに使うことができます。すばらしいと感じました」とタニタの話に共感し、具体的に開発の話が進んでいきます。

具体的に必要なのは、皮膚、肉、血管を透過し、血液内の糖や脂質に反応するセンサーの技術です。下山氏には心当たりがありました。それは、中赤外光、遠赤外光を使ったテクノロジーです。

下山氏は言います。
「大学は基礎研究を継続して行っているので、知識や技術は持っています。一方で、企業は大学や研究所が持っている技術を経済という道具を使って世の中に出して、世の中を変えていくのがミッションだと思っています。いくら大学に良い技術があっても、経済の中でうまくまわっていかなければ、世の中に普及していかない。そういう意味では私たちにとって、研究してきたセンサー技術を社会実装するパートナーとしてタニタさんが最適でした」(下山氏)

下山氏が富山県立大学学長に就任することになった2019年、株式会社タニタと富山県立大学、国立大学法人電気通信大学、一般財団法人マイクロマシンセンターが連携し、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の超微小量センシング技術開発プロジェクトに応募。採択が決まり、2019年度から本格的に研究開発がスタートしました。

血糖の測定は遠赤外光、血中脂質の測定は中赤外光を利用

開発にあたって「簡便な非侵襲常時ウェアラブルモニタリング機能」が必須であることから、体外からの光学的計測方法で機器開発を進めていきます。これは血糖が遠赤外光を、血中脂質が中赤外光を吸収する性質を利用するものです。

株式会社タニタ コア技術研究所の小出哲(こいで・さとし)氏によると「従来の1.6µmの近赤外領域に比べ、血糖・コレステロールの吸光係数が特異的に高い10μmと4μmの遠・中赤外波長を利用しています」とのこと。

具体的には血糖の測定には遠赤外光、血中脂質の測定には中赤外光を体の外から血管に照射。どれだけの光量が吸収されたかを計測することで血液中の血糖・コレステロールの量を計測します。両方とも、以前からよく知られた原理ですが、皮膚の外側から糖や脂肪の血中濃度を測るデバイスとして利用されたことはありません。いかに感度良く、いかに小さなデバイスを作るかというテーマで現在、共同開発を進めています。

遠赤外超高精度光音響(PAS)ディテクタの仕組み (提供:富山県立大学)
遠赤外超高精度光音響(PAS)ディテクタの仕組み (提供:富山県立大学)

中赤外ディテクタの仕組み (提供:富山県立大学)
中赤外ディテクタの仕組み (提供:富山県立大学)

「遠赤外光の計測には『光音響効果(PhotoAcoustic Spectroscopy、PAS)』と呼ばれる原理を利用し、中赤外光の計測には『表面プラズモン共鳴』と呼ばれる原理をそれぞれ利用しています。遠・中赤外領域の光を高精度に計測可能な2つの計測方法を組み合わせることで、従来よりも1,000倍以上高い感度で遠赤外光・中赤外光を計測できるようになり、体を傷つけずに血糖・コレステロールを計測できるようになります」(下山氏)

「光音響効果(PAS)」とは、物質が光のエネルギーを吸収すると温度が上昇し、体積が膨張する瞬間に音波を発生させる現象のこと。物質から発生した音波を計測することで、どの程度光が吸収されたかを検出できます。
また「表面プラズモン共鳴」とは、金属の種類・形状を工夫することで、金属に光を当てた時に光のエネルギーを金属の中の電子の運動エネルギーに置き換える現象のこと。従来のCCDなどでは検出が難しい中赤外光を高感度に計測できます。

「基本的には以前から知られている知見に、最新科学技術を融合活用していますが、その中でも今回は小型化かつ高感度にしていることがポイントになっています。例えば、テルル化カドミウム水銀(MCT)を使わずに光がとれる構造や小さな音がとれる構造をコア技術として、20mg/dLの分解能よりも小さな分解能まで見られる感触を得ています」(下山氏)

24時間常に装着するウェラブルデバイスを目指す

富山県立大学、タニタらのグループが開発中の血糖値、血中脂質の常時計測システムのイメージ図 (提供:富山県立大学)
富山県立大学、タニタらのグループが開発中の血糖値、血中脂質の常時計測システムのイメージ図 (提供:富山県立大学)

現在、血糖値、コレステロール値などの常時計測システムの研究開発は鋭意進んでおり、小出氏によれば「2021年10月頃にデモ機が完成する予定」とのこと。

「まだ実際の人に測ってもらうことができておらず、システムとしてはまだまだこれからです。今年の10月頃に次フェーズへの移行の可否を判断する『ステージゲート審査』があるので、まずはそこに向けて人でも測れるデモ機の開発を進めています」(小出氏)

また下山氏は「今はPoC(概念実証)のフェーズ」と言い、あと1年くらいは小型なシステムをつくってうまくいくかどうかのエビデンスをとっていくとのこと。

「事業化するにはさらに研究開発の内容をブラッシュアップしていかないといけません。ステージゲート審査を通過して、さらに2年ほど次のフェーズで製品化に向けた技術の研究開発を行っていければと思っています」(佐藤氏)

この研究開発で最終的に目指すのはウェラブルデバイスの開発。24時間常に装着しておき、本人が測定しなくても10分刻みなどでデータが蓄積されていき、血糖値やコレステロール値が上昇したときにアラートがでるようなデバイスの開発を目指すそうです。

「IoTが進んでいくと、さまざまなセンサーをあらゆるところにつけられるようになり、健康状態は24時間管理できる未来になるはずです。データを蓄積することで、その人の健康状態が常に把握できる。今は未病の状態だと病院に行かず、そのまま悪化してしまう可能性が高いですが、今後は自分の健康状態を数値で見られるようになることで、早い段階で健康な状態に戻すことができるようになると思っています。平均寿命と健康寿命の差を狭めれば、本人も健康状態を維持でき、経済負担も減らせる。国民の健康が向上させるためには常時計測のシステムは必要不可欠だと思っています」(小出氏)

文/新國翔大

※「血中成分の非侵襲連続超高感度計測デバイス及び行動変容促進システムの研究開発」は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募した「IoT社会実現のための革新的センシング技術開発」の研究テーマとして採択され、NEDOの委託業務として進められている。

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