「高血糖」や「脂質異常症」の悪化が引き起こす疾患リスクと、糖質や脂質の常時測定の必要性~生活習慣病の予防に向けた医療用ウェアラブルデバイス開発(前編)

INTERVIEW

富山県立大学
学長 下山 勲

株式会社タニタ
コア技術研究所 小出 哲

不規則な食生活や運動不足などの生活習慣が原因で起こる疾患、「生活習慣病」。健康寿命を延ばすためにも、日頃から生活習慣病の予防、改善に取り組むことは重要です。その一つの例が年に1回受ける定期健診の血液検査ですが、その日1回の健診では命に関わる重大なリスクを見逃す場合もあるといいます。今回は、生活習慣病に関わる血糖値と血中脂質値を非侵襲で常時測定できる装置を開発している株式会社タニタと富山県立大学らのチームに、「高血糖」や「脂質異常症」の悪化が引き起こす疾患リスクや、糖質や脂質の常時測定することの必要性についてお話を伺いました。

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今、健康計測機器メーカーの株式会社タニタと富山県立大学らのチームの共同研究によって、血糖値と血中脂質値を非侵襲(皮膚を傷つけることなく)で測定できる機器の開発が進んでいます※。想定されているのは、リストバンド型の家庭用のウェアラブルな装置です。これが実現すると、なにが変わるのでしょうか。

この記事は前提として、血液検査を否定するものではありません。医師の指導により、適切に血液検査を行うべきです。血液検査は多数の検査を同時に行っており、血液検査でなくてはわからない検査がたくさんあります。今回紹介するのは、その中から、「血糖値」と「血中脂質値」を、非侵襲で測定するデバイスについてです。

「高血糖」や「脂質異常症」の悪化が引き起こす疾患リスク

「高血糖や脂質異常症は放置すると慢性的な病気になるリスクが非常に高いんです。心臓病や腎臓病を発症したり、脳梗塞で麻痺が残ったりするとそれからの人生のQOLが著しく下がりますし、経済的な負担も大きくなります。

糖尿病により検査基準値が大幅に逸脱していると手術もできなくなります。そうならないためには血糖値と血中脂質をコントロールしないといけないのですが、現状では高血糖も脂質異常症も非常に多くの人が放置している。どちらも痛くも痒くもないですし、年に1回の定期健診でしかその数字を見ないからです。

その1回の健診でも、健診前の数日だけ毎晩飲んでいるお酒を控えたり食事を摂生したりして、たまたま良い数字が出たりもする。そうして命に関わる重大なリスクが見逃されているわけです」
と、このプロジェクトを率いる富山県立大学学長の下山勲(しもやま・いさお)氏は話します。

血糖値と血中脂質値を、家庭で、非侵襲で測定できる機械ができることによるメリットには、どういうものがあるでしょうか。

まず、病院に行くという面倒がなくなります。また、針を刺して血液を採取するという患者にとってのハードルがなくなります。また、看護師が採血する手間と人件費がなくなります。さらに、検査機関が検査する手間とコストがなくなります。加えて、採血してから結果が出るまでの待ち時間がなくなります。

さらに、毎日計ることができるだけでなく、1日の生活の中での数値の変化をグラフで見ることができるようになります。例えば、空腹時の数値、食事30分後の数値、食事2時間後の数値の変化を見ることができます。ほかにも、飲酒前後の数値の変化や、運動前後の数値などの変化を見ることができます。後編で詳述しますが、この「時系列の変化を見る」ことよってこれまで見逃されてきた非常に重要なことが発見できるようになります。

前提として、そもそも、血糖値と、血中脂質値とは、どのようなものでしょうか。

血糖値とは

血糖値とは、血液中のブドウ糖(グルコース)の量を表すものです。ブドウ糖は食べ物に含まれる糖質(炭水化物や糖分)が消化することで作られ、小腸から血液に入ります。そして、脳や肝臓、筋肉などの細胞に吸収され、エネルギーとして消化されます。この時、膵臓から血液に分泌されるインスリンというホルモンがその働きを助ける役割をしています。

膵臓の機能が低下し、インスリンの分泌量が減ったり、体内でインスリンが正常に働かなくなったりすると、細胞の糖の消化吸収が悪くなり、血液内の糖が増加します。それが高血糖です。血糖値は食事の後に上昇し、時間が経つと下降します。数値としては、空腹時の血糖値が110mg/dL(デシリットル)未満、食事2時間後の血糖値が140mg/dL未満が正常域です。これよりも高いのが高血糖です。

高血糖の状態が続くと糖尿病を引き起こします。空腹時血糖値が126mg/dL以上、食後2時間後血糖値が200mg/dL以上だと糖尿病であり、その間の数値は境界型糖尿病と診断されます。糖尿病は血管を傷つけ、心臓病や、腎不全(透析が必要)、失明や、足の切断といった重い合併症につながります。

血中脂質とは

血中脂質には、中性脂肪、LDLコレステロールなどがあり、血液中の脂肪や糖を材料として肝臓で作られます。中性脂肪は血液中に存在し、運動する時のエネルギー源として使われます。運動するとまず糖分が使われますが、糖分が不足した際に血中脂肪が使われます。使われずに血液で過剰となった中性脂肪は肝臓脂肪(脂肪肝)や皮下脂肪(肥満)として蓄えられます。30〜149 mg/dLが正常値です。これよりも高いのが脂質異常症です。

LDLコレステロールは増えすぎると血管の壁の中に入り込み、過酸化脂質という有害物質となって、動脈硬化を引き起こす原因となります。この動脈硬化の進行は、心筋梗塞や狭心症・脳梗塞などの動脈硬化性疾患を誘発させる可能性があります。

血糖値が高い(高血糖)と糖尿病のリスクが高まり、血中脂質が高い(脂質異常症)と脂肪肝や動脈硬化、さらには脳梗塞や心筋梗塞などのリスクが高まります。どちらも、非常に危険です。しかし、高血糖や脂質異常症と診断されても症状がないため、定期的な通院・検査と投薬、医師の指導による生活改善などの治療を放置してしまう人も多く、重度の糖尿病や内臓疾患、脳心疾患を発症して初めて治療を始める人が多いのです。

「糖尿病を発症して、インスリン療法を受けることになると、血糖計で自分で1日に数回ほど血糖値を測ることになります。血糖計は針を指先に刺して血を採って測定し、数値に異常が出るとインスリン注射をします。これを1日に何度も行うのです。血糖計ももちろん痛いですし、非常に大きなストレスです。手が震えていたり細かな操作がしにくくなったお年寄りもいますし、子どもの糖尿病も増えています。こうした人のストレスを軽減させたいとも思います」と下山氏は言います。

こうした現状を改善するため、家庭用の体重計・体組成計のメーカーとして知られる株式会社タニタは、富山県立大学、国立大学法人電気通信大学、一般財団法人マイクロマシンセンターと共同で、「血中成分の非侵襲連続超高感度計測デバイス及び行動変容促進システムの研究開発」に取り組んでいます。この取り組みはどのような狙いで始まったのでしょうか?

「平均寿命」と「健康寿命」の差、「生活習慣病」の予防が更に重要に

厚生労働省が発表した「簡易生命表(令和元年)」によれば、日本人の平均寿命は男性が81.41歳、女性が87.45歳と過去最高を更新しています。一方、介護や人の助けを借りずに起床、衣類の着脱、食事、入浴など普段の生活の動作が1人ででき、健康的な日常が送れる期間を意味する「健康寿命」は男女ともに70歳台前半で、平均寿命と健康寿命の間には10年ほどの隔たりがあります。

つまり人は平均しておよそ10年間は、看護や介護が必要な状態で過ごしているということです。この差が拡大すれば、医療費や介護給付費の多くを消費する期間が増大することから、近年社会問題となっています。

健康寿命を延ばし、多くの人がなるべく死ぬ寸前まで健康な状態で過ごしていくためには、「生活習慣病」の予防、改善に取り組むことが重要です。何らかの介護、看護が必要になる原因には、骨折や認知症などもありますが、生活習慣病が原因となるケースも多いからです。

生活習慣病とは、その言葉から連想できる通り、不規則な食生活や運動不足、飲酒、喫煙、ストレスなどの生活習慣が要因となって発症するリスクが高まる病気のことです。以前は成人病と呼ばれていましたが、成人であっても生活習慣の改善により予防可能であり、また未成年であっても発症可能性があることから、1996年に当時の厚生省が生活習慣病に改称することを提唱しました。

生活習慣病は、まず、血圧が高い、血糖値が高い、血中脂質値が高い、太った、といったところから始まります。そこから、動脈硬化症、糖尿病、高血圧症、脂質異常症、脂肪肝などに発展し、症状が進行していくと、肝硬変、脳血管疾患、心疾患などに発展してしまう可能性もあります。
現在、生活習慣病は日本人の死因の約6割にも達していることから、食生活や運動などの生活習慣の改善によって生活習慣病のリスクを減らすことは急務とも言えます。

ちなみに現在、日本国内の糖尿病患者の数は1,000万人、境界型糖尿病の方の数が1,000万人いると言われています。脂質異常症の患者の数は220万人いるとされています。

重度の病気に進行してしまった場合、それぞれの病気に適した治療を受けることになります。ただ、進行してしまった病気は、簡単に治ることはありません。

しかし、大きなダメージを受ける前であれば、医師の処方に従いながら、生活習慣を変えることで、数か月から1年ほどで健康な状態まで戻ってくれる可能性があります。食事を見直す、適度な運動をする、睡眠をきちんと取る、飲酒を控える、タバコをやめる、ストレスを遠ざけるなど、生活習慣を改善することで、血圧や血液検査の結果が劇的に改善することはよくあります。

生活習慣の改善を持続するには、血糖値や血中脂質の常時測定が必要

タニタは、運動、食事、休息のデータをとり、連携させることで行動変容を促進することを目指している (提供:株式会社タニタ)
タニタは、運動、食事、休息のデータをとり、連携させることで行動変容を促進することを目指している (提供:株式会社タニタ)

ただし、生活習慣の改善には高いハードルがあります。それは成果が数字でなかなか見えないということです。人は行動に対する成果が実感できないものを継続することはなかなかできないものです。特に、生活習慣の改善によって内臓の状態や血液の状態がどうなっているかはわかりません。しかし、血液中の糖分や血中脂質の数値がいつでも自分で測定することができるようになり、そこに明らかに、その時の飲食や運動、喫煙の結果が表れるようになれば、どうでしょうか。

「血液中の血糖値や血中脂質値は食事や運動の内容によって大きく変化します。例えば、食事や運動で変化する血糖値や血中脂質を常に測定できるようになれば、食後に糖質や脂質の摂りすぎが数字でわかります。また、そもそも今食べていいのか、お酒を飲むと数値はどうなるのか、いつ、どれくらいの強度の運動をどれくらいの時間行うのが効果的なのか……などがわかるようになり、生活習慣病を予防するための具体的な行動変容につなげることができます」(小出氏)

このように語るのは株式会社タニタ コア技術研究所の小出哲(こいで・さとし)氏です。体重計や体組成計(体重、体脂肪率、筋肉量、基礎代謝量等を測定する機器)のメーカーであるタニタは、ユーザーから採取したからだのデータをもとに生活習慣を改善し、健康なからだづくりを行ってもらうための研究と情報提供を続けてきました。

そして、タニタ内に体組成計などの計測機器の次のコアとなる技術の確立を目的にした「コア技術研究所」という部署が立ち上がり、新しい研究開発テーマを探していました。そのメンバーが1年間の検討期間を経て、開発したいと考えたのが、非侵襲の血糖値や血中脂質の測定機器でした。

すでに、糖尿病患者向けに、血糖値の変化を常時モニタリングする機器は存在します。従来一般的だったのは血糖自己測定器で、指先に針を刺して血液を吸い出して測定するものです。新しいシステムとしては、2020年4月にはアボットジャパンの糖尿病患者向けのグルコースモニタリングシステム「FreeStyleリブレ」が保険適用されています。これは細い針のついたセンサーを上腕に装着し、装着したまま最長14日間のグルコース濃度の測定を行うことができます。データはスマートフォンのアプリで確認できます。指先に針を刺す血糖計に比べれば痛みは少ないそうです。

「『FreeStyleリブレ』は私も試しました。実は私もそれで食後高血糖であることがわかったのです。ほかのメンバーと比較しても血糖値の上がり下がりが異なり、食事の内容によっても血糖値の上がり方が変わるなど、興味深いデータが得られました。痛みはあまりないのですが、侵襲で針を刺さなければいけない。また一定時間は差しっぱなしにしなければいけないので、それなりに勇気がいります。侵襲のシステムは糖尿病と診断されて健康管理を医師に指示されている人、もしくはよほど健康意識が高い人しか使わないでしょう。

私たちは、一般の健康な人も含めて、すべての人に健康な生活を続けてもらい、健康寿命を延ばしていきたいと考えていますから、一切の痛みや出血がなく、体組成計のような手軽さで使ってもらいたい。だからこそ、非侵襲で血糖と血中脂質を測れるシステムが必要だと思いました」(小出氏)

後編では、どのような経緯で富山県立大学の下山氏とタニタの共同開発が始まったのか、そこに使われる技術はなにかについて紹介します。

《後編に続く》

文/新國翔大

※「血中成分の非侵襲連続超高感度計測デバイス及び行動変容促進システムの研究開発」は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募した「IoT社会実現のための革新的センシング技術開発」の研究テーマとして採択され、NEDOの委託業務として進められている。

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