ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)を使って「第3の腕」を動かす健常者へのメリットとは~BMI技術を使ったアンドロイド研究の最前線(前編)

INTERVIEW

国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
 石黒浩特別研究所 連携研究員
大阪大学 先導的学際研究機構

西尾 修一特任教授

人間の脳波を利用して脳とマシンを直接つなぎ、頭で動けと念じるだけでモノを動かせる技術、「ブレイン・マシン・インターフェース(以下BMI)」をご存じでしょうか。従来、BMIは身体の麻痺や欠損による障がいを補うことを主な目的として研究が進められてきました。しかし、最近の研究により健常者にとってもBMI使用は脳機能向上などメリットがあることが示唆されました。今回は、BMI使用による人間の身体機能拡張への可能性を研究している株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)の西尾修一氏に、BMIを用いた「第3の腕」を動かす実験や、その結果得られた健常者へのメリット、また実用化までのハードルについてお話を伺いました。

▽おすすめ関連記事

頭で動けと念じるだけでモノを動かせる、まるでSFのような画期的な技術、ブレイン・マシン・インターフェース(Brain Machine Interface、以下BMI)の研究が進んでいます。BMIとは脳から出る微弱な脳波を信号に変換して、機械やコンピュータに情報伝達を行う技術のこと。この技術を用いれば、身体に障がいがある人でも電化製品を操作したり、コミュニケーションを取ったりすることが可能になると言われています。BMIの研究を進める株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)石黒浩特別研究所連携研究員で、大阪大学先導的学際研究機構の西尾修一(にしお・しゅういち)特任教授は、BMIによりアンドロイドのロボットアームを動かすことに加え、BMIを使うことによって人間の身体機能を拡張する研究を進め、BMIの可能性をさらに広げようと試みています。

その成果の一つが、人が自分の両腕を使いながら、並行して脳でロボットアームを操作する研究。西尾氏らのグループはこの手法を世界で初めて実現しました。どのようにして実現したのでしょうか。


ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)を使ってアンドロイドを動かす研究にたどり着いた経緯

西尾氏は長年、アンドロイド(人型ロボット)の研究に取り組んできました。その一環として、ヘッドマウントディスプレイを装着してアンドロイドの視点に立ち、コントローラーやモーションキャプチャーを使って手足を動かしたり人と会話をする遠隔操作を行っていました。そうしたところ、まるでアンドロイドが自分の身体と一体化したような感覚になる現象が起きることを発見しました。

「アンドロイドを動かしていると、アンドロイドが人に触れられているのに、まるで自分が触られたように感じてしまうのです。これに類似した現象は以前から知られており、『ラバーハンドイリュージョン(Rubber Hand Illusion、RHI)』という現象が特に有名です。

自分の両手を距離をあけて机の上に置き、片方の手、例えば左手の内側にゴムでできた手を並べ、左手とゴムの手の間に仕切りを置きます。自分の左手が見えず、代わりにゴムの手が見えている状態です。そのうえで、ブラシで左手とゴムの手を同時にこする。すると、ゴムの手が自分の左手のように感じられるようになるのです。次にゴムの手だけをブラシこすっても、左手が触られたような感覚になります。ゴムの手を自分の手だと思い込むことで触覚に錯覚が起きているわけですが、アンドロイドを操作している時にも同様の現象が起きるのです」

この発見をきっかけに、西尾氏はアンドロイドが人間の身体感覚に与える影響について研究を開始します。そして、従来のようにコントローラーを使うのではなく、頭皮に流れる脳波を計測してロボットを動かすBMIを応用することにしました。脳で考えるだけでアンドロイドを操作できるようになれば、よりはっきりと一体化したような感覚が現れるのではないかという仮説のもとに、実験を繰り返し行いました。

「その結果、BMIでアンドロイドを動かせるようになると、アンドロイドとの一体感をより強く感じられるようになり、さらに、人間の出す脳波自体に変化が現れることがわかりました。BMIによる操作は意外に難しく、最初は50〜60%程度の精度でしか動かせません。何か月かトレーニングして、ようやく80%程度の精度になります。

そのトレーニングをする際に、被験者が誤った脳波を出している場合でも、こちらでアンドロイドを操作して正しい動きをさせ、被験者にちゃんと脳波で操作できていると思い込ませることで精度が上がっていくことがわかりました。脳波でアンドロイドを動せたという体験が脳にフィードバックされ、どのような脳波を出せば正しく動かせるのかわかってくるようになり、脳波に変化が現れるのです」


BMIを用いて、人間には本来存在しない「第3の腕」を動かす実験

西尾氏はこの現象について理解を深めるべく、驚くべき実験手法を開発しました。それが、人間には本来存在しない「第3の腕」を脳波で動かすというものです。従来、BMIは身体の麻痺や欠損による障がいを補うことを主な目的として研究が進められてきました。つまり、健常な人であれば動くはずの手足や、あるはずの手足を、動かそうとする脳波を読み取ることが前提になっています。

西尾氏が取り組んだ研究は、その前提を超えています。3本の腕を持っている人はいないからです。西尾氏は人間の身体機能をさらに拡張するためにBMIを用いてみようと考えたのです。

西尾氏は1本のVTRを見せてくださいました。そこには、頭に脳波を計測するヘッドギアをつけた女性がボールの入ったトレーを両手で持って動かしている様子が映っています。女性はボールをトレーに描かれた4つ図柄の上に順番に転がして移動させる作業をしています。単純ですが集中力を要する作業です。


被験者は両手でトレーを操作しながら、脳で「第3の腕」を操作することができた (提供:株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR))
被験者は両手でトレーを操作しながら、脳で「第3の腕」を操作することができた (提供:株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR))


女性の左手の外側には、3本目の腕(ロボットアーム)が取り付けられています。この腕は、読み取った脳波によって動く仕組みになっています。そこに、傍にいるスタッフから1本のボトルが差し出されます。女性は両手を使ってトレーを動かす作業を続けていますが、ロボットアームがボトルの方に向かって動き、ボトルをつかんで受け取ります。しばらくしてまたスタッフが手を差し出すと、ロボットアームはボトルをスタッフに渡し、握った手を離します。女性が脳波を使って、第3の腕を動かしているのです。

「人間の脳には、手や足など身体のパーツごとに、動きや感覚を司る運動野や感覚野と呼ばれる部位があります。左手の動きを司るのはこの部位、右足の動きを司るのはこの部位、といった具合です。つまり、第3の腕のように本来存在しないパーツに対応する部位はないはずであり、それを動かしたりすることは不可能なように思えます。しかし、BMIでアンドロイドを動かす実験で、人間の脳はBMIを使ってトレーニングすることにより脳波の出力を変化させることができることがわかりました。ならば、第3の腕も動かせるようになるのではないかと考えたのですが、結果は予想した通りでした」

しかし、そもそも存在しない第3の腕を動かそうとする脳波をどうやって読み取るのでしょうか。西尾氏らはBMIの新しい使い方の研究を進めました。

BMIは基本的に何かを動かす際に、手足などに対応する脳の運動野を把握したうえでシステムが構築されます。しかし、第3の腕には対応する運動野がありません。対応する運動野がない腕を動かすためには従来と異なるアプローチが必要でした。また、腕を上下に動かすという単純な動作ではなく、「物を掴みたい」という意図が含まれた動作をBMIで行うこともこれまでにない試みでした。しかし、西尾氏らは試行錯誤を繰り返すことでそのハードルをクリアし、第3の腕を操作することに成功したのです。

BMIによる第3の腕の操作は誰にでも簡単にできるわけではなく、上手く操作できる人とできない人が半々程度に分かれるそうです。その要因はまだよくわかっていませんが、もともとマルチタスクが得意な人や注意力が散漫になりにくい人が上手に操作できる傾向があるといいます。また、機械がむき出しになったロボットアームではなく、肌色のラバーで覆って人間の腕に似せたロボットアームの方が精度が高まるという興味深い結果も出ています。これは、「ラバーハンドイリュージョン」と同様に、人間の思い込みの力が作用しているのではないかと西尾氏は推測します。人間の腕の形をしていると、身体の一部として自在に動かせて当然だという感覚になり、脳がうまく働くと考えられるそうです。


健常者へのメリット、認知能力向上への期待、そして実用化までのハードル

本来人間には備わっていなかった機能を使うために脳が働いたことで、認知能力にも変化が起きるのではないか。そう考えた西尾氏はMRIを使用して被験者の脳の変化を調べる予備実験を行いました。その結果、第3の腕を操作した後で、脳の神経繊維の密度を示すFA-BHQの数値が上がっていました。これは、脳の情報伝達の効率がアップし、マルチタスクをこなす能力が高まっていることを示しています。

予備実験の結果、BMIの操作前(青)と操作後(赤)では、神経線維の密度(FA-BHQ)が明らかに上昇している (提供:西尾修一氏)
予備実験の結果、BMIの操作前(青)と操作後(赤)では、神経線維の密度(FA-BHQ)が明らかに上昇している (提供:西尾修一氏)


「第3の腕を動かす作業を各30分、2回行っただけで、FA-BHQの数値が明確に上がりました。新しいことに取り組むと脳に刺激が与えられ、FA-BHQが上がることがありますが、今回の変化は大きなものでした。例えば外国語学習も脳に新たな刺激を与えますが、3か月学んだ後でもこれほどの数値は出ません。今後、第3の腕を操作するトレーニングを行うことで、認知能力向上を図るような応用の仕方も考えられます。BMIはこれまで、障がいがある人をサポートするのに非常に有用な技術として考えられ、健常者にとってはそこまでのメリットがあると考えられていませんでした。しかし将来、障がいがあるかないかに関係なく、認知能力の向上のために使われることも予想されます」

ただし、BMIを本格的に実用化するには、まだクリアすべきハードルがあると西尾氏は語ります。

「現在私たちが研究に用いているBMIは、頭皮の外側から脳波を計測する装置を搭載したヘッドギアをつけて行います。しかし、脳との間に隔たりがあるため、脳波にノイズが混ざり、精度に欠けてしまうのが難点となっています。イーロン・マスク氏がニューラリンクという会社で開発しているような脳に直接埋め込むタイプの侵襲型の装置ができれば、脳波をより克明に検出できるようになり、精度は大きく向上するでしょう。そうなれば、第3の腕のみならず、複数のロボットアームを同時かつ自在に操作することも可能になるかもしれません。しかし、現在のところ、非侵襲型と言われる身体に手を加えないやり方が主流ですので、より高い精度で脳波を検出する装置の開発が待たれます」

西尾氏はアンドロイドの研究からスタートして、BMIにより人間の身体機能を拡張するという新たな分野を切り拓きました。BMIは障がい者のサポートに役立つだけでなく、仕事の効率をアップさせたり、脳の能力を高めたり、さらには人間の認知機能を解き明かすヒントになるなど、さまざまな可能性を秘めています。今後、技術がさらに進めば、世の中に変革をもたらすことは間違いありません。

後編では、西尾氏が所属するATR石黒浩研究所の所長であり、アンドロイド研究の第一人者である石黒浩教授にインタビューしました。

文/高須賀哲


▽おすすめ関連記事

こちらの記事もおすすめ(PR)