自律化は、最近の大きなITメガトレンドの一つです。例えば、家庭向けの癒し系ロボットは、これまで予めプログラムされている言葉を話すこと「自動化」を行っていたのに対し、今後AIの自然言語処理技術により、相手の意味を理解し、対応すべき候補から応答してくれる「自律化」が期待されています。こういった自律化の応用では半導体が重要な機能を果たしています。今回は、半導体の果たす重要な機能に注目し、自律化の3つの応用事例として自動運転車、ドローン、癒し系ロボットについて解説します。
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最近の大きなITメガトレンドの一つに自律化がある。自動化(Automation)から自律化(Autonomy)へと変化しつつある。「自動化」とは、工場のオートメーションで代表されるように、予めコンピュータを使って機械にプログラムしておき、実際の機械がその通りに動くことを指す。突然なにか異常が起きたら止めるようにプログラムしておかなければ、そのまま動き続ける。これに対して、「自律化」とは、センサを使ってそのセンサからの情報に従って、機械が動作を変えることを指す。人間が途中で介在しなくても済むように、機械がまるで自分で判断しているかのような挙動を示す。
自律化で重要な機能を果たす半導体
自動運転車は自律化の典型で、自律運転車ともいう。道路を走行中になにか障害物が置かれていれば、それを避けるように目的地まで走行したり、止まったりする。センサが障害物を検出し、その時のクルマや障害物のスピードから止まるか、曲がるかを判断する<図1>。もちろん、その判断は基準となるスピードを予め設定(プログラム)しておくわけだが、そのクルマは自分で判断しているかのように振る舞う。

障害物を自律的に避けるためには、ハードウエア電子回路(半導体エレクトロニクス)で判断するわけだが、ここではソフトウエアプログラムを使うマイクロコントローラ(マイコン)、あるいはハードウエアの差動回路(コンパレータ)などでセンサ信号が高レベルか低レベルかによって判断することができる。ハードウエアの電子回路は判断が高速だが、その機能しかできず融通性(フレキシビリティ)が効かない。これに対して、マイコンはプログラムをいろいろ組み合わせて機能を増やすことができるフレキシビリティが増す。ただし、処理速度はハードウエアよりは遅い。
マイコンを使おうが、コンパレータを使おうが、いずれも半導体ICである。回路設計者の考え方次第でいずれの方式でも使える。
マイコンはソフトウエアでプログラムできるため、さまざまな機能を設けることができるが、プログラムサイズ(使用可能なメモリ容量)や各種インターフェイスによって多様なマイコンがある。また、処理時間を速めたいならデータ幅を8ビットではなく32ビットにする。自律化させることに専念するのか、他の機能も設けるのかなどによっても自分が設計すべきマイコンを選択する。
こういった自律化の応用として、典型的なのは自動運転車や走行するロボット、ドローン、工場の産業機械などがある。いずれの場合も自動化とは異なる部品が「センサ」である。自動運転車であれば、カメラやレーダー、LiDAR(Light Detection And Ranging)など障害物を発見するイメージセンサや、スピードや回転数を検出する磁気センサやロータリエンコーダなどが欠かせない。また信号を処理するマイコンやSoC(System-on-a-chip)、AIアクセラレータ、センサ信号を処理するアナログIC、さらには複数のセンサからの信号を処理するセンサフュージョンICなど、半導体が重要な機能を果たす。
自動運転車には「ミリ波レーダー」と「赤外線LiDAR」~自律化の応用事例①
カメラでは遠近法のアルゴリズムを使って距離と速度を測る方法が最も安価であったため、スバル車に「アイサイト」機能として搭載された。しかし、肉眼で見えるだけでは事故は防げない。吹雪や濃霧など肉眼では見えにくい状況ではレーダーや赤外線LiDARが有効である。
連載第21回で説明したミリ波レーダーは最近さまざまなクルマに搭載されるようになった。かつては高価なGaAs(ガリウムヒ素)半導体が使われていたが、微細化技術が進歩したために安価なSiのCMOSやSiGe(シリコンゲルマニウム)技術、さらにはプラスチックパッケージなど低コストで作れる技術が登場してきたことで、レーダーも安くなったためだ。ミリ波レーダーは物体検出にはうってつけの技術である。
電磁波の性質から、マイクロ波からミリ波のように周波数が高くなればなるほど電波は届きにくくなり、指向性が増していく。77GHzのレーダーは、直線的に進むため前方の検出に向き、24GHzレーダーはやや広がるため、クルマの前後左右の四隅に配置しクルマの周囲をカバーする。走行中に後ろから近づいてくる別のクルマやバイクを検出するのが四隅の24GHzレーダーである。レーダーは、電磁波を発射し物体に反射してくる波を検出するだけではなく、反射波が戻ってくる時間とクルマの速度を考慮するドップラー効果を含めて計算することで、物体との距離も正確に測定できる。
LiDARは電磁波ではなく赤外線を発射しその反射までの時間を測定することで物体との距離を測る技術である。レーダーもLiDARも同じ波の性質を利用するが、LiDARでは赤外線レーザーを発射しその反射を測定する時間が極めて短いため、レーザー光を空間的に走査し3次元の距離分布を求めることができる。もちろん可視光のカメラよりも解像度は低いがイメージングができる。逆に言えば、人物は検出できるが、それが誰かは特定できないため、プライバシーが守られることになる。
連載第21回で紹介した6G通信の世界となると、実は通信だけではなく、イメージングの機能も追加されるという予測もある。電磁波の高周波化ミリ波からテラヘルツ波(1THz=1,000GHz)へと進むにつれ、データレートは確かに上がるが、イメージングにも使えるため、プライバシーを侵さない程度の解像度のイメージング技術にも6Gが応用されることになりそうだ。
また、自動運転車やロボットなどでは、センサからの信号を判断し、処理して、次の動作へ持っていくためには「アクチュエータ」も必要となる。「止まる」あるいは「避ける」といった動作には必ずと言ってよいくらい「モーター」が必要となる。モーターの回転動作を利用してブレーキパッドを動かしたり、曲がるためのステアリング動作を行ったりする。そのモーターを動作させるような大きな電力を生み出すのに必要な半導体が「パワー半導体」である。マイコンからの5Vないし3.3V電圧パルスを受けると、ドライバーを経てパワー半導体から大電流をモーターに供給する。
ドローンには「ToFセンサ」~自律化の応用事例②
ドローンを使った自律化の例を活用したのがIntelである。Intelは最大1,000台のドローンにLEDライトを取り付け、夜空に飛ばし絵や模様、文字などを描く実験を行ってきた<図2>。デジタル花火と呼ぶこれらのドローンは、1台ずつ互いにぶつからないように自律制御しながら、すべてのドローンが協調して絵を描く。

このドローンは、LEDライトを照らし続けていろいろなパターンを描くだけではなく、衝突しないようにToF(Time of Flight)センサを用いている。すでにさまざまな場所で、デモンストレーションしており、そのサービスも提供している。2017年には日本の長崎ハウステンボスや2019年の東京モータショーでもデジタル花火を見せている。ただし、デジタル花火のドローンは、かなりの電力を消費するため電池駆動で8分から11分の動作しかできていない。
癒し系ロボットには「AIの自然言語処理」~自律化の応用事例③
ロボットでも自律化は欠かせない。特に工業用ロボットでは、人間が知らずに近づいてロボットアームにぶつかりケガをしたという事故がかつてあった。自律化する前は、ロボットアームの行動範囲をフェンスで囲み、人間が近づけないようにしていたが、その分どうしても床面積を広くとらざるを得なかった。そこで人間が近づいたことをセンサで認識し、ロボットやそのアームの動きを止めようという考え方が自律化である。
工業用のロボットだけではない。今後、家庭向けの癒し系ロボットも成長が期待されている。これまでのロボット人形や動物には、予めプログラムされている言葉しか話せない、あるいは人間の言葉や動きに対応できない、といった不満がある。もし高齢者が孫に向かって話をして応答してくれるように、自律的に判断し応答してくれれば、ユーザーは圧倒的に増えるに違いない。
このためにはもちろんAIのように自然言語処理ができ、それに対して言葉の意味を理解し、さらに対応すべき候補を上げる、という操作が必要になる。AIスピーカーや多くの音声入力システムがそうであるように、これにはクラウドコンピュータを利用する。例えば、スマートフォンで「ヘイSiri」と言えば、その言葉だけをクラウドコンピュータに送り、そこで自然言語認識処理を行い、意味理解、応答すべき答えを用意し、答えだけをスマホに返してくれている。スマホの中で演算処理しないためスマホはほとんど電力を消費しない。こういった操作をペット用のロボットに適用すればよいのだ。音声入力のGoogle検索程度は簡単にできる。
自動車やドローン、ロボットを自律化させるためには、センサやアナログ処理、A/D(Analog-to-Digital)変換、デジタル処理用マイコンやSoC、D/A(Digital-to-Analog)変換、アクチュエータといった電子回路が欠かせない。こういった半導体回路は一つだけではなく、さまざまな機能を自律化させることができるようになるため、その需要は機械が賢くなればなるほど市場も広がっていくだろう。
著者:津⽥建二(つだ・けんじ)
技術ジャーナリスト。東京⼯業⼤学理学部応⽤物理学科卒業後、⽇本電気(NEC)⼊社、半導体デバイスの開発等に従事。のち、⽇経マグロウヒル社(現在⽇経BP 社)⼊社、「⽇経エレクトロニクス」、「⽇経マイクロデバイス」、英⽂誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集⻑、シニアエディター、アジア部⻑、国際部⻑など歴任。
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