ミリ波(5G)通信普及のカギを握る無線回路で用いられる半導体ICの技術動向〜半導体入門講座(21)

ミリ波(5G)通信は、携帯電話だけでなくIoTへの利用が見込まれています。5G対応のスマートフォンも販売されましたが、2021年時点で大きく普及しているとは言い難い状況です。この普及のカギを握るのが、無線回路で用いられる半導体ICです。今回は、無線回路やミリ波を用いた高速通信技術を簡単に解説した後、ミリ波(5G)通信用アンテナに使われる半導体ICの技術動向についてご紹介します。

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サービスが始まったばかりの5G(第5世代の携帯通信)では、周波数帯として6GHz以下の、いわゆる「サブ6ギガ」でサービスを行っている。そのデータレート(1秒間に伝送するビット数)は、目標とするアップリンク(携帯電話などの端末から基地局への通信)10Gbps(10 Giga-bits per second)、ダウンリンク(基地局から端末側への通信)20Gbpsにはまだほど遠く、1ms(ミリ秒)以下という目標のレイテンシ(Latency、遅延)にもまだ達していない。まだ1Gbpsのデータレートに達するかどうかというレベルにすぎない。それでも5Gで決められた周波数帯でサービスを行っている。

このことは裏返せば、5Gの次は6Gと簡単に言うことはできないということだ。5Gの次は第2世代の5Gになる。5Gの規格を決めている標準化団体の欧州3GPP(Third Generation Partnership Project)は、現在のサブ6ギガの規格は「リリース15」と呼ばれており、その次の規格リリース16が2020年に決まり、現在はリリース17の審議に入っている。そしてリリース18の提案も始まっている。ここで言えることは、5Gの規格は進化している、ということであり、いきなり6Gへ行くわけではない。

では第2世代の5Gでは、数Gbpsが目標となるとすると、サブ6ギガから28GHz、あるいは39GHzなどのミリ波周波数に上がることになる。目標に到達するためにはさらに周波数を上げていくことになる。ここでは、簡単に無線回路の基礎をおさらいしていく。

無線回路の基礎

携帯電話などの無線回路(ワイヤレス)の基本回路は、<図1>のようになっている。ここでは、電波を受けるアンテナ、そして受信用RF(Radio Frequency、無線周波数)回路を経て、電波から目的とする信号(ラジオなら音声、テレビなら音と映像、携帯電話なら受信音声やデータ)を取り出すベースバンド回路を経て、デジタル信号を組み込みシステムで処理する。携帯電話やスマートフォンにおいて、「アプリケーションプロセッサ」や「モバイルプロセッサ」と呼ばれるICは、この組み込みシステムに相当する。

<図1>無線回路の基本回路
<図1>無線回路の基本回路


データや音声を送信する場合は、その逆の動作を行う。つまり音声やいろいろなデータを、ベースバンド回路においてデジタル変調をかけ、RF送信機に送りアンテナを通して発信する。RF送信機では、局部発振器からの電波をデータや音声信号に混合して電波に重畳(ちょうじょう)させる。送信には高い電力へと増幅するパワーアンプが必要になる。

ここで使われる半導体は、まず受信回路では、微弱な信号を増幅するための低ノイズアンプ、さらに所望の周波数だけを通すようなフィルタを通し、高周波信号から、データ処理や音声のような低い周波数に変換するための局部発振器も必要である。局部発振器は電波の周波数に近い周波数を発信して、その2つのビート(差分の周波数)を取り出すことで低周波数への変換を行っている。こういった動作にはすべて半導体ICが必要になる。

送信回路では、特に送信するRF回路において基地局のあるところまで飛ばせるように送信電力を増幅して送り出す高周波パワー半導体が必要となる。高周波まで増幅できる半導体はSi(シリコン)だけではなくGaN(窒化ガリウム)やGaAs(ガリウムヒ素)も有効である。パワー半導体は特に消費電力も増えるため、送る送信周波数の強度に応じてバイアス電圧を変えるエンベロープトラッキング回路で消費電力を低減する技術も使われている。

以上がワイヤレス回路の基本であるが、5Gの第2世代版では、ミリ波が使われるようになる。これを使いこなすことはそう簡単ではない。ここに競争で優位に立てる強い技術を、半導体を使って作り上げるチャンスがあるが、それを放棄して半導体を外から買うこともできる。しかし、そうすると競争力は確実に弱まる。これまでの半導体は外から買えばよい、という態度の大手企業がみられるが、確実に自らの競争力、技術力を弱めている。


ミリ波を用いた高速通信技術「ビームフォーミング」、「ビームステアリング」、「ビームトラッキング」

ミリ波とは、波長が10ミリ以下の電磁波を指す。このため厳密には30GHz以上がミリ波となるが、5Gで許されている周波数28GHz帯もミリ波と呼ぶことが多い。また、自動車の衝突防止で前方と後方の四隅に設けられているレーダーの周波数24GHzもミリ波に入れることも多い。要は、この辺りの周波数よりも高い周波数(300GHzまで)を指している。

5Gのミリ波が困難な技術開発になると述べたのは、電磁波の性質そのものが周波数を上げれば上げるほど、遠くまで届かなくなり、しかも360度の放射状にこれまで飛んでいた電磁波は一部の方向、すなわち指向性が強くなってしまうからだ。レーダーは、むしろ直線的に電波が指向性を持つ性質を利用している。最近の自動運転を目指すクルマにもレーダーが搭載されているが、指向性を利用して前方の物体を検出するのに使われている。

周波数が上がると電波が届く距離が短くなるため、基地局はできるだけたくさん作ればよいという乱暴な意見があるが、コスト的には賢い手ではない。そこで、「ビームフォーミング」、「ビームステアリング」、「ビームトラッキング」という手法を使う。


ビームフォーミング

小さな平面アンテナを多数配置し、それぞれの位相を少しずつずらすことで多数のアンテナで電磁波を同じ向きに揃えるという合成技術<図2>である。

<図2>ビームフォーミングは多数の平面アンテナの位相を少しずつずらすことで、電波を同じ向きに揃える合成技術である。多数のアンテナで電波を同じ向きに飛ばし、あるいは受けることで距離を伸ばすことができる。(出典:東京工業大学 岡田健一教授)
<図2>ビームフォーミングは多数の平面アンテナの位相を少しずつずらすことで、電波を同じ向きに揃える合成技術である。多数のアンテナで電波を同じ向きに飛ばし、あるいは受けることで距離を伸ばすことができる。(出典:東京工業大学 岡田健一教授)


アンテナは空間に配置された共振器である。電磁波は波の性質を持つため、波の波長あるいは1/2波長で反射が起こり、波が増幅されることで、微弱な電磁波を捉えることができる。アンテナから送信したり、アンテナで電波を受けたりする場合でも波の位相を少しずつずらすことで向きをうまく変えることができる。

ビームステアリング

これだけだと、これまでの携帯電話とは違い、複数の人たちが一つの基地局で対応できないと思われるかもしれない。そこで、「ビームステアリング」と呼ばれる技術を使う。これは上記のビームフォーミングをしながら、Aさんの携帯電話、Bさんの携帯電話、Cさんの携帯電話へと時分割で次々と切り替えていくことで対応できる。この切り替えは非常に高速で行われるため、私たちは音声が途切れていても連続的につながっているように感じる。

こういった高速の時分割技術は、これまでの電話の送受信機にも使われている。<図1>の無線回路の基本で示した、アンテナにつながっているスイッチがその枠割を果たす。つまり、このスイッチが送信と受信を交互に高速に切り替えているのだ。例えば山岳地帯などで使われているトランシーバーだと、「こちらは天気が良いです、どうぞ」と話しかけた後に自分でスイッチを切り替えて、相手の話を聞くが、携帯電話では自動的に高速で切り替えているため、送信と受信が同時に行われているように錯覚している。人間の耳や目は瞬時のものは聞こえない、見えないため、このような時分割技術は至るところで使われている。

ビームトラッキング

そして、「ビームトラッキング」は、通話している人が移動している場合にその人を常に追跡しながら電波を送受信する技術である。4Gまでの通信なら不要だったが、ミリ波では追いかけなければ通話が途切れてしまう。これも、すべてのアンテナ素子の位相を少しずつ変えながら、追跡(トラッキング)していくことで通話を確保できるようになる。

文章で書くと原理は簡単だが、実際はこの通りにいくかどうかは保証されない。このため、シミュレーションや実験を繰り返し行う必要がある。ビームフォーミングの位相を少しずつ変えるための技術は、デジタルで計算してそれぞれの小さなアンテナ素子の位相を求めるロジックICや、時分割で多数の人に配分するためのロジックIC、さらには、通話者の進行方向を少しずつ予知しながらアダプティブに変えていくロジックICなど計算するための半導体ICや、位相を変えるRF IC、さらにはアンテナそのものを構成するICなどの半導体が必要となる。


ミリ波(5G)通信用アンテナに使われる半導体ICの技術動向

もう一つ、5Gミリ波で大きな半導体市場がアンテナそのものである。ミリ波は波長がミリメートルになるため、アンテナという共振器をICパッケージや回路基板ボードに取り付けるようになる。ICパッケージにアンテナ素子を、例えばMIMO(Multiple Input Multiple Output)として4×4個配置すると考えてみよう。例えば周波数が60GHzだと波長は5mmとなり、1/2波長は2.5mmとなる。2.5mm平方のアンテナ素子をもっと離しながら4個設けると、1辺が3cm程度あればよい。

AiP(Antenna in package)と呼ばれる技術がミリ波で今注目されている。これからのミリ波半導体の基板やモジュールパッケージには間違いなく使われるようになり、波長がさらに短くなると、ICパッケージの上にアンテナ素子として乗るようになる。
以下<図3>は、5G用ではないが、イスラエルのNetrrra社が開発した140GHzのレーダーチップの写真である。


<図3>イスラエルNeteera社の140GHzレーダーチップ(提供:Neteera Technologies Ltd.)
<図3>イスラエルNeteera社の140GHzレーダーチップ(提供:Neteera Technologies Ltd.)


140GHzのレーダーチップは、人間の心臓の伸縮をレーダー波の反射で測定することによって、心電図をリモートで作成するためのチップである。イスラエルのベンチャー企業が数年前のCEATEC(Combined Exhibition of Advanced TEChnologies、アジア最大級のIT技術とエレクトロニクスの国際展示会)で出展しており、この写真はその時に取材したもので、このICパッケージ表面に金属片が5組乗っているが、これが140GHz電波のMIMOアンテナである。

5Gミリ波に向けた極めて先端的な技術であるが、5Gミリ波チップをウェーハで検査するためのテスト装置も米国のNational Instruments社をはじめとする4社により共同で開発されている<図4>。


<図4>5Gミリ波向け半導体ウェーハテスターも登場
<図4>5Gミリ波向け半導体ウェーハテスターも登場


これは、ミリ波用半導体をテストするための装置である。半導体テスター本体だけではなく、ウェーハステージをチップごとに動かすハンドラーや、チップに短針を当てるプローバ、さらにウェーハの平坦性やインピーダンス整合を行うマニピュレータなどの開発が必要だった。

ミリ波からテラヘルツ波へ、6Gではフォトニクス技術が使われる領域に

こういった技術は将来に向け、AiPパッケージの半導体をウェーハレベルからテストできるようにしたもの。100GHzを超えるような半導体をテストするには、これまでのような接触式のプローバではなくOTA(Over the Air)のようなワイヤレス技術で行うことになる可能性もありそうだ。接触式だとその部分でインピーダンスの不整合により反射が起こり正確に測定できないおそれがあるからだ。

100GHzを超えるような高周波はもはやミリ波ではなく、テラヘルツ波と呼ばれる仲間に入りつつある。テラヘルツ波とは本来1,000GHz=1THzの周波数帯であるが、300GHzもテラヘルツと呼ばれることがある。人類史上未知の周波数帯に入る。

電磁波と光との境界にある周波数帯である。この周波数帯は、まだ研究レベルであるが、光の性質を利用したフォトニクス技術が生きてくる領域になる。5Gの先の6Gはこの未知な領域に踏み出すことになる。ここではミリ波技術とフォトニクス技術が使われる領域であり、おそらく2030~40年に本格的に始まるであろう6G時代は、これらの新しい技術の時代になるだろう。



著者:津⽥建二(つだ・けんじ)
技術ジャーナリスト。東京⼯業⼤学理学部応⽤物理学科卒業後、⽇本電気(NEC)⼊社、半導体デバイスの開発等に従事。のち、⽇経マグロウヒル社(現在⽇経BP 社)⼊社、「⽇経エレクトロニクス」、「⽇経マイクロデバイス」、英⽂誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集⻑、シニアエディター、アジア部⻑、国際部⻑など歴任。


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