山間地での遠隔診療の実証事例と医療現場からの評価《可聴及び可視データで診る聴診器の開発:後編》~医療現場に聞く遠隔医療のものづくり(6)

INTERVIEW

国保水俣市立総合医療センター
医師 丸山 英樹

遠隔医療ものづくり技術の最新動向について医療現場からの声をもとに紹介する本連載。6回目は、引き続き「可聴及び可視データで診る聴診器」を紹介します。熊本県の山間地にある人口約700人の町では病院がなく、週2回医師が町の診療所に出張して診察を行っていました。遠隔医療に対応できる聴診器を開発しているAMI株式会社は、この町と遠隔診療の実証事業を進めています。今回は、この町で診療に携わる循環器専門医の丸山英樹氏に、本遠隔診療の特徴と患者さんの反応についてお話を伺いました。

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高齢化、過疎化が進む中、僻地での医師不足、医療機関不足を解消する遠隔診療は日本の医療の課題でもあり、希望でもあります。そんな中、一つの遠隔診療の試みが2020年11月から熊本県水俣市の東部に位置する久木野診療所で始まっています。

同診療所は1956年9月に国保水俣市立総合医療センター(以下、水俣市立総合医療センター)の附属診療所として設置されました。遠隔医療での心疾患診断アシスト機能付き遠隔医療対応聴診器「超聴診器」を開発するAMI株式会社(以下、AMI社)は、水俣市立総合医療センターと連携し、心音を可視化して伝送する遠隔聴診対応ビデオチャットシステム(以下、遠隔聴診システム)を用いて、この久木野診療所で遠隔診療の実証事業を進めています。水俣市立総合医療センター元院長で、現在久木野診療所での診療に携わる循環器専門医の丸山英樹(まるやま・ひでき)氏にお話を聞きました。


熊本県山間地にある診療所で遠隔診療の実証事業を実施

人口700人の久木野地域を支える水俣市立総合医療センター付属久木野診療所(提供:AMI株式会社)
人口700人の久木野地域を支える水俣市立総合医療センター付属久木野診療所(提供:AMI株式会社)


熊本県水俣市街から東へ約20キロメートルの山間地にある久木野地域には、約700人が生活しています。そのうち65歳以上の高齢者は約400人で、計算すると高齢化率は約60%。高血圧、高脂血症などの慢性疾患のある人はほぼこの高齢者の人たちです。久木野地域には常駐の医師がおらず、病院もありません。最寄りの総合病院である水俣市立総合医療センターまではコミュニティバスで45分ほどですが、平日のバスは1日4本なので、交通の便がよいとはいえません。

久木野地域には水俣市立総合医療センターの出張施設の久木野診療所が設けられており、週2回、医師が出張して診察を行っていました。とりわけ高齢の住民が久木野診療所を利用していますが、水俣市立総合医療センター自体が医師不足、看護師不足が慢性的であり、週2回の回診を維持するのは大変でした。そんななかで、2020年11月から、久木野診療所で遠隔診療システムの実証事業を開始することになりました。

久木野診療所で実証事業を始めるよりも前、2018年11月からAMI社は水俣市と提携して、地域の企業などで遠隔医療システムを活用した予備健診の実証事業を進めていました。遠隔聴診システムと自己採血キットを組み合わせ、特定健診(メタボ健診)と同項目の検査を、簡易に遠隔で行うものです。この実証事業で関係を構築できたことから、久木野診療所での遠隔診療の実証につながったのです。
 
久木野診療所での実証事業の特徴はいろいろあります。ビデオ通話による医師の問診だけではなく、デジタル聴診器による遠隔での聴診が可能であること、過去の検査データ、画像などの診療情報が「くまもとメディカルネットワーク」を通じて参照可能であること。また、久木野診療所のカルテの記載、院内処方の指示もくまもとメディカルネットワークの文書送受信機能で行えることなどです。

くまもとメディカルネットワークとは、熊本県、熊本県医師会、熊本大学医学部付属病院が共同事業として2015年12月にスタートした、電子カルテの情報を共有する地域医療連携ネットワーク。利用施設(病院・診療所・歯科診療所・薬局・訪問看護ステーション・介護施設等)をネットワークで結び、参加者(患者)の診療・調剤・介護に必要な情報を共有し、医療・介護サービスに活かすシステムです。2021年4月6日現在、626施設が加入しています。

AMI社の遠隔聴診システムは、インターネット環境があれば、接続可能です。すでに普及しているインフラであり、セキュリティも確保されているくまもとメディカルネットワークと併用することは、大変効率的です。


聴診など対面とほぼ同等の診察ができる遠隔診療で高齢者に安心感を

水俣市立総合医療センター元院長で、久木野診療所での診療に携わる循環器専門医の丸山英樹氏(提供:国保水俣市立総合医療センター)
水俣市立総合医療センター元院長で、久木野診療所での診療に携わる循環器専門医の丸山英樹氏(提供:国保水俣市立総合医療センター)


久木野診療所では現在、久木野地域に住む、病院を定年退職した看護師がこの勤務を担っています。週2回、久木野診療所を開けて、AMI社の遠隔聴診システムを利用して、遠隔診療を補助しています。具体的には、看護師は患者の血圧や経皮的動脈血酸素飽和度、遠隔聴診のサポートを行います。

遠隔聴診システムを利用することで、これまで丸山氏ともうひとりの医師が交代で、週2回対面診療をしていたのを、本実証の開始で、対面診療と遠隔診療を織り交ぜて行うサイクルになりました。遠隔診療の日は、医師たちも自身の水俣市立総合医療センターでの業務を続けながら、久木野地域の患者を1日10人程度診ることが可能で、診療を効率的に行えるようになりました。
 
丸山氏は「患者さんは主に、高血圧、高脂血症、コレステロール値の高い高齢者です。基本的には、定期的に診察して経過を観察し、内服薬を出して状態を把握できていれば問題ありません。問診だけではなく、血圧、経皮的動脈血酸素飽和度も一緒に測定できていますし、聴診もできるので、対面の診察とほぼ同等のことができています。患者の顔を見ながらオンラインで診察できることに加え、遠隔聴診システムで心音と同時に心音の可視データをリアルタイムで取得できることが大きな特徴です」と話します。


AMI社の遠隔聴診システムでは、心音や肺音が可視データとして見える(提供:AMI株式会社)
AMI社の遠隔聴診システムでは、心音や肺音が可視データとして見える(提供:AMI株式会社)


さらに「心音に雑音があれば聴きとると同時に、可視データを確認できる。循環器専門医であれば、かなり精度が高い診察ができるようになるでしょう。心臓疾患、特に心雑音のある弁膜症に関しては、聴診上の診断で、かなりの異常検知が可能だと感じます」と丸山氏は話します。

なにより、「ビデオチャットだけの診察より、聴診器を当てられることが、特に高齢の患者にとっての安心感につながるので、それも大きなメリットです」(丸山氏)と言います。


久木野診療所で遠隔診療を受ける患者さんと看護師(提供:AMI株式会社)
久木野診療所で遠隔診療を受ける患者さんと看護師(提供:AMI株式会社)


医師不足が深刻になり、移動の負担が軽減できる遠隔診療の普及は医師にとって福音です。また患者にとっても、もし診療所が閉じるようなことを考えれば、遠隔診療の導入はプラスです。対面診療から遠隔診療になったことで、「とくに不安や不満に思うことはない」という回答が多数を占め、アンケートの結果も好評とのことです。丸山氏は「4か月近くこの形態で診療を続けていますが、離島やほかの僻地でも適用できるという感触を得ています」と自信を見せます。また、丸山氏は遠隔聴診システムで、例えば患者の自宅であっても、聴診ができ、血圧を測り、採血ができれば、特定健診で行っているような生活習慣病の兆候を見つけることができるとも指摘します。

さらにAMI社が開発中の超聴診器について、丸山氏はとりわけ大動脈弁狭窄症を見つけるのに有効だと言います。加齢性の大動脈弁狭窄症は、年齢とともに弁が石灰化して硬くなる病気ですが、無症状のまま、あるとき急に悪化し、予後が悪いのが特徴です。長寿社会で、年齢が上がれば上がるほど、大動脈弁狭窄症のリスクは高くなります。しかし、早期発見できれば、90才であっても、開胸せず、カテーテルで治療することができるのです。

「大動脈弁狭窄症は一般には見落とされやすい疾患ですが、長年の聴診で耳が鍛えられた循環器内科の専門医が心音に雑音が混ざっているのを聴けば、早期に見つけることができる疾患です。そして早期発見すれば治せる病気です。専門医でない医師の遠隔診療であっても、超聴診器で、耳で聴くと同時に目で心音図の波形を見ることで、聴診器で聴くだけよりも、異変を見つけやすいのではないかと思います。それに、診察した医師が『何か変だな』と感じたら、データを専門医に送って診断してもらうことができるのはかなり革新的だと思います。その意味で、今AMI社が開発中の心音図のデータも併合される超聴診器にも大いに期待しています」(丸山氏)

厚生労働省が2020年5月に発表した資料(参考文献1)によれば、無医地区*は全国で601地区。また、無医地区の人口は前年度調査から4,270人増加し、128万8,392人です。今回の実証事業がさらに回を重ねれば、それらの地域にも遠隔診療を展開できる可能性があり、多くの無医村を救い、医療従事者不足を解消することにつながります。何かの事情でフルタイムで働けなくなったり、定年退職するなど、いったんリタイアした看護師のセカンドキャリアにも適しているかもしれません。

また、災害時の避難所などでの利用可能性への期待も広がります。避難者の既往歴等を確認したうえでの健康管理や医師との連携が可能になるなど、有事の際に活用できる可能性も広がります。そして、なにより、実質的な精度はもちろんのこと、丸山氏が指摘するように、「患者は聴診器を当てられるだけで安心感が違う」と言う言葉の重みが、現場のリアリティを私たちに伝えています。


*無医地区:医療機関のない地域で、その地区の中心的な場所を起点として、おおむね半径 4kmの区域内に 50 人以上が居住している地区で、容易に医療機関を利用することができない地区のこと。


文/奥田由意



▽参考文献
参考文献1:厚生労働省 『令和元年度無医地区等及び無歯科医地区等調査』

▽医療現場に聞く遠隔医療のものづくり

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