遠隔地でも患者の心音を耳と目で診てもらい病気の早期発見へ《可聴及び可視データで診る聴診器の開発:前編》~医療現場に聞く遠隔医療のものづくり(5)

INTERVIEW

AMI株式会社
吉永 拓真

遠隔医療ものづくり技術の最新動向について医療現場からの声をもとに紹介する本連載。5回目は「可聴及び可視データで診る聴診器」について紹介します。自然災害による被災地やへき地などでは医療機器や医師の不足などにより質の高い医療を受けられない状態にあります。この問題を解決すべく、遠隔医療で高度な診断を可能にするにはどうすべきかを考え、遠隔医療に対応できる聴診器を開発しているAMI株式会社に、同社が遠隔聴診システムを開発したきっかけや今進めている新しい取り組みについてお話を伺いました。


▽おすすめ関連記事

診断機器、治療機器、ワクチン、再生医療など医療技術は日々進歩しています。しかし、200年前から変わっていない医療機器があります。聴診器です。しかし今、新しい聴診器が医療の現場を変えようとしています。心臓や肺の聴診音を可視データに変換し、視覚でも確認できるようにしたのです。さらに、その聴診音と可視データは一緒に遠隔地に届けることができます。心疾患診断アシスト機能付遠隔医療対応聴診器「超聴診器」を開発している医療系スタートアップのAMI株式会社(以下、AMI社)で、遠隔聴診プロジェクトを担当する吉永拓真(よしなが・たくま)氏に、開発の経緯や、遠隔聴診プロジェクトについて聞きました。

遠隔聴診システム、心臓や肺の音を「耳」と「目」で確認できる

AMI株式会社で、遠隔聴診プロジェクトを担当する吉永拓真氏(提供:AMI株式会社)
AMI株式会社で、遠隔聴診プロジェクトを担当する吉永拓真氏(提供:AMI株式会社)


どんなに元気で病気に無縁な人でも、聴診器を見たことがない人はいないでしょう。健康診断、内科や小児科、産科や婦人科はもちろん、さまざまな専門科で、何か医療行為を行う際に医師は聴診器を胸や背中に当てます。心臓の音や肺の音に異常がないか、確認しているのです。看護師も、血圧測定の際に脈拍音を聞くために聴診器を使っています。

フランス人の医師ルネ・ラエンネックが1816年に、長い筒を使って患者の胸の音を聴いたことが聴診器の始まりと言われています。当時の医師は心臓や肺の音を聞くためには、耳を直接胸に当てるしかありませんでしたが、女性に対しては心理的な難しさがあり、また肥満の人に対しては聞き取りにくいといった課題がありました。そこでラエンネックは、細い筒を何かに当てて聴くとよく聞こえることを思い出し、聴診器を思いついたのです。聴診器の登場によって音による胸部の診断が発達しました。以来、世界中で使われるポピュラーな医療ツールとなった聴診器ですが、「実はその構造は今使われている聴診器でも発明された当時から大きなイノベーションは起こっていないのです」と吉永氏は言います。


聴診器で診察するルネ・ラエンネック(提供:AMI株式会社)
聴診器で診察するルネ・ラエンネック(提供:AMI株式会社)


循環器内科医の小川晋平(おがわ・しんぺい)氏が起業したスタートアップのAMI社は今、聴診にイノベーションをもたらす「超聴診器」を開発しています。しかしどのような点が、従来の聴診器と違うのでしょうか。

「より良い聴診をしようと耳を研ぎ澄ませても人体の耳や脳には限界があります。人体の可聴領域を超えるものをつくるため、医師の耳と脳を超える「超聴診器」を私たちは研究開発しています」(吉永氏)。
また遠隔聴診システムは、聴診音をスペクトログラム図に表し、可視化します。医師は、心臓の音を耳で聞きながら、同時に、モニターで心臓の音の可視データを見ることができます。つまり、心臓や肺の音を、耳と目で確認できるようになったのです。五感のうち、聴覚と視覚の2つを使えることになったということです。


AMI社の遠隔聴診システムの画面。心音や肺音が可視データとして見える。(提供:AMI株式会社)
AMI社の遠隔聴診システムの画面。心音や肺音が可視データとして見える。(提供:AMI株式会社)


実は、従来の聴診音のみによる診断では、医師の経験値や、聴力、集中力や体調、周囲の環境(雑音など)などに左右されがちです。聴診音の中のわずかな雑音や異音を聞き分け、見えない胸の中で起きている異常を推測することは、そう簡単なことではありません。

「従来の聴診器は当てている医師しかその音を聞くことはできません。医療者の耳だけが頼りです。われわれが開発しているシステムでは、クリアな聴診音と、心音の可視データをリアルタイムで確認できます。また、ビデオチャットシステムを介して離れた場所で遠隔診療することも可能になります」(吉永氏)。


開発のきっかけは、循環器内科医が被災地など医療現場で感じた課題意識

AMI株式会社代表取締役CEOの小川晋平氏(提供:AMI株式会社)
AMI株式会社代表取締役CEOの小川晋平氏(提供:AMI株式会社)


なぜ、AMI社は超聴診器の開発を始めたのでしょうか。その経緯は、創業者である小川晋平氏が、医師として働いていた経験の中にあります。

熊本大学医学部を卒業した小川氏は、循環器内科医として熊本大学病院に勤務していました。循環器内科とは、狭心症、心筋梗塞、心臓弁膜症、心筋症、虚血性心疾患など、主に心臓の病気を診察、治療する診療科です。その時に診ていた病気の一つが、大動脈弁狭窄症です。日本国内にはこの病気の患者が約100万人いるとも言われています。

この病気は、心臓の出口にある一方通行に開く「弁」が狭くなる病気です。その原因は、動脈硬化による加齢性の変化や、生まれつき弁が2枚しかない先天性のもの、リウマチ熱によるものなどがあります。最近は高齢化による石灰化などが原因で、75歳以上の12%が罹患しており、3%が治療対象とされています。

症状は、胸の痛みや、失神、ふらつき、心不全症状(息切れや呼吸困難)などが現れます。そして、最悪の場合、突然死を迎えます。そして、特徴的なのが、症状が現れてからの予後が不良で、平均生存期間がわずか3年という点です。症状が出た時にはすでに重症化が進んでいるケースがあり、症状が現れる前に病気を発見し、治療につなげることが重要です。

大動脈弁狭窄症の治療は、以前は開胸手術でしたが、最近ではカテーテルで人工弁を留置する治療が普及し、開胸手術をしなくても治療できるようになったため、特に高齢者にとっては、体の負担を最小限に抑えながらの治療が可能になっています。しかし、小川医師が大学病院に勤務していた際、大動脈弁狭窄症がすでに重症化してから病院に来られる患者さんが多かったのです。
 
大動脈弁狭窄症の検査にはエコー検査などありますが、スクリーニングとして広く利用されているのは聴診器です。胸の痛みやふらつきなどの体調の異変を感じて病院を訪れたり、健康診断の際、聴診器をあてて初期の大動脈弁狭窄症を発見することができれば、救える患者さんの数は増えるはずです。また、病院になかなか出向くことができない僻地などに住んでいる方も、遠隔で聴診を受けることができるようになれば、受診の頻度が増え、病気の早期発見の可能性が上がるはずです。

そこで、聴診器にイノベーションを起こすことをビジョンに掲げて、大動脈弁狭窄症の自動診断アシスト機能を有し、そして遠隔医療に対応できる聴診器の開発を始めました。

そんな小川氏にさらに影響を与えたのは、2015年8月25日に九州に上陸し、記録的な暴風と大雨で三重県から熊本県まで50万人を超える人に避難勧告が出され、死者1名、重軽傷者147名、家屋の全半壊140棟、一部破損3,555棟と、大きな被害をもたらした台風15号でした。小川医師は、その被害の中で医療活動を行う中で、僻地での医療機器の設備不足を痛感し、遠隔医療で高度な診断を可能にするにはどうすべきかと考えました。そして、2015年11月、医師の仕事をしながら、たった一人で、AMIを設立します。AMIはAcute Medical Innovation(急激な医療革新)の略で、誰もがどこにいても、質の高い医療を受けられる世界を実現することをミッションにしています。

さらに、2016年4月14日に発生した熊本地震の後も、小川氏はドクターカーで避難所を走り回り、診察を行いました。そうした経験から、遠隔医療に対する思いを強めたそうです。

その後、同社のミッションや小川氏の志に賛同する各分野の専門家が次々と参画し、現在は、研究開発拠点である鹿児島本社、遠隔医療ラボがある熊本県水俣市、熊本大学内のオフィス、京都大学内のオフィス、東京オフィスの5拠点を構え、メンバーは医師、看護師、保健師、放射線技師、臨床検査技師、管理栄養士、医用生体工学専門家、メカ・エレキ・ソフト設計エンジニア、デザイナーなどが在籍しています。
2017年、2018年、2020年と3度NEDOのプロジェクトに採択され、ベンチャーキャピタルの支援なども得ながら開発が進んでいます。「超聴診器」の開発や「遠隔聴診対応ビデオチャットシステム」の実証事業に取り組んでいます。


心電図取得やAI診断サポートなどさらなる開発へ

超聴診器は、心音の可視データと心電図を同時に見られるようにする(提供:AMI株式会社)
超聴診器は、心音の可視データと心電図を同時に見られるようにする(提供:AMI株式会社)


現在、超聴診器の開発を進めています。ポイントは2つ。1つは、音と可視データに加え、心電図も同時に取れるようになること。2つ目は、AIが音と心電のパターンを認識して異常を検知するなど、AIが診断をサポートするシステムを備えることです。

心臓を動かす指令を出しているのは、洞結節(どうけっせつ)と言われる場所から発せられる電気信号です。心臓は、この電気信号によって心房と心室が交互にリズミカルに収縮し、血液を全身に送り出しますが、この電気信号を波形に表したのが心電図です。心臓に疾患がある人の場合は、心電図が乱れたり波形が異常だったりすることがあります。聴診音と同時に心電図も取ることができれば、さらに診断のレベルは上がります。現在、医師だけでなく、エコー技師などの関連分野の専門家を集め、胸に当てるだけで心電図も同時に取れるデバイスの開発を進めています。

AIのソフトウェアの開発は、疾患のある人の聴診音をAIに大量に読み込ませる必要があるため、大学病院などの医療機関との連携によりデータ蓄積を進めています。AIの検知能力が高まれば、遠隔地であっても、聴診器を当てるという一次診断で循環器疾患をスクリーニングできる可能性が高まるのです。そうした機能を盛り込んだ超聴診器の上市に向けて日々研究・開発に取り組んでいます。

AMI社ではまた、デジタル聴診器による遠隔聴診を軸とした、いくつかの遠隔聴診プロジェクトが進行中です。後編で詳述しますが、水俣市・国保水俣市立総合医療センターとAMI社との包括連携協定を締結し、僻地における遠隔医療システムの活用に関する実証事業を実施しています。

また、2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大の局面で、COVID-19遠隔聴診プロジェクトを実施しています。これは、医療従事者のリスク低減のため全国の病院やクリニックに遠隔聴診セットを60セット無料配布し、遠隔聴診に利用してもらうものです。

またAMI社は、自宅や職場で生活習慣病のセルフチェックを行う予備健診としての「クラウド健進(R)」というサービスをはじめました。「クラウド健進(R)」で使用する「AMI指先採血キット」は、自身で指先から0.065mlという微量の血液を採取し、専用検査センターに郵送すると、後日結果を確認できます。

測定できる項目は、中性脂肪、総コレステロール、HDLコレステロール、LDLコレステロール、血糖、HbA1c、尿素窒素、クレアチニン、尿酸、総タンパク、アルブミン、AST、ALT、γ-GTPの14項目で、病院や健康診断で行う一般的な血液検査でチェックする項目とほぼ同じ検査が可能になっています。身体への負担が少なく、どこでも検査が可能です。

また、「クラウド健進(R)」では、利用者がビデオチャットを介して問診、事前に行ったセルフ血液検査の結果の説明、そしてデジタル聴診器を用いて遠隔聴診を行います。どこにいても特定健診(メタボ健診)と同項目の検査を受けることができます。
2018年から2020年に熊本県水俣市で遠隔システムを活用した予備健診実施実証事業を行い、一般企業の従業員向けに企業の敷地内で実施、また薬局や自宅でも実証を行いました。その成果をもとに、2020年12月よりサービスを開始しました。

いずれも、貫かれている思想は、遠隔地であっても、誰でも簡単に高度な医療にアクセスできるという点でしょう。そして、象徴的なのは、聴診器という誰もが知るごくシンプルな医療ツールから医療のイノベーションが起ころうとしていることです。

後編では、遠隔聴診によって実際に遠隔診療はどう変わるのか。熊本県の過疎地で行なわれている実証事業の実例を紹介します。

文/奥田由意


参考情報
・クラウド健進は、AMI株式会社の登録商標です。

▽医療現場に聞く遠隔医療のものづくり

▽おすすめ関連記事

こちらの記事もおすすめ(PR)