新型コロナウイルス検出装置(フローサイトメーター)開発にブレークスルーになりそうな「新竹モニター」の応用事例~OISTの物理学者が語るものづくり研究(4)

INTERVIEW

沖縄科学技術大学院大学(OIST)
新竹 積教授

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の量子波光学顕微鏡ユニット代表、新竹積教授の電子顕微鏡や波力発電など多岐にわたる研究テーマに注目し、同氏の今までの研究活動や「ものづくり」への姿勢について伺う本連載。4回目は、3回目で登場した「電子ビームを観察する技術(新竹モニター)」を応用して開発している、新型コロナウイルス検出装置(フローサイトメーター)の仕組みと、通常表面観察ができないとされている透過型電子顕微鏡(TEM)で大腸菌など試料の「表面観察」を可能にした仕組みについて伺いました。

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日本のアカデミアの中で急速に注目が集まっているのが沖縄県にある沖縄科学技術大学院大学(Okinawa Institute of Science and Technology Graduate University、以下、OIST)でも異彩を放っているのが量子波光学顕微鏡ユニットを率いる新竹積教授です。新竹教授は、これまで高エネルギー加速器研究機構(KEK)で加速器を使った素粒子物理学に関する研究やX線自由電子レーザー施設SACLA(SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser)での研究開発で成果を上げ、OISTに着任してからは特殊な電子顕微鏡による病原体構造の解明や新型コロナウイルスの検出などの研究、さらに海流や波力を使った発電の研究開発といったように幅広いジャンルで評価されてきた研究者です。そんな新竹教授に電子顕微鏡の研究開発などについてお話をうかがいました。


電子ビームを観察する技術(新竹モニター)が、新型コロナウイルス検出装置(フローサイトメーター)開発のブレークスルーに

──── 現在、OISTでは量子波光学電子顕微鏡ユニットを率いておられますが、OISTにはどのような経緯で来られたんですか。

新竹(以下、同様):
SACLAのプロジェクトが一段落したら、またスタンフォード大学へ行けということになって、渡米の準備を万端整えていたんです。しかし、スタンフォード大学の線形加速器センターSLAC(Stanford Linear Accelerator Center、現・SLAC国立加速器研究所)の所長だったジョナサン・ドーファン(Jonathan Dorfan)という人がOISTの初代学長(現在、名誉学長)になるということで、『お前も来い』と言われ今に至ります。振り返ってみると、大学に進学する時から私は自分で進路を選んだことが一度もありません。自分から就職活動をしたこともないんです。流れ流れて気がついたらここにいたというわけです。


──── これまでの研究成果は現在のOISTでどのように役立っているんでしょうか。

実は最近、OISTで米国仮特許を申請したのが、新竹モニターの原理を使って新型コロナウイルスを見つけるという装置の技術です。うかつといえばうかつなんですが、私は新竹モニターについて当然よく知っていますが、医薬や生物学の分野でこうした技術が必要だということを知らなかったんです。

この技術は、新竹モニターを横にして新型コロナウイルスを走らせると見えるという仕組みです。新型コロナウイルスが世界中で感染拡大して大変なことになっていますから、新型コロナウイルスの検出器があったら役に立つんじゃないかと考えて開発してみたんです。


──── その新型コロナウイルスの検出装置はどのような仕組みになっているのですか。

科学研究の分野には、フローサイトメトリー(Flow Cytometry)という技術を使ったフローサイトメーター(Flow Cytometer)という検出装置があるんですが、これは細胞や粒子などを1列に並べてレーザーを通過させることで検出します。これに新竹モニターの技術が使えるということに気づいたんです。新型コロナウイルスの大きさは、約100nmということがわかっていますから、その大きさについて物理的な信号を取ることができます。新型コロナウイルスは異型種が少なく、ほかのものが混ざる可能性は低いので、かなり性能の良い検知装置になります。

今回の新竹モニターの原理を応用した技術はこのフローサイトメトリーのブレークスルーになりそうです。がん治療の研究分野で注目を集めているエクソソーム(Exosome、小胞)も容易に分析できるようになるでしょう。


電子顕微鏡の研究開発でもスケッチを描くそうです。これは光学レンズを使わず、ホログラフィ(holography)によって試料の画像化をする走査型電子顕微鏡(SEM)のアイディア。(提供:OIST)
電子顕微鏡の研究開発でもスケッチを描くそうです。これは光学レンズを使わず、ホログラフィ(holography)によって試料の画像化をする走査型電子顕微鏡(SEM)のアイディア。(提供:OIST)


──── 光学的にウイルスを見ることができるというわけですか。

新竹モニターを利用した新型コロナウイルスの検出技術は、実際にウイルスが見えるわけではありません。新型コロナウイルスが通過するとレーザーを反射してピカピカ光るので、その光を分析して計算すると新型コロナウイルスを検出することができるという技術です。

例えば、月や火星など近くにある天体は惑星の実体として見ることができますが、何億光年も遠くにある恒星を実際に私たちが見ているわけではなく、これはハッブル望遠鏡でも同じですが、分解能が低いため、単なる光の点としてしか見ていません。今回、開発した技術も新型コロナウイルスは、レーザーが当たって点として光っているだけです。


──── 電子顕微鏡で新型コロナウイルスを発見すればいいのではありませんか。

確かに電子顕微鏡は、我々のようなレーザーを使った顕微鏡より性能がいいので直接ものが見えます。ただ、電子顕微鏡は対象物を真空に入れなければなりませんから、新型コロナウイルスを検知するために例えば空港の検疫所などに設置するのは非現実的なんです。

新竹モニターは、スタンフォード大学で実際に使って動いていますから、新型コロナウイルスを検出する技術も確実に機能するはずです。実際にはどんな装置になるかといえば、検出器に向かって『あ』でも『お』でも発話してもらい、喉の奥から出てきたさまざまな粒子を検出し、その中に新型コロナウイルスがいくつ存在しているかどうかを物理的に検出できるというマイクのような装置を考えています。例えばこの装置を空港の検疫で使えば、簡単かつ短時間に新型コロナウイルスの保菌者を選別することができるようになるでしょう。


スケッチブックは常に持ち歩いて、思いついた時にとにかく描いてみると言います
スケッチブックは常に持ち歩いて、思いついた時にとにかく描いてみると言います


大腸菌など試料の「表面観察」が可能な透過型電子顕微鏡(TEM)の仕組み

──── 電子顕微鏡の研究ではほかにどのような成果がありますか。

最近、水中の分子を瞬間的に乾燥させて観察する装置ができました。この装置を使うと、これまで誰も見たことのないものが見えるようになるかもしれません。例えば、新型コロナウイルスがどのようにして感染するのかという様子がわかるようになるはずです。


──── 感染の様子を観察できるようになるのですか。

新型コロナウイルスは、我々人間の喉の奥などの細胞にくっつき、新型コロナウイルスの表面に突起しているSタンパクが人間の細胞のACE2というレセプターをつかまえて細胞内へ侵入しますが、このACE2というのは一種の膜タンパクです。新型コロナウイルスは自分では移動できませんから、細胞の表面をランダムに転がっていくしかありません。

実際に新型コロナウイルスは体内でブラウン運動で振動しながらランダムにいきあたりばったりに細胞の表面に当たったり離れたりしているわけですが、どれくらいの確率でウイルスのSタンパクが細胞表面の膜タンパクであるACE2に行き当たるのかわかっていません。その確率はACE2が実際にどの程度細胞表面に存在するのかにかかってきます。

私たちが開発した装置を使うと単細胞生物である大腸菌の表面の様子をよく観察することができます。それで見てみると、多種多様な膜タンパクがまるで芝生のように細胞表面をおおっていることがわかりました。同じように人間の細胞の表面を観察すれば、どれくらいの割合でACE2が存在するのかを視覚的にとらえることができるようになるでしょう。


──── この電子顕微鏡はどのような仕組みになっているのでしょうか。

この装置は透過型電子顕微鏡(TEM 、Transmission Electron Microscope)を使っていますが、透過型電子顕微鏡(TEM)では試料を透過してしまうため、表面を観察することができません。表面を観察するためには走査型透過電子顕微鏡(SEM、Scanning Electron Microscope)を使わなければなりませんが、私たちは透過型電子顕微鏡(TEM)で試料の表面を観察したいと考えました。電子顕微鏡は、前述したように、真空に入れなければなりません。水がついたまま真空に入れると凍ってしまい、ホットプレート上で乾燥させると張り付いてしまって表面を観察できません。

私たちは従来からあったイオンをスプレーで真空中に入れるという手法を応用し、小さな分子しかできなかったものを大腸菌の表面という大きな試料でも観察できるようにしました。これは、3年間くらい同じ研究を試行錯誤してきた私の研究室の若い研究者がある時、うっかりガラス管を折ってしまい、折ったことでガラスの先端が尖り、それで実験したらうまくいったという失敗の賜物です。その後はわざと折ってガラスを尖らせて実験を行っています。


沖縄科学技術大学院大学(OIST) 新竹積(しんたけ・つもる)教授
沖縄科学技術大学院大学(OIST) 新竹積(しんたけ・つもる)教授


OISTで取り組んでいる電子顕微鏡は、SACLAの小型版という新竹教授。最近では、光学レンズではなく半導体検出器を使って分解能の高い鮮明な画像を得ることのできる電子顕微鏡の研究開発にも成功しているそうです。次回は、新竹教授が近年取り組んでいる潮力発電、波力発電についてうかがいます。


文/石田雅彦

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