リニアコライダー(直線型衝突加速器)の「電子ビームを観察する技術」への着想は、常識を疑うことから始まった~OISTの物理学者が語るものづくり研究(3)

INTERVIEW

沖縄科学技術大学院大学(OIST)
新竹 積教授

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の量子波光学顕微鏡ユニット代表、新竹積教授の電子顕微鏡や波力発電など多岐にわたる研究テーマに注目し、同氏の今までの研究活動や「ものづくり」への姿勢について伺う本連載。3回目は、同氏がイタリア留学中に常識(古典的な理論)を疑うことで、米国の研究機関が賞金を出して募集していたリニアコライダー(直線型衝突加速器)の問題を解決した方法と、その過程で生まれた、加速器の電子ビームを観察する技術について伺いました。

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最近、日本のアカデミアの中で急速に注目が集まっているのが沖縄県にある沖縄科学技術大学院大学(Okinawa Institute of Science and Technology Graduate University、以下、OIST)でも異彩を放っているのが量子波光学顕微鏡ユニットを率いる新竹積教授です。新竹教授は、これまで高エネルギー加速器研究機構(KEK)で加速器を使った素粒子物理学に関する研究やX線自由電子レーザー施設SACLA(SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser)での研究開発で成果を上げ、OISTに着任してからは特殊な電子顕微鏡による病原体構造の解明や新型コロナウイルスの検出などの研究さらに海流や波力を使った発電の研究開発といったように幅広いジャンルで評価されてきた研究者です。そんな新竹教授に加速器に必須の技術である新竹モニターなどについてお話をうかがいました。


賞金までかけて募集していた「リニアコライダーの問題」解決方法は、イタリア留学中にひらめいた

──── 九州大学の原子力工学科からなぜ加速器の世界に入ったのですか。

新竹(以下、同様):
学部生時代、私は手先が器用なので実験装置などを手作りしていたんですが、実験装置を作れる重宝なヤツと思われたんでしょう、指導教官が研究室に残れと言ってくれたんです。それで大学院の修士に進みました。ところが、修士が修了したとき、私が所属していた研究室で放射線漏れの事故が起きてしまい、研究室が取りつぶしになってしまったんです。

博士課程に進もうとしていた矢先のことで途方に暮れていたんですが、暇だったので文学部のお嬢さんたちがたくさんいる図書館に行き、1年間くらい朝から晩まで理論物理学の教科書を読んで過ごしたんです。そうしているうち、1981年でしたか、先生から『新竹くん、受託学生制度で茨城県つくば市にある高エネルギー加速器研究所(現・高エネルギー加速器研究機構、KEK)に行きなさい』と言われ、それがきっかけで加速器とかC-bandの研究に入っていったんです。


──── 筑波時代にはどのような仕事をしていたんですか。

高エネルギー加速器研究所でまず取り組んだのは、トリスタン計画です。直線の加速器と衝突加速器を建設するという計画で、私が博士号を取る前の1980年代初頭から始まっていたんですね。その研究所は居心地が良かったものですから、余暇にウインドサーフィンなんかをしながら楽しく研究していたんですが、研究所の先生から今度は『お前よく働いたからイタリアへ行け』と言われました。


沖縄科学技術大学院大学(OIST)新竹積(しんたけ・つもる)教授
沖縄科学技術大学院大学(OIST)新竹積(しんたけ・つもる)教授


──── イタリアではどんな体験をしたのでしょうか。

私がイタリアへ行ったのは、35歳になる直前の1年間ですが、当時の文部省の外国研修制度を使いました。滞在したのは、ローマにあるフラスカーティ国立研究所(Laboratori Nazionali di Frascati、 LNF)です。

ところで、電磁波によって粒子を加速させてエネルギーを高める装置を加速器と言いますが、2つの粒子ビームを正面からぶつければビームのエネルギーを効率良く反応させることができます。そのためにリニア(直線)のコライダー(衝突型)加速器が開発されました。

米国のスタンフォード大学の線形加速器センターSLAC(Stanford Linear Accelerator Center、現・SLAC国立加速器研究所)に1960年代に作られた2マイル(全長約3.2㎞)ほどもある加速器があるんですが、世界で最も長い真っ直ぐな建造物といわれていました。私がイタリアへ行った1990年当時、リニアコライダーでの実験に必要な問題の解決法をスタンフォード大学の線形加速器センターSLACが賞金を出して募っていたんです。素粒子の一種であるヒッグス粒子は2012年に欧州原子核研究機構(CERN)によって発見されましたが、SLACでは当時、ヒッグス粒子を捕まえようとしてリニアコライダーを使おうとし、懸賞金までかけて理論や論文を集めていたんですね。


──── その問題解決に挑んだというわけでしょうか。

私はフラスカーティ国立研究所の先生に『僕は何をしたらいいでしょうか』と聞いたら勝手にしろと言われたので、しばらく何もせずにブラブラしていたんです。研究所のメンザ(Mensa、食堂)ではランチでフルコースのイタリア料理が格安で出るんですが、それを食べたらお腹がいっぱいになってもうなにも考えられません。腹ごなしのつもりでフラッと近くの丘の上へ上ってローマ市街を眺めると、遠くにバチカン宮殿が見えたんです。

『ああ、あそこにミケランジェロのピエタといった人類史上の傑作があるんだな』と思い、自分を振り返ってこのままブラブラしていても仕方ないなと考えた時、フッとSLACが募集していたリニアコライダーの問題解決のことが頭をよぎりました。『もしかしたらレーザーでやればできるんじゃないか』とひらめいたんです。

ひらめきを抱えたまま、部屋に帰ってちょこちょこっと計算したら案の定、解決できそうなことに気づきました。すぐにメモを書いてドイツのある先生に送ったんです。すると、その先生から返ってきたFAXに『Good』って書いてありました。ちょうど夏休みだったので『やった』と思い、メモを持ってバックパッカーの旅へ出てスペインあたりを放浪してからドイツの先生のところを訪ねました。先生の研究室の秘書の方にタイピングしてもらい、2週間くらいで論文を仕上げたんです。


常識(古典的な理論)を疑うことで、加速器の電子ビームを観察する技術への着想に

──── その問題というのはどのようなものだったんですか。

加速器では電子と陽電子を加速させ、左右に分けて衝突させたり回したりして素粒子などの物質の性質や現象を調べるわけです。直線で衝突させるリニアコライダーでは電子と陽電子を加速してぶつけます。しかし、電子や陽電子は粒子が小さいので衝突させようとしても、ほとんどぶつかりません。

どうするかといえば、ビームをギュッと絞って電子と陽電子の密度を上げて衝突させるんです。ところが、どれくらい絞ればいいのか計算してみると、電子のビームの幅を3nm(ナノメートル)にしなければならないことがわかったんです。当時の加速器の電子ビームはせいぜい1,000nmくらいまでが限界でしたから、1,000を3にしろというのがSLACの課題でした。

そこでまずは60nmぐらいを実証するというプロジェクトFFTBがスタートしていました。しかし実際にビームが60nmになっているのかを観察できなければ実証になりません。当時のレーザーは波長が500nmとか1,000nmでしたから、60nmを測定することは、プロジェクトの関係者は全員が不可能だと思っていました。


──── 電子ビームのサイズを小さくすることがSLACの課題だったんですね。

そうです。『波長より短いものは見えない』というとても厳格な理論があります。古典的な理論ですが、それによると波長500nmのレーザーでは、300nm以下のものを見ることはできないことになります。当時の常識として、それは超えられないというのが研究者の統一見解でした。できないと思い込んでいたんですね。

そのとき私は、ひょっとしたらそもそもの定義が違うのではないかと思ったんです。そして、その理論の定義を調べてみたところ『なんだ、分野によっては定義が違うんだ』ということに気づきました。その理論ではガウス分布(正規分布)の大きさをシグマ(標準偏差、σ)で表すんですが、そのシグマの定義がどうも怪しかったんです。それでシグマの定義を変えてレーザーの波長に当てはめてみたら、どうも1/4くらいシグマを短くできそうな感触を得られました。


──── それまでの常識を疑ってみたわけですね。

せいぜい300nmしか見ることができないと考えられていたんですが、定義を変えれば300の1/4ですから75nmも可能かもしれませんし、いろいろ調整すれば60nmも可能になるかもしれません。とても古典的な理論ですから、当初に考えられていた定義とは別の分野では、なにもその定義を当てはめなくてもよかったんです。そして、数十nmを実際に見ることができることを証明した結果、できたのが新竹モニターの原理で、これはリニアコライダーの電子ビームが実際に絞れているかどうかをモニタリングする必須の技術なんです。


当時、発表した論文に掲載したガウス分布(正規分布)の図。波長532nmのYAGレーザーで60nmのスポットビームのサイズ測定が実現できるとし、波長126nmのアルゴンのエキシマレーザーを使うと理論的にはスポットビームサイズを5nmまで小さくできるとしています。
(T. Shintake, “Proposal of a nanometer beam size monitor for e+e linear colliders” Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A,Vol.311, p453-464, 1992より)

 

 

──── その新竹モニターというのは何ですか。

加速器の電子ビームを観察する装置です。電子ビームに直交する平面上にレーザー干渉縞、2つ以上の光が重なり合って光に強弱が起きることで生じる縞を作り、その干渉縞からできる揺らぎの有無や大きさをスキャンすることでビームのサイズを測定します。

加速器には円形加速器と直線加速器がありますが、国際リニアコライダー計画(International Linear Collider、ILC)では研究者らのコンセンサスを元に直線の線形粒子加速器を採用することになっています。ヒッグス粒子は発見されてしまったので、現在では世界的にリニアコライダーによってヒッグス粒子の上にある超対称性理論であるスーパーシンメトリーの理論を解明しようとしています。

日本でもCERNを巻き込んで国際リニアコライダーを宮城県と岩手県の県境の岩盤の中に誘致しようという壮大な計画があり、新竹モニターも国際リニアコライダー計画が実現すればそこで使われる予定です。


1992年に発表された新竹モニターの概念図の論文。新竹モニターは100nm以下のビームサイズを測定できる現時点で唯一の測定器だと言います。また、新竹モニター(レーザー干渉型ビームサイズモニター)は、現在も高ネルギー加速器研究機構(KEK)の先端加速器試験施設(ATF2)でビームサイズの測定のために使われています。
(Jacqueline Yan, et. al., “Shintake Monitor, Nanometer Beam Size Measurement and Beam Tuning”, Physics Procedia Vol.37 (2012), p1989-1996.より)
1992年に発表された新竹モニターの概念図の論文。新竹モニターは100nm以下のビームサイズを測定できる現時点で唯一の測定器だと言います。また、新竹モニター(レーザー干渉型ビームサイズモニター)は、現在も高ネルギー加速器研究機構(KEK)の先端加速器試験施設(ATF2)でビームサイズの測定のために使われています。
(Jacqueline Yan, et. al., “Shintake Monitor, Nanometer Beam Size Measurement and Beam Tuning”, Physics Procedia Vol.37 (2012), p1989-1996.より)



それまでの常識を疑うことで得た発想と新竹モニターという画期的な発明がつながっていたという新竹教授。次回はOISTで取り組んでいる電子顕微鏡の研究開発についてうかがいます。

文/石田雅彦

▽OISTの物理学者が語るものづくり研究

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