空飛ぶクルマの社会実装に向けた「安全な乗り物」であることへの証明とは~CTOに聞く、空飛ぶクルマの実現に向けて(後編)

INTERVIEW

株式会社SkyDrive
技術最高責任者(CTO)
岸 信夫

空飛ぶクルマを目指して活動する日本の企業や団体の中で、最も実現に近いといわれている株式会社SkyDriveのCTO(技術最高責任者)岸信夫氏に、同社が開発している「空飛ぶクルマ」の実現に向けた技術的な取り組みについてお話を伺う本連載。同機が社会に受け入れてもらい社会実装するためには、「自分の最も大切な人を安心して乗せたいと思える」ほどの安心で安全な乗り物ということを証明していく必要があるといいます。最終回は、その安全性への取り組み、型式証明(TC)の取得、バッテリーの駆動方式について伺うほか、同機が社会にもたらす新しい可能性についてお話を伺いました。

▽おすすめ関連記事

安全な乗り物になるための仕組み、Fail Safeを踏まえた試験飛行を経て社会実装に

────空飛ぶクルマは社会に受け入れられるのでしょうか。

岸氏(以下同様):
自動車が出現し始めた時代、おそらく暴走する馬車のような乗り物だったでしょう。空飛ぶクルマのようなまったく新しい乗り物というのは、最初は皆さん、怖いと感じるのだと思います。空飛ぶクルマに対する認識は人それぞれでも違いがあるでしょうし、同じ人でも観光地で自分が乗る場合と自宅の上空を空飛ぶクルマが飛ぶという状況で考え方も違ってくると思います。

空飛ぶクルマを社会に認知してもらうためには、広く一般の方々にとって安心に感じてもらえるような飛行体でなければなりません。今後、国土交通省で制定される安全基準を満たすのは大前提ですが、例えば自分の最も大切な人を安心して乗せたいと思えるかどうかが重要なんです。これは会社としての安全性に対する考え方でもありますが、安全・安心な乗り物でなければ社会には受け入れてもらえないでしょう。


────安全・安心を認知されるためにはどのようなことが必要でしょうか。

社会実装される前の飛行試験の段階では、もし仮に墜落してもパイロットが絶対に無事であるような仕組み、例えばパラシュートや射出シートなどの装備をつけて行います。パラシュートが安全に常に開くかといえば、必ずしもそうではありません。そのため、何らかのアクシデントが起きた場合、決められた場所に着陸できるかどうか、あるいは海上に着水できるようなフロートを付けたりする特別な装備で試験を行います。


────パラシュートは我々が乗る旅客機にも備え付けられています。

いや、これが量産機になった場合、パラシュートがなくても安全な乗り物にしなければなりません。パラシュートやフロートを装備して何度も試験飛行を繰り返し、それがなくても大丈夫な機体になってから社会実装という段階になるでしょう。空飛ぶクルマが社会に受け入れてもらうためには、実際に飛行している姿を見せていくことも重要ですが、こうしたFail Safe(誤操作、障害などが発生した場合、常に安全な状態に移行するような仕組みをつくること)を踏まえた試験飛行を経て社会実装し、安心で安全な乗り物ということを証明していく必要があるでしょう。

試験飛行をする「SD-03」。高度2〜3mをスムーズに移動しました。©SkyDrive/CARTIVATOR 2020
試験飛行をする「SD-03」。高度2〜3mをスムーズに移動しました。©SkyDrive/CARTIVATOR 2020

型式証明(TC)の取得、ルール・メイキングの段階から関与

────航空機の場合、型式証明(Type Certificate、TC、航空機の型式が安全性及び環境適合性の基準を満たしていることを証明するもの)というハードルがあると耳にしたことがあります。

航空機の型式証明について三菱スペースジェットでの経験から言えば、日本では耐空性審査要領と、騒音、エンジン排出物の規定が型式証明になり、米国のFAA(Federal Aviation Administration、アメリカ連邦航空局)ではパート25という部分が型式証明になりますが、例えば、MRJ(三菱スペースジェットの旧名)とホンダ・ジェットではレギュレーションが違うように、航空機によって大勢の旅客を運ぶ大型・中型の旅客機と乗員乗客数名のジェネラル・アビエーションとよばれるセスナ(Cessna Aircraft Company、米国の軽飛行機・ビジネス機のメーカー)のような小型機ではレギュレーションがまったく違います。

ヘリコプターも同じで大型機と小型機とでは規制内容が変わってくるんです。小さな機体だから手を抜いてよいわけではありませんが、やはり大きな航空機のほうがより厳しいレギュレーションになっています。そしてこうしたルールは、FAAやEASA(European Union Aviation Safety Agency、欧州航空安全機関)などの米国やヨーロッパの航空業界によって決められたもので、日本などのように後から参入した国が証明していかなければなりません。


────やはり、型式証明を取得するのはかなり厳しいものなのですね。

そうですね。ただ、レギュレーションの各項目は、必ずしもすべて達成しなければならないものばかりではないんです。当然、満たす必要のあるものがほとんどですが、その数値の達成を目指すというような技術レベルのものも含まれるんです。ルール・メイキングをしていれば、これは難しいけれどがんばってほしいというものがどれかわかりますが、後から参入した国にはどれが絶対に満たさなければならない項目なのか、それとも達成されることが期待される目標としての項目なのかわからないんです。

最初は我々、一生懸命、すべてを達成しようとするわけですが、よくよく聞いてみると技術的には難しいだけど目標として設定しないと技術が向上しないという項目だったりしたんです。そのため、レギュレーションに書かれたものの解釈を変え、「現状とりあえずこうしておきます」という交渉術のような部分が型式証明を取得する難しさなんです。


────空飛ぶクルマの型式証明についてはどうでしょうか。

空飛ぶクルマのeVTOL(電動式垂直離着陸機)については、幸いなことにまだFAAもEASAもレギュレーションが制定されていません。日本では現在、国土交通省がなるべく早くルール・メイキングしようとしています。eVTOLの場合、現在、世界中で開発が進められている個々の機体ごとに大きさやデザイン、機構が大きく異なりますから、型式証明については国内で議論を進めていく必要があると思っています。

SkyDriveも日本航空宇宙工業会の一員としてルール・メイキングに参加できているので、今後はもし仮に米国やヨーロッパが主張してきた基準と違う部分がある場合、同じ土俵でレギュレーション作りをしていけると思います。そうなれば、これは絶対の今の技術レベルなら遵守すべき項目であるとか、これは厳しいけれど目標として目指す項目であるとか、ルール・メイキングの段階から関与できるでしょう。

こうして、米国やヨーロッパに先んじてレギュレーションを作ることができれば、世界を相手に戦っていけると思います。強いて競合する必要はありませんが、日本だけで終わるのではなく、日本として発言力を強めていくことができるでしょう。

2020年11月に開催された「N+ エヌプラス2020」、フライングカーテクノロジーで展示されている「SD-03」。ガードのついたローターの様子がわかります。
2020年11月に開催された「N+ エヌプラス2020」、フライングカーテクノロジーで展示されている「SD-03」。ガードのついたローターの様子がわかります。

駆動方式はバッテリー、バッテリーの重量は飛行性能とトレードオフ関係に

────技術的にバッテリーからインバーター、モーターとローターに改良の余地はありませんか。

現状、約100Vで飛ばしていますが、電気自動車も電圧がどんどん上がっているように、電圧を上げて電流を少なくするほうがワイヤーハーネスの太さや抵抗値などに利点が多いんです。しかし、高電圧になって電流が小さくなると、直列にして昇圧しなければならなかったり、重量が重くなってしまったりとバッテリーの問題がいろいろと出てきます。バッテリー、インバーター、モーターは有線で繋いでいますが、こうしたことから電流と電圧の関係でこれを無線化するのは難しいと考えています。


────バッテリーについてはどうでしょうか。

バッテリーはそもそも重荷になっていて、ジェット機なら燃料を消費すれば重量が軽くなりますが、バッテリーは電気を使っても重さが変わりません。では、バッテリーを使わなければいいということになりますが、技術的な進化、世の中の流れ、環境負荷などを考えると、やはり高効率のバッテリーに勝るものは現状ありません。


────電気以外の駆動方式はどうでしょうか。

我々はSkyDrive以外に空飛ぶクルマを開発している方々とお話させていただいていて、その中には動力をガスタービンエンジンで発電機を駆動するハイブリッド推進システムにしている機体もあります。我々の機体はバッテリーを8個搭載していますが、例えばその半分を小さなガスタービンエンジンにして燃料を積み、それで重量が見合えばハイブリッドの駆動機構にも可能性が出てくると思います。ラジコン用などにはかなり小さなエンジンがありますから、それでジェネレーターを回して発電すればバッテリーの代わりになるかもしれません。

ただ、ガスタービンエンジンの燃料という可燃性のものを搭載する場合、燃料タンクの防火機能や火災が起きた時の防火壁など、余計な重量が必要になってきます。こうしたガスタービンエンジンの採用などはまだアイディアの段階で、最終的には重量とレイアウトなどとの兼ね合いになりますが、現状ではバッテリーオンリーで考えています。


────バッテリーの技術的進化に期待するところが大きいというわけですね。

そうです。レーザーを使った遠隔給電のような技術もあり、当然、こうしたアイディアは頭にありますが、現状、受電する装置の重量も未知なので、将来的に自動飛行などいろいろな要素技術が実現する中で長期的なスパンとして考えていくつもりです。

バッテリーの重量が飛行性能のトレードオフになることはわかっていて、そこで、活躍が期待されるのが「全固体電池」です。これはエネルギー密度が数倍にもなる電池で、2030年くらいに実現すると考えられています。現在はリチウムイオン電池が主流ですが、全固体電池ができるだけ早く実現すればいいですね。全固体電池が実現すれば、バッテリーの問題はほぼ解決されるため飛行距離も大きく伸ばせるでしょう。

「SD-03」にはタイヤがついていません。スキーのようなランディングギアになっています。©SkyDrive/CARTIVATOR 2020
「SD-03」にはタイヤがついていません。スキーのようなランディングギアになっています。©SkyDrive/CARTIVATOR 2020

空飛ぶクルマの実現がもたらす可能性、空間移動の概念を根底から捉え直す

────試験飛行をした「SD-03」は地上を走行する機構がありません。

おっしゃるとおり、現在の「SD-03」にはタイヤがついていません。地上を走行するドライブ・ユニットをつけるという技術的なテーマは、2028年以降、自律飛行が始まるまでに実装したいと考えています。我々は地上も走行する空飛ぶクルマというビークルをイメージし続けているので、具体的には、ローターを回転させるモーターと共用のホイールインモーターのような形式になるかもしれませんし、収容できるリトラクタブル(格納式)なタイヤになるかもしれません。ただ、まだアイディアの段階で実際にどういう機構になるかはわかりません。


────空飛ぶクルマは今後スムーズに実現すると思いますか。

もちろん、空飛ぶクルマが自宅の上空を飛び交うようになるまでには、例えば、空飛ぶクルマも地上を走るので道交法(道路交通法)との兼ね合いをどうするのかとか、3次元空間での衝突回避をどう技術的に解決するのかとか、いろんな関門があると思います。


────最後に、空飛ぶクルマが実際に出現したら、我々の生活や価値観はどのように変わるのでしょうか。

空飛ぶクルマが実現したら、これまで諦めていたこと、できなかったことができるようになる可能性があります。例えば、山奥から病気のお子さんを病院へ連れていきたいんだけれど、自動車もなければタクシーも呼べず、ドクターヘリも着陸できないような状況で、空飛ぶクルマに医師が乗って往診することができるようになるでしょう。

こうした緊急事態だけでなく、タクシーのように気軽に交通渋滞を心配することなく地点間を短時間で移動できるようになるわけです。道路もないような場所にも物品を宅配できるようになりますし、空間移動の概念を根底から捉え直すように、携帯電話が我々の生活を一変させたようなことが起きるでしょう。

岸信夫(きし・のぶお)SkyDrive技術最高責任者(CTO)
大阪府立大学工学部卒業。三菱重工、三菱航空機にて戦闘機、旅客機などの開発に37年間従事。 この間先進技術実証機プロジェクトマネージャ、MRJ(Mitsubishi Space Jet)のチーフエンジニア、技術担当副社長を歴任。 2018年から大阪府立大学大学院でシステムインテグレーション、プロジェクトマネージメントを研究。 2020年4月からSkyDrive技術最高責任者(CTO)に就任。
©SkyDrive/CARTIVATOR 2020
岸信夫(きし・のぶお)SkyDrive技術最高責任者(CTO)
大阪府立大学工学部卒業。三菱重工、三菱航空機にて戦闘機、旅客機などの開発に37年間従事。 この間先進技術実証機プロジェクトマネージャ、MRJ(Mitsubishi Space Jet)のチーフエンジニア、技術担当副社長を歴任。 2018年から大阪府立大学大学院でシステムインテグレーション、プロジェクトマネージメントを研究。 2020年4月からSkyDrive技術最高責任者(CTO)に就任。
©SkyDrive/CARTIVATOR 2020

SkyDriveのCTO(最高技術責任者)である岸氏は、空飛ぶクルマが実現すれば我々の生活を大きく変えるだろうと言います。現在、パイロット1名を乗せて約4分間、浮上しつつ移動できている空飛ぶクルマ。計画では約10年後に我々の頭上を飛び交うようになるそうです。


文/石田雅彦

▽おすすめ関連記事

こちらの記事もおすすめ(PR)