「コンクリート内部劣化検出」や「リチウムイオン電池不良検査」への応用事例~数理科学によって広がる見える化技術(後編)

INTERVIEW

株式会社Integral Geometry Science
創業者・最高戦略企画責任者
神戸大学大学院理学研究科 教授

木村 建次郎

普段のわれわれの世界では見えないものが見える科学があります。X線を使ったレントゲン撮影やMRIもそのひとつです。しかし、X線よりももっと弱いエネルギーの波、可視光、ミリ波、マイクロ波、超音波などを使って、ほとんどあらゆるものの「中身」を見えるようにする技術を応用物理学の領域で、世界で初めて開発したのが神戸大学大学院理学研究科・数理データサイエンスセンター教授の木村建次郎(きむら・けんじろう)氏です。また、氏は、自身の技術を実用化するための大学発スタートアップ企業の経営者でもあります。3回目となる最終回は、コンクリートの中の瑕疵を検知するシステム、リチウムイオン電池の爆発を防ぐための検知システム、犯罪者やテロリストの検知システムをはじめ、幅広い応用事例を紹介します。

前記事では、木村理論と木村理論を乳がん検診のマンモグラフィーに応用した事例について詳しく紹介しました。この理論は実はマンモグラフィーだけでなく、多様な応用可能性を秘めています。実際に、木村氏が創設したスタートアップ、株式会社Integral Geometry Science(インテグラル・ジオメトリー・サイエンス) とさまざまな企業との協業で、その理論を適用した、通常の状態では見えないものを見るための技術が世の中で使われ、社会実装のためのプロジェクトがいくつも進行している最中なのです。


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電磁波でトンネル等のコンクリート内部の劣化を検出する装置~応用事例①

全国約1万のトンネルのうち、約4,800本が1982年以前に開通している 
全国約1万のトンネルのうち、約4,800本が1982年以前に開通している 


すでに世の中で使われている事例のひとつは、コンクリートの中の瑕疵を電磁波を当てて検出する装置です。
1960年代、高度成長期に多く建設されたトンネルは完成から50年以上を経て、老朽化しています。コンクリートの中の鉄筋が断線し、劣化や瑕疵があるトンネルの崩落のリスクも高まっています。

日本には今、およそ1万のトンネルがあります。トンネルが人工物である以上、崩落のリスクがあります。1996年の北海道豊浜トンネル崩落事故、2012年の山梨県笹子トンネル崩落事故は、当時のニュースを知る人々の記憶から消えることはないでしょう。

トンネルの劣化や瑕疵を発見して修復しなければ危険です。しかし表面からは見えないコンクリート内部の劣化や瑕疵をどうやって発見するのでしょうか。

従来の検査方法は、技術者がトンネルの壁をコンコンとハンマーで叩いて、その音から、コンクリート内の状況を判断するというものでした。現在もまだ全国で行われています。しかし、容易に想像できる通り、それには莫大な時間とコストがかかります。また、そのための専門知識を持った人員も不足しているのが現状です。

そこで、木村氏はすでに自身が発見し、発表していた「多重経路散乱場理論」を使って、検査機器メーカーと共同で、コンクリートの内部の状態がリアルタイムでわかる高性能レーダーを開発しました。

古くから航空や軍事などで使われている従来のレーダーの技術は、電波を発し、その先にある対象物から跳ね返った波をキャッチして、電波を当てて返ってくるまでの時間や角度や距離などを比較的簡単な方程式を用いて計算し、対象物の大きさや対象物までの距離を把握するというものです。

しかし、これはコンクリートの内部検査には使えませんでした。コンクリートに電磁波などの電波を当てても、コンクリートの中で波が乱反射してしまい、返ってくるのは、ごちゃごちゃな状態の波の形です。この波を従来の方程式に当てはめても、とうてい中の様子を測定することはできません。

「散乱し、ごちゃごちゃになった波の形という結果から、逆算して、もとの形を予測するのが私の発見した理論の特徴です。これを使って、コンクリートに特有な電磁波の伝わり方から、コンクリートの深部の鉄筋のわずかな断線をも計算して予測し、画像化する検査装置を開発しました」(木村氏、以下同様)

コンクリート内部の1mm以下の対象物を捕捉できる分解能を持っています。現在は公共インフラの検査で利用されていますが、住宅のコンクリートの検査、個人の住宅の維持や管理のためのツール、被災地の住宅の安全診断装置などにも応用できる余地があります。


リチウムイオン電池の爆発を防ぐための検査装置~応用事例②

リチウムイオン電池の安全検査装置 (提供:株式会社Integral Geometry Science)
リチウムイオン電池の安全検査装置 (提供:株式会社Integral Geometry Science)


同社はリチウムイオン電池の安全検査の装置もメーカーと共同開発しています。
携帯電話などのバッテリーに使われるリチウムイオン電池の発火や爆発のニュースを見たことはないでしょうか。こうした事故の原因には、製造時点での不良も含まれています。

出荷前に検査されているはずなのに、なぜ不良品の見逃しが起こるのでしょうか。従来の検査は、すでに放電している電池を見分けるために、電圧が下がっているかどうかを調べたり、外観に問題がないかを目視したりするものでした。これでは、一部の不良品しか見つけることができませんでした。

「出荷時に問題ないと判定されても、実は、リチウムイオン電池の内部の電流の密度が均一でない場合は、何度も充電を繰り返すうちに、密度がより一層不均一になり、最終的にはショートしてしまうことがあり、それが事故につながります」

リチウムイオン電池の安全性を高めるためには、電池内部の電流の密度を、電池を壊したりせずに、精密に検査する必要があるのです。

ただ、これまでの技術では、外から検査して電池内部の電流の状態を可視化することはできませんでした。しかし、木村氏の理論を応用することで、電池内部の電流の密度を画像化することが可能になりました。


リチウムイオン電池の電流密度分布の画像診断結果 (提供:株式会社Integral Geometry Science)
リチウムイオン電池の電流密度分布の画像診断結果 (提供:株式会社Integral Geometry Science)


理科の実験で見たことがあるかもしれませんが、電流が流れているところには磁石の力が働きます(磁場が発生すると言います)。この検査では、リチウムイオン電池に電流を流し、その周囲に発生する磁場のデータを測定します。コンクリートの内部を見るのと同じ要領で、すでに発生した磁場のデータ(結果)から木村理論を使って逆算して、電池の内部の電流の密度の分布(原因)を特定して、画像化できるというわけです。

このシステムは、電流を流すだけで瞬時に電池の内部にある電流の異常箇所を見つけることができる世界初のリチウムイオン電池の非破壊検査機としてすでに販売され、出荷前のリチウムイオン電池などの検査や、半導体のメモリ内の異常電流の検知にも使われています。


数学や物理による「方程式」の応用が、私たちの生活をより豊かに

株式会社Integral Geometry Scienceの創業者でCSO(最高戦略企画責任者)、神戸大学大学院理学研究科・数理データサイエンスセンター教授の木村建次郎氏 (提供:株式会社Integral Geometry Science)
株式会社Integral Geometry Scienceの創業者でCSO(最高戦略企画責任者)、神戸大学大学院理学研究科・数理データサイエンスセンター教授の木村建次郎氏 (提供:株式会社Integral Geometry Science)


木村氏の理論は「見えないものを見る」技術とも言えます。「ほかにもこれを見てほしい、あれを見てほしいという依頼が毎日たくさん舞い込みます」と木村氏。
可視光、ミリ波、マイクロ波、ミリ波、超音波などの波を当てることができるものであれば、どんなものでも、その中の様子を知ることができると言います。

たとえば、マンモグラフィーだけではなく、人体のあらゆるところにできるがんの検査にも応用することができます。
地層の中を見ることもできるそうです。応用法としてもっともわかりやすいのは、石油やガス、レアアースの鉱脈などの資源探査という使い道でしょう。地震予測のために、活断層を探すこともできる可能性もあります。

木村氏の研究は、数学によってものを透視する科学を発展させたと言えるかもしれません。科学を使ってものの見方を変えたということもできます。

「エジソンのようにいろいろな発明をして、みんなに驚いてもらいたい。そして、みんなに発明や発見のおもしろさを知ってもらいたいという気持ちがあります」

木村氏の理論を実用化した事例は、ひとつの数式から発展したとはとても思えないほど、多岐にわたっています。また、いずれも人の命や生活に深く関わるものです。私たちの生活を豊かにし、インフラとして支えてくれる技術が、紙と鉛筆さえあれば考えられる(もちろんそれは誰にでもできることではありませんが)、数学や物理のひとつの方程式から生まれているとは、とても興味深く、不思議で、夢のある話ではないでしょうか。


文/奥田由意

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