「散乱の逆問題」を解決することで、見えない内部を透視できるとは~数理科学によって広がる見える化技術(前編)

INTERVIEW

株式会社Integral Geometry Science
創業者・最高戦略企画責任者
神戸大学大学院理学研究科 教授

木村 建次郎

普段の私たちの世界では見えないものを見えるようにする。科学の重要な役割です。たとえばX線を使ったレントゲン撮影やMRIもそのひとつです。しかし、X線よりももっと弱いエネルギーの波、可視光、マイクロ波、超音波などを使って、ほとんどあらゆるものの「中身」を、死角なく見えるようにする技術を世界で初めて開発したのが、神戸大学大学院理学研究科教授の木村建次郎(きむら・けんじろう)氏です。

木村氏は自身の技術を実用化するための大学発スタートアップ企業Integral Geometry Science(インテグラル・ジオメトリー・サイエンス)の創業者で、取締役CSO(Chief Strategy Officer、最高戦略企画責任者)でもあります。本記事では3回にわけてその新技術と、それによって可能になったさまざまな実用化の事例について紹介していきます。今回は、その技術の根幹となる、木村氏が確立した世界初の「多重経路散乱場理論」を数式を用いず、わかりやすく說明します。

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X線検査は、体を透過するX線量を数式処理して画像化

私たちが普通にものを見ているときには特別意識していないかもしれませんが、ものが見えるのは、光が当たっているからです。たとえば、建物の後ろにあるものが見えない、箱の中に何が入っているかわからない、人体の中がどうなっているか見えないなどという場合は、光が当たっていない、もしくは当たった光が目に像として結像しないから見えないと言えます。
ではものの内部を見たいときにはどうすればいいのでしょうか。

これまで直接内部を見られないものには、X線を使ったCTスキャンなどで、中の様子を画像として見ていました。
CTスキャンが中身を画像化する、そのカギはX線です。普通の光は人体を通り抜けることはできませんが、強い直進力を持つX線は、人体を貫通することができます。ただし、その際に透過物の密度の影響を受けて変化します。腹部のCTなら、X線を照射し、体内の臓器などがX線を吸収するところと、なにもなくてそのまま透過するところで、体を通り抜けたときのX線の量が異なります。骨のあるところとないところ、正常な細胞と硬くなった細胞(腫瘍など)では、X線の透過量が変わります。

この数値をデータとして集め、データを「ラドン変換」という数式で処理して、体の断面の画像を再構成します。つまり、実際に体の中をのぞき見ているわけではなく、X線の光線(波)を透過させて得られる数値を処理することで、見えないものを見えるようにしてきたのです。


レントゲン、X線CT、PETなどのトモグラフィーは、線源(Transmission)から検出器(Receive)に向けて直線を透過させ、その抵抗などから対象物内部の物性を調べる (提供:株式会社Integral Geometry Science)
レントゲン、X線CT、PETなどのトモグラフィーは、線源(Transmission)から検出器(Receive)に向けて直線を透過させ、その抵抗などから対象物内部の物性を調べる (提供:株式会社Integral Geometry Science)


X線より無害な弱い「波」を、人体内部検査に利用すべく「散乱の逆問題」解決へ

医療を大きく進歩させ、多くの人の病気の発見と治療に役立てられてきたX線。しかし、X線には一つの問題があります。木村氏はこう言います。

「X線の光(波)は直線です。直線というのはとても強い力を持つ、強い波なので、たとえば人体に当てると人体は被爆する、つまり害されてしまいます。では、人体に影響の少ない、直線よりも弱い波、ものに当たって屈曲するような、可視光やミリ波やマイクロ波、超音波などを使ってものを見ることはできないのか、そう考えたのが出発点です」

直進しない弱い波とはどのようなものでしょうか。たとえば水の波です。水面に起きた波は、物に当たると、跳ね返ります。障害物を超えてその向こうに波を作ることはできません。湖のさざ波も、離れ小島や、橋脚、建てられた塔、岸に当たると跳ね返って、別の形になります。このように、波がなにか障害物に当たり、その作用を受けて、方向を変えることを「波の散乱」といいます。

マイクロ波やミリ波は、この水の波に似ています。マイクロ波は人体などの光が進入できないものの中にも入って進んでいくことができますが、いろいろなものにぶつかって散乱します。X線のようにたいていのものをまっすぐに突き抜ける強烈な直線の波と違って、マイクロ波などの波は、ものに当たってあちこちいろいろな方向に散らばり、それがまた再度跳ね返り、それがまた跳ね返り、ということを繰り返します。

もし、こうした波の動きを線で表したとしたら、線が四方八方に飛び、からまりこんがらがって、真っ黒に塗りつぶしたかのような状態になってしまいます。
このような性質を持つマイクロ波やミリ波を人体内部の検査に利用する(絵に変換する)ならば、散乱したマイクロ波を解析できるかどうかがポイントです。これは数学の領域です。しかしこれまで、この難問を解くことができる人が歴史上いませんでした。

それまでも、障害物の形があらかじめわかっている場合に波を当てたとき、波がどう散乱するかどうかを解くことはできました。
「障害物の位置や形状があらかじめわかっているとき、その波が障害物にぶつかって、どのように形や方向を変えて広がっていくのか、その波の形を予測することを『散乱の順問題』と言います。これは、物理学と数学の基礎的教養があれば計算することができます」(木村氏、以下同様)

 
しかし、散乱した波から障害物の位置や形状を解くことはできていませんでした。人体内部で言えば、骨や臓器の内部の物質(障害物)に当たってぐちゃぐちゃに散乱した波から、波の形をひとつひとつ解きほぐして形を正確に再現するということです。このように、障害物に当たって散乱した結果の波の状態のデータから、障害物の形や位置を逆算することを「散乱の逆問題」と言い、長いあいだ応用数学や計測の学者の間で未解決の難問でした。

この問題を木村氏は見事に解決しました。散乱した状態の波のデータをもとに、見たいものの内容を把握する、一般的に使える方程式とその解を導き出すことに成功したのです。
 
ではどのようにして、この方程式を導いたのでしょうか。その方程式での見つけ方の手順をご紹介しましょう。


株式会社Integral Geometry Scienceの創業者でCSO(最高戦略企画責任者)、神戸大学大学院理学研究科・数理データサイエンスセンター教授の木村建次郎氏 (提供:株式会社Integral Geometry Science)
株式会社Integral Geometry Scienceの創業者でCSO(最高戦略企画責任者)、神戸大学大学院理学研究科・数理データサイエンスセンター教授の木村建次郎氏 (提供:株式会社Integral Geometry Science)


「波」の発信者と観測者が住む3次元空間~「散乱の逆問題」解決方法①

木村氏による散乱の逆問題の解析解発見は英ネイチャー誌にも紹介され、世界中で注目される (提供:株式会社Integral Geometry Science)
木村氏による散乱の逆問題の解析解発見は英ネイチャー誌にも紹介され、世界中で注目される (提供:株式会社Integral Geometry Science)


暗闇で人がものを見るときには、懐中電灯を持った発信者が光(波)を発信して、それがものに当たってはね返ってきた結果を、観測者が見ていることになります。発信者と観測者が同一人物の場合、発信者が立っている位置から見て、ものの後ろになっているところは見ることはできません。

一方、発信者と観測者を別々にして、それぞれを好きな位置に置くことができるとします。見たいものに光を当てられる位置に発信者を移動させ、観測者はその反射した光を別の場所で受け取ることができます。つまり、ものの影の情報を受け取れることになるのです。

「観測者と発信者が住む3次元空間では、波が散乱し、それを受けるのは、空間の中での動的な事象ですが、観測者と発信者の独立座標からなる高い次元の世界では、この事象を特定の点に割り当てられた量として考えることができます。3次元空間での事象が、高次元の世界では量として扱えます。量として扱い、その量がどのような方程式で表現されるのか考えることができるようになるのです」

ところで、なぜ次元が上がると観測者と発信者が主役で生じた事象を点に割り当てられた量として表現することができるのでしょうか。

「高次元の世界を想定すると、複雑な事象が単純な点に割り当てられた物理量として考えることができるようになるのです」


3次元空間と高次元空間の関係性~「散乱の逆問題」解決方法②

さて、高次元で複雑な波のやりとりが表せても、波の散乱から障害物の位置や形を特定する方程式を導くのは簡単なことではありません。ある値の組み合わせのときは当てはまるけれど、別の値の組み合わせのときには当てはまらないのだとしたら、方程式が導き出せたことにはなりません。木村氏は、この波の観測に関して、すべての場合にあてはまる方程式を導き出すことができたのです。「おもしろいからやっていたらできた」と木村氏は言います。

ただ、このままでは、まだ高次元という仮想空間の話です。実際にものの形を見たいわけですから、そのためには、高次元空間で成り立つ方程式を、私たちの世界の3次元に「落として」来なければなりません。このとき、3次元では波の観測者=発信者であるという条件を入れます。そうすることで、高次元で捉えた数値の関係性が、3次元では、物体の形として、表せることになります。これが立体構造を計算する、画像を再構成するというプロセスです。これで見えなかったものが、どんな形をしているのか見える(正確には予測する)ことができるのです。

こうして完成した式「散乱の逆問題」がこちらです。


木村建次郎氏が導き出した散乱の逆問題の数式 (提供:株式会社Integral Geometry Science)
木村建次郎氏が導き出した散乱の逆問題の数式 (提供:株式会社Integral Geometry Science)


「散乱の逆問題」解決の着眼点、「抽象」と「具体」の間を記述する数理科学の面白さ

なぜ木村氏に散乱の逆問題が解けたのでしょうか。 
「普段から、たとえば、『水分子と、実際の私たちの世界で見えているコップの水との関連をうまく説明できないか』といったことをずっと研究しています」

学校で、水は水素原子2個が酸素原子1個と結びついたH2Oという分子で表せると習います。ただ、たいていの人にとって、水分子とふだん見ている水は形も大きさもあまりにも違っていて、両者のつながりはイメージしづらいものです。

「水分子1個1個がそれぞれどのような相互作用をしながら、どうつながるとコップ一杯の水になるのかを数式を使って論理的に説明することができれば、物理や化学が嫌いになってしまう人が減るのではないか」

そのために、現実の世界では扱えない形のものを、現実の世界にあるものにつなげる説明を、数式で記述する方法はないのかを木村氏は考え続けていたのです。

「『ものが見える』、つまり波を発信して、それを受け取り観測する、という行為も、水分子と水の関係や運動と同じではないかと考えます」

3個の水分子A・B・Cがつながるとき、A・B・Cはどのように動き、相互作用しているのかということと、波を発信して(1)、その波がものに当たり(2)、当たって返ってきた波を受け取る(3)という3つの出来事を数式で捉えることは、同じこととして数式で表せるのではないかというのが、木村氏の着眼点です。

「マイクロ波のように波が散乱する場合に、発した波が、数え切れないくらい多くのものに当たって跳ね返り、その波を受け取るという現象が起こる。一方で、水分子がたくさん集まって水になるという現象がある」

波が散乱し、その波が返ってくるということと、水分子が集まって水になるということは、一見まったく違うことのように思えます。しかし、数式という科学の基本の「言語」を使えば、抽象化して同じように記述できてしまう。そのことによって、私たちの世界では直接見えないものが解明されるというところに数理科学のおもしろさがあると言えるでしょう。

木村氏はこうも言います。
「いくらすばらしい理論を確立したり、事象を一般化する美しい数式を導き出せたりしても、それを誰ひとり知らなければ、その理論や数式は存在しないのと同じです。この理論のおもしろさ、美しさを、ぜひ子どもたちに知ってほしい。という気持ちがあり、この理論を社会実装するさまざまな実用化のプロジェクトに携わっているのです」

乳がん検診のマンモグラフィーや、トンネルの崩落を防ぐためのコンクリートの瑕疵を検知する装置など、木村氏の理論は理論で終わらず、人命に関わるような現代社会の課題を解決する事業に結実し、私たちの生活につながっています。「抽象」と「具体」のあいだを行ったり来たりしながら専門的で先鋭的な数理科学が、私たちの生きる社会をよりよくしているのです。

次回、中編では、散乱の逆問題の応用によって誕生し、これまで難しいとされてきた乳がんの早期発見が進むと言われている、「乳がん検診のマンモグラフィー」に迫ります。

文/奥田由意

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