「ヒートポンプ省エネカーエアコン」の仕組みと、EV向け車両トータルの「熱マネジメント」~「ヒートポンプカーエアコン」担当エンジニアに聞く開発ストーリー(後編)

INTERVIEW

株式会社デンソー
熱マネシステム開発部開発1室開発2課
課長 稲葉 淳
担当係長 加見 祐一

EV(電気自動車)に必要な電気は、車を動かす電気だけではありません。走行の次に大きなものが、カーエアコンです。そのためEVの航続距離をのばす一つの取り組みとして、カーエアコンの消費電力をいかに減らすかが重要になってきます。前編に引き続き、株式会社デンソーの「ヒートポンプ式省エネエアコン」を担当しているエンジニアに、同カーエアコンが省エネなる仕組みと、EV内の熱エネルギーを有効利用する車両トータルの「熱マネジメント」についてお話を伺いました。

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「内燃機関(エンジン)車」向けカーエアコン(冷暖房)の仕組み

EV(Electric Vehicle、電気自動車)に必要な電気は、車を動かす電気だけではありません。走行の次に大きなものが、カーエアコンです。
そのカーエアコンで画期的な製品が実用化されました。ガスインジェクション機能付ヒートポンプエアコンです。開発したデンソーの技術者である、熱マネシステム開発部開発1室開発2課課長稲葉淳(いなば・あつし)氏と同開発部開発1室開発2課担当係長加見祐一(かみ・ゆういち)氏にお話を伺いました。

従来のエンジン車は冷房と暖房が別々のシステムになっている (提供:株式会社デンソー)
従来のエンジン車は冷房と暖房が別々のシステムになっている (提供:株式会社デンソー)


ヒートポンプ式のカーエアコンがどうして熱効率が良いのかを詳しく見る前に、従来のエンジン車のカーエアコンの仕組みを見ておきましょう。

コロナ対策で、アルコールで手を消毒する機会が増えています。アルコールで手を拭くと、冷たく感じると思います。アルコールが蒸発する(気化する)温度は体温より低いので、アルコールが手にふれると、体温でアルコールが蒸発します。そのときに身体から温度が奪われて冷たく感じるのです。冷蔵庫や家庭用エアコンはこの原理を使っています。

物質は蒸発する(液体から気体に変わる)ときに大量の熱を周囲から奪い、逆に凝縮する(気体から液体に変わる)ときには大量の熱を周囲に放出します。つまり、空気を冷やしたければ、冷やしたい場所で、物質が液体から気体に変わる状態を作って、気化熱で熱を奪い続ければいいのです。一度気体に変わった物質は、凝縮してもう一度液体にして、冷やしたい場所に移して気化させる――これを繰り返しているのです。これを「冷凍サイクル」と言います。

この時に、装置のなかをぐるぐるまわりながら、液体になったり気体になったりして、熱を運ぶ物質を冷媒(refrigerant)といいます。家庭用エアコンの冷房の場合は戸外に置かれた圧縮機(コンプレッサー)で冷媒に圧力をかけて高温高圧にし、気体から液体にします。この熱は外に逃がします。その後、液体の冷媒を部屋の中に戻し、エアコン内の蒸発器(エバポレーター、熱交換器とも言う)の膨張弁で圧力を低くして、冷媒を気化させます。そうして低温低圧になった冷媒が室内の空気を冷却します。カーエアコンの冷房の仕組みもこれと同じです。冷房に使われる電気は主に冷媒の圧縮に使われます。

一方、暖房の仕組みはどうでしょうか。ガソリンエンジンはガソリンを爆発させて推進力を得ており、その副産物として熱が出ます。この熱をとらなければエンジンは高温になりすぎて焼き付いてしまうため、エンジンの中に冷却水を通して熱を奪い、ラジエーターに移し、風を当てて熱を捨てています。ガソリン車で使われている暖房は、この熱を使います。捨てるはずの熱を車内に放出させるだけなので、あまり電気は使いません。

「しかしEVにはエンジンがないため、この仕組みを使えません。そこで仕方なく、以前のEVでは電気ヒーターで空気を温めていました。ニクロム線などに電気を通して発熱させる、古くからある仕組みです。ただこれはエネルギー効率が悪く、電気ヒーターに多くの電力が使われていました。そこで、電気ヒーターの代わりに、ヒートポンプの仕組みを使って省エネを実現したのがヒートポンプ式カーエアコンの大きな特徴です」(加見氏)。


EV向け「ヒートポンプカーエアコン」(冷暖房)の仕組み

ヒートポンプシステムの仕組み (提供:株式会社デンソー)
ヒートポンプシステムの仕組み (提供:株式会社デンソー)


ヒートポンプは近年、家庭用エアコンやエコキュート、オフィス用エアコンなどで使われている省エネ技術です。デンソーはこの技術を使ったカーエアコンの開発に成功しました。熱を発生させる電気ヒーターに対して、ヒートポンプは熱を温度の低いところから温度の高いところにポンプのように移動させる技術です。

熱は発生させるよりも移動させる方が必要なエネルギーがかなり小さくて済むため、省エネになります。ヒートポンプエアコンは、上記の図(ヒートポンプシステムの仕組み)に示したように、「1」の投入エネルギーによって「2」以上の大気熱を集め、合わせて「3」以上の熱エネルギーを得られる。つまり、3分の1以上の省エネになるということです。

通常、熱は温度の高いところから低いところに移動します。暖かい飲み物を入れたマグカップを机の上に置いておくと、飲み物は冷め、机は温かくなります。これは、熱がマグカップ内の飲み物から机へと移動したからです。 

しかしヒートポンプを使用するのは、車や部屋の中よりも外の方が気温が低い環境です。通常、放っておいたら窓や壁を通じて熱が外に移動し、室内は冷えます。ヒートポンプはその法則に反し、外の冷たい空気から熱を汲み上げて暖かい室内に移動させるわけです。どうしたらそのようなことが可能になるのでしょうか。

仕組みを大まかに言えば、冷媒を外気温よりもさらに低い温度に冷やして車外に出し、外気の熱を冷媒に移動させ、車室内に持ち込むというもの。冷媒が液体になったり気体になったりしながら熱を移動させる、冷凍システムを使っています。

ヒートポンプの構成は、膨張弁、蒸発器、コンプレッサー、凝縮器とこれらを結ぶ配管から成っています。その中を冷媒が循環しています。この冷媒は沸点が非常に低く、冬の外気温の熱でも蒸発します。

車室内のエアコンユニットに含まれる凝縮器を出発点にしてその流れを追いましょう。まず、凝縮器を出た冷媒は膨張弁に送られます。そこで冷媒の圧力が下げられ(減圧)ます。すると一気に温度が下がり、外気温(例えば0℃)よりも冷たい液体(例えば-10℃)になって、車室外にある蒸発器(室外器)に送られます。

マグカップの例のように、物質の熱は温度の高いところから低いところへ移動するので、蒸発器の中では、外気から冷媒に熱が移ります。すると沸点の低い冷媒は蒸発し、液体から気体に変わります。

気体の冷媒はコンプレッサーに移動します。ここでコンプレッサーによって圧力をかけられます。すると冷媒の温度が急上昇します(例えば80℃)。高圧ガスとなった冷媒はそのあと、エアコンユニット内の凝縮器(室内コンデンサー)の中に入ります。

冷媒によって高温となった凝縮器に、吸気口から取り込まれた空気(例えば0℃)が当てられ、熱が空気に移動します(例えば50℃)。こうして冷媒は凝縮器の中で温度を下げるとともに、気体から液体へと変化します。ここまでがヒートポンプの1サイクルです。そして冷媒はまた膨張弁へ向かいます。

デンソーはこのヒートポンプ式のカーエアコンをNEDOのプロジェクト「省エネルギー革新技術開発事業/実用化開発/車載用高効率ヒートポンプの研究開発」(2010~2012年度)として開発。その後実用化に成功し、PHV(Plug-in Hybrid Vehicle)やEVへ採用されています。


独自の技術で「ガスインジェクション」と「除湿暖房」機能を追加

デンソー独自に開発を行い、ガスインジェクションと除湿暖房機能が追加されたヒートポンプエアコンシステム (提供:株式会社デンソー)
デンソー独自に開発を行い、ガスインジェクションと除湿暖房機能が追加されたヒートポンプエアコンシステム (提供:株式会社デンソー)


NEDOのプロジェクト以降、さらに独自の研究を進め、画期的なシステムを開発しました。注目すべき点はふたつ。ガスインジェクションと除湿暖房です。

まず、ガスインジェクションについて説明しましょう。
ヒートポンプエアコンでは、外気の熱を取り込む際、冬場などで、外の気温があまりにも低いと、冷媒の密度が低下して、コンプレッサーで圧縮される冷媒量が少なくなり、あまり暖房能力が発揮できないという課題がありました。暖房能力を上げるには、冷媒が流れる量を増やさなくてはなりません。

「そこで冷媒の流量を増やすために温度の違う冷媒を分けて使うことにしました」(加見氏)。
暖房では、前述のとおり、室内で熱を放出した冷媒を、膨張弁で減圧して外気より温度を低くして、室外器に送るサイクルになっています。
 
「さて、このときよく見てみると、暖房として、室内に熱を放出した冷媒は、熱を放してはいても、外気の温度よりは低くなりませんから、ある程度は暖かい状態です。また、気体のものもある状態です。そこで、暖かさの残る気体の冷媒と、液体になった冷たい冷媒を分離します。そして、液体になった冷媒だけさらに減圧して外気温度より冷たくしてから、室外器に送り、蒸発させて外気から熱を取り込みます。分離した気体のほうは、室外器のサイクルを通さずに、ガスインジェクションに対応したコンプレッサーに送り込みます。暖房の熱を放出してくれる冷媒の流量を増やすというわけです」(加見氏)。

ここで述べた気体と液体の分離(気液分離)を行なって、暖かく密度の高い気体(ガス)をコンプレッサーに送るしくみがガスインジェクションで、ガスインジェクション自体は一般的な技術です。ここでヒートポンプエアコン独自のガスインジェクションの開発者の稲葉氏の工夫が光ります。従来のガスインジェクションの気液分離を行う装置の場合、気体と液体の比重の違い、つまり重さで、液体が下に来て、上に気体が来るようにして気体と液体を分けていました。
「ただし、この場合装置にはある程度の大きさが必要で、最低でも1ℓの体積を占めてしまいます。そんな大きなものをカーエアコンの仕組みの中に使うことはできません」(稲葉氏)。

そんな折、稲葉氏はダイソンの掃除機などを見て、遠心分離によって、ものを分けるしくみを応用することを思いつきました。そして、気液分離する装置を高さ10cm×奥行き5cm×幅9cmと手のひらサイズに収めることに成功します。このアイデアが画期的で、独自のガスインジェクション技術として、ヒートポンプエアコンに組み込むことに成功しました。2018年経済産業省のものづくり日本大賞の製品・技術開発部門で経済産業大臣賞も受賞しています。

デンソー熱マネシステム開発部開発1室開発2課課長の稲葉淳氏(左)と同開発部開発1室開発2課担当係長の加見祐一氏(右)
デンソー熱マネシステム開発部開発1室開発2課課長の稲葉淳氏(左)と同開発部開発1室開発2課担当係長の加見祐一氏(右)


もうひとつの注目点は、除湿暖房です。除湿暖房は、春や秋など、寒くて湿度もあるという場合に使われます。車内が寒いので暖房を入れると、車内の湿度(水蒸気)が冷たい窓ガラスに冷やされて凝縮し、窓がくもって運転に支障が出てしまいます。そこで、冷房で湿度をとりますが、それではまた寒くなってしまう、というわけで、湿度をとるために冷やしつつ、温めもするという正反対のことを同時に行うのです。

「カーエアコン独特の機能で、デンソーのヒートポンプ式エアコンでは、すでに一部の温度帯で除湿暖房を行う機能を備えていましたが、今回、これを全温度帯で実現することを検討しました。ヒートポンプのサイクルの中では、①車内を除湿するときに取り込んだ水蒸気の熱、②冷媒を圧縮するときのコンプレッサーの熱、③外気からヒートポンプで取り込んだ熱、の3種類の熱が暖房として吐き出されます」(加見氏)。

ただし、春や秋で、暖房としてそんなに高温の熱を出す必要がないこともあります。その場合には、せっかく得られた熱を捨てています。この熱がもったいないので、直列除湿と並列除湿という二系統の除湿暖房のサイクルをつくり、必要な温度に応じて切り替えられるようにしました。「直列除湿は、比較的おだやかな暖房でいいとき、並列除湿は、高い温度の暖房が必要なときに使います」(加見氏)。
この切り替えによって高度な省エネが可能になります。「運転者には気づかれない形で、運転サイクルを切り替えることで、従来のカーエアコンと同じように快適に使ってもらえるのです」(加見氏)。

このようにして、ガスインジェクションを使ったヒートポンプ式エアコンで、1年を通して、消費電力を低く抑えることができるのです。「年間では、電力消費量を半減させられます。航続距離は暖房を使わない状態を100とすると、一般の電気ヒーターを使った場合に73%に落ちるところが、86%に抑えられます」(加見氏)。


EV内の熱エネルギーを有効利用、車両トータルの「熱マネジメント」へ

このように画期的な技術を投入して、熱効率を追求したガスインジェクションのヒートポンプエアコンは前編で述べたようにすでにPHV(Plug-in Hybrid Vehicle)やEVに実装されています。しかし、まだこれで終わりではありません。

「ヒートポンプのカギは外気、大気の熱を利用することです。しかし、利用できる熱はまだまだあります」(加見氏)。EVではバッテリーやモーターなどからも熱が排出されています。これらの熱をもれなく回収して、再利用するために、デンソーではさらに「熱マネジメント」という形で研究を進めているといいます。

「EVでは、インバーターを冷やしたり、また、充電する際に急速充電などではバッテリーが発熱してしまうので、それを冷やしています。冷やすということは熱エネルギーを捨てているということ。EVはエネルギー総量が少ないので、その熱エネルギーを有効利用することを考えています。ヒートポンプエアコンは熱を移動させることができるので、その熱を取り入れて暖房に活用するなど、ヒートポンプエアコンの技術から派生させて、車両トータルの熱マネジメントを検討、研究開発しているところです」(加見氏)。

車というシステムで生じる、すべての熱を有効利用する。究極の省エネに向かった挑戦といえるでしょう。EVの進化は車体や電池だけに負っているものではなく、こうした表舞台には出ることの少ない技術の集積によって支えられているのです。



文/奥田由意

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