EVの航続距離向上のために取り組んだ「カーエアコン(冷暖房)の省エネ」とは~「ヒートポンプカーエアコン」担当エンジニアに聞く開発ストーリー(前編)

INTERVIEW

株式会社デンソー
熱マネシステム開発部開発1室開発2課
課長 稲葉 淳
担当係長 加見 祐一

日本のEV(電気自動車)普及率は0.7%(2020年7月時点)にとどまっており、消費者がEV購入をためらう理由の一つとして、内燃機関(エンジン)車に比べて半分程度の航続距離があげられます。この課題を解決すべく大容量バッテリー開発が進む一方、「省エネ」への取り組みも重要になってきます。今回は、EVにおけるカーエアコン(冷暖房)の省エネに注目し、株式会社デンソーの「ヒートポンプ式省エネエアコン」を担当しているエンジニアに、内燃機関(エンジン)車」と「EV」の冷暖房効率の違いや同カーエアコンを開発した経緯について話を伺いました。

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EVの課題、航続距離に影響を及ぼすバッテリー容量と暖房効率

菅義偉首相による「2050年のCO実質排出ゼロ」宣言、それに伴い発表された「グリーン成長戦略」など、日本でも脱炭素への取り組みが本格的になっています。そのなかでEV(Electric Vehicle、電気自動車)の普及が盛り込まれていますが、現状では日本のEV普及率は0.7%(2020年7月時点)にとどまっています。消費者にとってEVの購入を躊躇させる理由の一つが航続距離。ガソリンの給油に比べて充電に時間がかかることもあり、1回の充電でいかに走行距離を伸ばすことができるかが課題です。各社は大容量バッテリーの開発にしのぎを削っています。

しかし本来、バッテリーの開発と同時に考えなければならないことがあります。それは車の消費電力をいかに減らすかということです。EVに必要な電力は、車を動かす電力だけではありません。走行の次に大きなものが、カーエアコンです。

そのカーエアコンで画期的な製品が実用化されました。ガスインジェクション機能付車載用ヒートポンプエアコンです。開発したデンソーの技術者である、熱マネシステム開発部開発1室開発2課課長稲葉淳(いなば・あつし)氏と同開発部開発1室開発2課担当係長加見祐一(かみ・ゆういち)氏にお話をうかがいました。

前編ではなぜヒートポンプエアコンの開発が行われたのか、ヒートポンプがEVで果たす役割を中心に解説し、後編では、さらにヒートポンプエアコンを含んだデンソーが取り組む熱マネジメントについてもうかがいます。



グローバルでEVの普及がいよいよ本格化しています。経済産業省は、2021年2月19日に発表した、「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた需要側の取組」において、2030年、全普及車の3割をEVにするという目標を設定しています。

しかし、当然ながらEVは電力を供給されなければ走ることができません。しかも搭載しているバッテリーに蓄えられる電気エネルギーは、まだまだガソリンエンジン車やハイブリッド車の走行距離(専門用語で航続距離と言います)に比肩できる距離を出せるほど大きくはありません。EVにおけるバッテリーの充電容量、充電時間はEVの課題であり続けています。

たとえば、航続距離が比較的長いといわれている2020年10月に発売された、トヨタのレクサスブランド初のEV市販モデルUX300eでは、フル充電で367km走ります。フル充電の所要時間は急速充電で約80分、普通充電で約14時間です。テスラの最新型であるモデルSの航続距離は推定628kmとなっています。その他の現行モデルのEVの航続距離は、おおよそ200km〜400kmほどです。

これに対して、トヨタのプリウスS(2WD)ハイブリッドの航続距離はカタログ値で1,324km。ホンダのオデッセイハイブリッドの航続距離はカタログ値で1,430kmとなっています。ハイブリッド車は1,000kmを超える航続距離が普通です。
一般的なガソリンエンジン車は、600 kmから800 kmくらいの航続距離です。おおよそ、EVはハイブリッド車の3分の1〜4分の1程度、ガソリンエンジン車の半分くらいの航続距離であると考えることができます。

なおかつ、EVには大きな問題がありました。冬になると暖房のために燃費がガクッと落ちてしまうのです。

ガソリン車やハイブリッド車は気温が低くなってもさほど燃費が落ちることはありません。なぜなら、内燃機関(エンジン)を持つ車は、エンジンの発する熱を車内に取り込むことで暖房を機能させているからです。ガソリンエンジンの熱効率は40%程度。つまり、エンジンを動かすために発したエネルギーの6割は使われないため、この余ったエネルギーを利用して車内の空気を暖めているのです。
一方、内燃機関を持たないEVはそれができず、バッテリーの電気だけで空気を暖めなければなりません。そこで大量に電気を使ってしまうのです。


「内燃機関(エンジン)車」と「EV」の冷暖房効率の違い

株式会社デンソー 熱マネシステム開発部開発1室開発2課課長 稲葉淳氏
株式会社デンソー 熱マネシステム開発部開発1室開発2課担当係長 加見祐一氏

そもそも、自動車は断熱性が悪く、従来から、車内のエアコンは非常にエネルギー効率が低いという欠点があります。さらに走行中は、鉄の塊が時速数十kmもの冷たい外気に当たり続けているわけですから、かなりの悪条件です。
暖房をつけても、なかなか温まらないうえに、エアコンを止めるといっぺんに冷えてしまいます。夏の暑さのなかでは、逆になかなか室内が冷えず、エアコンを切ると、とたんに生命の危険をともなうほど車内が暑くなることは、買い物をして駐車場に戻って来たときなどに誰もが経験しているのではないでしょうか。
 
「車は構造体として、断熱性に優れているわけではありません。窓ガラスの面積が広く、冬は熱が逃げやすく、夏はすぐに熱が入ってきます。また乗降のたびに、空気が入れ替わります。しかも、冬に外気が0℃のなかで走行するということは、0℃の風をまともに受け続けているということで、夏の熱気を受け続けるのもまた同様です。冬はつねに冷やされ続け、夏はつねに熱せられているのです」(加見氏)。

ガソリンエンジン車は、夏場の冷房はエンジンの出力を使ってエアコンを作動させ、冬の暖房は主にエンジンの排熱でまかなっているので、むしろ夏場の方が燃費が悪くなると言われてきました。一方のEVは、夏場の冷房よりも冬場の暖房の方が電気が必要です。エンジンを持たないEVが、車内のたった2畳ほどのスペースを温めるのに、カーエアコンには、なんと、家庭用の20畳用エアコンと同じくらいの暖房性能が必要なのだそうです。

EVのバッテリーの約半分が、エアコンに使われるほどで、そのくらい「電気を食う」ために、EVは航続距離を伸ばせないのです。「実は、EVのドライバーで、航続距離を伸ばすために、冬場に寒さを我慢して暖房を切って運転する人もいます」(加見氏)。


EV向け省エネカーエアコンとして「ヒートポンプ」式に注目

デンソーが開発した、ヒートポンプを使った車載用エアコンシステム (提供:株式会社デンソー)
デンソーが開発した、ヒートポンプを使った車載用エアコンシステム (提供:株式会社デンソー)


しかし、画期的なエアコンシステムの開発がEVの電気問題に光明をもたらしました。ヒートポンプというしくみを使った大幅な省エネを実現するエアコンです。もともとヒートポンプのしくみは家庭用エアコンなどで使われていましたが、「車に載せるには装置を小さくする必要があるなどの制約があり、これまで車では使われていませんでした」(加見氏)。デンソーは初めて車用のヒートポンプエアコンを開発しました。

ヒートポンプというのは、ごく簡単に言えば、外気の熱を無駄なく取り込んで、車の冷暖房や除湿に活かすしくみです。外気を使うため、電力は従来の半分から1/3程度しか使いません。たとえば、暖房の場合は、外気の熱を車内の装置に取り込み、冷媒(refrigerant)と言う、圧縮すると高温になり、膨張させると低温になる物質でキャッチします。熱をキャッチした冷媒を圧縮して、冷媒を高温にし、高温になった気体の冷媒で車の中の空気を暖め、温風を出します。冷房の場合は、冷媒を減圧して、低温の液体にし、その冷気が熱を奪って、冷たくなった空気が放出されます(これらのサイクルについては後編で詳しく解説します)。
 
デンソーは、約20年前、EV黎明期からヒートポンプの開発を進めてきました。2010〜2012年度にNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクトに採択されて研究を進め、NEDOのプロジェクト終了後も、ガスインジェクションという独自の方法(後編で詳しく解説します)を編み出したことで、さらに高効率で小型のヒートポンプエアコンの開発に成功しました。

ヒートポンプにガスインジェクションのしくみを加えることで、外が氷点下などの超低温であっても大きな暖房能力を発揮できるようになりました。
こうしたガスインジェクションのヒートポンプを使ったカーエアコンは一般的な電気ヒーターを使ったカーエアコンに比べ、約3倍も効率よく、車内の気温を上げることができます。このエアコンを搭載すれば、航続距離も伸び、エネルギー効率もよくなります。すでに、トヨタのプリウスPHVなどに使われています。

今はまだコストとの見合いで、従来型の電気ヒーターを使ったエアコンを使っているEVが半分強くらいあり、ヒートポンプエアコンを使う車は半分弱くらいですが、その中でデンソーの製品は台数ベースで世界トップシェアです。ヒートポンプエアコン単体のコストが従来型より多少高かったとしても、電力の効率的な運用やコストを長いスパンでトータルで考えれば、ヒートポンプのエアコンがスタンダードになりつつあるのは当然のすう勢といえるでしょう。

EVは、バッテリーの性能や車体だけではなく、カーエアコンや通信機器などの車の構成機器にも着目すると、車選びの目がより一層肥えたものになるでしょう。後編では、バッテリーやモーターから出る熱をも取り込んで再利用する、さらに進んだ「熱マネジメントシステム」についても紹介します。



文/奥田由意


《後編に続く》

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