カーブミラーにIoT機能、運転者の未来の安全を確保するための情報とは~自動運転に向けた知的交通インフラの構築(前編)

INTERVIEW

情報通信研究機構(NICT)
ワイヤレスネットワーク総合研究センター
主任研究員 表 昌佑
研究室長 児島 史秀

道を歩いたり、車や自転車を運転したりするとき、私たちは信号や標識を確認し、その指示にしたがって交通ルールに基づいて行動します。同時に、実際の目の前の状況をつねに視覚情報として取り入れて判断に生かしてもいるでしょう。見通しの悪い交差点やカーブ、信号がない交差点では、道路の死角を映してくれるカーブミラーが危険察知の強い味方になります。

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「電子カーブミラー」、既存の交通インフラ(カーブミラー)にデバイスを設置するだけ

情報通信研究機構(NICT)のワイヤレスネットワーク総合研究センターでスマート電子カーブミラーの研究を担当する主任研究員の表昌佑(ぴょう・ちゃんう)氏
情報通信研究機構(NICT)のワイヤレスネットワーク総合研究センターでスマート電子カーブミラーの研究を担当する主任研究員の表昌佑(ぴょう・ちゃんう)氏


そのカーブミラーにIoT(Internet of Things、モノのインターネット)の機能が加わり、道路情報を提供するという進化した「スマート電子カーブミラー」が横須賀リサーチパーク(YRP)で実証実験中です。

スマート電子カーブミラーの研究を担当する情報通信研究機構(National Institute of Information and Communications Technology、NICT)、ワイヤレスネットワーク総合研究センターの主任研究員の表昌佑(ぴょう・ちゃんう)氏は、次のように説明します。
「カーブミラーの支柱にカメラ(センサー)とパソコンと通信機を内蔵したデバイスを設置します。そのカメラが交差点付近の様子、たとえば、歩行者や自転車や自動車が近づいてきているという状況などをリアルタイムで捉え、情報を収集します。そして、その情報を道路情報を一元管理するクラウドや、付近を走行する自動車や、歩行者のスマートフォンなどに送信することで、車や人の飛び出しを予測し、交通事故の予防に役立てます」

また、スマート電子カーブミラーでは付近の工事の状況も把握できるため、工事中の情報も発信し、車が道を回避して渋滞を減らすことにも役立てられるといいます。

画期的なのは、日本全国の見通しの悪い交差点やカーブを網羅した、カーブミラーというインフラを利用することです。
カーブミラーは高度成長時代に交通量の増加とともに、交通事故の件数や死傷者数が激増したことから、国のプロジェクトとして、1970年代前半から安全対策として設置されてきたものです。意外かもしれませんが、すべてを国や地方公共団体が決めて設置したわけではなく、ある場所について住民などからの設置の要望が複数集まれば、それを申請して、基準を満たしていれば設置されますし、私有地には個人が設置することも可能です。
そのため、全国に設置されたカーブミラーの数は正確には把握されていませんが、200万〜300万本であると推測されています。

カーブミラーは支柱にミラーがついただけのアナログな仕組みですが、地面を掘り、支柱をコンクリートで固めて設置するために、それなりのコストがかかっています。
今回のスマート電子カーブミラーのポイントは、既存のインフラにデバイスを設置するだけで、莫大な費用をかけなくても、カーブミラーがIoT機器として、電子化され、自動運転社会を支える知的な通信インフラに生まれ変わる点です。


自動運転社会に向けた交通安全をサポートするために開発

情報通信研究機構(NICT)ワイヤレスネットワーク総合研究センターのワイヤレスシステム研究室長、児島史秀(こじま・ふみひで)氏
情報通信研究機構(NICT)ワイヤレスネットワーク総合研究センターのワイヤレスシステム研究室長、児島史秀(こじま・ふみひで)氏


スマート電子カーブミラーはなぜ開発されたのでしょうか。情報通信研究機構(NICT)のワイヤレスネットワーク総合研究センターワイヤレスシステム研究室長児島史秀(こじま・ふみひで)氏は、「自動車の進化とITの進化が相まって、自動運転社会が現実味を帯びてきました。ただし、車の通信(車同士、あるいは車と人工衛星など)だけで交通安全を担保するのには限界がある。そこで、車だけが通信を行うのではなく、道路や信号機、カーブミラーなどの交通インフラなどからも情報を発信してサポートするプロジェクトがあり、そのなかの一つとして生まれたもの」と言います。

同研究室は、5Gやその先の移動通信システムの実用化に向けた無線技術や、IoTを支え普及させるための技術などの研究開発を行っています。その一つとして、自動運転を支えるネットワーク、インフラ、支援技術の研究を行っています。 

将来、自律型モビリティといわれる、自動運転の自動車、車椅子、ロボットなどが公道を走ることになります。そのとき、道路上の安全確認をどうするかは大きな課題です。

自動運転車は現在、レベル3(自動車専用道路を走行中などの条件下で自動運転が可能)の市販車発売が待たれているところです。

現在の市販車は、前のクルマにぶつからないように自動で速度を調整して付いていく「ACC(Adaptive Cruise Control、車間距離制御装置)」や、車線からはみ出さないようにハンドルの向きを手助けしてくれる「LKAS(Lane Keeping Assistant System、車線維持支援システム)」などが搭載されています。また車道に出た歩行者や自転車を検知して自動ブレーキをかけるシステムも搭載され始めています(レベル2)。これらはあくまで運転補助システムであり、運転の主体者はドライバーです。

つまり現行の車は、車からカメラやレーダーで見える範囲では、対向車や前後の車、車線、人や自転車を感知することができますが、交差点のビルの背後など死角になっているところ、見えないところの情報は、得ることはできません。そこは運転者がカーブミラーを確認したり一時停止をするなどして目視で確認するしかありません。

しかし、運転者がハンドルを握らなくても車が設定した目的地まで走っていくというのが自動運転車の目指すところです(レベル4以上)。そうなると、車から見える範囲の情報による安全確保だけでは足りなくなります。

そこで、インフラ側からも車に対して情報を配信することで、安全性を高めようというのです。「自律型モビリティを支えるための、安全サポートが必要になるはずです。それならばすでにあるインフラを活用すれば設置コストもかからず、普及しやすいのではという観点からこのアイデアが生まれたのです」(表氏)。


センサー情報から道路環境の画像を生成、少し未来の情報を運転者に提供

<図1>横須賀リサーチパーク(YRP)試験環境における複数の電子カーブミラーによる物体情報を統合して認識された交差点周辺の様子。(提供:NICTワイヤレスネットワーク総合研究センター)
<図1>横須賀リサーチパーク(YRP)試験環境における複数の電子カーブミラーによる物体情報を統合して認識された交差点周辺の様子。(提供:NICTワイヤレスネットワーク総合研究センター)


実際にどのように機能するのか、現在行われている実証実験の様子を見てみましょう。
実証実験では、<図1>のように、見通しの悪い場所にあるカーブミラーの支柱にスマート電子カーブミラーが設置されています。3台のスマート電子カーブミラーで4〜50m程度をカバーしています。複数台置くのは、1か所からでは確認できないこともありうるのと、もし1台が画像認識に失敗しても、複数台あることで、情報の確度が高くなるからです。

スマート電子カーブミラーには、カメラと通信機器とコンピューターが内蔵されており、センサーとしてのカメラが車や人や動物や障害物などの位置、速度、種類などをリアルタイムで画像認識します。次にコンピューターが画像圧縮や切り出し等の情報処理をしてデータ量を圧縮したあと、無線機器(5Gが普及すれば5Gで)でクラウドにつなぐまでの中継点であるエッジサーバーに情報を送信します(現在実験中のものはWi-Fiを利用しています)。

エッジサーバーでは、複数のセンサー情報から、車や人などの位置、速度、種類などのデータを抽出して道路環境の変化を認識します。
通信での伝送時間の差異をなるべくなくすため、認識した情報はセンサー同士で、時々刻々の情報にそれぞれタイムスタンプを付与します。これで、各所から集まったセンサーの情報は同じ時間のもの同士が結び付けられることになります。この情報をもとにして、同時刻の道路環境のスナップショット画像を生成します。

現在の実証実験では、この道路環境のスナップショット画像をコンピューターでリアルタイムに確認できます。
将来的には、この情報を、走行する車、スマートフォンなどに送信して活用できます。

自分が交通ルールを守って安全運転をしているからといって、事故が起きないとは限りません。
交差点を走行中に人や車が飛び出してきたのを目視してからブレーキやハンドルを操作しても、避けることができません。大切なのは、現在自分に見えている道路情報に加え、その運転者や歩行者にとって、今の状態では目視できない(自動運転の車から見えない)今この瞬間の行動を判断するための少し先回りした情報、つまり未来の情報なのです。言い換えればスマート電子カーブミラーが提供するのは、運転者の未来の安全を確保するための情報なのです。

2018年からの実証実験で設置されているプロトタイプはカメラ、無線機器、コンピューターが別々で接続されボックスに収納されていますが、2020年12月現在のプロトタイプは一体型で、ハンディービデオカメラほどの小さなものになっています。最終的には電子機器メーカーがさらに小型の量産機を設計製造する予定です。


電力源は、電柱の電線や太陽光バッテリーなどを利用

一つネックになるのはスマート電子カーブミラーを動かす電力をどこから得るかです。横須賀リサーチパーク(YRP)では、ポータブルの電源を使っています。市中ならカーブミラーの近くには電柱がある可能性も高いので、そこから比較的簡単に電線を引いてくることもできそうです。ただ、山中や住宅地などで電柱のないところ、なくしているところも増えているので、その場合は太陽光バッテリーで動かすことも考えられます。

自動運転というと、私たちは自動車そのものや、自動車自体に載せるアプリケーションに目を向けがちです。確かにテスラや最近参入を発表したBaiduやアップル、またトヨタなどの大手企業、きらびやかな最先端企業ばかりがニュースになります。けれども少し視野を広げれば、道路からの情報で、なるべくコストや通信量に負担をかけず、運転者、そしていずれは自動運転の自律型モビリティを安全に導き走行させることができる技術も着実に進展を遂げているのです。

文/奥田由意

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