熟練技術者の暗黙知を継承する「遷宮」《堀場製作所~足立正之社長:後編》ニューノーマルにおける「ものづくりの経営者たち」(8)

INTERVIEW

株式会社堀場製作所
代表取締役社長
足立 正之

「ものづくり」の雄のトップから「ものづくり日本」再興の指針へのヒントを伺う連載第8回では、引き続き堀場製作所の足立正之社長に、本インタビュー総括としてニューノーマルにおける日本のものづくりの展開についてお伺いました。熟練の技術者が暗黙知を若手に見える化できず分断されてしまうという課題に対して、「古いからローテクではない、真似できなければハイテク」と、先人たちの技術力を「遷宮」することが大切だといいます。

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創業時から変わらないベンチャーマインド

──── 研究者が顧客と直接会って話をするのはベンチャーマインドにもつながります。大企業になると、研究は研究者だけ、営業は営業だけといった溝ができることがあります。
ベンチャーマインドがグローバル企業に成長した今もずっと残っているということでしょうか?


「ある程度市場で優位性を確立している製品においては、正攻法をとることも重要だと考えています。営業の提案を開発が聞き、販売価格にあわせて作るというやり方です。分析計といっても、測定原理や使用される分野、価格が一つずつ違います。柔軟にやっていかなければなりません」


──── 新型コロナの感染拡大でブレーキがかかるのでは。

「確かに現場に行く機会は減ります。今までは出張して直接、顔を突き合わせて行うのが基本でした。ただ一方で、オンラインのおかげでより多くのお客様と話す機会が増えました。出張も会議室もいらない。会社にいない方とも話せます。バランスですね。オンラインの良いところも、face to faceの良いところもあります」


──── 打ち合わせも、対面に比べるとオンラインは日程調整が楽ですから、きめ細かくできるのでは。データを送って、打ち合わせを躊躇せずに設定できます。御社が提案する「効率性」「生産性」という意味で、新型コロナの時代、無駄を省いた対応へのニーズがでているのではないでしょうか。

「確実にあります。お客様も、現場に出る人を減らしたいわけですから。そういう意味でも、自動車ビジネスにおいて開発効率や生産性に寄与するソリューションが提供できる点は強みだと考えています」


自社製品を説明する足立正之社長(京都市)
自社製品を説明する足立正之社長(京都市)


最適社会への提案

──── 米国もクリーンエネルギー革命を掲げるバイデン政権になり、日本の菅政権もカーボンニュートラルの期限を設けています。自動車メーカーの開発を待たずにして、御社自身が動く、共同で開発することもありますか?

「自動車だけではなく、ポイントは発電との組み合わせです。自動車の電動化といっても電気を作らなければならない。ハイブリッド車も、プラグインハイブリッド車に必要な電気をどのように効率良く、作り、運んで、使うかということが課題になります。そのあたりを総合的に考える必要があります。

そのために、当社が支援しているカリフォルニア大学アーバイン校の研究施設(HORIBAモビリティ・コネクティビティ研究所、HIMaC2)があります。
コネクティビティといっても自動車間ではなく、電力網と交通網のコネクティビティを研究しようということです。

例えば、中国やインドで電気自動車と言っても、その電気を作る発電所の多くは石炭を燃料にし、燃料効率が悪く、必ずしもクリーンとは言えない発電をしています。日本は同じ燃料を使用していてもクリーンコール技術で効率良くきれいに発電しています。

日本が石炭火力発電をすべて止めるという主張には首をかしげますが、少なくとも環境の負荷が大きい発電をすべきではないと思います。電気自動車、即ち単純にCO2ゼロ、大気汚染を出さないというわけではありません。そう捉える人もいますが……。

どういうところでフルEVを使ってどこでハイブリッドを使って、どこでディーゼルを使うのか、その組み合わせを考えるのがポイントであり、どれか一つが良くてどれか一つが悪いということではないと思います。
そういうことを研究するのがHIMaC2です。最適なエネルギー社会を作っていくための取り組みに当社も貢献していきます」


──── エネルギー問題はイデオロギーが入ってしまいます。

「なにが良くてなにが悪いという単純な話ではありません。世間受けしたい人たちは偏ったメッセージを主張しがちですが、誰がそのコストを払うのか、ということになります。我々は自動車、発電所、石油化学など幅広い分野をカバーしています。正しいメッセージを発していきたいと思っています」


HORIBA BIWAKO E-HARBOR内にある自動車開発試験設備(E-LAB)の集中管理室(提供:堀場製作所)
HORIBA BIWAKO E-HARBOR内にある自動車開発試験設備(E-LAB)の集中管理室(提供:堀場製作所)


エンジン排ガス測定装置MEXA-ONEシリーズ(提供:堀場製作所)
エンジン排ガス測定装置MEXA-ONEシリーズ(提供:堀場製作所)


暗黙知、真似できないものがハイテク

──── ものづくりの学生、研究者にアドバイスをいただけますか。
 
「我々は2016年滋賀県大津市の琵琶湖の西側に新たな開発・生産拠点『HORIBA BIWAKO E-HARBOR』(びわこ工場)を完成させました。そこでの概念は『技術の遷宮』です。伊勢神宮は20年に1度、式年遷宮を行います。宮大工は釘を使わずお宮を建てますが、この匠の技は自分でやらないとわからない。伊勢神宮では遷宮することで素晴らしい技術が維持されてきました。

我々は、最先端の技術を商品として提供していますが、技術の裏に隠された本当の匠の部分が伝わっていないかもしれません。そういったことは自分の手で立ち上げなければ核心は分かりません。

びわこに工場を移転するとき、ゼロから若手でもう一度生産技術を立ち上げようということになりました。そうすると、なぜ、ここでこんなことをしていたのかということが分かってきます。

特許や論文は大切ですがこれはどちらかというと形式知です。暗黙知は、自分でやらなければわからない。特許、論文でないから価値がないのではなく、大切にしてほしいことです。実際、そういった暗黙知が結構流出し、日本の産業で失われてきたのではないでしょうか」


滋賀県大津市の琵琶湖の西側に開設した新たな開発・生産拠点「HORIBA BIWAKO E-HARBOR」(提供:堀場製作所)
滋賀県大津市の琵琶湖の西側に開設した新たな開発・生産拠点「HORIBA BIWAKO E-HARBOR」(提供:堀場製作所)


──── 日本の論文の世界シェアの低下が問題になっています。産業の空洞化もあります。日本のものづくりへの夢や自信がなくなっている印象があります。

「論文の質と本数は重要なパラメータで、それはそれで日本人として諸外国に負けたくはありませんが、一方で論文や特許に書ききれないものが絶対にある。それを誇りに思い大切にすることが重要です。形式知だけを必死に守ってもダメなんです。特許、論文を書くだけではなく、その手に染みついているものがとても大切だと思います」


──── 熟練の技術者が暗黙知を若手につなげるといっても、見える化できていないため伝えることができずに分断されてしまうことが技術の世界にあります。

「その対策が技術の遷宮でした。 現在働く熟練の技術者だけではなく、場合によっては退職したOBの家に電話して、なぜこのようになっているのかといったことを聞くこともありました。ものによっては既に製造設備が失われているという部品もありました。

会長(堀場厚氏)がよく言うのですが、パンの焼き方を教わることができるが窯の作り方は教えていない。そこがポイントなんです。日本のものづくりはまだまだ技術的に良いものがありますし、そういった先人たちの技術力を大切にしていかなければと思っています」


──── そうすると移転などのような大きなイベントがないと難しいですね。

「そういう意味でも遷宮を行ったのはいいタイミングでした。HORIBAグループのなかでフランスやアメリカでも事業成長に伴い、場所の移転などが続きました。そこで働くフランス人、アメリカ人も『SENGU、SENGU』と言うようになりました。二音節で発音もしやすいですから。本当の意味は知らないと思いますが。ほかのメーカー様も共感してくださいます」


──── ただの引っ越しではない。意味はわからないが昔からやってきたというものもあるでしょうね。技術が洗練されて見直され、断捨離され、新しいアイデアも生まれてくる。

「デジタイズできないものについてどうするのか。古いからローテクではないのです。真似できなければハイテクです。そこが誤解されている。デジタルにできることは素晴らしいのですがバランスが重要です。なにか一つに偏ってしまうと危険だと思います」


初期のエンジン排ガス測定装置開発(提供:堀場製作所)
初期のエンジン排ガス測定装置開発(提供:堀場製作所)


先取りされていた働き方改革

────「おもしろおかしく」は当然でしょうが、それ以外に座右の銘、お好きな言葉をお願いします。

「If you think you can do a thing or think you cannot do a thing, you're right.
(できると思うのも正しいし、できないと思うのも正しい)。ヘンリー・フォード(米国の自動車メーカー、フォードモーターの創設者)の言葉です。できると思い続けていたらいつかできるし、できないと思って諦めたら絶対できない。すごくいい言葉だと思います」


────「おもしろおかしく」の社是は、コロナ禍の殺伐とした空気の中だからこそ、大切になりますか?

「1970年代に設定された社是ですが、この頃から本来の働き方改革の精神があったのだと思います。本当に楽しく人生を過ごすためのモットーです。好きなことをやりなはれ、という意味だと思うんですね。私が入社した次の年の1986年には一部週休3日制が始まりました。学校の友達からええ会社に入ったとうらやましがられました。

ただ、お客様やサプライヤーからすると困ることもあるため、決まった金曜を休むのは年に2回ほどになり、その代わりに年に数回、自分の生活スタイルにあわせて休みを選択できるようになりました。

最近でこそプレミアムフライデーと言ったりしますが、創業者の時代の先取りが早い。何のための休みかというと、好きなことをする時間を作れ、ということです。集中するほど力を発揮でき、好きなことをするほど力がつく、それが『おもしろおかしく』です」


京都市の本社ロビーに一歩入ると目にとびこんでくる社是
京都市の本社ロビーに一歩入ると目にとびこんでくる社是


【取材後記】
関西出身者として、「おもしろおかしく」の堀場製作所はずっと気になっていた企業でした。京セラ、任天堂、村田製作所、日本電産……。京都には、全国的にもユニークなカリスマ創業者、経営者を拝する企業が目白押しです。その中でも、創業者の堀場雅夫氏が作った「おもしろおかしく」の社是は、その後、世界的に成長する原動力になっていました。買収した企業も、すべて相手方からの申し入れだったといいます。

週休3日の歴史も長く、休みは「好きなことをやりなはれ」と、楽しく仕事をするためにあります。現在のお上からの「働き方改革」と違って、筋が通っています。社員を大切にできる企業は、危機的状況を乗り越える底力を発揮するのではないかと思いました。

おもしろおかしくの英訳は「Joy and Fun」。創業60周年を記念して「Joy and Fun」の社歌も作られ、Youtubeで聞くことができます。
ちなみに、カラオケの配信元はJOY SOUND。洒落が効いています。


Youtubeで、配信している堀場製作所の社歌。世界中の社員らが参加している(スクリーンショットより)
Youtubeで、配信している堀場製作所の社歌。世界中の社員らが参加している(スクリーンショットより)


文・写真/杉浦美香

▽ニューノーマルにおける「ものづくりの経営者たち」

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