株式会社堀場製作所
代表取締役社長
足立 正之氏

社員を「ホリバリアン」とよび、社員自身もそれを誇りにするユニークな世界的な分析・計測総合メーカー、堀場製作所。創業者である堀場雅夫氏が京都大学3年のときに起業、1978年に社是として掲げたのが「おもしろおかしく」です。世界的企業に成長させた開発精神でコロナ禍を乗り切る経営方針をトップに伺います。
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カギは電動化
────堀場製作所は昭和20年、堀場無線研究所として産声を上げ、コンデンサーの開発に着手。そのために製作したpHメーターや、赤外線ガス分析の技術を応用した製品の歴史があります。
自動車の排ガス測定装置では世界シェア約80%を占めておられることでも知られています。新型コロナウイルス感染拡大で、開発分野も大きく影響を受けていると思います。自動車産業自体が次世代にむけて大きな変革時期にあるかと思いますが、御社がこれから打って出ようとしていることがあればお教えください。
「そもそも我々の自動車ビジネスは自動車の排ガス分析から自動車開発全般をサポートする分析・計測ソリューションへと広がりました。自動車の電動化対応のために2005年には、ドイツのカール・シェンク社(Carl Schenck AG)の自動車関連計測事業部門(Development Test Systems、DTS)を買収しました。従来のエンジン排ガス計測機器に加え、エンジン、駆動系、ブレーキなど多くの自動車開発用計測機器のラインアップを拡充しました。
2015年に英国に拠点を置くMIRA社を買収、車両開発エンジニアリングを強化しました。2018年には電動化車両用のバッテリーと燃料電池の評価試験設備の開発・製造・販売するFuelCon社(ドイツ)を吸収して、電動化自動車計測事業の強化をしたわけです」


「FuelCon社は良い技術をもっていましたが、グローバル体制が未熟でした。わが社のサポートやグローバルな販売ネットワークを活用すればより良いシナジーが発揮できると考えました。もともとの引き合いの中心はドイツでしたが、買収後は欧米からの引き合いも明確に増え、目論見どおりの展開になっています。
やはり電動化がこれからのキーだと考えています。ただ、電動化といってもオール100%EVになるわけではなく、燃焼エンジンはある程度残りますし、より複雑になっていくと思います。開発効率を上げるために、計測機器をどのようにオートメーションでつなげていくのか、人を少なくするのか、ある決まった時間内にどのデータをとるのか、といったことも重要になってきますし、当社の製品が貢献できる分野だと思っています」


ディーゼルエンジン排ガス規制逃れ発覚のきっかけに
────車、排ガスといえば、ドイツの大手自動車メーカーのフォルクスワーゲン(VW)によるディーゼルエンジンの排ガス規制逃れで、発覚のきっかけとなった米・ウエストバージニア大の調査で、使用されたのが御社の車載型排ガス分析装置でした。
「自動車の排ガス分析装置はセンシティブで、正確に測るのは難しいんです。水分をとったり、汚れを落としたりと(条件が)いろいろあります。それを車に乗せて測るのは至難の技です。しかし、80年代後半ごろから当社はかなり昔から遊び心で行っていました。私が入社してすぐの頃です」
────堀場製作所の社是の「おもしろおかしく」の精神からということでしょうか。
「そうでしょうね。ディフィートデバイス(Defeat device、内燃機関を有する自動車において排気ガス検査の時だけ有害な排出物質を減らす装置)を見つけるためではありません。欧州で車の排ガスをいくら規制しても大気環境が良くならない。これはどういうことなのか、辻褄が合わない。このため、リアルワールドで走っている時のエミッションを測定する必要があるということになり、そこで我々も本格的に商品として生産するようになりました。遊び心ではなく、本当のデマンドが生まれ、市場ができるかもしれないと……。
お客様にしてみたら品質保障という意味ではもともと興味はあったかもしれませんが、従来、購入する理由はないんですよ。排ガス規制の対応としては試験ラボで走ればよいだけですから。
しかし、米国・ウエストバージニア大学の方が当社のシステムを使用して排ガス規制が発覚しました。当社が暴いたというように感じられるかもしれませんが、当社は正しい計測値を提供しただけです」
────世界で大きな話題になることは、企業の強み、ブランディングにつながります。
「そう言っていただくとうれしいですね。計測機器業界は地味な業界です。コンシューマーの皆様に直接的になにか提供するのではありません。しかし、どの産業も計測、制御が必要です。そこに新しいことを追い求めていくとき、当社がお役に立つことができると思います」

セオリーを打ち破ることが成功に
────おもしろおかしくがビジネスにつながった例はほかにもありますか?
「例えば、ガンマ線の計測機器(放射線モニター)です。東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故のあとにニーズが高まりましたが、我々は小、中学校の教材としてかなり昔から製品を出していました。ガンマ線は自然界どこにでもあり、微量であれば怖いものではありません。鉱石からも出ています。教育の現場で測るための計測機器として発売していましたが、売れ行きは年間100台ぐらいでしょうか。商売を目的にする生産オーダーではありません。ささやかですが赤字が続いていました。
原発事故が起こり、当社の会長(堀場厚氏)の判断で、在庫で余っているのだから寄付しなさい、ということになりました。そこで放射線モニターを100台福島県に寄付したところ、こんな良いものがあるのか、ということになりました。
そこで、Bluetooth接続を可能にして地図情報と連動してスマートフォンに情報を送り、ホットスポットを見える化しました。これもちょっとした工夫ですが、少しでもお役に立つことができたと考えています。
最終的に、震災後2年間で約4万8千台を販売しました。
地味ですが、どこでどうお役に立てるかわからない。やはりコア技術は絶対に捨ててはいけないと思います」

────予測ができないため、あらゆるものに全方位で取り組むということでしょうか?
「そうですね。当社の主力製品である自動車の排ガス計測装置も、もとは医療用に使う呼気分析装置でした。肺炎や結核かどうかを測るもので臭いし汚い、黒色の排ガスを測ろうとしたわけです。当時の社長だった創業者の堀場雅夫は、医学博士でもありました。研究テーマは血液の分析に関するもので、医療用途の製品で排ガスを測ることに反対したのです。しかし、それに異議を唱えたのが開発者で、後に2代目社長となる大浦政弘です。『ごめんなさい、3台だけ売らせて』といって始まったのが、このビジネスです。
あまり大きな声では言えませんが、上司の言うことは聞くなですね(笑)。確固たる信念があれば進めるべきという一例です」
────研究者の方々は、信念があれば、やりたいことをやらせてもらえるということでしょうか?
「できる限り、そうしたいと思っています。特に、エンジニア、研究者にはお客様と直接、話すようにと言っています。最近、開発者も2~3年間営業部門に異動するローテーションを行っています。営業というより、お客様のニーズを聞き、その場で新製品を作ろうとなるわけです。営業は通常、製品開発にいたるまでにどのぐらい売れるのかなどの市場調査を行うのですが、そのセオリーを一気に外してしまうわけです」
────営業からすると、複雑ではないですか?
「カスタマイゼーションですね。本当のテーラーメイドだと考えています。お客様のためだけにやりました、という製品は付加価値が高いですし、我々にしか作れないものができます。それが当社のスタイルでもあります。コモディティティ化による価格競争のしがらみにはまらないということです」
────車の排ガス分析装置がまさに、これだったわけですね。
「そのとおりです。主力である半導体分野も実は、元々半導体を狙っていたわけではありません。堀場エステックというグループ会社(前身は「スタンダードテクノロジ社」)で、(公害測定機器の目盛の統一に必要な)標準ガスを作る技術が半導体の製造ラインに使えるのでは、という話になり、80年代から急に半導体分野に進出することになりました」
────半導体製造装置において、ガスの流量を制御する重要な機器である、国産初のマスフローコントローラー(Mass Flow Controller、MFC)を開発されました。
「いまも本来のガス分析用の校正ガス発生装置は作っていますが、メインは半導体製造装置用のマスフローコントローラーです。いろんなことにチャレンジし続けて、可能性を追い続けることが重要であり、セオレティカルにやることも重要です。その通りいくこともありますがそうではないときもあります」
────社長が研究者としてものづくりの現場にいらっしゃったときもそうでしたか?
「技術に専念していたころは、学会や工業会のお役目を通して多くの業界のキーパーソンと知り合うことができました。外に頻繁に出てお客様の声を聞いていましたね」
《後編に続く》
文・写真/杉浦美香
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