株式会社シェアメディカル
代表取締役 CEO
峯 啓真氏
医学顧問 医師・医学博士
道海 秀則氏

株式会社シェアメディカルが開発した、日本初の後付型のデジタル聴診デバイス「ネクステート」は現在、コロナ禍の医療現場で活躍。直近ではネクステートを活用し、映像だけでなく聴診も可能なオンライン診療システム「ネクステート(Nexstetho(R))・シナプス」を2021年1月から提供することも発表しています。同社が考える遠隔医療のあり方についてお伺いしました。
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訪問診療や遠隔診療の普及と質向上に役立つ

2019年8月に正式発表された日本初の後付型のデジタル聴診デバイス「ネクステート」。その後もプロダクトエンジニア、医師、音響のプロフェッショナルなど、多業種にわたる専門家が集い、細かな部分をブラッシュアップしてきました。
例えば、医師と患者など2人同時使用のためのアンプの増設、ボタン配置や色調などユーザーインターフェイスの調整、抗菌樹脂の採用、音響エンジニアと医師との直接対話によるオリジナルの生体音プリセットの調整などの機能を追加。2020年9月の予約を開始した時点で、すでに300セットの注文を受けるなど医師からも高い評価を得ています。
シェアメディカル医学顧問でネクステートの開発協力を行っている道海秀則(どうかい・ひでのり)医師・医学博士は、「音質に関しては、自分の耳で何度も聴いて改善を重ねるなど、すごくこだわりました。その結果、ベテランのドクターが『よく聴こえる』『音質が良い』といった評価を寄せてくれている。それが普及のきっかけになっています」と話します。
また、シェアメディカル代表取締役CEOの峯啓真(みね・よしまさ)氏はネクステートを販売後の医師たちの反応について、こう語ります。
「ネクステートを開発したことで、現場の医師たちがネクステートの新たなを使い道も見つけたんです。それがネクステートを患者さんに当てる人(例:看護師)と、音を聴いて診断する人(例:医師)を分ける、というものです。これはネクステートにとって大きな発明で、ネクステート・シナプス開発の一端となりました」(峯氏)
日本は在宅診療の医師が不足している、という課題があります。例えば、訪問看護師がひとりで患者のもとを訪れて聴診し、仮に心雑音や肺雑音を感じたとしても、その詳細を言語化できないため医師に正しく伝えられず、適切な処置ができずにいました。訪問診療の課題について、道海氏は医師の視点からつぎのように語ります。
「訪問診療の需要は年々増える一方で、さらにコロナ禍において、病床確保や感染防御の観点から、『早期に在宅で管理する』流れが加速しています。その中で医師による訪問診療に加え、質の高い訪問看護を追加することで、在宅でも安心して患者さんが過ごせる環境を作る必要があると考えました。
訪問看護は看護師単独で患者さん宅に伺いますが、一人で『この呼吸音は正常だろうか』と判断する必要があり、不安に思う方も多いんです。そこでネクステート・シナプスで診療所にいる医師や看護師とリアルタイムで遠隔聴診すれば、指示を仰ぐことができます。安心して訪問看護ができるほか、学習機会も増え、総合的に訪問看護の質が上がります」(道海氏)

また、医療過疎地域や交通インフラが少ない山間部、島しょ部などでは「遠隔診療」の期待が高くなってきています。
「コロナ禍において、都市部でも感染対策で「かかりつけ医に行きにくい」状況が増えてきました。政府も『オンライン診療の恒久化』を示唆するようになり、遠隔診療は今後伸びる分野と言われています。一方で医師の間では、患者の診察情報が少ないといった指摘もあり、聴診もできる『ネクステート・シナプス』の活用は遠隔診療の普及に一石を投じる存在になると期待しています」(道海氏)
そうした社会課題の解決を目標に、シェアメディカルでは、ネクステートをコアにNTTスマートコネクト社の持つハイレゾ伝送技術を生かした遠隔聴診システム「ネクステート・シナプス」を開発しました。
遠隔聴診システム、遠隔地からの聴診をハイレゾ音源相当で伝送

具体的には、NTTスマートコネクトが持つ国内の堅牢な自社データセンターに配置したシステム、複数IX(Internet eXchange、インターネット相互接続点)や大手ISPとダイレクトに接続する高速かつ大容量バックボーン、および高品質なコンテンツ配信技術とネクステートを組み合わせる、というもの。従来の遠隔診療では行えなかった遠隔地からの聴診を、ハイレゾ音源相当で伝送する事を実現します。
「遠隔聴診システムは、医師が都市部にしかいない場合であっても、ある程度知識のある人が説明書を見ながらネクステートを当て、それを遠隔で医師が確認することで適切な指示が出せます。ネットを使えば比喩ではなく『地球の裏側』からでも聴診は可能になります」(峯氏)
MaaS連携や訪問診療など医療現場での活用事例
実証実験でネクステートを利用している医療現場からは次のような反響があるそうです。
発熱外来:愛知県豊田市、神奈川県藤沢市
豊田地域医療センターでは発熱外来でワイヤレス機能を生かした診療を行っています。
医師と患者さんは同室にいますが、間がアクリル板で仕切られています。ネクステートをワイヤレスヘッドホンと接続します。ヘッドホンを医師が装着し、ネクステートは患者さん自身が持ちます。医師はアクリル板越しに問診、聴診を行います。患者さんは手元の説明図を見ながら自分でネクステートを体に当てます。現場の医師からは「防護服の着脱が不要で、感染リスクも抑えられる。音質も良い。うちではすでに常識化している」と好評をいただきました。
MaaS(Mobility as a Service)連携:長野県伊那市
長野県伊那市と伊那市医師会の「医療MaaS」事業では、ワゴン車内にネクステート・シナプスを含む診療システムを構築。患者さんが車内に乗り込み、看護師が対面します。診療システムは携帯電話回線を介して診療所につながっていて、診療所の医師が車内の看護師に指示を出しつつ、問診や聴診といった通常の診察を行います。「交通インフラが疎で、高齢者も増えており、今後適用になる患者さんが増えそうです。5G回線との連携も期待しています」と市の担当者。
訪問診療・訪問看護:青森県八戸市、愛知県豊田市
八戸市と八戸市医師会が主体となり、訪問看護にネクステート・シナプスを取り入れています。患者さん宅では看護師がネクステート・シナプスを使用し、オンラインで診療所内の医師が患者さんの診察を行います。「音質が良くて驚いている。効率アップのためにシステムの追加を請求しています。図らずとも発熱診療での利用も決定し、欠かせない存在となっています」と医師会の担当医。
「私たちは決してモノを売っているのではなく、体験を売っている。地域包括ケアの拡充、感染防御という体験を販売することで、その必要性を感じた医師たちが購入してくれています」(峯氏)
録音された聴診音をデジタライズし、そのデータの利活用へ

ネクステートの販売から約1年が経過したシェアメディカルですが、今後同社が狙っていくのは「聴診データ」の活用です。具体的には、実際に録音された聴診音をみんなで聴き、指導医の先生がなにを聴いているのか、短時間でなにを判断しているのかを学び、集合知にしていくことを目指しています。
「今では当たり前となっているレントゲンの功績は、非破壊で見えないものが見えるようになったことに加え、記録が残せるようになったことです。その記録をもとに経過を観察し、議論をし、若いドクターにも知識の継承ができるようになりました。私たちは聴診音でそれを実現しようとしています」(峯氏)
デジタライズしたことで録音が可能になったほか、スピーカーを使用することで、患者さんに病状の説明ができます。また現場にいる医師同士が自然とディスカッションするようになっているそうです。
「ネクステートは現時点では主に医療従事者向けの商品ですが、家に血圧計や体重計があるように、医療現場や家庭にもネクステートが当たり前のようにある。そういう形で普及していけばいいな、と思っています」(道海氏)
現在、国内で月に100件以上販売実績を誇るネクステート。聴診音のデジタライズに成功したことで、このデータを利活用しようと、現場の医師たちや他の事業者のアイデアによってどんどん広がっています。
「ネクステートはデータにDRMをかけたり、特殊な形状の端子を使ったり、囲い込むことをしていません。そんなノウハウもないし必然性も感じていなかったからです。
そうするとある時から、『ネクステートと自社の技術を使い、こういうことがしたい』という連絡や協業の提案を立て続けにいただくことが増えました。直感的になにか起きていると感じていろいろリサーチすると、ネクステートを軸として新たなビジネス、いわば自然発生的なエコシステムが私たちの知らないところで立ち上がっていることに気が付きました。
私たちは積極的にコンタクトし、共同開発として仲間に入れてもらったり技術情報を提供したりしています。そのアイデアやノウハウを循環させ、積極的にコラボし、ネクステートの魅力や関連ビジネスの必然性を高めていきたいと思っています」(峯氏)
医師の悩みから開発された、デジタル聴診デバイス「ネクステート」。その使い道はコロナ禍による社会の変化とともに、どんどん広がっています。
文/新國翔大
参考情報
・Nexstethoは、株式会社シェアメディカルの登録商標です。
- (1)遠隔病理診断(テレパソロジー)の発展とバーチャルスライドの登場 《遠隔医療の過去と未来:前編》
- (2)オンライン診療の変遷、そして遠隔ICUやデジタルセラピーの可能性 《遠隔医療の過去と未来:後編》
- (3)医療現場の悩みに答える!聴診音のデジタル化を実現するまで 《デジタル聴診デバイスの開発秘話:前編》
- (4)遠隔医療など医療現場での活用事例 《デジタル聴診デバイスの開発秘話:後編》
- (5)遠隔地でも患者の心音を耳と目で診てもらい病気の早期発見へ《可聴及び可視データで診る聴診器の開発:前編》
- (6)山間地での遠隔診療の実証事例と医療現場からの評価《可聴及び可視データで診る聴診器の開発:後編》
- (7)高血圧症患者のためのオンライン診療、通院せず自宅で薬を服用し続ける仕組みとは
- (8)超音波(エコー)診断装置がポケットサイズになった時のメリットとは《ポータブルエコー(超音波診断装置)の開発:前編》
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