医療現場の悩みに答える!聴診音のデジタル化を実現するまで 《デジタル聴診デバイスの開発秘話:前編》~医療現場に聞く遠隔医療のものづくり(3)

INTERVIEW

株式会社シェアメディカル
代表取締役 CEO
峯 啓真
医学顧問 医師・医学博士
道海 秀則

医師が診察の際、患者の身体に直接当てて心音などを聴く「聴診器」。1816年にフランス人医師のルネ・ラエンネックによって発明されて以来、約200年間進化のなかった聴診器にイノベーションを起こした医療ベンチャー、それが株式会社シェアメディカルです。同社が開発した、後付型のデジタル聴診デバイス「ネクステート(Nexstetho(R))」は心音や肺音など微弱な生体音声をデジタル化したほか、アプリによる録音やワイヤレス化、音量調整などを可能にしています。

そんなデバイスの開発について、シェアメディカル代表取締役CEOの峯啓真(みね・よしまさ)氏と医学顧問の道海秀則(どうかい・ひでのり)医師・医学博士の2人に話を伺いました。

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「デジタル聴診デバイス」、心音や肺音など微弱な生体音をデジタル化

株式会社シェアメディカル代表取締役CEO 峯啓真氏
株式会社シェアメディカル代表取締役CEO 峯啓真氏


聴診器をアップデートする──そんなコンセプトのもと、2019年8月に発表されたのがデジタル聴診デバイス「ネクステート」です。同デバイスの特徴は、聴診器の本体であるチェストピースに後付け型できる点と、身体の微弱な振動を電圧に変換してセンシングする圧電素子型ではなく、音響の専門会社と共同で高感度コンデンサ式音響センサーによる微弱な音をデジタル化する生体音増幅型方式を採用した点が挙げられます。

「聴診器を利用する多くの医師にヒアリングを実施しました。その結果、ほとんどの医師が聴診器に関してはブランドや価格よりも性能や音質を重視しており、仮に買い換えるとしたら次も同じ製品を買う、と回答していたんです。そこに着目し、従来の聴診器の本体部分であるチェストピースに後付する方式を採用することにしました」(峯氏)

ネクステートは心音や肺音など微弱な生体音をデジタル化するだけでなく、DSP(digital signal processor)イコライザーも搭載し、環境音を抑制。生体音を聴きやすくしており、高感度センサーで捉えた生体音を最大1,000倍にまで拡大することも可能です。

また、3.5mmピンジャック出力のほか、デジタル出力として、ワイヤレス接続とUSB Audio出力も搭載。市販のヘッドフォンやスピーカーに接続することもできます。こうした導入の手軽さから、現時点ですでに国内800施設以上で採用されています。

「従来、聴診音は聴診器を身につけている医師しか聴けなかったのですが、ネクステートを使うことで、患者さんも聴診音が聴けるようになります。例えば、正常時の肺音と喘息時の肺音を聴いてもらうことで、患者さんの症状に対する理解(アドヒアランス)も深まります。音声がデジタル化されているので通信機器につなげば、遠隔地にいる人にも聴いてもらうことができ、遠隔診療にも役立てることができるんです」(道海氏)


医療現場の悩み、「聴診器の長時間利用による耳介圧迫で耳が痛くなる」

神奈川県藤沢市の山内病院付属藤沢スマートタウンクリニックで小児科部長を務める道海秀則医師
神奈川県藤沢市の山内病院付属藤沢スマートタウンクリニックで小児科部長を務める道海秀則医師


今から200年前、18世紀のフランスで発明された聴診器。形と素材は変えながらも、基本的な構造は進化してきませんでした。きっと多くの人が「医師」と聞いたときに想像するのは、白衣姿に聴診器を首からかけた姿でしょう。

心音や肺音は現在に至るまでひとりの医師が聴き、それをもとに診断を下し、カルテに診断内容を書き込む。聴診器から聴こえる音は録音されることも、他の医師と共有されることもありませんでした。そうした中、デジタル聴診デバイスを開発するきっかけになったのは、医療現場で働く道海氏の声でした。聴診器の耳に挿入する部分「イヤーチップ」の素材には樹脂が使われていて、密閉を保つためにバネの力で耳に押し当てます。そのため付けたり、外したりを繰り返すと耳が痛くなってしまうのです。

「これは『医者あるある』だと思うのですが、学校検診で1日に100人も聴診すると聴診器のイヤーチップで耳介が圧迫され、耳が痛くなります。中には『拷問器具だ』という医師もいるくらいです。この問題をどうにか改善したいと思い、峯さんにヘッドフォンで聴診できるようにならないか、と相談したのがきっかけです」(道海氏)


聴診時の悩みを解決したい医師と、医療向けサービスを展開しているベンチャー企業の出会い

シェアメディカルが2015年にリリースした医療従事者用コミュニケーションツール「メディライン」 (提供:株式会社シェアメディカル)
シェアメディカルが2015年にリリースした医療従事者用コミュニケーションツール「メディライン」 (提供:株式会社シェアメディカル)


道海氏が相談を持ちかけた峯氏は、もともと患者がクチコミを投稿・閲覧できる病院検索サイト「QLife」の立ち上げに参画した経験を持つ人物。その後、東日本大震災を機に臨床現場に近い医療サービスを志し、2014年にシェアメディカルを設立します。

「東日本大震災が起きる前は、原理主義的に医療のデジタル化を進める考えを持っており、電子カルテの必要性を訴えていました。しかし東日本大震災によって、アプリが使えないという話以前に基地局がなくなる、クリニックの電子カルテが海水に浸かって使えなくなってしまった、ということを目の当たりにし、すごい衝撃を受けたんです。それで医療の原点に立ち返ってみると、医療従事者が求めているものは我々メーカーが提供するものと差があるのではないかと思い、起業する道を選択しました」(峯氏)

シェアメディカルを設立後、峯氏がまず取り組んだのは医療従事者のコミュニケーションロスの解消です。2014年当時、在宅診療や訪問診療が少しずつ求められ始め、医者が患者のもとに赴く機会が増えていたこともあり、医者が外出先でも安全に院内の人たちとコミュニケーションできるツールが求められていました。

そうした背景のもと、2015年に医療従事者用コミュニケーションツール「メディライン」をリリース。初年度で黒字になるなど、幸先の良いスタートを切ったのですが、峯氏の中には「これをスケールさせていくのは厳しい」という思いがありました。

「実際にやってみて思ったのですが、ベンチャー企業が社会インフラとなるサービスを作り、維持していくのは資金面からも厳しい。そこで発想を転換してみることにしたんです。メディラインがインフラで例えるなら道路だとすると、もしかして道路の上を走る自動車を作った方が早いのではないか? 一度デジタライズされたデータは、それを共有したり安全に伝送する手段が必ず求められる、それは過去のネット史を見れば必然だし、その時メディラインは再度スケールする、と」(峯氏)

聴診の際の悩みを解決したい道海氏と、医療従事者が抱える悩みを解決したい峯氏──2人の思いが噛み合った結果、ネクステートの開発が始まります。

「市販のヘッドフォンやスピーカーで聴診するにはデジタル化するしかない。デジタル化されれば、データとして残せて、ワイヤレスで通信できるといった形で、どんどん構想が広がっていきました」(道海氏)


生体音を集音できるセンサー開発が肝、国内で見つからず台湾の音響機器メーカーと開発

デジタル聴診デバイスの開発に取り組み始めた峯氏ですが、すぐさま壁が立ちはだかります。従来の聴診器のチェストピースにピンマイクを差し込み、心音や呼吸音を拾おうとしてみたものの、まったく音を拾わなかったのです。いろいろ研究してみた結果、心音は100hz未満、と非常に低い周波数の音ですし、呼吸音もそもそも小さい音のため、市販の小型マイクでは音を拾えないことがわかりました。

そこで峯氏は、心音や呼吸音などの非常に微弱な生体音を集音できるセンサーの必要性を感じますが、ハードの開発経験はありません。まず共同開発に乗り出してくれる会社を探すことから始めようと、国内の試作会社や町工場を訪れることにします。その数40社ほど。

ソフト開発業界だとレベニューシェア(Revenue share)という考え方があり、優れたアイデアやプロダクトに対して開発リソース協力を行い完成したプロダクトから得られる利益を折半する方式です。モノ作りでも同じように共同開発に乗り出してもらえないかと期待していたのですが、現実はなかなか厳しく……。

実際に医師の潜在的な問題、200年進化の止まったプロダクト、デジタル聴診デバイスの開発について話をしてみるものの、どこも相手にしてもらえず、ほぼすべての試作会社や町工場から「なぜ、いま聴診器なのか?」と聞かれてしまいます。

「私自身も決してデジタル聴診デバイスをたくさん売りたいわけではなく、そこで得られた聴診データを活用したデータビジネスを考えていたので、余計に試作会社や町工場の人たちはポカンとしていました。たくさん売るわけではないものを、なぜ作らなければいけないのか、そう言われましたね」(峯氏)

デジタル聴診デバイスの開発は無理か、と諦めかけたところ、峯氏は国内で開催されていた台湾企業とのマッチングイベントに参加。そこで音響機器ODMメーカーを紹介してもらい、この出会いがターニングポイントとなります。

実際に音響機器メーカーの人たちと話をすると、彼らは半年も経たないくらいのタイミングで3Dプリンタで作られた手組みの試作機を持って来日し、それを峯氏に披露したのです。

「その試作機を使ってみたら、微弱な生体音も集音できる。想像した通りと言っても過言ではないほどの完成度で、そこから細かい部分を詰めていきました」(峯氏)

非常に微弱な生体音を集音しつつも、単にアンプで音量を増幅すれば、空調音など余計な環境ノイズも増えてしまう。それでいて、さまざまな疾患が原因で発生する生体音由来の、医師が診断に必要とする重要なノイズをカットしないようにすべく、DSPイコライザーを搭載し、生体音だけを強調するプロファイルを道海氏が監修。そのほか、医師からのフィードバックをもとに改良を重ね、2019年8月にネクステートが完成しました。

後編では、完成後のネクステートの機能向上とコロナ禍における新たなサービスについてご紹介いたします。

文/新國翔大

参考情報
・Nexstethoは、株式会社シェアメディカルの登録商標です。

▽医療現場に聞く遠隔医療のものづくり

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