遠隔病理診断(テレパソロジー)の発展とバーチャルスライドの登場 《遠隔医療の過去と未来:前編》~医療現場に聞く遠隔医療のものづくり(1)

INTERVIEW

日本遠隔医療学会
専務理事・事務局長

高崎健康福祉大学
健康福祉学部 医療情報学科
教授 東福寺 幾夫

現在の医療現場で「遠隔医療」が必要な理由とはどのようなものでしょうか。日本遠隔医療学会専務理事・事務局長で、高崎健康福祉大学健康福祉学部(医療情報学科)の東福寺幾夫(とうふくじ・いくお)教授は、遠隔医療が推進されてきた要因の一つとして「『医療資源(医師等の医療者や病院等)の不足と偏在』が大きいと考える」と話します。まず、その背景を説明しましょう。

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「遠隔医療」が推進される背景、「医師数」「地域」「診療科」の偏在

日本遠隔医療学会専務理事・事務局長、高崎健康福祉大学健康福祉学部(医療情報学科) 東福寺幾夫教授
日本遠隔医療学会専務理事・事務局長、高崎健康福祉大学健康福祉学部(医療情報学科) 東福寺幾夫教授


総務省のデータによると、2010年から日本は5人に1人が65歳以上の「超高齢社会」に入っています(参考文献1)。このため、総人口は減少しているにもかかわらず、国民医療費は高齢者医療により右肩上がりが止まりません(参考文献2)。厚生労働省(以下、厚労省)のデータによると、令和2年度の国家予算は、医療費を含む社会保障費が3分の1を占めます(参考文献3)。

年々、医療費は増加していますが、日本の医師数は世界各国と比べて少ないことが現状です。OECD(経済協力開発機構)のデータによると、人口1,000人当たりの医師数は日米欧の主要7ヵ国(G7)中、最低で、OECD 加盟37か国の中でも下から5番目です(参考文献4)。
にもかかわらず日本の医療の質が世界の医療先進国とほぼ遜色ないほど高いのは、医師の専門性やスキルが高いだけでなく、医師が世界でも稀なほど長時間、働いているからです。

また、医師は西日本に多く、東日本で少ないという「医師数の偏在」も長年、データで指摘され続けています。例えば、全国の病院や診療所・クリニック(以下、本稿では「医療機関」とする。「医療機関」とは医療を提供する施設の総称だが、定義上は薬局や訪問看護ステーションも含まれる)で働く医師数は、2002年末の時点で人口10万に対して195.8人ですが、西日本の徳島県258.7人、高知県258.5人、京都府257.8人などは多く,東日本の埼玉県121.8人、茨城県136.6人,千葉県141.9人などはその半数です(参考文献5)。この傾向は2018年でも同じ状況です(参考文献6)。

また、医療機関は人口数に応じて都市部に多く、郡部、過疎地、島しょ部には少ないという「地域偏在」も見られます。
さらに、特定の診療科の医師が不足しているという「診療科の偏在」も、医療現場に深刻さをもたらします。大学病院などを除くと、医療施設によっては小児科・麻酔科・放射線科・救急・病理の専門医がいないか、少なくなっています(参考文献8)。このため、医師がその領域の専門医に患者の病態等を確認したい、指導を受けたいというニーズは多く見られます。

そこで、1980年代~90年代、CTやMRI画像診断機器や血液自動分析装置の普及、高速のデータ伝送システムの技術開発と普及により「遠隔医療」が発展しました。医師数の不足や診療科の地域偏在を補い、全国の医療の質の均霑化(きんてんか)を目指したのです。

日本遠隔医療学会は遠隔医療について「情報通信技術を健康増進、治療・療養や介護に役立てること」と定義しています。

70年代~90年代、「遠隔病理診断(テレパソロジー)」の発展と「術中迅速病理診断」

オリンパスの遠隔病理診断支援システムOLMICOS(提供:東福寺幾夫教授)
オリンパスの遠隔病理診断支援システムOLMICOS(提供:東福寺幾夫教授)


前述の東福寺教授は「日本の遠隔医療は、71年に和歌山県で日本初の心電図の伝送実験を、82年には慶應義塾大学と日立電子(現、株式会社日立国際電気)のグループが東京・伊勢間で世界初の遠隔病理診断の実験をしました。PC9801の時代です」と説明します。

東福寺教授は、2004年までオリンパスに勤務し、80年代~90年代は遠隔病理診断システムを開発していました。このため、当時の出来事について詳しく知っています。そこで、黎明期の遠隔医療の事例として「遠隔病理診断(「テレパソロジー」とも呼ばれる)」がどのように発展してきたか、東福寺教授から詳しく話してもらいました。

「病理診断」とは、人体の細胞や組織、臓器等の標本(プレパラート)を顕微鏡等で観察しながら、がんなどの病名診断、悪性・良性、進行度を判定することです。マンガ「フラジャイル 病理医岸京一郎の所見や、それを原作にしたテレビドラマにもなった「病理医」が診断します。

病理医による病理診断は、がんなどの手術時、その成否を決める要の役割を担います。このため、病理医の減少は医療における大きな課題の一つでした。また、病理医のいない病院は検査会社に判定を依頼していましたが、結果が出るまでに早くて2週間、ときには1か月もかかっていました。検査をした主治医も、受けた患者も長い期間、不安な気持ちで待っていたそうです(参考文献7)。

そこで、病院に病理医がいない場合は、遠方の病理医に顕微鏡画像を送信して、診断を仰ぐことができるよう、「遠隔病理診断システム」が開発されました。例えば、当時、80年代の「日立遠隔病理診断システム」はアナログ電話回線で、音響カプラを用いてカラー画像を伝送していたそうです。当時は、受診する側が画像1枚を入手するまでに約55秒かかっていました(参考文献8)。

東福寺教授はこう振り返ります。「伝送時、スピーカー電話で会話し、症例情報はFAXで送りました。画像は静止画で、受信側の専門医が診断や助言をしながら、送信側(依頼側)が顕微鏡を操作していました」
1983年の臨床検査の専門誌に、慢性胃炎や直腸ポリープ、胃がん、悪性リンパ腫など18症例の実施評価報告が掲載されています(参考文献8)。
 
特に、病院の臨床現場では「術中迅速病理診断」が求められます。術中迅速病理診断とは、手術中、患者から採取した病変部の標本を作製し、病理診断をすることです。
例えば、がんの手術では、切除した部位の断端に悪性細胞が残っていた場合、術後に再発する可能性が高まります。このため、外科医は術中に切除組織を病理医に診断してもらい、手術方針の決定や変更をしていきます。

そこで、当時、遠隔病理診断システムの開発と実験が繰り返されました。オリンパスのOLMICOS、ニコンのTELMICS、三菱化成のPATHTRANなどが当時の代表機種です。

80年~90年代は画像の明瞭さ、短時間で伝送できるよう画像の圧縮技術と高速通信技術の開発がメーカー間、技術者同士の競争となりました。

その時期の遠隔病理診断システムの特徴は、コンピューターの画面上に全体画像を常に表示したうえで、受け手が拡大したい画像部分を指定し、高倍率で観察できるようにしました。

1990年代、オリンパスのOLMICOSでは標本表示が拡大表示が可能に(提供:東福寺幾夫教授)
1990年代、オリンパスのOLMICOSでは標本表示が拡大表示が可能に(提供:東福寺幾夫教授)


95年には、凍結病理標本の顕微鏡画像を伝送できる実用機が登場しました。さらに、画像送り側のロボット顕微鏡を受け取り側が遠隔制御できるようになり、短時間での術中迅速診断を実現していきました。

「この時期には、学生の教育や、遠隔地の希少症例の診断支援にも応用されるようになりました」と東福寺教授は話します。


2000年代、「バーチャルスライド」の登場と、検討すべき課題

さらに、遠隔病理診断の技術は進化し、2000年初めには「バーチャルスライド」が登場しました。バーチャルスライドとは、スライドスキャナ、画像サーバ、ビューワで構成されたもので、あらかじめ標本全体を高倍率対物レンズで撮影し、それらの画像を張り合わせて1枚の巨大画像を生成し保存することです。画像サイズは最大6万×6万画素まで向上しました。

術中迅速遠隔病理診断では、この画像をパソコンのモニター画面上で縮小倍率に変更して観察します。バーチャルスライドによる日常診断が可能になり、技術基準や運用基準の検討も始まりました。

近年は、WSI装置(Whole Slide Image、バーチャル顕微鏡)によるデジタル病理診断が臨床現場で活用されています。WSI装置では、画像を送る側が顕微鏡を覗くことなく、標本全体を(顕微鏡の)高倍率対物レンズ(20x~40x)で撮影しデジタル画像を送ります。画像の受け手側はパソコンのモニター上で、Google Earth のように縮尺を変えて画面を表示しながら診断します。

WSI装置によって、標本の全体像や組織の形状、細胞の配置や細胞の内部構造まで観察できるようになりました。画像サイズは30×30キロピクセル ~60×60キロピクセルの高精細になり、がん細胞が視野に何個見えるかまで把握できます。
「AIの顔認識を活用することで、悪性細胞の形状を見分けやすくなりました。また、症例数が極端に少ない希少がんを若手病理医が短時間で診断できるようになりました」と東福寺教授は説明します。

一方、顕微鏡やバーチャルスライドの装置の光源がハロゲンランプから発光ダイオード(LED)に変わり、標本画像の色が正しく表示されなくなりました。どのようにして、同じ色と認識させて流通させることができるかが課題です。

このほかにも、検討すべき課題として、▽画像の異機種間互換性をどのように確保するか、DICOM(Digital Imaging and Communications in Medicine、国際標準規格)WG26において検討すること、▽厚みのある標本画像の管理について、▽医療機器としてのバーチャルスライド装置の技術基準の検討等があがっています。

このように、医療現場において求められていた遠隔病理診断は、50年かけて、さまざまな技術革新や技術者の知恵によって大きな進化を遂げました。技術者のものづくりの力が医療の質を向上させ、全国どこでも同じレベルまで押し上げたのです。技術者も医師とともに、多くの患者の命を救っています。

次回は、オンライン診療の現状と未来を紹介します。


▽参考文献
参考文献1:総務省 『日本の人口推計と高齢化率の推移,平成25年度版情報通信白書』
参考文献2:厚生労働省 『医療費の動向,令和2年度厚生労働白書』
参考文献3:国税庁 『国の財政歳出~社会保障関係費~』 2020年
参考文献4:『OECD Health Statistics 2019』
参考文献5:厚生労働省 『平成14年(2002)医師・歯科医師・薬剤師調査の概況』
参考文献6:厚生労働省 『平成30年(2018)医師・歯科医師・薬剤師調査の概況』
参考文献7:厚生労働省 『診療科別医師数の推移,医療計画策定研修会』 2018年
参考文献8:『日立遠隔病理診断システムの使用経験』 北川勲、千田龍吉、坂口弘、臨床検査27(12),1557-1559,1983


文/福原麻希(医療ジャーナリスト)

▽医療現場に聞く遠隔医療のものづくり

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