新しい市場に飛び込め!西陣織の老舗が生体データを扱うウェアラブルデバイス企業になるまで~老舗企業の転身事例から学ぶ(前編)

INTERVIEW

ミツフジ株式会社
執行役員 プロダクト部長 戦略統括
伊藤 瑞喜
プロダクト部 情報技術担当主任 情報技術エンジニア
松本 健志

自社の強みである技術と市場の需要を合致させるのは、なかなか難しいもの。「自社の技術を活かして需要の高い市場で勝負するにはどうすればいいか?」という悩みは、技術企業の多くが抱えているはずです。

その答えの一例というべき企業が、ミツフジです。同社はもともと西陣織工場として創業し、64年の歴史を持つ企業でしたが、数年前からウェアラブルデバイス市場に参入。国内外から注目を集め、ワコールホールディングスやソフトバンク、行政機関などと積極的に協業しています。

ウェアラブルデバイスとは、体に装着することで心拍や呼吸を読み取ってデータとして収集することで健康管理に役立てるICT(Information and Communication Technology、情報通信技術)端末。バンドやシャツ、眼鏡などさまざまな形状のデバイスが存在します。

常に心拍や呼吸を測定する衣服が生活をサポートする様は昔からSFなどに多く登場し、未来の技術として人々が憧れる存在でした。もともと帯工場だった企業がそうした分野を開拓する存在として、世界から注目を集めているのです。

ミツフジは、どのようにして大胆な転身を遂げたのか。ミツフジ株式会社 執行役員 プロダクト部長 戦略統括の伊藤瑞喜(いとう・みずき)氏、プロダクト部 情報技術担当主任 情報技術エンジニアの松本健志(まつもと・たけし)氏にお話を伺いました。

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一つ目の転機、抗菌防臭機能を有する銀めっき繊維の開発

ミツフジ株式会社 執行役員 プロダクト部長 戦略統括 伊藤瑞喜氏
ミツフジ株式会社 執行役員 プロダクト部長 戦略統括 伊藤瑞喜氏


ミツフジの創業は、1956年(当時の社名は三ツ冨士繊維工業株式会社)。これまで電通、前田建設工業などから資金調達を行っています。日経ビジネス2019年の「100年後のグーグルを探せ」100社に選出、テレビ番組「ガイアの夜明け」に登場するなど、メディアからの注目度も非常に高い企業です。

同社が手がけるのは、生体データを収集するための素材やデバイス、そこから取得した情報を閲覧・管理するアプリやクラウドまでを含む生体情報マネジメントプラットフォーム「hamon(R)」。ウェアラブルデバイスとしては、自社製の繊維を電極として使ったシャツ型デバイスや、腕時計のような形状のバンド型デバイスを開発しています。

一社で素材からデバイス、管理システムまでを一気通貫して手がけているのがミツフジの特徴です。こうしたプラットフォームをベースに、各社からの依頼に応じて製品やサービスを提供しています。ハードウェアからソフトウェアまで手がける同社ですが、伊藤氏はメインの商材は「生体データ」であると説明します。

ミツフジがこの市場に参入したのは数年前。創業時は織技術を強みとする西陣帯を生産する工場として活動し、時代の変化に合わせてレースや服飾品なども生産してきました。

最初の転機となったのは、1990年代です。西陣帯や服飾品の需要減少を受けた同社は銀めっき性の繊維「AGposs(R)」を開発します。これはナイロンに純度99.9%の銀を独自技術で皮膜させた機能性繊維。銀の含有率が高いAGpossは優れた抗菌防臭機能を有する材料として評判になり、この繊維でつくられた消臭靴下がヒット商品にもなりました。

また、電磁波シールドの性能も高く、2008年には国際宇宙ステーションにおける宇宙飛行士の素材として採用。国立台湾繊維研究所(TTRI) とコラボレーション契約を締結します。

しかし、その好況は一時のもので、取引先の減少に伴い会社の業績は徐々に悪化。最終製品もサービスもない同社は、一時期は倒産すら危ぶまれていたそうです。この頃、父親の後を継いで三寺歩(みてら・あゆむ)氏が代表取締役社長に就任しました。生体情報マネジメントプラットフォームとしてのミツフジは、ここから始まります。


二つ目の転機、顧客調査から見えた「導電性」を強みにウェアラブル市場に参入

ナイロンに純度99.9%の銀を独自技術で皮膜させた銀めっき性の繊維「AGposs」
ナイロンに純度99.9%の銀を独自技術で皮膜させた銀めっき性の繊維「AGposs」


新たな市場に挑戦するきっかけになったのは、三寺氏がAGpossの顧客リストを確認していたときのことだったそうです。

「衣類メーカーなどの名前が多い中で、大手の研究機関の名前があることに気づきました。そこで取引先にヒアリングしてみたところ、実は彼らが高く評価していたのは、消臭性や電磁波シールドではなく、AGpossの『導電性』だったことが判明したんです。これは初めてデジタルデバイスとして評価されたことを意味しました」(伊藤氏)

AGpossを開発していたミツフジでもあまり目を向けていませんでしたが、銅よりも電気伝導性が高い銀で皮膜されたAGpossは、導電効率も非常に高かったのです。そこで三寺氏は、この長所を活かして新市場に参入することを決定。当時期待が高まっていたウェアラブルデバイスの素材として、AGpossを取り扱うことを決定したのです。

2015年には社名をミツフジに改め、第1回ウェアラブルEXPOに「皮膚非接触型センサーシャツ」を出展します。そして2016年にそれまでの技術を駆使して、素材からデバイス、管理システムまでを一気通貫したプラットフォームhamonを発表しました。これはすぐさま高く評価され、国内外の企業からの問い合わせが相次ぐようになりました。

すでにシャツ型のウェアラブルデバイスが存在した中で、なぜミツフジのシャツが高く評価されたのでしょうか。シャツ型のウェアラブルデバイスはバンド型に比べて設置面積が広くさまざまな生体情報を得られますが、装着者の動きや汗などのせいで正確な情報を安定的に取得しづらいのが課題でした。

しかし、ミツフジのシャツは創業当時から培ってきた「織りの技術」および「職人の繊維加工技術」を用いてつくられているため、柔軟に伸び縮みする繊維はしっかり肌に密着し、測定のブレが少ないのです。また、汗にも強く、高い洗濯耐久性も実現しており、銀めっきの優れた導電性と合わさって、高い精度で生体情報を取得することを可能にしたのです。


心臓の生体データを元に体調指数などを算出するアルゴリズムを開発

では、ここからはhamonの具体的な機能を見てみましょう。hamonで知ることができるのは、主に心拍数やストレス、衣服内温度、その日の体調指数(元気度)、眠気の数値。ほかに加速度センサーを活用した転倒なども測定できます。

これにより、熱中症リスクや、主観に頼りがちなストレスなどを可視化してくれます。そのため勤務中の体調管理や、介護事業者や託児所などでの児童や老人の見守り、スポーツ選手のマネジメントなどに活用できます。では、ストレス、体調指数や眠気といった値はどのように算出しているのでしょうか。

実は、これらの指数は主に心臓の生体データが元になっています。たとえばストレスは、心拍の間隔を周波数に変換し、ゆらぎの大きさで交感神経(Low Frequency、以下LF)と副交感神経(High Frequency、以下HF)のパワーバランスを把握。これを独自の指標で数値化しています。

体調指数や眠気の場合は個人のLF/HFバランスから正常状態を判断し、そこから大きな変化があるかどうかで数値を決定しています。こうした数値の算出には独自のアルゴリズムが用いられており、熱中症やHRV(Heart Rate Variability、心拍変動)に関する学術論文、異常検知のアルゴリズムをベースに専門機関との連携で開発されています。


衣類×デジタル、組み合わせのスキルを持つ社員らによって成長

ミツフジ株式会社 プロダクト部 情報技術担当主任 情報技術エンジニア 松本健志氏
ミツフジ株式会社 プロダクト部 情報技術担当主任 情報技術エンジニア 松本健志氏


アルゴリズムを開発した松本氏は、前職では通信機器メーカーで無線通信、ベースバンドの信号処理を設計していましたが、ミツフジではデータ解析やプログラミングなどより多様な業務に携わっています。ウェアラブルデバイスの性質上、ハードウェアとソフトウェア両方の知識が求められるところが、ミツフジでの業務の大変な点だと話します。

「例えば、生体データを取得したときのノイズの処理。デバイス(ハードウェア)がたくさん収集したデータのうち、ソフトウェアで目的の数値を算出するためになにが必要でなにが不要かを判断しなければなりません。こうしたハードウェア、ソフトウェア双方について、深い理解と応用が求められます」(松本氏)

もちろん経験したことのない分野への挑戦が、初めからすべてうまくいくわけではありません。それでも松本氏は、「『とりあえず一回やってみよう』という精神が大切ですね。いろいろなパターンを想定し、帰納と演繹の両面からアプローチすればきっと結果はついてきます」と力強く話します。

一方で、こうした分野の越境は、ミツフジの強みでもあります。ジャンル横断的な業務が求められるミツフジでは、ほかではなかなか見られないキャリアパスの社員が多数在籍しているそうです。

「例えば、衣類のパターンナーとして入社してからエンジニアとしての知識を身につけた社員や、ハードウェアの開発担当者が最適なデータの渡し方を考えるためにソフトウェアに詳しくなった社員が弊社にはたくさんいます。衣類×ソフトウェアなど、一つひとつの知識は珍しくなくても、双方を扱える人材はそう多くありません。ほかではなかなかない組み合わせのスキルを持った社員は、ミツフジの大きな強みです」(伊藤氏)

では、ウェアラブルデバイスを通じて生体データを取り扱うミツフジは、どのような事業を行っているのでしょうか。後編では、大企業や行政機関と協業で進める事業や、大きな提携を実現させる方法をご紹介します。

文/野口直希


参考情報
・AGpossは、ミツフジ株式会社の登録商標です。
・hamonは、ミツフジ株式会社の登録商標です。


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