福祉現場などで役立つ人間支援ロボットへの応用事例~パッシブロボティクスが実現させる新しい世界(後編)

INTERVIEW

東北大学大学院
工学研究科 ロボティクス専攻
ロボットシステム講座 知能機械デザイン学分野

教授 平田 泰久

東北大学大学院 工学研究科ロボティクス専攻、知能機械デザイン学分野の平田泰久教授らが率いる研究室では、パッシブロボティクスとよばれる概念に基づいて開発された非駆動型ロボットをメインに研究を続けています。これはヒトの力を駆動力とし、ブレーキで台車の運動を制御することで、多機能でありながら、エネルギー消費量とコストを抑え、安全性を向上させることができるロボティクスです。

最終回となる今回は、日本電産株式会社の創業者、永守重信氏の名がついた第6回永守賞(公益財団法人永守財団)を受賞したパッシブブレーキによる足漕ぎ車椅子ロボットやほかの研究テーマについて伺います。


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足漕ぎ車椅子への応用、足のパワーをハンドル操作へ振り分けて

────リーダーロボットが引っ張りフォロワーロボットを制御するパッシブブレーキの概念が歩行支援のロボットなどの技術的なベースになっているのでしょうか。

平田教授(以下同)
複数台のフォロワーロボットを用いたフォーメーション制御において、ブレーキやラダーでなにをどこまで制御できるのか解析しました。そして、この解析技術を用いて歩行支援ロボットの場合には、どのような機能をもたせることができるのか理論的に導くことができるようになりました。すなわち、単純な動力源を使ってそれをいかに分散するかということになります。


────具体的にはどのようなデバイスに応用されているのでしょうか。

我々は現在、足漕ぎ車椅子の研究をしています。足で漕ぐ車椅子ですが、下肢に障害があっても多くの方が自分の脚力でペダルを漕ぐことができます。そこにパッシブロボティクスの技術を応用すると、車輪に取り付けられた2つのブレーキの制御でハンドル操作のアシストのようなことができ、車椅子の向きを変えることが可能になるのです。

このシステムではブレーキしか使っていないのですが、足のパワーをハンドル操作のほうへ振り分けてパワーステアリングのようなことができるようになりました。つまり、うまく力の分散を制御できれば、単純にペダルを漕ぐ足の力を別の機能へ振り分け、結果としてパワーステアリングの機能をもたせることができるのです。このように、我々は単純な力をどこに分散させ、全体としてどううまく動かすのかを研究しているというわけです。


平田泰久教授(東北大学大学院 工学研究科ロボティクス専攻ロボットシステム講座、知能機械デザイン学分野)。1975年、宮城県生まれ。博士(工学)。日本ロボット学会研究奨励賞(2001年)、日本機械学会賞(論文、2005年)、日本ロボット学会 論文賞(2005年)、Advanced Robotics Best Paper Award(2016年)、科学技術分野 文部科学大臣表彰 若手科学者賞(2014年)、第6回永守賞(2020年)など。
平田泰久教授(東北大学大学院 工学研究科ロボティクス専攻ロボットシステム講座、知能機械デザイン学分野)。1975年、宮城県生まれ。博士(工学)。日本ロボット学会研究奨励賞(2001年)、日本機械学会賞(論文、2005年)、日本ロボット学会 論文賞(2005年)、Advanced Robotics Best Paper Award(2016年)、科学技術分野 文部科学大臣表彰 若手科学者賞(2014年)、第6回永守賞(2020年)など。


──── 永守賞を受賞された研究コンセプトもパッシブブレーキですか。

そうですね。永守賞はヒトのアシストというパッシブロボティクスで受賞しました。ヒトの力をいかにうまく使って足りない機能を助けてあげるのかという技術です。永守賞は日本電産の賞ですが、日本電産はどちらかといえば能動的な駆動力を発生するモーターを専門的に扱う企業さんですから、パッシブブレーキの制御だけでなく、回生ブレーキを使い、坂道を上るなど、どうしても能動的な制御が必要な時に、ブレーキ制御で蓄積されたエネルギーを使うことができるというアイディアを提案し、受賞することができたものと思います。


──── パッシブブレーキと回生ブレーキの組み合わせというわけですね。

足漕ぎ車椅子では、坂道などでいったん止まってしまうと再び動き始めるのが大変なのです。そうした時に回生ブレーキからのエネルギーを使って、そこだけはパッシブではなくアクティブになりますが、アシストするためにブレーキのシステムを使おうということです。

いったん動き始めれば、慣性力もあるので足を回転させて坂道でも登っていくことができるようになります。うまくパッシブブレーキを使いながら、足りないところは回生ブレーキからのエネルギーでアシストしてあげましょうというコンセプトを提案したら、ありがたいことに受賞させていただきました。この技術と取り入れた足漕ぎ車椅子を商品化したいと思っています。


──── 平田先生の研究室と足漕ぎ車椅子との関係は。

株式会社TESSという足漕ぎ車椅子を作る会社さんがあるのですが、足漕ぎ車椅子へのパッシブブレーキの応用はTESSさんと共同研究で始まりました。もともと東北大学病院の先生と共同開発したCOGYという足漕ぎ車椅子があって、これは片麻痺の障がい者でも自在に動かせる画期的な車椅子です。

これに乗ることで筋力が落ちないというメリットもあるようですが、自分で動かせるかもしれないという自己効力感とモチベーション向上が重要で、結果として自分で外へ出ていけたという成功体験が次の挑戦につながっています。


──── やはり被介護者の気持ちが重要ということでしょうか。

そうですね。あるエピソードとしては、寝たきりになってしまった方に家族がCOGYをプレゼントしたところ、どんどん外へ出ていくようになって、ついには自分の足で歩いて散歩に出かけるようになったことがあったそうです。おそらく、その方はもともと自分の足で立って歩けたのかもしれませんが、足漕ぎ車椅子に乗るまでは、自分の脚で移動することを諦めてしまって寝たきりになったのかもしれません。


──── この足漕ぎ車椅子は実際に作ってみたのでしょうか。

はい。このCOGYにパッシブブレーキと回生ブレーキをつけるというアイディアを盛り込んだ論文を書き、研究レベルでは実際に作ってみました。いかに回生ブレーキを使ってロボットをコントロールして、必要なにエネルギーを出せばいいのかというコンセプトの提案と実証をしました。


実際にパッシブブレーキと回生ブレーキを備えた足漕ぎ車椅子の実験機。このコンセプトにより永守賞を受賞しました。
実際にパッシブブレーキと回生ブレーキを備えた足漕ぎ車椅子の実験機。このコンセプトにより永守賞を受賞しました。


立ち座り・歩行支援ロボットへの応用、バーバル(音声)コミュニケーションによって

──── これからパッシブロボティクスやパッシブブレーキの研究は広がっていくのでしょうか。

パッシブロボティクスやパッシブブレーキのロボットに関する研究開発では、例えば、高齢者のナビゲーション、福祉用ロボット、装着型ロボットなどの技術研究も対象になります。また、歩行支援ロボットや車いすロボットをみんなで共有することも考えており、あちこちに多種多様な福祉機器が設置されていて、それをうまく乗り換えて移動できるといった研究テーマもありえると思います。このあたりの研究テーマは、ヒトの中で使うロボットとはどうあるべきかといったロボット倫理の問題にもつながっていくでしょう。


──── 平田先生の研究室では立ち座り・歩行支援ロボットも研究していますね。

そうですね。これはバーバル(音声)コミュニケーションによる立ち座り・歩行支援システムですが、座った状態で肘掛けがリフトアップ・ダウンして使用者が立ち上がったり座ったりする動作をサポートします。健常者の場合、肘掛けの上下動に合わせて立ったり座ったりすることができるのですが、高齢者などの場合は自分の力で立ち上がることができず、腕だけが持ち上がってしまったりします。


──── バーバルの技術はどのあたりになるのでしょうか。

こうした方々に対しては、音声で「いち、に、さん」などと掛け声をかけたり「はい、立ちますよ」という音声によるタイミングに応じた案内が必要なのです。この立ち座り・歩行支援ロボットでは、例えば身体が傾いていたら立とうとしている意思を感じるというように、サポートベクターマシンによる機械学習を使ってヒトの状態を学ぶようになっています。この立とうという意思をどう感知して、どのタイミングで発話の案内を出すのかを、高さの違う椅子の種類を用意したりしていろんなパターンでやってみたという研究論文を発表しています。


少数のセンサーによる立ち座り歩行支援機器。リアルタイムな姿勢の推定、長期的な使用者の状態記録ができます。
少数のセンサーによる立ち座り歩行支援機器。リアルタイムな姿勢の推定、長期的な使用者の状態記録ができます。


ファントムセンセーションを利用した振動モーターへの応用、振動で人の動きをガイド

──── ほかに興味深い研究テーマとして振動モーターを使った研究もあるそうですが。

はい。ファントムセンセーションの研究です。振動モーターを手首の周囲に6個つけて、振動のパターンを微妙に変えます。これはオーディオのステレオや5.1chのスピーカーと同じ原理ですが、振動モーターの強度を変えれば、あたかも振動が手首の周りを動いているように感じます。振動による錯覚を用いて、ヴァーチャルな振動が出現するという技術です。


──── この研究のきっかけはなんだったのでしょうか。

ウェアラブルな歩行支援の技術を開発しようとしていて、ヒトが装着してガイドするデバイスを作ろうと考えたことがきっかけです。基本はヒトが動かしますが、振動で動きをガイドする方法を模索しているうちにたどりついた研究テーマです。

我々はこの研究の前に、ワイヤータイプの運動支援デバイスを作ってみました。これはヒトの腕に2本のワイヤーをつなぎ、一方のワイヤーが伸び切ってしまうとヒトの腕はワイヤーの長さに応じた円弧を描くようにしか動かせません。このワイヤーを6本にして、その張力をうまく制御することで、例えばテニスのラケットの素振りの動きを指示することができるようになりました。


──── ワイヤーを振動に変えたというわけですね。

そうです。このワイヤーの制御はちょっとした張力を制御するだけなのですが、正しい動きを指示すれば無理やり動きを制限しなくても、ちょっとしたガイドだけでヒトはその動きを身体に覚え込ませることができるとわかったのです。このちょっとしたガイドを振動にしてみたというのが、このファントムセンセーションの技術です。


──── 振動によってヒトの動きをガイドするというわけでしょうか。

例えば、ヒトが手をどこかへもっていきたいと考えた場合、振動によって指示することが可能になります。振動にもとづいて手を動かしていけば、ヒトがどこに手を動かせばいいのかがわかるようになるのです。なにか物をつかまなければならない場合、そこに手を伸ばせという指示を出すことができますし、スポーツのコーチングなどでも動きを正確に身体へ伝えることができます。


──── 具体的にはどのような場面で使うことができるでしょうか。

例えば、ゴルフの練習では、コーチの動作を目で見て動きを自分の頭の中でトレースして同じ動作をフィードバックしてやってみますが、なかなかうまく動作を真似ることができません。このファントムセンセーションを使った振動によって正しい動きを指示すれば、動作の経路を正確に追随できるようになります。ある程度、振動からの指示で動作を繰り返してから、振動なしでスイングをやってみると身体が動作を覚えていて、トレーニングの成果を早く達成することが可能になると思います。


──── トレーニングできるのは個人競技だけでしょうか。

まだ振動伝達速度があまり速くないのですが、リアルタイムに振動を伝えることができるようになれば、複数の選手に装着してサッカーなどの団体競技のフォーメーションのトレーニングにも応用できると考えています。ボールを受けた選手がどう走っていき、ほかの選手がどうサポートしてどの位置でパスを受けるのかといったことが、複数の選手に同時に伝えられるようになるでしょう。


──── どんな人でも効果があらわれるのでしょうか。

最終的にはより複雑な動きもガイドできるようになると考えていますが、はじめはスポーツの動作をある程度知っている選手を対象にしています。野球のバッティングフォームの素振りを単純に繰り返すのではなく、振動によって正しいフォームに導いたほうがよほど効果が出るのではないでしょうか。いずれにせよ、個々人の運動機能によってトレースできるようになる回数など多少の能力差は出ますが、何度か繰り返すとどんなヒトでもかなりの効果があらわれることがわかっています。


手首に振動モーターで刺激を与えることで、リアルタイムな方向のガイドを伝えます。これにはファントムセンセーションというヒトの錯覚現象を利用し、振動モーターがない部分でも感覚刺激を与えることであらゆる方向へのガイドが可能になっています。
手首に振動モーターで刺激を与えることで、リアルタイムな方向のガイドを伝えます。これにはファントムセンセーションというヒトの錯覚現象を利用し、振動モーターがない部分でも感覚刺激を与えることであらゆる方向へのガイドが可能になっています。


──── ウェアラブルなデバイスですがどのような部品を使っているのでしょうか。

振動モーター自体は汎用のもので、携帯電話やゲームのコントローラーについているものを使っています。また、振動モーターの数が6個というのは、4個だったり8個だったりを試してみた結果、ヒトの手首にちょうど振動が効率よく伝わる幅であることと重量、コスト的な面で決めました。


──── 画像処理にはどのような技術を使っていますか。

手の正しい位置、修正したい位置については現状はモーションキャプチャーを使っています。しかし、現在、カメラと画像処理の技術は格段に進歩していて、カメラで撮影している瞬間の状況がリアルタイムでわかるようになりつつあります。今後はプロのスポーツ選手の理想的な動きをデータとして蓄積し、その動きと自分の動きがどう違っているのかをリアルタイムでガイドできるようになると思います。

また、マイクロソフトのホロレンズというコンピューター上でホログラムと3D映像を見ることができるMR(Mixed Reality、複合現実)の製品があります。現在、建築業界や設計業界などで使われていますが、我々はホロレンズを用いて、MRとファントムセンセーションによる振動の両方を使ってガイドすることも研究しています。


──── かなり素早い動きにも追随できるのでしょうか。

スポーツ選手の動きはかなり速いですが、カメラの画像処理速度やAIの処理速度もどんどん速くなっていますので、そのあたりよりもむしろヒトの認識能力が追いついていかないことのほうが課題になってくるでしょう。ただ、何度も繰り返せば、ヒトは学習しますから、一度で正解にたどりつかなくてもいいと考えてもいます。スイングでも100回やって徐々に修正していければいいですし、身体が覚えるくらいの回数は繰り返さなければならないでしょう。


──── スポーツのトレーニング以外にも用途がありそうですね。

そのとおりです。この技術はヒトをガイドすることにも使えます。例えば、足に装着すればヒトが歩いていく方向を指示することも可能になります。目の不自由な方に前方の障害物などを避けるように、ガイドするようなことにも使えるでしょう。

もしかすると、パラスポーツにおいて視覚障がい者の陸上競技で伴走者が必要なくなるかもしれません。これも我々の研究テーマであるパッシブロボティクスとパッシブブレーキにある意味で共通する概念ですが、ヒトが自分で動いていくことを大前提としながら、ちょっとしたアシストやサポートをしてより安全によりうまく動くことができるようになるための技術と言えるでしょう。


──── 今回、政府の「2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現する」というムーンショット目標3のプロジェクトマネジャーに就任されましたが、平田先生はどのような関与をされる予定ですか。

まだ詳細にはお話ができませんが、今回ご紹介させていただいたヒトの自己効力感を向上させることができる新しいAIロボットを開発したいと考えております。AIロボットとのインタラクションを通して、さまざまな状況において「自分でできるかも」と思うことができ、AIロボットがちょっとしたアシストをすることで「自分でできた」という成功体験を蓄積することができる技術の開発を目指しています。これにより、高齢者や障がい者の支援だけでなく、多くの人がAIロボットを使って活躍できる社会になるのではないかと考えております。


 
パッシブロボティクスとパッシブブレーキによる新たなロボットの研究領域を模索している平田教授らの研究室を3回にわたって紹介しました。ヒトの機能をサポートしたりガイドしたりするという発想は、これからのロボティクスにとって重要な概念と言えるでしょう。


文/石田雅彦

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